アクアツアースタッフ トシの話
「ほらほら、次はトシの番だよ!」
暗くなってしまった場の空気を変えようと、私はお調子者のトシをユリ越しに叩いた。
トシは、急にぺらぺらと話し始めた。
「いや、アクアツアーってさ。
今思い出しても、アトラクションの中で一二を争うしょぼさだったよな。
汚い水の中をボートで進んで、カバやフラミンゴのロボットがぎこちなーく動いてる様を見学するだけなんてさ。今の時代流行らないよ。
まあ、俺の演技力だけで持ってたね。
『見ろ、カバだ! 口を開けて俺達のボートを喰う気だぞ!』みたいなね。
ま、それに騙されるのも幼稚園児くらいまでだったけど……」
「違う違う、そういう話じゃなくってさ!」
私は首を振って話を遮った。
「アクアツアーで、謎の生き物の影がみえるって話!」
その途端、いつもちゃらちゃらしているトシが、妙に浮かない顔をした。
そして、ふうっとため息をつくと、吐き出すように言った。
「うん……すまん。その謎の生き物なんだけどさ。
閉園した今だから言うけど……俺のペットなんだ」
ペット? 私たちの間に衝撃が走った。
「何、あんたUMA飼ってたわけ?」
「写真とってればよかったのに!」
「違うってば!」
私やカヤネからの歓声に、トシが強い声で答えた。
それから、遠くを見るような目つきで話し始めた。
「知ってる? アリゲーターガーっていう魚。
ワニに似てる顔しているんだけど、流線型で、鱗がキラキラ光っててさ。
めっちゃくちゃかっこいいんだよ。
俺は、昔からその魚が大好きだったんだ。
でも、すごく珍しい魚だから半分諦めてたんだけど……あるとき、先輩のアクアリウム仲間が一匹譲ってくれたんだ。
もらったときは喜びでバケツ持つ手が震えたね。
タイガって名前をつけて、十年くらい家族のように暮らしていたんだ」
トシはテーブルに肘をついた。
「でも、あそこまで大きくなると思わなかった。
どんどん成長して、一メートル以上になっちゃって、俺のワンルームじゃとても買えなくなっちまった」
再び私たちはどよめく。
「なに、その魚そんなに大きくなるの?」
「それ、もう水族館クラスじゃない。なんで知らなかったのよ、そんな巨大な魚って」
「知らないわけじゃなかったけど、なんとかなると思ってたんだよ。
何ともならなかったけど」
彼はぶすっとした調子で語りはじめた。
「それで、俺の担当のアクアツアーのため池で飼うことにしたんだ。
もちろん、だれにも内緒で。
どうせ緑色に濁ってたし、遊園地のため池なんだから生態系なんか関係ないだろうし、水を抜いて清掃するときには一時的にビニールプールに入れてやればいいし、俺のタイガを入れたところでばれやしないだろ、ってそのときは思ってたさ。
全然問題なかったはずなんだ。
でも、あるとき。
ツアー中、子供に見つかっちゃって、派手に騒がれてさあ。
ワニだとか、UMAだって」
これはばれるのも時間の問題か、と観念したらしい。
仕方ないから引き上げようと、夜中に網を持っていったんだよね、とトシは言った。
「驚いたのはそこからなんだ。
懐中電灯で水面を照らして、餌を撒いてみたら……ぞわぞわぞわって水面が波立ってさ。
いっぱい寄ってきたんだよ。小さなアリゲーターガーの群れが。
……どうも、繁殖しちゃったようなんだ。
俺、タイガしか入れてないんだけど、誰かが知らないうちにもう一匹放流しちゃったみたい。
どうすればいいのか分からなくなって、そのまま逃げ帰ってバイトも辞めたよ。
今でも俺のタイガの家族、あのため池で暮らしているのかもな」