ジェットコースタースタッフ ユリの話
「『私が毎日乗らないと、このジェットコースターで死人が出るんです』
そう言われたときには、本当に意味が分からなかった」
ユリがそう言ったときにも、全員の目が点になっていた。
代表するように、カヤネが聞いた。
「ユリちゃん、私も意味わかんない。それってどういうこと?」
「あるお客さんが、そう言ったの」
ユリは、意を決したようにビールジョッキを置き、話し始めた。
「最初から、ちょっとおかしな人だとは思っていたのよ。
遊園地って大体は子供連れか、カップルか、友達同士で来るものでしょ?
でも、その人はね。くたびれたスーツを着た中年のおじさんだったの。
しかもいつも独りで、毎日毎日ジェットコースターに乗りに来るのよね。
普通、飽きない? 一時間待ちのコースターに、カップルや子供達に紛れておじさんが独りで乗るのよ?
嫌でも気になっちゃって。
私、列整理の時に一度聞いてみたの。
『毎日お乗りになっていますが、よっぽどジェットコースターがお好きなんですか』って。
そしたら、返事がそれだったの」
「そのスーツおじさんが毎日乗らないと、死人が出るって?」
「うん」
ユリは暗い目でテーブルを見つめた。
「いや、マジで意味不明だし。怖いよその人の思い込み」
トシがふざけたように自分の両肩を抱く。
「私も変だと思ったわ。
それが顔に出ちゃったみたいで、その後、もっと真剣に説明されたの」
こう見えてすごい予知能力を持っている、とそのおじさんは胸を張って語った。
実は、あの大地震も当てていたけれど、あまりに規模が大きすぎて、対処法も分からず誰も助けられなかった。
でも、このジェットコースターは対処法が分かっているから大丈夫だと。
私が定休日以外、毎日欠かさずコースターに乗れば、死人が出ないという予知夢を見た。
しかし、一日でも欠かしてしまうと……誰かがこのジェットコースターで死ぬ。
「馬鹿みたい。スタッフがメンテナンスしていないとでも思っているのかしら。
病院行った方がいいんじゃないって言わなかったの?」
カヤネが眉を潜めて辛辣な意見を言う。
「一応お客さんだもの、言えないわよ。
気味が悪いけれど、毎日ジェットコースターに乗る以上のことをしてくるわけでもないし」
で、ね。
とユリは話を置き去りにして、ぐっとビールを飲んだ。
その手が少し震えている。
「ある日、その人……来なかったの」
妙な妄想がなくなったのだったらいいのだが。
そう思いながらも、ユリはどこか心配でならなかった。
もし、あのおじさんの予知夢が当たっていたらどうしよう。
最新の注意をして点検し、シートベルトにもいつも以上に目を光らせた。
「で、その日事故は起こったの?」
私の追求に、ユリは首を振った。
それはそうだろうな、と私も思った。
ただのおっさんに、そんな超能力があるわけがない。
「でもね……次の日」
早朝ユリが職場に来て、ジェットコースターの乗り物の覆いを取りのけた瞬間、そのおじさんと目が合ってしまったらしい。
おじさんは土気色の顔をして、かっと目を見開き、だらしなく口を開けて硬直していた。
「死んでるって、すぐに分かったわ。
わたし、もう声も出なくって……とりあえず、先輩を呼びに走ったの。
まだ開園より数時間前だったから、お客さんには誰も知られなかったわ。
警察もさっと動いてくれたから、開園までには片づけることができたし」
カヤネが興味津々で尋ねた。
「どうして、そんな場所で死んでたのよ?」
「ここからは警察の人から聞いた話になるんだけどね。
そのおじさん、来なかった日、くも膜下出血で道路に倒れて救急車で運ばれたんだって。
でも、夜中に意識を取り戻して入院先から逃げ出した。
遊園地に忍び込んででも、毎日ジェットコースターに乗るっていう使命を果たしたかったみたい。
閉園時間に間に合わなかったから台車にだけは座ってみたものの、そのときもう一度発作が起きて亡くなった、っていうのが警察の見解だったわ」
ユリが少し寂しそうに言った。
「おじさん自身が自分の予知夢を証明しちゃったのよ。
彼が毎日乗るのを止めたとき、ジェットコースターで誰かが死ぬっていうことを」
「ユリ、抱え込まずに俺たちに話してくれればよかったのに」
ショウが口を尖らせた。きっと、ユリに頼って欲しかったんだと私は思った。
ユリが一人で抱えるには、少々重すぎる体験だったに違いないからだ。
しかし、ユリはため息をついて首を振った。
「私も事情聴取受けたりして大変だったの。
でも遊園地側は通常営業するって譲らないし、結局私にも口止めがかかった。
皆にも言いたかったけれど、言えなかったの。
まあでも、こういうことは口止めされてもどこかから漏れるものよ。
そしていろいろな事故のバージョンが流布しまくったあげく、もう私の手に負える範囲じゃなくなった」
それだけよ、とユリは静かにビールを傾けた。