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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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神薙少女は普通でいたい!


 久しぶりのナギのご飯は、やっぱりおいしかった。


 ぴかぴかの白米に夏らしいなすとみょうがお味噌汁。あわせられているのは鶏肉のみぞれ煮に、いくつかの野菜おかずで、わたしの好きなものばかりだ。


「茶を入れるでな、ちいと待ってくれ」

「ううん、それは良いわ」


 自分用のお茶を入れようとするナギを止めて、わたしは本家からもってきた荷物から瓶を取り出した。

 一升瓶はさすがに重かったけど、まあ何とかなるものだ。


 続いて取り出したとっくりとお猪口に、ナギは意外そうに赤の瞳を丸くする。


「酒かの?」

「未成年のわたしじゃ、お酒を買えないから。向こうで分けてもらっていたの」


 どれがおいしいかとかはわからないから、神事に使われている御神酒を持ってきただけなのだけど。


「ほんとは、こっちの方がいいのかな、と思って」


 ナギは、日常のさりげないちょっとしたことで、わたしを守るための力を得ていたのではないか、と思う。


 たとえば、ご飯の時に渡していたお茶は、神饌を捧げるのと同じ意味だったんじゃないか、とか。

 ナギ、と呼ぶのが祝詞の代わりだったんじゃないか、とか。


 そうだとするなら、お酒の方がいいんじゃないかと思ったのだけど、もう一つ。思惑があるのは秘密だ。


「まあ、嫌いではないの」


 瓶を受け取ったナギは、気のない言葉とは裏腹に、蓋を開けて香りをかぎつつ頬をゆるませる。


 古事記では、八岐大蛇はお酒によって倒された、ってあったからトラウマになってないのかなと少し心配だったけど、ナギの様子を見るにそれはなさそうだ。


「ならば、ぬしの好意に甘えてちいと飲むかの」

「最初の一杯くらいは注ぐわよ」

「おや、うれしいの」


 ささっと水で流したお猪口をナギにわたして、お酒を移したとっくりを持ったわたしは、そっと注ぐ。

 ちょっと傾けただけで一杯になったお猪口をナギは一気に仰いだ。

 こくり、と喉仏が動くのに、妙に目が吸い寄せられてしまう。


「うまいの」


 満足げな息をもらしたナギは、どことなく嬉しそうだった。

 喜んでくれたみたいでほっとする。


 わたしもご飯を食べ始めつつ、再びお猪口に酒を注いで傾けるナギをうかがった。

 

 湿った唇が妙になまめかしくて、ちょっとどきどきするけれど、どれだけ飲んでもナギの顔色は変わらない。


 お酒を飲むと、心がほぐれて口がゆるみやすくなるって聞いたから、もしかしたらナギの本音が聞けるかなと思ったのだけど、顔色が変わらないまま、あっという間にとっくりは空になってしまった。


 お姉ちゃんならもう、わたしにじゃれついてくる量なのだけど。


「次は冷やしてみるかの」

「ナギ、お酒強いの?」


 聞いてみれば、準備に立ち上がったナギはこちらを振り返った。


「どうだろうの。真に酔うた者は、自覚がないはずだからの。まあ確実に酔うていたのは、スサノオの酒を飲んだときぐらいのものだと思うぞ」


 そういえば、素戔嗚尊の八岐大蛇退治では、対大蛇用のものすごく強い酒が大量に用意されていたはずだ。

 この程度はお酒の内に入らないのもうなずける。


「まあ、あのときもスサノオにクニの管理を押しつけ……引き渡すためにひと芝居打った感はあるが」


 それなら完全に失敗だ、とわたしはちょっと落胆した。

 もしかしたらナギの本音が聞けるかも、と思っていただけに残念だ。

 はむっと口に入れた鳥のみぞれ煮が、だしをしっかり含んでいておいしいのが慰めだと思っていると。


「のう、ぬしよ。願いは叶ったかの」


 不意に問われて、箸を止めて猪口を手の中で転がすナギを見返した。


「どういう意味?」

「ぬしは、神薙として活動してゆくのだろう」

「うん」


 ナギの問いの意図については、よくわからなかったけど、とりあえずうなずいて、でもと続けた。


「天羽々斬がいるから、退魔はできるけど、瘴気にやられるのは変わらないし。やっぱり神薙をやるにはあんたが必要なのよ」


 わたしの霊媒体質は良いものも悪いものも等しく吸い寄せてしまう。瘴気に充てられやすいのはそのせいで。

 神薙としてやっていくには、ナギの浄衣も、ナギの協力もどちらも必要不可欠なのだった。


 ただ、ちょっと目を丸くするナギに、いったいどうしたのだろうと思って首を傾げる。


「なに?」

「いや、うむ、なんでもない」


 そのまま、再びお猪口にお酒をつぎ始めたナギに変なの、と思いつつ、食べ終えたわたしは食器を流しに持って行く。

 けれど、その前に、この際だからと、思い切って聞いてみることにした。

 もやもやは、とっとと解消した方がいい。


「ナギは、どうなのよ」

「どう? とは」


 首を傾げられたわたしは、気持ちが萎えかけたけど、ひたと、見つめ直す。


「ナギは、わたしの『ひみこちゃんみたいになりたい』って願いを叶えたでしょ。つまりは、小さい頃の約束は果たしたって、ことにもなる、よね。そうしたら満足しちゃった? また別のことしたくなった?」


 言葉を重ねるごとに、不安はますばかりだ。

 考えてみればみるほど、ナギがわたしと一緒にいる理由はもうないのだから。


 わたしにはナギが必要だ。でも、ナギは、どうなのだろう。

 テーブルを回って、わたしはナギへ身を乗り出す。


「ナギはわたしのこと……」


 どう想って、くれてるの?

 最後の言葉は怖くて、言葉にならず、不安のままにナギを見上げた。

 赤の瞳をのぞき込めば、泣きそうな顔をしているわたしが見える。


 ……こんなふうに聞いているけれど、ほんとは、一緒にいたいだけ。

 その、確約が欲しいだけなのだ。

 できればずっといてほしいから。



 わたしは、ナギが好きなのだから。



 式神だから一緒にいてくれるんじゃなくて、わたしだから居てくれるって言って欲しいから。だ。

 こうして無理矢理ねだるなんて、鬼灯と同じことなのに、止まらない。


 自己嫌悪にうつむいて落ち込んでいると、かたりと音がして、ナギがお猪口をテーブルにおいたことを知る。

 大きな手が、わたしの頬にかかった。


「ぬしは、わしの心を知りたいとな」


 ナギのどこかかすれた声に、顔を上げてこくりとうなずけば、赤の瞳の奥がゆらいだ気がした。


 なんだか、見たことなくて、少し不安になる。

 けど、目を離せなくて、わたしは、吸い込まれそうな心地で、言った。


「ナギがわたしの願いを叶えてくれるのなら、ナギの願いを叶えるのは、わたしの役目だもん」


 ナギの赤い瞳がゆらいで、熱を、帯びた?


 鼓動が不自然に跳ねる。


 ふいに、ナギの蠱惑的な美貌が、吐息がふれそうな位置まで近づいてきて、わたしは思わず、目をつぶった。


「つまりぬしは、これからも、神薙少女でいてくれると」

「え」


 そんなかすれた声音が耳に入ってきて、ぱちぱちと瞬けば、そこにはすごくわくわくとした表情のナギが居て面食らった。


「ぬしが神薙となるのであれば、浄衣を着るのは当然であろう? ならばわしの出番であることは明白だ」

「い、いや、そうなんだけど!」


 そのことばに、あのこっぱずかしいコスプレ浄衣を続けていくというニュアンスが含まれていて戦慄した。

 もう、水守の人には神薙少女=わたしってばれてしまったから、もっとちゃんとした浄衣にしてもらうつもりだったのだけど!?


「わしの望みはぬしのかわゆさを愛でて愛でて愛で尽くし、そのかわゆさを広めることだからの! とうとう乗り気になってくれたとは、嬉しいぞぬしよ!」

「え、まっちょっと、ちがっ」

「安心せい、浄衣の性能も今まで以上にパワーアップしてな、もちろん可愛さもマシマシで、ぬしの神薙稼業もばっちりサポートするぞ! これからもぬしとともにあろう!」


 わたしが言葉に詰まっている間に、予想斜め上にずれたナギは、ものすごくイイ笑顔で親指を立てた。


「ぬしのかわゆさを世間に広めるために、全力を尽くそうぞ!」

「ちっがあああああうう!!」


 聞きたいことはそうなんだけどそうじゃないのだ!


 なのに、一番欲しかった「共にある」という言葉をあっさりと投げられて嬉しいのが悔しい!


 全力で叫んだわたしが怒りと羞恥のままにさらに言い募ろうとしたとき、スマホの着信音が鳴り響いた。


 それは弓子からの着信だったので、どっちを優先すべきか迷いつつも、結局スマホをとって通話をタップする。

 けど、どこか妙なところをさわってしまったらしく、スピーカーモードで弓子の興奮した声が響いた。


『もしもし依夜!? きいて! すごいのようやくなのまじでやばいの!!』

「ゆ、弓子ちゃんちょっと落ち着いて。なにがあったの」

『あのねあのね、神薙少女の最新版がアップされててね! それがまじかる☆巫女姫 最終バージョンなの!!』

「………………え?」



 本気で、耳がおかしくなったかと思った。



『ほんと再現度高くてなによりかわいさが神ってる! 幸せすぎて死にそう……あっ今動画送るっいったん切るね!』

「え、ちょっとまって! まってー!?」

 

 一方的にまくし立てて切られた通話の後、間髪入れずにメッセージでURLが送られてきた。

 反射的にタップすれば、すぐに再生されたのは。



『みこっと参上、まじかる☆巫女姫ひみこちゃん! 悪い妖はまじかる大幣(おおぬさ)で成敗よ♪』



 ちょっと遠めな感じだったし、所々言葉は違っていたけれど。

 その声は。

 キレッキレできらんっと音がしそうな感じでポーズを決めていたのは。


 間違いなく、まじかる巫女姫バージョンの浄衣を着たわたし、だった。


 おもわず、スマホを取り落として、固まっていれば、ナギが拾って画面をしげしげとながめた。


「おや、豊世は本気でやったのか。うむ、なかなかよい加工だの」


 衝撃のあまり、停止していたわたしの思考は、さらに衝撃的な単語を耳にして再起動した。


「な、なに、なんで、お婆さまのなまえ、が」

「ああ、豊世がの。せっかくかわいいのだからと、水守の周知のための宣伝材料として使ってみるのはどうか、と言い出してのう。ちょいちょいと加工を施して、隠世関連の問題に悩む者にのみ連絡先が見えるようにしておるのだよ」


 差し出された画面を見れば、確かに動画が終わった後に、『不思議ごと、怪異にお困りの方は、一度相談を』という説明のはいったURLが張られていた。

 つまりこれは水守のCMみたいなものだ。


 けれども待って、わたしが聞きたいことはそうじゃなくて!


「今のご時世、自ら仕事を探しにゆくことも必要だからの」

「お、お婆さまがやってるの!? これを!?」

「今更なにをいうておる。豊世は神薙少女であるぬしをずっと見ておったし、画像を要求してきたのは豊世であったぞ。すべて保管しておるはずだ」


 確かにちょっと考えてみればそうなのだけれど!

 まさか、そこまでされていたとはと絶句したわたしは、かあっと、顔が真っ赤になってしまった。


「うむ、わしが術をかけ直したでな、ぬしだと結びつけられるものはなし。これほどよく出来ておるのであれば、他の神薙少女の画像も同じように加工を施して流すことになろうの」


 これが、全部、流れる?

 このこっぱずかしいポーズを決めるわたしが、水守の宣伝として全国にさらされる!?


 すっと血の気が引いた瞬間、感情が爆発した。


「いやああああああ!! 何でわたしに相談しないのよおおバカナギいいい!!!!!」

「これはわしではないゆえ、なんとも。だが、豊世はぬしに了解は取ったと言うておったぞ」


 なんだと、とわたしは信じられない思いながらも、必死に記憶をさらっていく。


 そう、いえば、話し合いの最後に、なんか、妙なことを念押しされた気がする。



『あなたも、水守の一員であるからには、それなりの貢献をする覚悟がありますね』



 そのときは、ものすごく緊張していて、ひたすらうなずくので精一杯だったのだけど、まさかこれのことだった!?


 思わず、なにやってるのお婆さまー!!と叫びたくなったけど、幸か不幸か声は出なかった。


 わなわなと震えるわたしの横で、ナギが何度も繰り返して動画を眺めている。

 そのたびに漏れ聞こえるわたしのきゅるんっ♪とした声に、羞恥心があおられた。


 もうやだ、今更さらされるとか!とわたしが取り返そうとした矢先。


「だが、よくぞ撮ってくれたのう、水守の術者よ。こうして客観的に見たほうが、ぬしのかわゆさがより堪能できるというものだ」


 しみじみとしたナギの言葉に、思わず手を止めて、声を飲み込んでしまった。


「うむ? どうしたぬしよ。いつもなら言い返してくるであろう?」

 

 不思議そうに首を傾げるナギに、わたしははっとして、スマホを取り返した。


「そ、そうよっ。そもそも術をかけたってことはナギだって知っていてわたしに言わなかったんでしょ!? 同罪よ同罪!!」

「ぬしのかわゆさを安全に世に広められるチャンスなのだぞ! ぬしが新たな浄衣を着るたびに、画像に例の加工を施す手はずでな。しかも水守公認とあれば、拡散も水守の者の協力が得られる。最高ではないか!!」


 つまり、神薙少女で活動するたびに、神薙少女がわたしと知っている人達に確実に見られるということだ。冗談じゃない!


「う、うるさいうるさい! わたしは神薙になっても普通でいたいんだからー!!」

「いや、それはさすがに無理だと思うがのう」


 わたしの魂の叫びは、あきれたようにつぶやいたナギによって台無しだ。


 もう、ナギの気持ちを確認する気力は完全に萎えてしまったけれど。


 いつか、ナギに、このかわいいと言われて特別に嬉しい気持ちを、伝えられたらいいと思いながら。


 今のわたしは、楽しそうに笑うナギをぽかぽか殴ることで気を紛らわせたのだった。


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