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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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わたしの普通


 わたしが答案用紙を見せれば、真由花ちゃんがこの世の終わりみたいな顔になった。


「なんで依夜ちゃんがそんなに高得点なのー!」

「ええとそう言われても……」


 すっかり夏服な彼女が、悲痛な叫び声を上げながらじたばたするのに、わたしは困ってしまう。

 つい、半笑いになっていると、隣にいる凛ちゃんがあきれた表情になった。


「当たり前でしょ。真由花と基礎が違うもの」

「ううう、でもお……」


 机に突っ伏して唇をとがらせる真由花ちゃんに、わたしと弓子は苦笑し合った。

 

 いつもより早い時間に終わった放課後。


 陽南高校の一年A組で机の一つを占拠したわたしと真由花ちゃんは、期末試験の勉強をしていた。

 といっても、今日は期末試験の最終日で、ほぼ怪しい真由花ちゃんと休んでしまって試験を受けられなかったわたしは、補講が決まっている。


 でも、わたしはずっと休んでしまっていたから、その部分の授業を弓子に教えてもらえるようにお願いして、そうしたら真由花ちゃんと凛ちゃんもつきあってくれたのだ。


 わたしは弓子ちゃんと凛ちゃんのノートを借りて教えてもらっているのだけど、真由花ちゃんはあんまり勉強が得意じゃなくて早くも半泣きになっている。


 教室はわたしたち以外いなくて、四人で占有できていた。


 早くも夏らしい日差しが降り注ぎつつも、窓を全開にした教室にはいい風が吹いてきて、夏服のシャツとスカートだと暑さは感じない。


 これで何とかなればいいなあと思いつつ、せっせとノートを書き写して、わからないところを、弓子と凛ちゃんに聞いていった。


 弓子は数学系が得意で、凛ちゃんは社会系に造詣が深くて、すごくいい先生をしてくれてる。

 受けられた試験だけとはいえ、赤点にならずにすんだのはこの二人のおかげだ。


 でも飽き飽きしてしまったらしい真由花ちゃんは、ノートにシャーペンを投げ出してしまった。


「あーもう依夜ちゃんやめよ! どうせ明日っから補講にこなきゃいけないんだから、一緒に堕ちよう……?」


 真由花ちゃんが思った以上にうつろなまなざしになっていて、かなり危ない状態に見えた。

 それがわかったのか、凛ちゃんがあきらめたようにため息をつく。


「しょうがないわねえ。ちょっと休憩」

「やたー!」

 

 凛ちゃんに許可をもらってぱーっとノートを片づけはじめた真由花ちゃんの早業に、呆れつつも笑ってしまう。


「まあ、でも聞きたいことはいろいろあったし、ちょうど良かったんじゃないかな?」


 伸びをしつつ弓子が言うのに、わたしはちょっぴり嫌な予感がして、びくと肩を震わせた。

 見れば、凛ちゃんも真由花ちゃんも興味津々という雰囲気で、身を乗り出してきている。


「お祭りの時は何となくで別れちゃったしね。それからまた連絡取れなくなったし、結構心配してたのよ」

「そうそう! 元気そうだから安心したけどねー!」

「うん、心配かけてごめんね」


 二人の心の底からのいたわりに、わたしが申し訳なさを覚えつつも嬉しい。

 だって、あの一夜から、一週間もたっていないのだ。


 また、こうして友達と会えるのが、こんなに幸せなことなのだとかみしめる。

 ほころぶ表情を自覚していると、弓子がぱちぱちと瞬いた。


「なんか依夜。雰囲気変わった?」

「えっ」

「あら、そうかしら?」

「わたしもそれすっごく思った! なんか前よりもかわいくなったみたいな!」


 凛ちゃんが釈然としないように首を傾げていたけど、真由花ちゃんが目をきらきらさせながら言うのにわたしは面食らった。


 か、かわいくなったって、え!?


「あ、やっぱりそう思う? 前からかわいかったけど、こう静かに秘めたかわいさが、一枚幕がなくなったみたいにぱっと明るくなったって言うか」

「かわいさがものすごく増した、みたいなでしょ!」

「そうそうまさに!」


 わたしが反射的に顔を赤らめて絶句している間にも、真由花ちゃんと弓子は意気投合していく。

 そうして、真由花ちゃんは肘を机について両手を絡め合わせると、じっとこちらを見つめてきた。


「本官はですな、星祭りの時からおやっと思っていたのでありますよ。ここに来て一気に変化した理由は、被告人の実家にあると思うのでありますが。被告人、弁論をお願いします」


 真由花ちゃんの妙なプレッシャーに気圧されながらも、わたしは首を横に振るしかない。


「な、何にもなかったよ。ずっと実家にいたから」


 本当は百鬼夜行に古き神と死闘を繰り広げてました、なんて言えないし、それに。

 雰囲気が変わったのだと、すれば……。


 じんわりと、勝手に頬が熱くなるのがわかって、二人はもちろん、半信半疑だった凛ちゃんの目まで輝くのがいたたまれなかった。


「それはもうなにかあったって言っているようなものだよ依夜ちゃん! きりきりはきなされー!!」

「さすがに私も気になるわよ?」

「な、なんにもないからっ」


 なんだか興奮のあまり、変な言葉遣いになっている真由花ちゃんと、凛ちゃんにたじたじになったけど、言うのはもっと恥ずかしい。


 だからわたしは、通りすがった先生に帰れと言われるまで、必死で追求をかわすしかなかったのだった。





















「やー、真由花はともかく、凛までああも食いつくとは大変だったねえ」


 日差しがだいぶ和らいで、過ごしやすくなった帰り道。

 並んで歩く弓子がしみじみ言うのに、わたしは若干疲れた気分で乾いた笑いを漏らした。


「なんとなあく、理由の察しがつくだけに、ちょっと悪いなあとは思ったんだけどね。変わったな、って思ったのは本当だよ」


 弓子の困ったような申し訳なさそうな顔でいうのが、星祭りの日のことを指しているのはすぐにわかった。


 あのときも、わたしが泣いてそのまま別れてしまい、詳しいことは話さなかったのだから、気にならないわけがない。


 それでも真由花ちゃんと凛ちゃんの追求に加わらなかったのは、彼女達がいなかったときに話したことだったからなのだろう。

 たぶん聞きたくてたまらなかったのを、我慢してくれていたのだ。


 本当にずいぶん心配をかけてしまっていたのだ、と気づいたら申し訳なさでいっぱいになって、でも気づかってくれたことがすごく嬉しくて。


「ね、その人には、会えた?」


 遠慮がちな、弓子の顔を見て、こくりとうなずく。


「話し、できた?」

「うん」


 すると、弓子は深い深い安堵のため息をついた。


「良かったぁ……」

「心配、してくれてありがとう」

「いいの、いいの。あたしが勝手に心配しただけだし」


 気にしなくて良いとばかりに手を振る弓子は、でもやっぱり気になるって表情をしていた。

 言いたい気持ちはすごくあるけれど、話せないこと、話さない方がいいことはある。


 それでも、弓子がいたから、わたしはあきらめずに、一歩進むことができて、こうやって日常に戻れたことが、しみじみ嬉しくて。


 神魔魍魎と神薙の世界と、高校生活。

 普通でいたいと思っていたけれど、わたしの普通はこの両方なのだ。

 どっちも好きで、どっちも大事だった。


 だから、わたしは答えられない代わりにこう口にした。


「ねえ、弓子ちゃん」

「なに?」

「また、弓子ちゃんちに遊びに行ってもいいかな?」

「え、良いけど」

「前髪、もう長くなくても良くなったから。弓子ちゃんのお母さんに、前髪切ってもらいたくて」


 戸惑った風に瞬いていた弓子だったけど、だんだん好奇心と喜色に表情を輝かせるのが気恥ずかしくて、ちょっとうつむいた。


「ああーもうっ! やっぱり聞きたいよ、詳しいことー! 前髪ってあれでしょ、からかわれて嫌だったんでしょ? それなのに切っても良いってなるなんてすごい心境の変化じゃない!」


 弓子はもだもだと落ちつかなそうに腕を振り回すと、妙に据わった目でばっとこっちを見た。


「ねえ、今から依夜ん家行っちゃだめ!? やっぱりまだ全然依夜と話し足りない!」


 勢い込んで言われたけれど、わたしはあわあわとうろたえてしまう。


「ご、ごめん! 今日はちょっと……そ、そう、まだ片づけ終わってなくてだめなの」


 勢いよく首を横に振れば、逆に弓子が面食らったような顔になった。


「そういえば、勉強会も依夜んちでやろーって案がでたときに都合が悪いって言ってたね。大丈夫?」

「うん、大丈夫だから!」


 わたしがおかしいだけなのだ。

 意識してしまうのは、鞄に下げた今は金に変わった鈴。


 今日は出てこない、と言っていたから静かなのは当然。

 けれども、ふとした瞬間に気にしている自分がいる。 

 とたん、かあっと勝手に熱くなる頬にますます心が落ち着かなくなる。


「あ、じゃあわたしこっちだから! 今日はありがとう!」

「う、うんじゃあ」


 わたしはちょうど弓子と別れる場所なことを良いことに、ぱっと身を翻した。

 ちょっと不満げな弓子にごめんと内心謝ったのだけど、一つ忘れていた。


 わたしはもう一度振り返って手をあげる。


「また明日ねっ弓子ちゃん!」

「うん、また明日!」


 弓子は笑顔で、朗らかに、いつも通り返してくれて、道の向こうへ去っていたのだった。


 そう言い合える日常に、わたしはひとときの間、喜びをかみしめながらしばらく歩いて、そうして気づく。


 ……近くの公園でおしゃべりすれば、もうちょっと帰るまでの時間が稼げたんじゃ?


 そのことに気づいて愕然としたけれども、結局は帰るのだから同じことだ。

 自分の往生際の悪さを自嘲しつつも、動悸は収まらない。


 そうは言うものの、家に帰るのが嫌なわけではない。

 嫌なわけではないけど、困るというか。


「うう……」


 しょうがない。でもこっちのほうがましなのだから!


 わたしは、重いような軽いような気がする足取りで我が家へ帰ったのだった。


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