変態式神との日常
「うむ、目隠しをされるとは、なにもなくとも背徳的で乙なものだの」
「あんたが出てこないのが一番ありがたいんだけどね……!」
着替えている間に付けさせていた目隠し用のアイマスクをはずすと、綺麗な顔を微妙に恍惚とさせていて、朝から精神力を削られる。
だけど、ナギはわたしを見るなり残念そうな顔になった。
「いつも思うが、その制服は微妙だのう」
「どこがよ。制服なんて、誰が着ても同じようになるものでしょ」
制服に着替える度に、ナギのこの表情を見られるのは密かにすっとしているけれど、なぜそこまで妙な顔になるのかは謎だ。
ためしにわたしは、前住民の置きみやげの姿鏡で全身を眺めてみる。
陽南高校指定の女子制服は、白いシャツに紺のスカートとブレザーで、男子は紺のズボンに変わる。
この、制服と言えばだいたいこんな感じ! というのを体現した普通さが気に入ってこの学校にした面もあったりした。
そんな普通な制服は今日も特に変わったところはない。
鏡を見たので、ついでにわたしは髪の毛をいつものように左右で三つ編みにしした。
前髪は目にかかるくらいまで伸びていて、そろそろ切らなきゃいけないな、と工作はさみの位置を思い出していると、ナギが音もなく背後に立った。
ぎょっとするわたしにかまわず、ナギは疑わしげな顔でのぞき込んできた。
この妙に近い距離には相変わらず慣れなくて、心臓がどきどきするのがわかる。
「今なんとのう、胡乱なことを考えただろう」
「う、胡乱なことってなによ。それに制服もこうやって着るって決められているんだから、これが普通なんでしょ。文句言われる筋合いはないと思うんだけど」
「こう、乙女なのだから、ちいとばかし洒落心を持ったってかまわぬと思うがなあ」
しみじみと言う当のナギは、柔らかい紬をまとい、墨色の羽織をひっかけている。
どこをどうしているのか、ナギの和装は毎日のように変わり、それがどれも驚くほどよく似合うのだ。
中身は変態のくせにとぶつぶつ思いつつ、お弁当の準備をはじめながら我が身を振り返る。
どう試行錯誤しても、大して変わらない。
わたしは自分の容姿があんまり良いものじゃないと自覚しているのだ。
ニキビはないものの、幼く見られがちな丸顔だし、髪は重たい直毛で、三つ編みにしていないと広がって邪魔になる。いっそ切ってしまおうか。
身長は前から数えたほうが早いのに全体的に丸くて、体重はそうでもないはずなのに何を着ても太って、しかも子供っぽくしか見えなかった。
制服なら着ていれば誰にも文句は言われないし、スカートの長い丈はわたしの太い気がする足をきちんと隠してくれるお助けアイテムなのだ。
やっぱり自分は間違っていないと決意を新たに、詰め終えた弁当を小風呂敷に包み、ついでに昨夜の味噌汁とおかずと白飯をちゃぶ台に持って行って朝ごはんにした。
当然のように対面に座ったナギの前には、黙ってお茶をおいてやる。
こいつに人の食事はいらないとはいえ、目の前で何をする出もなく居座られると、落ち着いて食べられないのだ。
茶を持って相伴に預かっている体をとってもらえば幾分和らぐ、苦肉の策だった。
しっかり手を合わせてから食べ始めれば、ナギは茶を飲みつつ、鷹揚にうなずいていた。
「相も変わらず、ぬしの食べ方は見ていて気持ちが良いの、朝食をきちんと食すのは感心だ」
「……たべろって言ったのはあんたじゃない」
本当はちょっとでも細くなりたくてダイエットしようと思っていたのに、しっかり食べろとやいのやいのと言われて結局3食しっかり食べることになってしまい全く減らせていなかった。
食べられるのなら食べたいと思ってしまうだけに始末が悪い。
……正直、体重計は乗るのが怖くて、しまい込んだままだ。
「どうせわたしは食いしん坊よ」
「そうは言っておらん。十代の少女の、健やかな魅力は健全な食事から作り上げられるものだからの。それでも絞りたいというのであれば、後はもうちいと運動をして、霊力の修行をすれば、きゅっと身も引き締ま……」
「絶対いや! ごちそうさまっ」
運動はともかく霊力の修行なんて普通の高校生のする事じゃないし、それをするとますます体重が重くなるのだ!
勢いよく立ち上がったわたしは、食器を流しに放り出すと、スクールバックを肩に掛けた。
そうして、勉強机においてある鈴を仕方なくポケットに入れて、ナギを振り返る。
「ほら、いつまでその格好でいるのよ。早くしないと学校に遅れるわ」
「唯人にはわしの姿は見えぬと言うのに」
「誰かに見えないって言ってもわたしには見えるの」
護衛のために仕方なく連れて行くけど、この着流し姿の眉目秀麗な成人男性がそばを歩いているなんてめちゃくちゃ違和感があるのだ。
さらに言えばこいつは外だと横着をして、通行人をすり抜けてついてくる。
そういう現象に慣れていても、腹から人の顔が見えるのを受け入れられるかは別の話だ。
やれやれと肩をすくめるナギは体の輪郭を揺らがせたかと思うと、小蛇の姿になった。
わたしの親指の太さもない蛇体は艶やかな黒で、ただの蛇と違うのはその赤々とした双眸だけだ。
いつもこれだけ素直に言うことを聞いてくれればいいのに、と思いつつ片腕を差し出せば、するすると螺旋に巻いて上ってくる。
「ふむ、乙女の二の腕を這うのも、また良いものだ」
とりあえず黒蛇の頭にデコピンをお見舞いした。
☆
人の集まるところには陰の気が滞り、それに惹かれてよからぬモノが集まるのは当然だ。
意志を持たぬ魍魎だったり、こちらに居着いてしまった妖だったり。
それはたとえ朝の清涼な空気の中、通勤通学の人々が行き交う繁華な道でも変わらない。
ふと視線を転じれば、暗がりにうごめく黒い影があったり、調子の悪そうなサラリーマンの肩に、矮小な体格に額に角を生やした小鬼が楽しげに乗っていたりする。
そんな名もなき妖の中にはわたしに気づくモノも居るわけで。
今日も通学路を歩いていれば、小さな妖たちがひょいと顔を出して、わらわらと集まって着てしまった。
なるべく明るいところを通っているのに、どうして見つけてくるんだか。
半纏を着たカエルに、腰蓑だけの小鬼、毛玉に目玉が一つだけ付いたものは、口々にしゃべり始めた。
『おや、おや』
『うまそうなにおいがするぞ』
『いつもの娘だ』
『依夜だ』
『依夜だ』
名前を知られるほど顔なじみになってしまったことは複雑だったけど、姿がはっきりしているとはいえ、これくらいの妖は現世に干渉できるほどの力はない。
かまわず歩いていると、三匹はあきらめずに付いてきた。
『依夜、依夜』
『爪をくれ』
『血をくれ』
『目玉くれ』
曲がりなりにも見鬼の才能がある上、対したことなくても霊力があるわたしは、妖にとっておいしそうに見えるらしい。
日中に手を出せるほどの力はなくとも気持ちのいいものではないので、追い払ってくれとナギに視線を向ける。
だけど二の腕の黒蛇は、涼しい顔でそっぽを向いている。
害はないと判断しているからだろうけど、動いてくれないのはちょっとむかっとする。
しょうがないので、傍らで併走する三匹をなるべく視界に入れずに足を早めたのだけど。
付いてきていた小鬼が視界から消えたかと思うと、すうっと、下半身が涼しくなった。
「~~~~!!??」
風もないのに大きく翻るスカートをあわてて押さえれば、小鬼とカエルと毛玉がにやにや笑っていた。
そうか、ちょっとした妖力は使えたのか。
たとえば、スカートをめくる程度の力とか。
毛玉なんて鋭い牙の生える口をむき出しにして大笑いだ。
『水色だった』
『水玉だった』
『お子さまだ』
「あんた達っ! ナギ、追い払って……!?」
屈辱と羞恥で一気に血が上ったわたしは二の腕を見るけど、黒蛇の姿はない。
すでに、黒蛇はハイタッチを交わしあう子鬼達のそばにいた。
思わず期待したのだが、ぐっと鎌首をもたげたナギは、しっぽの先をまるでサムズアップするようにあげたのだ。
『すばらしいスカートめくりだった』
「この変態が――――!!!」
親指を上げて応じる子鬼と熱く友情を交わすナギに、絶叫したしたけどはっと我に返った。
周囲を見れば、少ないながらもいる通行人の奇異の視線が集まっていて、頭に上っていた血の気は一気に下がった。
そう、彼らにはカエルも小鬼も毛玉も見えていないわけで。
彼らにわかるのは風もないのにスカートがめくられた後、わたしが悲鳴を上げている部分だけだ。
好意的に見てもいきなり一人芝居を始めた変な子にしか見えない。
顔がどんどん熱くなるのがわかる。
しかも悪いことに同じ制服を着た学生までいた。
やばい、まずい。
とれる行動は限られている。
わたしは倒れそうな気分で、脱兎のごとく学校まで走ったのだった。




