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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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ありのままなんて言わないけど


 ナギが開いた道を抜けると、そこは、わたしが閉じこめられていた神域……つまりナギの趣味部屋だった。


 一足先についていた鬼灯が、不思議そうに周囲を見渡している。


 その姿を見ながら、わたしは、自分の行動に少し困惑していた。


 本当はついてくるつもりはなかったのだ。


 鬼灯は、何の罪もない女の子たちを、おぞましい禍霊に作り替えていたし、今だって、あとちょっと遅かったらお姉ちゃんも水守の人たちが危なかった。

 だから、ナギがどうやって決着をつけるつもりなのか見届けたいとと思ったのは確かだったけれど。


 今日の鬼灯を一目見たとき、何か、胸騒ぎがしたのだ。


 見ているだけで不安になるような、背筋が冷たくなるような。

 このまま二人きりにさせていいのか、と考えてしまい、とっさに飛び込んでしまっていた。


 幸い、鬼灯は、わたしのことは眼中にないようで、普通に会話できそうだった。

 ……あれだけの憎悪を向けられた矢先に、それも妙だとは思うのだけど。

 

 ともかく、見守るつもりで、ハリセンを握って隅に構えたわたしに、ナギは仕方なさそうな顔をしてもなにも言わなかった。


 そんなナギは、鬼灯の気がそれた隙に、一歩二歩と距離をとる。

 離れられて鬼灯は寂しそうな顔をしたけど、興味のほうが上回ったようだった。


「ここ、なに?」

「わしが、今まで過ごしてきたすべてが詰まった部屋だよ、姉者(あねじゃ)


 さらりと告げたナギの言葉に、鬼灯は目をつり上げる。

 その、大事な人を傷つけられて怒りを覚える姿は本物だった。 


「こんな、こんな狭くて薄汚いところにナギを閉じこめていたの!? あの人間ども」

「少々違うぞ、ここはわしの趣味部屋なのだ」


 言葉としては、至って普通だ。

 説明としてどこにもおかしいところはない。

 なのに、鬼灯は青天の霹靂といわんばかりに驚いた顔になった。


「え、趣味? ナギが、趣味!?」


 鬼灯がなぜ驚いているのかはよくわからなかったけど、ナギは気にした風もなく、重々しくうなずいた。


「趣味だよ。といっても、いろいろ試して、これはと思うものに出会ったのはごく最近なのだがな」


 言いつつ、ナギは一つ深呼吸した後、ぱちんと指を鳴らした。


 瞬間、部屋の様子が一変して、別の空間へつなげられたのだと気づいた。


 そこはわたしも始めて見る部屋だった。


 両側の壁には本棚と、お店のような透明な扉付きのガラスケースが並んでいる。


 本棚にはマンガやライトノベルやゲームやアニメのDVDなどがぎっしりとつめこまれ、ガラスケースの中には、かわいい女の子だったりロボだったりモンスターだったりのフィギュアがずらりと並んでいた。


 壁には目のおっきい女の子のポスターが、整然と貼られているし、部屋のコーナーにもうけられた机には、キーボードやパソコンの画面が複数台、これまたかわいいイラストの壁紙で飾られている。


 中央の壁には大画面のテレビがででーんと置かれ、ナギがいつの間にか持っていたリモコンをつかえば、きらきらしい音楽と共にアニメの女の子がはつらつと踊る映像が流れ出す。


 その、わたしでもわかるような、典型的ともいえるようなオタク部屋に乾いた笑みを漏らした。



 うん、知ってた。超知ってた。



 アパートにいる間もマンガやラノベは読んでいたのに、部屋のどこにもおいているそぶりはなかった。

 ノベルティや、ポスターや特典も結構ほしがっていたのに部屋におかせろとは言わなかったし。


 あそこまで深い知識があるんなら、絶対以前からどっぷりはまりこんでいただろうと思っていたから案の定だ。


 でも改めて知ると、慣れていたはずのわたしでもその膨大な量にうわあってなる。


「おお、この時間はマリムーンであったか! 第一期は見逃しておったのだ」


 テレビに大写しになったアニメに、喜々として画面に見入りかけたナギだったけど、我に返って振り返る。


 そうして、魂が抜けたような表情で立ち尽くす鬼灯に言った。


「つまりだ。わしは二次元オタクという奴なのだよ。アニメやゲームやマンガやライトノベルが、面白くて仕方がなくてなあ」

「あにめ、おたく」

「うむ、二次元の女の子最高でな。特に魔法少女が生息域だ。魔法少女は実によい。同志たちとリアルタイムで共有できなかったのが残念だが、今でも談議に花を咲かせるのだよ」

「どうし……?」

「今の世は非常に発達しておってな、WEBを通じていくらでも趣味友を見つけられるのだよ。往年のアニメも見放題で毎日が充実しておる!」

「ともだちが、いるの……!?」


 信じられないといわんばかりに愕然と目を見開く鬼灯に、対してドヤ顔でのたまうナギは、調子が出てきたのか、すごく輝いている。


「だからの。姉者の言う、二人っきりで過ごすというのに全く魅力を感じぬのだ」


 だけど、ふいにトーンを落として、言って聞かせるようにつぶやいた。 

 息をのんでいた鬼灯は、だけどいやいやと首を横に振った。


「うそ、嘘よ! ナギがそんな、楽しそうに笑うなんてあり得ないわ!」


 その否定の仕方に、わたしは少し違和感を持った。

 確かにこれだけの分量の趣味の品見せられて、動揺するのはしょうがないと思う。

 受け入れがたいようなものではあると思うし。


 だけど、ナギの顔は生き生きしているし……ちょっとアレだけど打ち込める物に出会ったのだから、頭ごなしに否定することはないんじゃないか。


 しかも、これだけの物があればナギが好んで収集しているのはよくわかるはずなのに、ナギが笑うなんてあり得ないというのはすごく変に思えた。


「そうではないのだ。わしはこの趣味に出会ってから毎日が楽しい。人が紡ぎ出す想像力は、このように豊かなものかと読むたびに新鮮だ。わしは以前のわしではないのだよ」


 すがりつくような鬼灯にだけど、ナギは予想通りとでも言うように冷静だった。


「姉者と別れて数百年たっておるでな。好みもかわったで笑いもする」

「たかだか五百年よ? その前だって、無感動で、なんにも興味を示さなかったじゃない。それなら妾だけみてればいいって思って、たくさん、いろんな物を用意したのよ。ナギが何にも興味がないのなら妾が代わりに決めてあげる。ナギに似合う服も、ナギにふさわしい部屋も、ナギが煩わされない環境も、ぜんぶ!!」


 悲鳴のような絶叫を上げた鬼灯は、ナギの両腕をにぎりしめた。


「ねえ、そんな無理しないで笑わなくていいのよ、興味、ないんでしょ? 長く現世にいたせいで毒されたのね? こんな作り物の世界にはまりこむなんて正気じゃないのよ 安心して、妾が元に戻して上げるから。全部全部解放して上げる!」


 腕に食い込む指は想像以上に力が入っているのだろう。

 ナギはわずかに顔をしかめつつも、どこか、悲しそうに思えた。


「わかって、くれぬのか。姉者」

「ねえ、ナギ。妾と離れたのが間違いだったのよ。残酷できれいで美しい妾の弟。もう二度と離れないわ」


 鬼灯はナギの頬に手を添えて、吐息がふれそうなほど近くに顔を寄せてうっとりとつぶやいた。


「ナギは、ただ妾に愛されていればいいのよ」

「それはおかしいわ」


 ふつふつと煮え立つような怒りといらだちに、言葉が滑り出た。

 鬼灯が、かくりと首を傾げてこちらへ向く。


 その赤い瞳がほの暗く濁り、蛇のように細くなっているのにわたしは驚いたけれど、怯みはしなかった。


「あなたはナギのお姉さんなのに。趣味が生理的に受け付けないって言うのならわかります。でも、本人が嫌だっていっているものをどうして無理矢理閉じこめようとするんですか」


 この短時間でもあふれるような違和感。


 わたしがこの心に同じものを感じているから、なんとなくわかる。

 彼女はナギがとても好きなのだろう。兄弟としてではなくもっと別の意味で。

 言葉の端々からそれはよくわかる。


 そう、ならば。


「ナギは無感動でもない無表情でもない。意地悪だし、人をからかって遊ぶし、かわいい服きせかけてよろこぶし、二次元には全力投球ですよ。一緒にいたいんなら何で否定するんですか」


 すべてを受け入れろなんて言わない。だってわたしだって全部は無理だし、今だってちょっと引くこともある。


 けれどそれを含めてナギなのだ。


 だから、彼女のその想いは、ナギのという近くにいて、都合のいい弟だった姿にしか向けられていないのではないかと、そう思ったのだ。


 鬼灯は、目の端をつり上げ赤い髪を揺らめかせる。


「それが、間違いだと言っているのよ。妾のナギはこんなんじゃなかった。ヘラヘラ笑ったりなんかしない。間違いは正さなきゃいけないの」

「あなたのナギじゃありません。お姉さんなら、どうしてナギの意志を尊重しないんですか! ナギはあなたの人形じゃないんです!」

「うるさいうるさいうるさい!」


 髪をかきむしった鬼灯は、全身から炎をあふれ出させる。

 赤い瞳を爛々と輝かせて、わたしをにらみつけた。


「妾とナギの間に入ってくるな! どれだけナギが残酷で冷徹で冴え冴えと美しかったか知らないくせに! 百年も生きない人の分際で、ナギを語るなっ」


 確かにわたしに出会う前のナギが、どんな奴だったかは知らない。

 もしかしたら、ひどいことをしていたのかもしれない。

 わたしが、想像もつかないような道を生きてきたことは確実だ。

 でも。


「わかりますっ。少なくともナギを無視するあなたよりは! だって、昔のナギよりも、今の笑うナギのほうが好きだもの!!」

「黙れえええぇえ!!」


 わたしは鬼灯の赤の瞳を強く見据えて言い切った瞬間、鬼灯の全身から炎があふれ出した。


「空っぽの器で、すべてを無為に映すその瞳がきれいだったのに! おまえが、汚した!! おまえがナギを汚したんだ!!」


 まるで子供がかんしゃくを起こしたみたいに叫んだ鬼灯は、憎悪と怒りに満ちたその赤で、わたしを射抜く。


「おまえのせいでナギが変わった!!」


 普通の炎とは違う、毒々しい黒をはらんだ妖炎がまっすぐわたしに襲いかかってくる。


 とっさにハリセンを盾にしようとしたら、袖を揺らしたナギが割り込んだ。


 黒い袖が鋭く翻れば炎は霧散したが、ナギは秀麗な顔を険しくすがめていた。


 はっと我に返った様子の鬼灯だったけど、わたしをナギがかばっているのに、顔色をごっそりなくしていた。


「なん、で……なんでかばうの?」

「姉者よ、わしは、この環境が至極気に入っておるのだよ」

「だって、ナギを傷つけて食い荒らす輩よ!? こんな薄汚い場所にいる必要なんかないのよ!」


 訴えかける鬼灯は、ぎこちなく笑みを浮かべた。


「ナギ、帰りましょう? 妾の屋敷へまた二人っきりで過ごしましょう?」


 すがりつくようにのばされる鬼灯の手を、ナギはそっとよけて、静かに言った。


「姉者。今わしの帰る場所はここなのだよ」


 明らかな拒絶に、鬼灯はよろけると、そのままうつむいてしまった。

 不気味なほど沈黙してしまった鬼灯に、わたしは少し胸が騒いだ。


 拒絶、されればつらいというのはわかる。


 そりゃあ、弟がいつの間にか二次元オタクになっていたら衝撃的だったと思うけど、今のナギを理解しようとしないのは違うから撤回はしない。


 けど、少し、憐憫の感情はあった。


 この胸騒ぎはそれじゃない。







 こつ、とヒールのかかとが鳴った。







 赤い彼女から、ぽちゃりと、黒いものが、床に落ちた。



「その、小娘のせいなのね。そのせいで、ナギはかわったのね」


 

 一歩、二歩、と足を進めるたびに、黒く転々と残っていく。


 それから漂うのは、深く暗い厭悪と怨念にまみれたまがまがしい瘴気の気配。


 ふいに、鬼灯が顔を上げて、わたしは息をのむ。


 その赤い両眼から流れているのは黒い涙だ。


 普通なら霧として見える瘴気が、濃密に凝縮して涙のようにあふれているのだった。


「許さない」


 紅唇(こうしん)からすべりだした呪詛の言葉は、びり、と、空間を震わせる。



「許さない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさないゆるさない許さないゆるさないゆるさない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない」


 憎悪を重ねるたびに、赤々とした妖艶なドレスに包まれた鬼灯の全身から、黒い瘴気がざあと滝のようにこぼれ落ち、再び彼女の肢体へまとわりつく。








「ユルサナイ」








 それを皮切りに、鬼灯の体が、爆発的に膨張した。


 悲しみと憎しみと恨みと後悔と、ありとあらゆる怨念をかき混ぜてぐちゃぐちゃにしたような絶叫を響かせながら、鬼灯は倉の天井を突き破る。



 がれきをよけるために跳躍して、外へ逃げたわたしは、倉からはいだしてくるモノをみて、全身の肌が粟だった。



 そこにいたのは、小山のように大きい大蛇だった。



 鬼灯の本性なのだとすぐに気づいたけど、全身からあふれ出すのはおぞましく、吐き気を催すような憎悪の気配だ。






 鬼灯は、禍神(まがつがみ)へと堕ちたのだ。






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