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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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閑話:水守香夜の場合 下


「危なかったわ、本当にっ。まさか妾に傷を付けるなんて! 見直したわよ術者たち!」


 心底楽しげに笑う鬼灯の傍らには、青ざめた表情の無貌がほぼ無傷で立っていた。

 それは仕方がない。水断の矢は狙ったものしか射貫かないのだ。


「鬼灯様、わざと攻撃を受け止めるなど、お戯れがすぎます!」

「あんなにお膳立てをして、準備をして、ありったけの技と霊力を使っての特攻よ? よけるなんてもったいないじゃない。真っ正面から破り去って、後がない絶望の表情はそりゃあ最高なのよ?」


 その朗らかとさえいえる物言いのまま、鬼灯は辺りを見回して陶然と微笑んだ。


「あなたたち、今すごく良い顔をしているわあ」


 その姿でその笑みで、場にいた全員が致命傷には至っていないことを思い知らされた。


 切り札を切った後など、あるはずがない。

 このような化け物に、いったいどう勝てというのか。


 神薙たちの間に絶望の色が広がった。


「ねえ、助けて上げましょうか」


 小首を傾げて呟かれた、甘い毒のような問いかけが、静まりかえった広場に響く。


「神薙少女って知っているでしょう? その娘を今すぐ妾に差し出せば、ちょっとは考えて上げても良いわよ」


 神薙たちの反応はそれぞれだった。


 初めて単語を聞くもの、噂だけは知っているものは仲間内を見渡した。

 だが、それを正しく認識し、またつい先ほど心当たりに出会った者は息を呑む。


 その差異を鬼灯は見逃さず、その者たちに向かってにいっと唇をつり上げた。


「そう、知っているのね」


 目をつけられた神薙の一人は、彼女に睨まれた途端、顔を青ざめるを通り越して紙のように白くさせた。


 一歩、踏み出しかけた鬼灯へ、だが、立ち向かう者が一人。

 山犬の日向にまたがり、弓を構えた香夜は、真正面から鬼灯へつっこんだ。


「絶対、渡さない!!」


 目に強く意志を宿す香夜へ向けて、鬼灯は炎を振るった。


 だが、香夜が構えた水断の弦を鳴らした瞬間、炎は立ち消え、阻む者はなくなる。


 日向の走る勢いのまま香夜は鬼灯の頭へ向けて水断を振り下ろした。


 水断は生み出される矢だけでなく、弓そのものにも強力な破魔の力が宿っている。

 並の呪具を頼るよりはずっと有効だった。


 しかし、堅い手応えと共に、水断が鉄のように動かなくなる。

 弓を鬼灯がつかんで阻んだためだった。


 破魔の力によって手が焼けただれるのも気にした風もなく、留めた鬼灯に、香夜は一瞬驚愕に目を見開く。


 さらに日向の走る足が急に止まったことで、香夜は空中に投げ出され、地に叩きつけられた。


 体を貫く衝撃に耐え、すぐさま体を身を起こした香夜だったが、日向が足を上げた体勢のまま硬直しているのを見た。

 その足下に、闇よりも濃い影が延びている。


「鬼灯様に牙をむくとは、身の程知らずが!」


 無貌が日向を広場の端へ吹き飛ばす中、鬼灯は無造作に水断を捨てると、厳しく目をすがめる香夜に視線を定めた。


「あなたなら、わかりそうね」

「それは、水守の直系でございます。つまり」


 無貌の補足に、鬼灯の赤い瞳に、ほの暗い炎が宿る。


「へえ、あの小娘の血縁って事ね」


 瞬間、鬼灯から漂う気配に腐臭のような瘴気が混ざったことに、香夜は息をのむ。

 反射的に呪符を抜こうとしたが、無貌の影が走り、その場に釘付けにさせられた。


「どんな殺し方をしたら、苦しむかしらねえ」


 首を傾げながら歩み寄ってきた鬼灯は、思いついたようにぽんと手を打った。


「そうだ、指先からちょっとずつ燃やしましょう。泣き叫ぶ声につられて、その娘も出てくるかも知れないわ。まあ、仲がよければ、だけど」


 無邪気な笑みに恨みを乗せた鬼灯は、手のひらへ炎をまとわせ、香夜をのぞき込む。


「生きたまま炭化すると、熱よりも痛みしか感じなくなるの。それで二度と戻らなくなる。なかなか素敵じゃない? こんな理不尽な目に遭うのも、ぜえんぶ、あの小娘のせいなのよ」


 香夜は、無貌の戒めから自由になろうと必死にもがきながらも、それだけは我慢ならないと、鬼灯をにらみ上げた。


「バカじゃないの。全部あんたのせいに決まってるでしょ」


 いつもならやすやすとよけられたものに捕まった時点で、香夜の体は限界だった。


 おそらく、自分はここで終わりだろう。

 為すすべもなく、鬼灯になぶり殺される。

 だが、依夜だけは守らなければ。

 あの子が手に掛かる所だけは見たくない。


 鬼灯の表情から笑みがなくなり、芥をみるような冷めたまなざしになった。


「あ、そ。じゃあせいぜい泣き叫びなさい」


 妖火の熱が近づいてくる。

 香夜の脳裏に浮かぶのは、大事な妹の顔だった。





 が、炎の痛みはやってこない。





 鬼灯が、顔色を変えて虚空を降り仰いでいたからだ。


「……なぎ?」


 愕然と空を仰いだその、刹那。

 輝く光を引き連れて、小柄な少女が空から飛び込んできた。





「お姉ちゃんを傷つけるなああああ!!!」





 白い袖と赤い金魚のヒレのような裾をはためかせ、少女は、鬼灯に向かってハリセンを振りかぶる。


 寸前で無貌が反応したが、空にいる少女を止めることは適わない。

 そのまま鬼灯の胴へハリセンが吸い込まれ。






 初めてその細い体が吹っ飛んでいった。






 場にいる全員が唖然と注目する中、広場中央へ降り立った少女は、香夜が何よりも守ろうとしたかけがえのない妹だ。


 黒い髪をなびかせ、まっすぐに前を見据えて唇を引き結ぶその横顔に迷いはない。

 身にまとっているのは、白と赤で構成された巫女服のような衣装だ。


 それは、幼い依夜が好きだったアニメのヒロインが着ていた服にそっくりで、全身からあふれるのは水守の神気の気配だ。


 香夜は、彼女に依夜、と呼びかけたくなるのを寸前でこらえた。


 だがその姿でハリセンを握っているのが、なにを意味するのか即座にわかり、複雑な想いがあふれかける。


「みつけたわああああ!!」


 その時、怨嗟に満ちた絶叫と共に鬼灯が飛びかかって来た。

 ハリセンを構えた依夜だったが、その間に舞い降りたのは、宵闇に紛れ込みそうな墨衣(すみごろも)をまとった長身の男だった。


 しかし、それを補ってあまりある退廃と蠱惑をしたたらせる美貌の男、ナギは、降り立った途端、少し、足をよろめかせる。


「ナギ、大丈夫?」

「大事ない。水守もなかなかやるのう」


 依夜の案じる声に、ナギは少々感心したような色をにじませて応じた。

 そんな二人の姿を見た鬼灯は、愕然とすると、おびえたように歩を止めていた。


「ナ、ギ? なんでその小娘と一緒にいるの。そもそも、妾の部屋にいたんじゃ」


 それも一瞬ですぐさま詰め寄り、すがりついてきた鬼灯に、ナギはいたわりのような憐憫のような表情を向けた。


「姉者よ。ちいと場所を移そうかの」


 そうして、ナギはなにもない空間を裂くと、隠世への道を開いた。

 ナギと鬼灯が消えていく中、依夜もそこへ飛び込んでいく。

 とっさに呼び止めようとした香夜だったが、その前に依夜が振り返った。


「お姉ちゃんっ無貌をお願い!」


 立ち止まった香夜は、消えかける隠世への道へ走り込もうとする無貌に気づいた。


「鬼灯様っお待ちください!!」


 言いつつ道へ飛び込もうとした無貌へ、香夜は呪符を叩きつけた。


 炸裂符を無貌は影に没することでよけたが、結果的に隠世への道は閉ざされる。


 その隙に水断を拾った香夜が振り返れば、影から現れた無貌はいらだちを露わにした。


「無駄なあがきをするおつもりですか。すでに日は暮れている。夜は私の領域です」


 言い切るやいなや、無貌の足下から闇よりも濃い影が吹き出し、そこから影で構成された妖が現れる。


 無貌が今まで乗っ取ってきた妖たちだった。


 その中にはあの牛鬼もいて、香夜が一歩足を後退させて身構えるのに、無貌は哀れみを浮かべる。


「あなたが私に屈したあの日と同じである以上、たとえ何人神薙がいようと変わりません。邪魔をしないでいただきたい」


 今は周囲にいる神薙を威圧するようにたたずんでいるだけだが、無貌が合図をすれば、妖怪たちはたちまち襲いかかってくることだろう。


「それに、あなたは先の術で、立っているのもやっとなのでしょう? 無理することはありません。私は鬼灯様の元へ行くだけです」


 たしかに、香夜はこの時間の無貌に為すすべもなく屈した。


「それがどうしたの」


 無貌はふいに体を揺らめかせた香夜が、一瞬で距離を詰めてきたことに驚愕する。

 振り下ろされた水断を、影で防ごうとしたが、ふれた瞬間消滅させられその朱塗りの弓が片腕にかすった。


 じゅっと焼け付くような痛みに顔をしかめながらも、無貌は一斉に影の妖をけしかけた。

 バックステップで一体の妖の初撃をよけた香夜は、もっとも信頼する式神を呼ぶ。


「日向!」

「もういるよっ!」


 日向に拾われた香夜は、その背にまたがると、驚愕を浮かべる無貌を意志を持って見据えた。


「だって、お願いって言われたのよ。妹に。応えなきゃ、お姉ちゃんじゃないでしょ」


 妹は自分が思っていたより遙かに成長していた。

 一番困難な道へ、迷いなく飛び込んでいく姿は羨望すら覚えた。


 妹の全身から吹き出す神力は、おそらく香夜以上の力を扱えることだろう。


 だというのに、自分ならきっと大丈夫、という全幅の信頼を寄せられて、奮起しないわけがない。


「それに、あの時とは違うのよ」


 あの時は日向がいなかった。式神を扱えなかった。

 なにより――……


 その時、周辺の建物に明かりがともり、広場へわずかなりとも光が浸食する。

 香夜がみれば、碓氷の指揮の下、周囲の神薙たちが、手に呪具を、武器を、明かりを持ち出して、徹底抗戦の構えを見せていた。


「香夜様、露払いはお任せを!」


 碓氷の言葉にうなずいた香夜には使命がある。


 だから大丈夫だ。


 香夜はいままで己の内部にある、黒くまがまがしい気配を開放する。

 全身にあふれるような活力がみなぎり、露出した指先から頬にかけて、まがまがしくも美しい黒い文様が広がった。


 無貌によって鬼と化し、妹によって解放された後も、一度宿った鬼の力が内部に残ってしまっていることを香夜は自覚していた。


 だが、水断はそれを知って香夜を選んだ気配もあり、それのおかげで、継承の試練に耐えられたのだから皮肉なものである。

  

 同時に、すべてに憎悪を燃やす鬼の意識が広がっていったが、依夜を脳裏に思い描くことで、ねじ伏せた。

 飲まれている暇なんてない。



 なにせ、生き残って愛しの妹の艶姿を撮影しなければならないのだから!



「神薙、なめんじゃないわよ?」

「……哀れな」


 鬼の文様をしたがえて、水断を構える香夜に、顔をしかめた無貌が指を鳴らす。

 瞬間、妖どもが一斉に拡散し、神薙たちへ襲いかかった。

 たちまち、神薙と影の妖が激突し、広場は戦場に変わる。


 その中、香夜は雄叫びを上げて無貌へとつっこんでいったのだった。


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