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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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閑話:水守香夜の場合 上


 じりじり後退を強いられていく碓氷達は、やがて本殿前にある広場までやってきていた。


 鬼灯らの従える禍霊(まがつひ)は数体に減っていたが、対する碓氷は身につけていたスーツ型の浄衣は所々焼け焦げ、露出した肌にはやけどを負っている。


 共に戦っていた神薙と用人も、三分の二が脱落していた。


 無貌が手を出さないとはいえ、あの禍霊はそれだけ脅威だ。


 なにせ、怨念から生まれたものではなく、かくあるべしと形作られた禍霊なのだから。

 香夜は、その禍霊のなかに、写真で見たことのある顔を見つけて、ぎり、と唇をかみしめた。


 わかってはいたが、それでもなお、神隠しの少女たちが禍霊へと変じさせられていることに――助けられなかったことに、香夜の心は軋む。


「香夜、大丈夫か」

「平気よ」


 わずかに乱れた霊力を、香夜は即座に凪へ戻した。


 万が一にでも気づかれてはならない。


 そのために彼らは命を取して、作戦を遂行してくれているのだ。


 歯がゆかろうと、どれだけ傷ついていようと、いくら助けに入りたかろうと、場が整うまで、香夜はこの場にいなくてはいけない。


 同じく息を殺しながら、傍らに従う日向は、それでも心配の色を隠さない。


 当然、かも知れない。


 何せ今の香夜も、今、戦う神薙達と変わらないほど満身創痍なのだから。



 この三日の記憶が曖昧だ。

 当主である祖母からナギが水守の神であること、そしていつか神を討つために水守があることを教えられ、依夜に背負わされた宿命を知らされた。


 教えられたことには、香夜がすでに知っていたこともあったが、知らなかった事実は、十分に香夜を打ちのめした。


 水守の神――ナギが無思慮に交わした契約で、幼かった依夜は一度死にかけた。

 その上、あれほど苛烈な修行に明け暮れなければ、その命が絶えていたというのだ。


 ふざけるな、と思った。


 大事な妹を苦しめていたのは、香夜が考えていた以上にあの神のせいだった。

 依夜が、決意をし直したからいいものの、依夜が一番平穏に暮らせる状態であったものをぶちこわしていった。


 ましてや、今回の騒ぎはあのバカ神の姉のせいだと!?


 なにも知らないままだった自分を、悔しくどれだけ不甲斐なく思ったことか。


『あなたが私を嫌っているのは知っています。それでも、水守を継ぐ意志はありますか』


 祖母の問いに、香夜は迷わずうなずいた。


 そして、避けられぬ災厄に対抗するため、水守の秘技を受け入れた。


 水守の特殊な場を利用した時間の間延びした空間で、香夜は体感で一月過ごした。


 会得できるかは、香夜ですら賭け。

 会得しても、間に合わせられなかったら意味がない。


 修行をつらいと感じたことのなかった香夜が、根を上げかけるほど追いつめられた。


 祖母は容赦なかったが、それでいいと思った。

 原動力をいつだって思い出すことができて、それだけ踏ん張れた。


 そして香夜は、賭けに勝ったのだから。


「あのクソ野郎に、一発たたき込める技が手にはいるだけでお釣りがくるわ」


 依夜を守るためだったら、水守の神だろうとその姉に当たる名のある古き神だろうと相手取ろう。


 細く長く息をはく。


 連発不可の大技の上、チャンスは一度きり。


 もう一度、禍霊をみる。


 せめて安らかに眠らせてやらねばならない。

 震えかける心もすべて置き去りにして、香夜は時期を見定める。







 碓氷達は戦意を失わず武器を構えたが、対して鬼灯は、うんざりしたように声を上げた。


「もう、これだけ!? 逃げてばっかりでつまんない! 向かってくるならもっと本腰入れてよ。ああもう飽きた」


 いらいらと髪をかきあげた鬼灯は、炎をまとわせた指先を碓氷達に向け。


「燃え果てなさいよ」


 一歩、広場の中央へ足を踏み入れ――場が、整った。


「後退!」


 碓氷が即座に号令をかけ、全力で広場の端へ退却を始める。


 違和を覚えていたらしく、いぶかしげにしていた無貌が胸騒ぎと共に鬼灯へ走っていった。


「鬼灯様、お下がりください!」


 だが、遅い。


 瞬間、鬼灯の足下に、曼荼羅と西洋の魔法陣を合わせたような、幾何学な文様が広がった。


 光を帯びたそれは爆発的に広がり、水守全体を覆い尽くしていく。


 壊された結界にも似たそれは、人には全く影響はない。


 だが、


「っ……!」


 鬼灯はいぶかしそうにしながら炎を操ろうとしたが、めまいがしたように足下をふらつかせた。

 踏み入れていた無貌も、驚愕と焦りに顔をしかめる。


 お婆さまが間に合ったかと、香夜は息をついた。


 水守の神……ナギを葬るために、水守では代々神殺しの研究を連綿と続けてきた。


 その成果の一つ、対神魔用の弱体結界だった。


 これが張られている領域で、妖はその力を減じられ行動を制限される。


 それは妖が強ければ強いほど有効だ。


 人が神を討つための、最終手段の一つだった。


「縛っ!」


 虚を突かれたように足を止めた鬼灯へ、隠行の術を解いた神薙達が、広場の端から一斉に術を発動させた。

 四方八方から戒めの鎖が空を走り、鬼灯を戒める。

 完全にその場に釘付けになった鬼灯に、香夜も隠行を解いて立ち上がる。


 霊力の鎖に戒められながらも、なおも余裕を失わない鬼灯が、本殿の屋根の上にいる香夜をとらえた。


 香夜もその赤く華麗な姿を瞳に移していたが、意識はしていなかった。



「とふ かみ えみ ため」



 祓え言葉を口ずさみ、手に携えていた朱塗りの優美な和弓をかまえた。

 弓弦は張られていても、香夜は矢を用意していない。


 だが、それが真の姿だった。



 まずひとつ。香夜は弦をはじく。



 弓を持った手から香夜の意識に、この弓の意識が滑り込んでくる。



 だが抵抗はせず、さりとて我を失わず。



 次にひとつ。香夜は弦をはじく。



 びいぃんと、弦が鳴り響いた途端、周辺の霊力が支配される。


 破魔の音が波紋のように広がると、鬼灯の傍らにいた禍霊は、その瘴気を吹き飛ばされ、消滅した。


 鳴弦(めいげん)と呼ばれるその行為は、あらゆる邪気を祓う儀式だ。


 その音は、鎮魂の意が込められ、ありとあらゆるこの世あらざるもの、影なるもの、瘴気を貫く。



 だがこれは準備にすぎない。



 この和弓は神を殺すためだけに作られた、特別な弓。

 意志を宿し、使い手を選び、だがその使い手すら食らってただただ神々を穿つ、神器に等しきそ弓は、名を水断(みなだち)といった。


 一度呑まれれば、術者は廃人となり、弓に食われ糧となる。

 妖刀ならぬ妖弓に、主と認められ、御する事が修行の大半だったのだ。


 香夜は従えたが、それでも気を抜けば、持って行かれる。


 最後に一つ、大きく弦を引けば、限界まで収束した霊力が、冴えた矢の形をとった。


 霊力を奪われる焼け付きそうな手のひらの痛みをこらえ、香夜は地を踏みしめて、全力で弦を引いた。



「我、水断(みなだち)を従えし、水守の末裔。

 盟約により、かの神を葬る者。

 破魔の弓よ、滅魔(めつま)の矢よ、

 願わくば、哀れなるカガチを永久の眠りにつかせたまえ」



 周辺を焼き尽くさんばかりにまばゆい光芒が、宵闇に包まれていた水守を明るく照らす。


 生み出された破邪の矢尻を鬼灯に向け、香夜はその矢を放った。


 ごう、と空気が震え香夜の肌をびりびりと震わせる。


 破邪滅魔の光そのものの矢は神速のごとく走り、ねらい違わず鬼灯へ吸い込まれ広場全体を光に包んだ。


 雷のようなすさまじい音が、辺り一帯に響きわたる。


 その余波だけで、近くにやってきていた妖は吹き飛んだ。


 術者たちも光に視界が奪われる。


 矢を放った香夜は、虚脱感にその場に崩れかけるのを、山犬の日向に支えられた。


 あらかじめ日向には、影響を受けぬ護符を持たせていたため、問題なく動けるようだ。


 だが香夜は油断せずに歯を食いしばって、眼下を見下ろす。


 記録では、千年の歳月を得たのち、禍神へと堕ちた神を一撃で消滅させたとあった。



 矢は間違いなく命中した。

 なのに、這い寄る不安が消えない。


 

 徐々に冴えた光が納まっていく中、だが、唐突に光が炎の赤に塗りつぶされた。




「あはっあははははっ! すごいわあ」




 艶をおびた哄笑が響きわたる。


 無造作に炎を払って現れた姿は、無傷ではなかった。


 だが、むき出しの肌にはやけどに似た傷を作っていながらも、鬼灯のその顔には、笑みが浮かんでいたのだった。


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