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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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変身っ神薙少女!!

 

 はっと、我に返れば、目の前にはハリセンがわたしとナギを遮るように虚空に浮かんでいた。


 そういえば取り落としてしまってたけど、自力で動けたりしたんだ!?


 驚きつつも何度も深呼吸を繰り返し、なんだか力が入りにくい気がする足でなんとか立つ。


 横を見れば、痛そうに頭をさするナギが、恨めしげにハリセンを見ていた。


「確かに、少々調子に乗ったのは確かだが。……おまえ、わしの知らぬ間に、ずいぶん懐いておるのう。わしが直してやったというのにまったく……わかったわかったそう怒るでない」


 ハリセンに向かって語りかけていたナギが、あきらめたように肩をすくめると、ハリセンは燐光に包まれて、消えていった。


 残った鈴が落ちてくるのを、わたしは反射的に受け止める。

 

 正直未だに状況が読めないけど、たぶん、天羽々斬は、助けて、くれたんだよね。

 驚きはさめやらないけど、心の中で、お礼を言う。


 あのまま受け入れたらどうなっていたかわからないし、あれ以上にならなくて、ほっとしたから。


 そうしているあいだに、心臓のどきどきも収まってきて、ほうと息をつく。

 かわりに、猛烈にこみ上げてくる感情のままにナギを見あげた。


「あ、あん、あんたは……!」


 でも羞恥心とか怒りとか、その他諸々がせききったようにあふれ出したせいで、うまく言葉にならない。


 そのせいか、わたしの怒りにも応えた風はなく、ナギは満足そうに目を細めて、ちろりと自分の唇をなめた。


「やはり、ぬしの唇は甘いのう」


 ひどく艶めいて見えるその仕草は実に様になっていて、その赤が鮮烈で。

 思わず注目してしまったわたしは、きっと顔から火が出そうなほど真っ赤になってる。


「……っ! ……!!」


 今度こそ絶句してしまったわたしを、ナギは心底楽しそうに眺めていたけど、ふいに空気を変える。


「さて、わしの萌えゲージもたまったことであるし」


 言葉は思いっきり台無しだったけど、ナギは鈴を持つわたしの手に、その大きな手を重ねて、緩くほほえんだ。


「ぬしよ、とっておきの浄衣を授けよう」


 重ねられた手のあいだから、燐光があふれ出した。


 ナギの神力が一瞬大きく広がり、中にある鈴に吸い込まれていくのを感じる。


 光が納まって大きな手は離れると、銀色だった鈴は金色に輝いていて、赤と黒の組み紐も、赤と白の真新しい組み紐に変わっていた。


 その色彩は「まじかる☆巫女姫ひみこちゃん」に登場した変身用の鈴そのままだ。


 こくり、とのどが鳴る。

 またとくとくと胸が高鳴る。


 吸い寄せられるように、真新しい組み紐を下げ持った。

 期待と、不安が複雑に入り交じる。


 願いを込めて。わたしは手首をしならせた。








 ろん。霊妙な音が響きわたる。








 とたん、鈴からあふれる光の奔流に包まれた。

 髪がほどけて、ナギそのものの、秋の夜のような冷涼な気配の心地よさに身を任せる。


 これは、怖くない。


 体を通ってあふれ出すのは、ナギの神力だ。


 感覚が研ぎ澄まされているのか、今のわたしには今まで感じられなかった力の流れがつぶさにわかった。


 優しくて、力強い気配が指先にまで染み渡って、光は消える。


 そうして瞼をあげて、自分を見下ろせば、わたしの巫女服は変わっていた。


 どうせナギのことだから、全力で趣味に走ったのだろうと思ったけど、予想外の服装に思わず息を呑む。


 顔を上げれば案の定、ナギが例の姿鏡を出していた。


 そこに映っているのは、わたしじゃないわたしだ。


 だけどすごく見覚えがあった。


 原形をとどめていないのに、まっさらな白と鮮やかな赤で構成されたそれは巫女服だとわかる。


 白の上着はノースリーブになっていて肩が見え、二の腕から手先にかけては着物袖がひらりと揺れている。


 赤の袴は、金魚のヒレのように後ろが長くて、前は太股半ばまでの超ミニスカートだ。


 露わになっている足を覆うのは真っ白なオーバーニーソックスで、履き口に通った赤いひもがアクセントになっている。


 いちおう、膝まで覆うような薄衣(うすごろも)千早(ちはや)をまとっていたけれど、しっかり透けて見えるし、実際の服じゃないのか、風もないのに空中に浮いていた。


 髪はひみこちゃん独特のツインテールに結ばれて、榊をかたどった髪飾りに彩られていた。


 とにかくかわいく愛らしくを追求したようなその姿は、「まじかる☆巫女姫ひみこちゃん」の変身衣装そのままだった。


 細部まで完全再現されているのに、わかっていてもじんわりと頬が熱くなる。


「……っ!」


 きわどいくらい短い袴に、もはや条件反射で裾を押さえてナギを見れば、ひどく意外そうに目を丸くしていた。


 その反応は初めてで、わたしまで戸惑う。


「な、なによ」

「いや、わしの安心要素を聞く前に、進んで鈴を振るとは思わなかったでな」

「すごい恥ずかしいわよなにこの丈まさかアニメそのまんまに作るなんてなにしてんのよこれ作中じゃ中学一年生が着ていたじゃないわたしが着るにはちょっと厳しいと思うのよ!」

「コスプレとは二次元のみに許される表現を三次元でいかに細密に再現するかが肝なのでな。まあ、胸元に関しては原作よりもぬしに合わせて作り込んだぞ」

「ちょっと強調気味なのはそのせいか!」

「おおう、ちゃんとぬしだ。ほっとしたぞ」


 大げさなまでにほっとするナギに、羞恥にわたしは迷った末、ぽつりと言った。


「どうせ、どんな服装でも、ナギの浄衣には変わらないでしょ。ならあんたが、かわいいって思うんなら、それでいいって思っただけ」


 すーすーたよりない太股をすりあわせて、赤らむ頬のままナギを見上げた。


「ど、う?」


 でもナギはすぐには答えてくれなくて、急に自分の顔を覆った。


 わたしの方は向いているものの、黙り込んでしまったナギに、少し不安になる。

 さっきの反応からは、そこそこイメージ通りだったのだと思ったのだけど、違ったのだろうか。


 するとぽんと、頭に手が乗って、ちょっと乱暴になでられた。


「今日のぬしもかわいいとも。さすがわしの巫女姫だ」


 顔を覆っていた手はもうなくて、ナギの表情が見えたけど、それがどこか照れくさそうに思えて、びっくりする。


 でも「かわいい」のその言葉が甘く柔らかく心に染み渡っていった。

 素直に喜ぶのはやっぱり恥ずかしくて、でも勝手に頬が緩んでしまう。


 そんな風にしていると、カシャッと、軽いシャッター音がした。


 はっとわたしが顔を上げれば、さっきとは打って変わってにやにやするナギが、どこからともなく取り出したカメラを構えていた。


「素材がいいでばっちり巫女姫そのものだ! 最高だぞ、ぬしよ!!」


 名刺サイズのデジカメなんてかわいいもんじゃなく、両手で構えるような一眼レフってやつだ。


 すっかりいつもの通りのナギが、次々にシャッターを切るのに、なりを潜めていた羞恥心が一気に吹き上がった。


「な、なに撮ってるのっ。服を着るのは良くても写真は嫌! というかどうしてそんな本格的なカメラ持ってるの!!」

「これは支給品なのだよ。ちなみにビデオカメラもあるぞ! ぬしよ、そのままぜひまじかるひみこちゃんの決めポーズを頼む!」

「調子に乗るなああ!」


 たぶん今でもできるけど、誰がやるか!!

 やたら生き生きとしながら、さっとコンパクトビデオカメラに持ち替えたナギにどなって、わたしは柏手をたたいた。


 さっき、助けてくれたハリセンをお礼を込めてなでる。


「またよろしくね、天羽々斬。あんな奴放っておいて、みんなを助けにいこう」

「や、わしもきちんとやるからの」


 若干あわてた風にしまって傍らにやってきたナギに、舌を出してみせる。

 ちょっと情けない顔になったナギだったけど、腕を振るった。

 するとなにもない壁だったところに、扉がにじみ出てきた。


 たぶん、外に出られる扉だ。

 その向こうに、どんな光景が広がっているかはわからない。

 緊張に身を固めていると、とんと肩に手をおかれた。


「今のぬしは、わしの最強最高の巫女姫だ。誰にも負けはせん」


 そこだけは真摯で、そういうところはずるいと思う。

 だからわたしは、小指を立てて差し出した。


 わたしがひみこちゃんになりたいと言って、ナギが叶えると言ったときも、指切りげんまんをしたのだ。


 子供っぽいと思うけど、何となくやりたい気がした。


「ナギも、約束したんだからちゃんとわたしのところに帰ってきてよ」


 驚いた風に小指を見たナギだったけど、即座に絡めてくれる。



 ゆびきりげんまん。



 上下に振ったナギは、ふいに体を屈め、絡めた指に唇を寄せた。


「むろんだ、ぬしの勇姿を目に焼き付けなければならぬでな」


 滴るような笑みを浮かべたナギに、あの唇の感触を思い出してしまったわたしは、ぼんと顔を真っ赤にしてしまう。 


「い、い、行くよっ」



 ああもう何でこう翻弄されてばっかりかな!

 甘くて熱い何かに、どきどきと鳴ってしまう心臓が恨めしい。


 わたしは、最後まで愉快そうなナギから振り切るように離れると、外へとつながる扉を勢いよく押し開けたのだった。



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