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変態式神の生態

 

 


 セピア色の風景に、人だけがくっきりと浮かんでいる。




 水守の浄衣を着た姉は、いつにも増してかっこよかった。


 姉の後ろには似たような正装をした本家の神薙がそろっていたけど、そのなかでも姉はひときわかがやいて見えた。


 そんな綺麗な浄衣をしわになるほど握りしめて台無しにしているのは、ちいさなわたしだった。

 姉の傍にいた一人が、姉をせかすように何か言う。



“簡単な討伐とはいえ、役立たずはつれていけないぞ”



 やくたたず。


 ちいさなわたしでも、その言葉に含まれた棘が心に刺さった。

 その人の言葉に悲しそうな顔をしつつうなずいた姉は、目を潤ませるわたしの頭に手を置いた。



“だいじょうぶ。すぐに帰ってくるから”



 だめだ。このまま行かせてはいけない。

 

 絶対引き留めるんだ。引き止めなきゃ、後悔する。

 

 胸の内は焦りと恐怖で荒れ狂って、全力で叫んでいるのに、ちいさなわたしは涙をこらえて、握っていた姉の緋袴から手を離した。



“いってらっしゃい”



 にっこり笑った姉が、背を向けて遠ざかっていく。


 一人ぼっちになる。


 でも大丈夫、お姉ちゃんはすぐに帰って来るって言ったから。

 ちいさなわたしは、神薙たちが見えなくなるまで手を振り続け。

 



 唐突に変わる風景。

 



 慌ただしく駆け回る本家の術者や用人、巫女たち。交わされる怒号の様な指示。

 いつになく騒がしい様相に、ちいさなわたしが立ち尽くしていると、どんっと背中を押されて倒れこんだ。



“治療のじゃまだ。出来そこない!”



 生臭いような腐りはてた異質な瘴気の中に、ぷうんと鉄さびのようなにおいが混ざっている。

 その瘴気にくらくらしながら、ちいさなわたしは、それをみつけてしまう。

 集まっている人の間から垣間見えたのは、


 見ちゃダメだっ。



 姉の白い顔と、



 見たく、ない。



 体に咲く、赤い――――……


 















 はっと目覚めたわたしは、自分の部屋の壁が見えて、深く息を付いた。

 全身がじっとりと湿っていて気持ち悪かった。


 昔の記憶だけど、ただの夢だ。

 今じゃない。今はそうじゃない。

 わたしはもう関係ない。何でも出来る。そのはずだ。


 自分に言い聞かせて、大きく何度も息をして。

 やっといつも通りの呼吸に戻って、首だけを巡らせた。


 わたしの部屋は、八畳の畳部屋と、四畳ほどの板張りの台所が、ガラスの引き戸をへだてて二間続きになっている。

 家具はちゃぶ台と、テレビと、勉強机とイス。

 服や布団は押し入れに入れられるから、割と広く使えるのだ。


 しかも風呂トイレは別で、築年数が古いおかげで相場よりも安く借りられた。

 窓の外はもう明るくて、朝日に照らされ部屋の壁にかかった制服が目に入った。

 ほんの少しだけひるんだ気持ちを、首を振って振り払う。


 さあ、起きあがろう。今日もきっと戦いだ。

 頑張れわたし、普通の高校生で居るために!


 気合いを入れてざっと布団から起きあがった瞬間、目の前にあったのは赤い双眸の蠱惑的な美貌だった。


「おや、起きたかねぬしよ。今日も良き寝顔だった」


 空中で胡座をかいて腕組みをしつつにんまりと……とても満足げなナギに、わたしは全力で後ずさった。


「っナギ!! 勝手に出てこないでって言ったでしょ!?」


 必死で声を押さえて抗議すれば、空中で器用に胡座をかくナギは悠然と言った。


「乙女が無防備に眠っているというのに、その寝顔を堪能しないとは紳士の恥だぞ」

「そんな紳士知らないわよっ」

「そうかの。ならば紳士らしく寝乱れを指摘しておこう」

「!?」


 下を見れば寝巻にしている浴衣の衿がはだけて、胸元が覗いていた。

 起き抜けに慌てて動いたことで、裾もぱっくり割れて、太ももあたりまで見えている。


「わかってるんなら目をそらすくらいしなさいよ!」


 ぶわっと顔に血が上ったわたしは、はだけた胸元を庇いつつナギに手元の掛け布団を投げつけた。

 今日は半実体化しているらしくものの見事にひっかぶったナギだったけど、楽しげに笑うだけで応えた風はない。


 毎朝の慣例のようになってしまったこのやり取りは不本意だったけど、呼び出してもいないのに鈴から勝手に現れるナギを止めるすべがない以上、耐えるしかなかった。

 せめてもの抵抗として毎回文句を言っているけど、むしろ喜ばせているような気がしてならない。


 今日も一矢報いることも出来なかったと、無念を抱えながら布団を三つ折りにして押し入れにしまった後、バスルームへ逃げ込んだ。


 こことトイレは入らないでくれと願って願って願った結果、聖域となった場所だ。

 それでも不安で、わたしは引き戸の陰から顔をのぞかせて、投げつけた掛け布団を畳んでいるナギを睨む。


「絶対見ないでよ」

「見ないで、と言われるとなおさら見たくなるのが男の性、というものだが。安心せい、娘の着替えは妄想するものだと思っておる」


 ……思わず覗かれるのと妄想されるのとどっちがましなのか考えたけど、どっちも嫌に決まってる!


「妄想も禁止!」

「殺生な。時にぬしよ。ブラジャーはいつもの白も良いが、わしは青の方が可憐で似合うと思うぞ」


 今度こそ言い返すのは我慢しようと思ったのに、瞬間的にかっと血が上って返事の代わりにたわしを投げつけた。


「勝手にたんすをのぞくなっ」


 ぴしゃりと引き戸を閉めたわたしは、たんすを鍵付きにすべきか真剣に悩んだけれど、どうせすり抜けて見えてしまうのだろうと気づいてがっくりする。

 式神、ナギと暮らすようになってから二週間以上がたっていた。





 ☆





 あれからというもの、わたしはナギの言動に振り回されっぱなしだった。


 式神というものは、呼んだら出てきて主の望みを叶えるものだと思っていたのに(姉の式神はそうだった)、その常識を覆して、ナギは勝手に出てくるのである。


 そうしてなにをするかと言えば、パソコンをいじっていたり、わたしをからかったり、ふらふら外に出ていたり、わたしにちょっかい出したり、ごろごろしたり、わたしにちょっかい出したり。


 ほんと、わたしをおもちゃにして遊んでいるとしか思えないような感じなのだ。

 寝顔を見るのはあたりまえ、わたしが何かをするごとに口を挟んできて、箪笥の中身を批評はするわ、やたらと頭に手を乗せたり持ち上げたがるわ、この間なんて、わざわざ着替えの最中に鈴から出てきたのだ!



 いつもはお風呂に入る前に着替えを選ぶのだけど、そのときはうっかり脱いでいる最中にそれを思い出して、そのまま取りに行ってしまったのだ。


 多少わたしにも非はあったと思う。


 だけど、シャツとぱんつ姿で絶句するわたしに、ナギはわびれもせずに話しかけてきた。


「ぬしがどのぱんつにするか悩んでいるようだったでな。わしはくまさん柄かうさぎさん柄が良いと思うのだが、ぬしはもう持っておらぬようだしの。折衷でそのりぼんが良かろう。

 ……ところで、ぬしは一人で風呂に入っても大丈夫かの? 何ならともに入ってやるが」


 その瞬間、大まじめにのたまう秀麗な顔に、平手打ちをかましたのは言うまでもない。


 一人でお風呂に入っておぼれかけたのなんて5歳くらいの時の話だ。

 心配する必要のない年齢なのは見てわかるのに、そんなこと言うなんてこいつは絶対変態だ!

 かっかと血を上らせながらそのたびに言い返しているうちに、言葉はどんどんぞんざいになっていった。


 そんな中でナギについてわかったことと言えば、ほんとにしょうもないことばかりだ。

 まずは、毎週土曜日だか日曜日にやるかわいい女の子が出てくるアニメは絶対見逃さないこと。


「あれには今のわしのすべてがあるのだ。いわば心の故郷だな」


 誇らしげに語りながら見ているのは、フリルやレースがこれでもかと使われた、ひらひらとかわいらしい衣装に身を包んだ小学生くらいの女の子が、杖からきらきらとした魔法をほとばしらせて戦うアニメだ。

 魔法少女というらしい。


「ぬしよ、試しにやってみぬか」

「やりませんっ」

「ほれ、退魔師なぞはいうてみれば現実におる魔法少女であろう。ぬしは十分素地がある」

「だからやらないって!」

「ええ~」


 本気で残念そうにするナギに、たとえ顔が良くてもカバーできる範囲というモノがある、とあんまり知りたくないことを知った。


 後はハイテク機器に妙に強いこと。


 少しでも目をそらせるかと、全く使っていないパソコンを与えてみれば、ナギはあっさりと馴染んだ。

 というか、電子機器はわたしよりもよっぽど使いこなしているようなのが微妙に悔しい。


 ほんとに外界に出たことないのだろうか。


 それでなにするかと思えば、大量のイラストを保存して楽しんでいたり、動画を見ていたり。

 夜は夜でなにやら掲示板やらSNSやらで情報交換をしていたりするらしい。


 キーボードを目にも留まらぬ早さで叩くナギが、なにをしているのかと覗いたときには後悔した。

 コメントを投稿参加できる動画サイトで再生されていたのは、白い着物というにはかなり露出度の高い上着に非常に短い赤い袴を着て、きわどいポーズを取る目の大きな女の子だった。


 ついでにナギが投稿しようとしていたコメントは「至高の太腿」。

 似たようなコメントが流れとぶその動画を見たわたしは、水守の家に通報しようかわりと本気で悩んだ。


 そもそもまともな会話をしたことがある男性といえば、中学時代の先生(六十代)や、村で世話になっていた神社の神主さんぐらいなものだった。

 なのに、いきなりこんな変態だメンズもどきと一緒に暮らすなんて、無謀なことをやろうとしていることに気づいてなかったのだ。

 あの時のわたし、本当に余裕がなかったんだな……。


 鈴から一定の距離しか離れられないようなのが良かったのか、悪かったのか。

 わざと動揺させているとしか思えない言動に恥ずかしいやなにやらで調子を狂わされっぱなしのわたしとは違い、ナギはどこ吹く風でくつろいでいるのが恨めしい。


 幸いなのは、「守る」という言葉だけは守ってくれていることだけど、水守にばれたくないわたしは黙って耐えるしかなかったのだった。

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