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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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呼びかけるのは

 暗闇に投げ出されたわたしは、すぐに堅い床へたどりついた。


 隠世と通じているのならそういうことも珍しくないけど、うまく対処できるかは別問題だ。


 案の定、全く予期していなかったわたしは、盛大にしりもちをついて床に転がった。

 痛みをこらえながらもとっさに上を見たけど、わたしが落ちてきた扉は影も形もなく、ただ高い天井があるばかりだ。


 完全に閉ざされてしまったことに歯噛みしながら、周囲を見渡せば、そこは神域とはとても思えないような、大量の物にあふれた室内だった。

 若干整理されているものの、倉庫のような雰囲気のそこは紛れもなく倉庫だろう。


 というか、整理したのもわたしだ。


 たった一度だけど、嫌と言うほど記憶に残っている、ナギと初めて出逢った、あの倉の中だった。


 ここが神域、と言った祖母の言葉に間違いがなければ、ここはナギの専用の場所。私室みたいなところなのかもしれなかった。


 全体的な物の位置はそれほど変わっていないが、若干箱や、本の山が増えている気がする。


 ……なんだかアパートで見覚えのあるタイトルもある気がするんだけど、もしかしてわたしのところにいる間も出入りしていた?


 思考がわき道にそれている間も、わたしの胸の中は、驚きと焦燥に荒れ狂っている。


 一度来たときにあったはずの入り口は、なぜかどこにも見あたらず、壁を叩いてみても当然のごとく手が痛くなるばかりだ。


 手近な箱を積み上げて、天井の高い位置にある天窓へ上ってみたが、外は一寸先も見えない闇だった。


 だというのに、視界に困らないくらいには光が射し込むのは、その外が隠世だからだろう。

 完全に閉じこめられたことを思い知ったわたしは、行き場のないいらだちのまま、床に拳を叩きつけた。


「なんでっ! なんでよっ!!」


 この短時間で多くの知らなかったことが開かされて、頭はパンク寸前だ。


 あの巫女さんがお婆さまの式神だったのだから、ナギとの出会いは仕組まれたということになる。


 思い出させないために封印までしていたのに、どうしてわざわざそばにいさせるようなことをしたのだ。

 そんな重要な秘密があったのなら、はじめから水守に閉じこめれば良かったじゃないか。


 なのにわたしが普通の学校へ行くことを許可したり、そのくせまるでナギを護衛役のように付けたり。

 水守を存続させたいんなら、小さいからって気にせずに押しつけてしまえば良かったじゃないか。


 幼いわたしには耐えられなかったから、肩代わりした?

 それじゃまるで、


「わたしを守るためみたいじゃないっ……!」


 嫌われていたと思っていた人に、知らないところで守られていた。

 自分が情けなくて、悔しくて、熱いものがこみ上げてくる。


 それを唇をかみしめることで耐えた。

 口の中に、血の味が広がる。


 この神域に来て以降、あの地鳴りは感じなかったけど、そのことが、かえって恐ろしかった。

 無貌と鬼灯を、簡単に退けられるとはとても思えない。


 あれから何分たったのだろうか。

 十分?一時間?それとももっと?


 ここは神域だから、時間の流れが違っていてもおかしくない。

 今このときにも、水守や、祖母や、姉が、死力を尽くして戦っているはずだ。


 祖母の話を鵜呑みにするのなら、わたしはここで生きているだけで彼らの助けになっているらしい。


 ここで、守られていること。

 それだけがわたしにできることだと言っていた。


 だけど、わたしは未だに納得できないでいる。


 本当にそうなのか。

 わたしにできるのは、それだけなの?


 祖母と別れる直前の喀血が目に焼き付いている。

 それは、結界にダメージが入ったと思われるタイミングだった。

 わたしも衝撃を感じたけれど、それほどではなかった。


 つまり、お婆さまは何らかの形で結界の要になっていて、まだ契約とやらの主導権はお婆さまにあるのだ。


 幼いわたしでは耐えられなかったほどの代償があるのに、お婆さまはそれを維持したまま、術を使おうとしている。


 その前も、お姉ちゃんへの術の継承で、相当消耗していたみたいだったのに。


 それは、水守を守るためであり、姉を守るためで。

 その中にはわたしも入ってるけど、お婆さまは入っていない。


「そんなの、やだよ……」


 背守りを縫ってくれたと知った。

 わたしを守るために心を砕いてくれていた知った。

 それでもお婆さまはずっと遠い人だった。

 優しくされた記憶もない。


 教えてくれたことだけでは、お婆さまの真意もわからない。

 でもこんなかたちで、また蚊帳の外で守られるのは嫌だった。


 何より、戦場にはお姉ちゃんが居る。

 水守の人達だって居る。

 

 わたしは、握る拳に力を込めた。


「わたしだって、守れる神薙に、なりたいんだ」


 あの人たちが少しでも生き残れるように、できることが、あるはずだ。


 祖母は、水守の神、ナギの力をこの地に流入させるために契約があるのだと言った。

 無自覚だったけど、この体を通して、力が水守の地に供給されている。らしい。


 ひどく負担になるらしいその契約を、わたしが、全部継承したら?

 少なくとも、祖母は楽になるのではないか。


 なぜ、祖母があの時点でわたしに委譲しなかったのは、おそらく、わたしでは耐えきれないと思ったからだ。


 でも、そんなことにかまっている場合ではない。


 自分を信じようだなんて言えるほど、わたしに才能がないのはわかっている。

 けれども、それがわたしにできることなら、耐えてみせよう。


 祖母は記憶を封じることで、契約を保留にしているらしいから、思い出すだけで、わたしに完全に移行するはずだ。


 だけど、ふいに、祖母の話が脳裏をよぎる。



 ”我が水守の神を殺すために、この水守はあります”



 ナギが、八岐大蛇の一柱で、殺されるために、水守の神になって、ずっとずっと、力を搾取し続けられている。

 ナギ自身が望んでいても、それは殺すための片棒を担いでいる、ことには変わらない。


 その罪悪感と、わたしには理解できないどろどろとしたくらい何かがこわい。


 知るのが怖い。


 契約を受け入れたら、いつかは、殺さなきゃいけない?


 爪が食い込むほど握っていた拳をほどいた。


 血がにじんでいたけど、痛みは感じない。

 大きく深呼吸をして、自分に言い聞かせるためにつぶやいた。


「バカじゃないの。そんなの、後から考えれば、いいわ」


 そうだ、わからなくったって良い。

 わからないなら聞けばいいのだ。


 この場を乗り切って、本人に、直接。


 わたしは、知りたいと願った。思い出したいと願った。

 なら、その思いに従おう。


 どうやって思い出そう。


 わたしが断片的でも思い出せているのなら、封印はかなりゆるんでいるということだ。


 あともう一押しぐらいできればいいのかもしれないけど、いま頭を振り絞って思い出そうとしても、全く出てこない。


 この、ちゃんと出てきなさいよ。

 なにかきっかけが必要だとか贅沢なこと言わないで!


「あたまをいい具合に揺らせば、記憶が飛ぶらしいんだから、その逆もあればいい……の、に?」


 すごく、ばからしい方法が脳裏に浮かんで、酸っぱい顔になった。


 わたしの記憶はふつうの記憶喪失とは違って、封印されているのだから、その術をほどけばいいのだ。


 血のにじんだ手のひらを、勢いよく合わせた。


 ぱんっと小気味良い音とともに光があふれ、大きくて真っ白いハリセンが現れる。


 この天羽々斬(あまのはばきり)は、望めばどんなものでも切れると言われて、実際にナギの結界すら打ち壊せるところを見ている。

 

 わたしにどんな影響があるかはわからないけど、お婆さまの封印は破れるはずだ。

 問題は、自分の頭にハリセンを叩きつける絵面が、すごく間抜けということだけだ。


「いや、見ているのはわたししかいない。気にしたら負けだ」


 なにより、これで全部わかるかもしれないんだ。

 代償がわたしの羞恥心程度ですむんなら安いものだ。


 渇いたのどに、つばを飲み込みながら、きゅっと柄を握りなおす。

 

 天羽々斬って名前もてっきり借用しただけと思っていたけど、ナギが八岐大蛇なら何かしら因縁があるのかもしれない。


「天羽々斬さん。いつも助けられてばかりだけど、お願いします」


 わたしに、力を貸してください。


 祈るような気持ちでハリセンをしならせ、わたしは、祖母に呪を入れられた場所――額に、白い刀身を叩きつけた。


 きたのは、痛みではなく、衝撃だった。


 パアンッ! と、思った以上に大きい音が鳴り響き、光があふれ出して目がくらむ。


 同時に、頭の奥で、何かが砕けた気がした。

 体を貫いた衝撃で、わたしは体勢を崩した。


 受け身も取れずに、床に仰向けに転がる。


 だけど、その衝撃すら意識に上らないほど、わたしの脳裏には様々な光景があふれ出していた。

 鮮やかで鮮烈なそれが走馬燈のように駆けめぐり、意識すら塗りつぶそうとした寸前、収束していく。


 そんなに長い時間じゃなかっただろう。


 でも、わたしは少しほこりっぽい床に転がったまま、激しく呼吸を繰り返すことしかできなかった。


 体がひどく重くて、息苦しい。


 これが、祖母が背負っていたものだと、すぐに気づいた。


 わたしを通して、親しみのある力が流れ込み、周囲へ広がっていくのがわかる。

 そして、その力は流れていくそばから消費されていく。


 姉たちが無貌や鬼灯と戦っている証だろう。

 その勢いにわたしまで吸い込まれそうで、気を張っていないと、意識が飛んでしまいそうだ。

 こんな重みを、お婆さまはずっと支えていたのだ。

 でも。


「ぜんぶ、思い出した……」


 つうと、頬に涙がつたった。


 脳裏を荒れ回っていた記憶が落ち着き、一つ一つかみしめるように思い返す。


 記憶の中のナギは、今とは別物みたいに無表情だった。

 でもすっごくきれいだって思った幼いわたしは、井戸に落ちた衝撃も忘れて、飽きもせずに眺めていた。


 でも濡れた衣で寒くなってくしゃみをしたわたしに、似たような衣をナギが作ってくれたのだ。


 ちょうど、この倉……じゃない。ナギの趣味部屋でだ。


 掃除のときに入ったのが、初めてじゃなかった。

 その後、帰りたくなかったわたしは、この部屋で遊んでた。

 なんでか付き合ってくれたナギに、ふと次はなにがしたいかって聞かれたから、ちょうど街でやっていたお祭りに行ってみたいとリクエストしたのだ。


「わたし、すごい大胆だったな」


 子供の行動だけど、思わず赤面してしまう。


「うわああ……」


 どんな行動をして、なにを話したのかが一挙に思い出されて、その場でごろごろ転がりたいほど恥ずかしい。


 ナギは、ちゃんと連れ出してくれて、一緒に祭りの出店を歩いた。


 お金がなかったから見るだけだったけど、それでもすごく、すごく。楽しかったのだ。


 ナギはわたしが言うとおりに歩いてくれて、金魚の着物にしてくれたりもした。


 花火は特等席で見て、そのとき、ナギは聞いてきたのだ。

 その言葉は一語一句、鮮やかだ。


 無性におかしくて、わたしはくすくす笑ってしまう。


 ああでも、その間にも、力はどんどん流れていく。


 わたしは、おっくうな体をなんとか動かして起き上がると、袴のひもにはさんであった鈴を手に取った。


 どんな重大なことだと身構えていたのに、ふたを開ければあんなことだった。


「なにしてるのよ、ナギ。ほんと、あんな言葉を真に受けて」


 呼んでも、銀の鈴はくすんだままで反応はない。

 ナギと別れて以来、ずっとそうだったから。


 それも当然だった。


 ナギ、とあの頃のわたしもそう呼んでいたけど、本当の名前じゃないのだから。

 


 でも、思い出したのだ。



 たくさん大変なことが起きていて。

 それでもだからこそ、今、言わなきゃいけないことができた。



 震える指先で、赤と黒の組み紐を下げ持ち、自分を通っている流れをさかのぼっていく。

 流されそうな激流に呑まれそうになるけど、ずっとわたしが身にまとっていた気配だ。

 見失うわけがない。


 そうして、流れの先にいるはずの奴へ、全身全霊をこめて呼びかける。






「聞きたいことが、山ほどあるのよ。ここへ来て、参頭遠呂智凪伎(ミズオロチノナギ)!」






 同時に、手首をしならせた。













 ろん。













 ひどく懐かしい、涼やかな音色が空間に響きわたる。


 流れの向こうから、あふれ出すのは冷涼な気配だったけど、何かに阻まれていた。



 この、こっちはもう堪忍袋の尾が切れてるの! 



 ムカついたわたしは、力が流れてきている箇所から意識の手を伸ばす。


 そして、捕まえたと同時に、引き上げた。


 全部、意識の中でのことだ。


 だけど、全力疾走したあとみたいに、どっと汗が噴き出し、あえぐように何度も呼吸を繰り返す。


 荒れ狂うような力の流れとは真逆に、それはいつも通り静かだった。


 わたしの目の前に、すういと、にじむように黒い衣が目の前に現れた。


 次いで艶やかな黒髪をひとくくりにして、抜けるように白い肌に彩られた、退廃的でいっそ毒になりそうな美貌が露わになり。


 最後に、深く、赤い瞳が開かれて、床に座り込むわたしを見下ろした。


 その表情は、仕方ないとでも言うような、あきらめと苦笑を帯びていて、どこか泣きそうに思えた。


「ずいぶん、荒っぽい誘いだのう。ぬしよ」


 深い、寂のある声で紡がれる呼びかけは、かわらないままで。


 これが聞きたかった。


 嫌でも実感したわたしは、こみ上げる熱とあふれる感情のまま、口角を引き上げて見せた。



「当然、でしょう。主の断りもなく、今までどこをほっつき歩いていたのよ、バカナギ!」



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