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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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知らなかったこと、気づいたこと

 

 碓氷さんに引き倒され、訳がわからないまでも受け身をとって身を起こしたわたしだったけど、碓氷さんに両肩を強く捕まれた。


「井戸に身を投げようなんて、なにを考えているんですか!」


 その瞳と語調の必死さに、わたしはようやく碓氷さんが勘違いをしていることに気がついた。


「あの、わたし、のぞき込んでただけです! ちょっと紛らわしかったかもしれないですが、小さい頃、ここにきたことがあって……」


 あわてて言いつのれば、碓氷さんはじっと探るようにわたしを見つめていたけれど、本当だとわかってくれたらしくて、腕を放して、深いため息をついた。


「驚かさないでください……」

「ごめんなさい」


 勘違いだったとはいえ申し訳なさにしょんぼりとしていると、前に座りこんでいた碓氷さんが、なぜか首を横に振った。


「……いえ、謝らねばいけないのは私のほうです」


 戸惑って顔を上げれば、碓氷さんはいつも気むずかしそうな表情を和らげていた。


「あなたは、ずいぶん変わられましたね」


 意外すぎることを言われて、わたしは耳を疑った。


「そう、ですか?」


 恐る恐る問い返せば、碓氷さんは確かにうなずく。

 そのまなざしは柔らかくて、ますます戸惑った。


「ええ、私の知っているあなたは、おびえて、注目をされないように、常に身を縮こまらせていました。ここにはあなたの居場所がないとしか感じられなかったでしょうから仕方がない部分もありましたが。ひたすらに嵐が通り過ぎるのを待っていた」


 その通りだったと思う。

 ここはわたしの居場所じゃないと、早く帰りたいと必死に願っていた気がする。


「ですが、今のあなたは、どことなく……そう、元気です」


 あんまりな言いように、わたしはちょっとずっこけた。


「元気、ですか」

「ええ、元気です。昔のあなたでしたらご当主様に禁じられれば、その先も考えて部屋に閉じこもっていたでしょう。なのに今のあなたはこうして自分で考えて出歩いている。先の外出で発揮した行動力も、想定外でした。それが、なんというかとても不思議です」


 わたし、どれだけか弱く見られていたのだろうとちょっぴり情けない気持ちになったけど、碓氷さんはそうでもないようだ。


「なので、当主様に軟禁まがいのことをされて世を儚んだと考えてしまったのは、今のあなたに失礼でした」


 すみません、と謝られたわたしは、途方に暮れた。

 軟禁している、と言う自覚があったのかというのもひとつだけど。


「碓氷さんは、わたしが、嫌いじゃないんですか」


 碓氷さんは、祖母のそばに居る人だから、私に対して風あたりが強いのは当然だと思っていた。

 なのに誤解だったとはいえ、こんな風に助けてくれて、謝ることでもないのに謝ってくれる。

 それがよくわからなくて見上げれば、碓氷さんはちょっと決まり悪そうな顔になった。


「あなたに関しては、周囲の者が複雑な想いを抱いていることは知っています。私もあなたの卑屈な態度に関しては、少々思うところもありましたが、それだけです」

「それだけ……?」

「ええ、あなたが家を出たことを諸手で喜ぶ者は少数です。神薙にはならずとも、用人とならなかったことを惜しむ声は少なからずあります」


 その言葉が信じられなくて、わたしはぽかんと碓氷さんを見返すことしかできなかった。


「なんで」


 わたしは、ずっと役立たずと言われ続けていたのに。


「神薙としての才は発揮しませんでしたが、あなたが修行に入った各部署では、神薙にならなかった場合はうちへ、と言う要望がいくつか来ておりましたよ。霊気や瘴気に過敏なことは、反転すればそれだけ微細に感じ取れるということですから。呪物の鑑定などではのどから手が出るほど欲しい才能です」


 碓氷が穏やかに言うことが、うまく飲み込めなかった。


 望まれていた?

 わたしが、この家に? 


 こみ上げてくるのは熱だ。

 いままで凝り固まっていたものが、ほろほろと崩れかけるのに焦って繕い直す。


「うそ……」

「嘘ではありませんよ。まあ当主様が、なぜあそこまでかたくななのかは計りかねますが」

「そうですよ。おばあさまはわたしを本家にはおいてくれなかったし、用人はだめって一昨日も言われました!」


 わたしは何のためにかわからないまま、それでも主張する。


 ならなんで本家から遠ざけるようなまねをしたのか、ただただ実戦にも出さず修行ばかりをさせて、用人になれとすら言わなかった。

 それはわたしを、水守にはいらないと態度で示しているようなものじゃなかったのか。


 だけど碓氷さんが困ったような様子に、わたしははっとした。

 この人は知らないのだから、言ったってしょうがないのに。


「ごめんなさい」

「いえ。当主様のお考えに計り知れない部分があるのはわかりますから。ただ一つ、いえるのは、当主様は、あなたが水守にとどまることを望まれていたということです」

「そんなの……!」


 なんだか自分がうまく制御できなくて、かっとなって言い返しかけたわたしだったけど、我に返る。


 そういえば、進学の時に勧められたのは、お姉ちゃんも通った退魔科のある高校で、今の学校に進学を決めた後も最後まで移らないかと言われていた。


 あの時は、そんなところへ行ったらますます出来損ない呼ばわりをされて過ごすことになるという拒否感で、断るだけでいっぱいいっぱいだった。


 けど、改めて考えてみれば、そういう学校を勧めるからにはまだわたしを水守においておくつもりではあったことになる?


 ……いやいや、わたしが曲がりなりにも水守の直系だから、世間体で入れざるを得なかったということも考えられる。


「私個人としては当主様……いえ、豊世様と、もう少し歩み寄ることはできないか、とは思います」


 碓氷さんがそう締めくくるのを、わたしはなんだかよくわからないまま見上げた。

 少しため息をつくと、碓氷さんは立ち上がって手を差し出してくれる。


 少しためらったけどその手を握って、わたしも立ち上がった。


「気が済まれたのでしたら、帰りましょう」


 碓氷さんに、こくりとうなずく。

 湿った落ち葉に座り込んでいたせいで、お尻のあたりは冷たいし、袴は思ったよりどろどろになっていた。


 着替えた方がいいだろう。


 それでもこれだけはいいたかった。


「わたし、かわいがってもらったこと、ないです、よ」


 思ったよりも頼りない声音になった。


 お婆さまは、いつも醒めた目でわたしを見ていた記憶しかない。


 一緒にご飯を食べても無言だし、一般の家族みたいに外へ遊びに行ったこともなければ、和気藹々としゃべったことも、笑顔すら見たことがない。


 だからきっとこの人は、義務でわたしや姉を引き取ったのだと思った。

 歩み寄ることを望まれているとはとうてい思えなかった。


「不器用な方ですから、非情にわかりづらいのも無理ありませんが。少なくとも、背守りを縫うくらいの愛情はあったと思います」

「え……?」


 その言葉に惚けたように見上げれば、碓氷さんが眉をひそめた。


「一般にも知られている、初歩的な呪術の一種です。まさか知らないとは」

「知ってます!」


 というか、つい昨日調べなおしたことだ。

 うるさく騒ぐ心臓に気を取られていると、碓氷さんは懐かしむように目を細めた。


「あなたたちが引き取られた頃は、私はまだ当主様付ではありませんでしたが、よく用向きを言いつけられていました。そのときに小さな着物に一針一針縫い大事そうに縫い込まれているのを見たことがあります。後で、あなたの着物の背に同じ図案と色糸が見えたので、間違いはありません。でなければあなたは今ここにはいられなかったでしょう」

「ま、まって。待ってください」


 いろいろ衝撃的なことがありすぎて、わたしはそれしか言うことができなかった。

 あの背守りはお婆さまが縫い込んでくれたもの?


 背守りは、ごく単純な呪術だ。その服を着る子供のことを想いながら、魔除けの図案を縫い込むだけ。


 だからこそ、その子供のことを強く思わなければ効力は発揮しない。


 ナギがいくら強くても、背守りに呪力がこもっていなければ気づかなかっただろう。


 それでも、そこまでしてもらっていたというのが信じられない。


 でも。




 情景がよぎる。





 大きく音を立てて花火が上がり、光が散る。


 照らされるのは、祖母の姿。

 なぜか、祖母の腕にぎゅっと抱きしめられていた。


 その後ろに、幼い姉が走ってくるのが見える。

 手を振りたかったけれど、体が重だるくて声が出なかった。


 わたしが視線を巡らせた先には、背の高い、黒と赤のナギがいるのがわかる。

 また花火が上がる。

 背後で咲いた花火が逆光になって、ナギの表情は見えなかった。



「――・――……」



 祖母がなにかを言っている。必死に。

 でも花火の音で聞こえない。ううん聴覚が利かなくなっているんだ。


 やがて祖母はこちらを見下ろして、わたしの額に指が伸ばされる。

 祖母の表情は……






 ずきりと、杭を差し込まれたように頭が痛んだ。

 今までになく激しいそれに、視界が真っ白に染まって、足下がふらついた。


「依夜様!?」


 碓氷さんが焦った声とともに体を支えてくれたけど、わたしは脂汗をにじませて、耐えることしかできない。

 大きく呼吸をして、何とかやり過ごしながら、わたしは必死に碓氷さんを見上げた。


「今、ここにいられなかったって、神隠しにでもあったんですか」


 神隠しうんぬんは、今までの記憶からの推測だけど、的外れではないはず。

 案の定ぴくり、と碓氷さんの表情が動揺に揺れた。


「覚えて、いらっしゃるのですか」

 

 あたった。


「わたし、小さい頃ここから落ちたんです。それで隠世へ紛れ込んだのだと思います」


 頭が痛い。割れそうだ。

 だけど震えかける指先で、わたしが井戸を指せば、碓氷さんは観念したように息をつく。


「内々におさめられましたが、三日ほど行方が知れなかったことがあるのです。私は捜索に加わりましたので、少しは事情を知っていますが、そのときの記憶をなくしているあなたに負担をかけないためにも、厳重な箝口令がしかれました」


 それ以上は知らないらしい。

 痛ましそうな視線を投げかける碓氷さんに、ぽつりと思った。


 違う。

 記憶をなくしているわけじゃない。


 確かにある。わたしの中に。なら……


「依夜様、かなり体調が悪いように見受けられます。早く屋敷へ」

「それよりも。碓氷さんなら、ご存じですか」


 わたしを支えながら歩き始めようとする碓氷さんを遮る。


「なにをですか」

「呪術で、人の意識を操作したときに起こる、副作用について、です」


 碓氷さんはいぶかしそうにしながらも、わたしが譲らないとわかると、答えてくれた。


「人払いなどの広域に影響する呪術については、若干の意識の混濁程度です。副作用と呼べるほどの重大なものは確認されていません。強力な記憶の操作に関しても若干の違和感程度で収まります。ただ、かけられた本人が何らかのきっかけで思い出そうとすれば激しい頭痛な、どに」


 脂汗をにじませるわたしの前で、碓氷さんのいぶかしげな表情がまさかという驚愕に変わる。

 逆に、疑問が氷解したわたしは、安堵に深く息をついた。


 昨日一日調べた中には、水守の歴史や討伐歴のほかに、人の意識を操作する術についてもだった。

 そのときは、同じものを読むのに飽きて、息抜きに読んでいたけれど。


 碓氷さんの話は、わたしが見つけた記述と変わらない。


 思い出せないのは、忘れたからじゃなく、封印されていたから。

 そして、それを施したのは、祖母だ。


 歩み寄るかどうかはわからないけど、話さなきゃいけない理由ができた。

 わたしは驚きさめやらない碓氷さんをまっすぐ見た。



「祖母に会わせてください」





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