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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第五章

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きらきら輝くその色は


 はじめは弓子に浴衣の着方を教えつつやろうと思ったのだけど。


「わー!? ひもがからまったー!」

「その前に弓子ちゃん、衿のあわせ方逆だから!」


 ひもがうまく結べなかったり、おはしょりがうまく整えられなかったりで何度もやり直し、結局待ち合わせの時間が迫っているのに気づいて、わたしが全部着付けてあげることになった。


「うう、おかーさんが練習していけって言ってた理由がよくわかったよ……」


 若干げっそりしている弓子にわたしも苦笑を返す。

 自分が普通にやっている動作を教えるのが、こんなに大変だと思わなかった……。


「でも、依夜に着せてもらったら思ったより苦しくないし、帯の結び方がすっごくかわいいし、得した気分だよ」

「喜んでもらえて良かった」


 にこにこ上機嫌な弓子に笑い返し、弓子は履いてきたサンダルで、わたしは引っ張り出してきた下駄をひっかけて、待ち合わせの駅前までの道を歩く。


 駅前は会場になってもいるから、途中の商店街には七夕の房飾りが飾られていたり、近づくごとに人が増えていく。

 色とりどりで趣向が凝らされた房飾りは見応えがあるし、すでに出店もあったりしてずいぶんにぎやかだ。

 先を見通す方が難しい通りを縫うように歩けば、私たちと同じように浴衣を着た女性や子供ともすれ違った。


 行き交う人たちの表情は明るくて、楽しげで、すれ違うたびになんだか気持ちがさわさわと揺れる。

 お姉ちゃんと来るはずだった場所、という寂しさもそうなんだけど、それよりもひどく既視感を覚えることに困惑していた。


 今は真昼だけど、あのときは夕暮れで、祭り囃子が聞こえてきたとか。

 提灯に明かりが煌々としていて、見るもの全部が新しくてわくわくしたとか。

 わたし隣にいるのは、大きな人影だった、とか。

 ここじゃない誰かとの情景が脳裏をちらついた。


 頭に痛みにも似た鈍さを伴う感じは、覚えがある。

 ナギについての記憶を思いだそうとした時のものだ。

 でもいまさら思い出してどうするというのだ。


 ナギはいない。

 思い出せといったくせに、わたしの前から去ってしまったのだから。

 今となりにいるのは弓子だ。

 せっかくのお祭りなのだから思いっきり楽しまなくちゃ。


「うわ、さすが休日のお祭り。お昼でも込んでるなあ。依夜、ちゃんとついてきてる?」

「うん」

 そうして、騒ぐ記憶を無視して、わたしは弓子に続いたのだった。




「ひゃー依夜ちゃーん! 元気で良かったよー!!」


 駅前にたどり着くと、そこにはすでに凛ちゃんと真由花ちゃんが居て、会って早々今にも泣き出しそうな真由花ちゃんにぎゅっと両手を握られた。

 そのまま手をぶんぶん振り回されて、面食らうけれども、それだけ心配をかけていたのだと思えば不謹慎ながらもちょっぴり嬉しい。


「真由花ちゃんこそ、元気で良かった」

「わたし? ぜーんぜん覚えてないんだもん。気がついたら何日もたってたって感じでねぇ」

「真由花ってばこんな感じであっけらかんとしてるのよ。こっちがどれだけ心配したと思ったか」

「だってほんとに覚えてないんだもん」


 あきれた風に漏らす凛ちゃんに、ちょっと頬を膨らませる真由花ちゃんは以前と変わらない。

 そのことに心底ほっとしていると、凛ちゃんがじっとわたしを見つめてきた。


「それよりも、依夜の方はどうなの。なんか、やつ……やせてない?」

「あ、うん。だいじょうぶだよ」


 禊行で食事制限が入っていたから、すこし体重は落ちてるだろうなと思うけどなれているし、最近体重が気になっていたからきっとちょうど良い。

 なにを食べても味気ないことは事実だけど。


 ぎこちないながらも笑ってみせれば、凛ちゃんはもの言いたげだったけどそれ以上は言葉にはしなかった。

 代わりに真由花ちゃんが握ったままだった手に力を入れてきて、気をひかれる。


「それよりも、二人とも浴衣がすっごくかわいいね!」

「ふふふ、でしょ? 依夜ってばすごいんだから。 あっという間に着付けてくれたんだよ。帯もほら、きれいな結び方なんだ」

「え、依夜ちゃんすごい! わたしも浴衣欲しいけど着方がわかんないんだ。買ったら今度教えて!」

「うん。わたしでよければ、いいよ」


 本当はすこし教えるの苦手だな、と思ったのだけれど、真由花ちゃんが嬉しそうに目を輝かせるから、もう一度頑張ってみようと思った。


「やったうれしい! 夏祭りはみんなで着て行こーよ!」

「真由花、気が早いわよ。それよりも出店見て回りましょ」

「そうしよう。あたしお腹すいちゃった」


 凛ちゃんがあきれた風に言うのに弓子が賛成して、メイン会場になっている商店街へと歩き始めた。


 商店街は完全に車両は通行禁止になっていて、両脇に所狭しと出店が並んでいる中を、はぐれないようにゆっくり歩きながら見て回る。

 すごい人混みで目が回りそうになるけれど、香ばしい食べ物の匂いと、お祭り特有の喧噪に包まれたわたしは、わくわくするのに気がついた。


 神事に由来する祭りはもちろんだけど、それ以外のイベントでも、楽しそうだったりにぎやかだったりするところには、いろんなものが引き寄せられる。

 だから、行き交う人々の中には、人あらざるものがちらりほらりと混ざっていたりもしたけれど、悪さをするでもなく、ただお祭りに引きつけられただけみたいでほっとした。


 弓子たちはわたしが居なかった間の学校のことだとか、おもしろかったマンガの話とか、前と変わらずにぎやかに話をしながら、気になった出店を次々に冷やかしていく。

 わたしは相づちを打ちつつ、久しぶりに味わう日常をかみしめていると。


「そういえばね、誘拐されてたとき、一つ覚えてることがあるんだよ」

「またその話?」


 凛ちゃんにうんざりとした視線を向けられても、真由花ちゃんは気にした風もなく、わたしを向く。

 頬がバラ色に染まったその表情がなんだかすごくかわいくて、少しどきりとした。


「意識がね、ぼややーんとしてたんだけど、なんかね良い香りがしたと思ったらちょっとだけ目が覚めてね。そしたらすっごいイケメンにお姫様だっこされてたの!」


 とっておきのことを打ち明けるように、きらきらと顔を輝かせる真由花は一気に続けた。


「もうほんと、テレビで見るアイドルとか芸能人とは全然違う、びっくりするほどのイケメンなの! 目があったらすぐ帰れるぞ、って言ってくれて。それがぞくぞくするほど素敵な声でね。またすぐに寝ちゃったんだけど、その後目がさめたらおかーさんたちにかこまれてたから、きっとあの人が助けてくれたんだよ!」

「まあ、こんな感じで真由花は、懲りずに新たな恋を見つけた訳なのよ」


 まあ、幸せそうなのはいいんだけどね、とあきらめた風に苦笑する凛ちゃんを気にした風もなく、真由花ちゃんはうっとりとした表情になった。


「わたし、あの人にもう一回会ってお礼言いたいの。それでね、おしゃべりして、デートしてもらって……えへへ仲良くなれたらいいなあ」


 わたしはきらきらと表情を輝かせる真由花ちゃんに、とっさに言葉を返せなかった。


 そのすっごいイケメンが、ナギってことはすぐにわかった。

 だって真由花ちゃんを助けてくれたって言っていたから、真由花ちゃんが会いたいと願っているのは、ナギだ。

 無貌に操られていたとはいえ、長谷川先輩に恋をしていた頃も、同じ表情をしていた気がする。


 ううん。たぶんそれよりもずっときらきらしてる。


 真由花ちゃんを見ていると、これが恋なんだなというのがよくわかる気がした。

 嬉しそうに頬を染める真由花ちゃんはふわふわで、かわいくて、幸せそうで。こっちまで嬉しくなってしまいそうだ。

 なのに、なぜかわたしの胸はぎゅうっと引き絞られたようだった。


「いちど……」

「なあに?」

「一度、会っただけなのに、恋ってわかる、の?」


 二文字。漢字にすればたった一文字に収まってしまうのに、その言葉すら口にするのが重かった。

 きょとんとする真由花ちゃんに、じわりと罪悪感のような後味の悪い気持ちがわき上がってくる。

 けど、真由花ちゃんは動じた風もなく、ふんわりと笑ったのだ。


「だからもう一回会いたいんだあ。そしたらきっとわかると思うから!」


 その笑顔がまぶしくて、思わず目を細めた。

 言葉に詰まったわたしの視線の先で、凛ちゃんが感心したような表情になった。


「あら、意外と考えてるのね」

「わっ凛ちゃんひーどーいー! わたし、好きになったら一途なんだようっ」

「それは知ってるわ。真由花はただ立ち直りが早いだけだものね」

「恋に生きる女なのです」


 ぶい、と指を二本立てて胸を張る真由花ちゃんに、だけど凛ちゃんは慣れているのか肩をすくめた。

 そうして、また別の話に移っていく彼女たちの声を聞くけれど、私は輝くような真由花ちゃんの表情が頭から離れなかったのだった。



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