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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第四章

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薄情彼氏さんとは



  弓子と凛ちゃんは時間が惜しいとばかりにわたしを引っ張りながら、口々に今までの経緯を話してくれた。


「とりあえず依夜から聞いた特徴を頼りに、友達に片っ端から聞いてみたんだ」

「それでリストアップした名前から、真由花の好みな所から攻めてみようと思ったのよ」

「やー名簿もないから、知り合いからクラス表の画像をもらって名前を特定するのが大変だったよー」


 普段冷静な凛ちゃんまで、からっからと異様に上機嫌な感じに、わたしはごくりとつばを飲み込んだ。


「……二人とも、もしかしてそんなに寝てない?」

「大丈夫! 四時間寝たよ!」


 それはあんまりよくないんじゃないかなと思う。


「いいのよ。私たちにできるのはここまでで、後は依夜の記憶と目が頼りなんだから」


 やたらハイテンションで言った弓子と、それに併せて親指をあげる凛ちゃんに、なんか申し訳なく思いつつ、まずは朝練の運動部員を見て回った。

 弓子たちが頑張ってくれたのに報いるためにも、見つけられるようにしよう。


 と、勢い込んでみたものの、弓子たちが指し示してくれた人の中にはいなくて、教室に戻って送られてきた写真の中にもあの横顔の生徒はいなかった。

 と、いうか、この写真の山どうやって手に入れたのかな。


「友達に送ってもらったんだよ。イケメン男子の写真は需要があるからね」


 どこにどうやって回っているんだろう。

 にまにま笑う弓子ちゃんを前に、わたしの知らない世界をみた気がした。







 授業が始まって一時中断し、お昼休みになったとたん今回ばかりはおにぎりを片手に作戦会議をしながら、上級生の教室を見て回ろうと言う話になった。

 そのとき、扉口にいたクラスメイトから声がかけられた。


「水守さん、上級生が呼んでるよー!」

「えっ、わたし?」


 目をぱちくりとして扉の方を見れば、なぜかにやにやするクラスメイトの女の子のとなりに、男子生徒、たぶん上級生が居た。

 背はそれなりに高くて、均整のとれた感じは見栄えがいいのかな。柔和な顔立ちは人が良さそうな印象を受ける。

 その男子生徒はわたしを見つけると、とても親しげに笑いかけてきた。

 一緒にいた弓子と凛ちゃんが不思議そうにこそこそ顔を寄せてきた。


「え、依夜、誰? いつあんな人と知り合ったの?」

「というか、待って、あの人確かリストに……」

「あ、え、えと」


 まともに顔を合わせるのは初めてだ。でも、知っている。

 驚く弓子と、スマホをいじろうとする凛ちゃんにわたしは何とか説明しようと思ったけど、その前にその男子生徒がこちらへやってきた。


「やあ、水守さん。こないだ借りたものを返さなきゃ、と思ってね。友達には悪いけど、ちょっと二人で話せるかな?」

「え、あ。その」

 

 なんというか言葉は柔らかいのに、有無を言わせず押し付けるような感じだ。

 わたしが勢いにのまれている間にまくし立てた彼は弓子と凛ちゃんに顔を向けた。


「いいかい?」

「あの、先輩は誰ですか? 依夜とどんな関係なんですか」


 わたしと違って上級生でも物怖じしない弓子が警戒を込めて問いかければ、照れくさそうな顔になった。


「僕は三年の長谷川慶太(けいた)。彼女とは、僕が一方的に仲良くなりたいと思ってるだけなんだ」


 瞬間、周囲で聞き耳を立てていたクラスメートがざわざわと騒ぎ出した。

 詳しく聞きたそうな視線が突き刺さるのを感じていたたまれなったわたしは、軽くパニックになる。

 

 絶句している弓子と凛ちゃんはきっと勘違いしてるだろうけどここで言えることなんて、ああもう!


 わたしが勢いよく椅子から立ち上がると、長谷川先輩はほっとした顔になった。


「ありがとう、水守さん」

「どこ、行けばいいですか」


 歩きだそうとする長谷川先輩について行こうとすると、弓子がはっと息を吹き返す。


「依夜、ついて行こうか」

「だい、大丈夫」


 その気持ちはすごくありがたかったけど、とっさに断って、わたしは長谷川先輩の後について教室を出たのだった。








 *







 長谷川先輩が選んだのは、わたしと弓子が凛ちゃんを連れてきた、屋上近くの踊り場だった。


「ごめんよ、妙な連れ出し方をして。君ぐらいしか下級生がわからなかったんだ」


 たどりつくなりすまなさそうな顔で謝ってきた長谷川先輩に、わたしは恐る恐る問いかけた。


「何の、ことですか」

「真由花と一緒にいるところ、見てただろう? たしか非常階段だったよね」


 さらりと言われた言葉に、自分が悪いわけでもないのにばつの悪さがこみ上げてきて、顔が赤らむ。


 わたしが押し黙ると、怒っていないとでも言うように穏やかな表情を浮かべる長谷川先輩は、その通り、わたしがここで見た真由花ちゃんの彼氏さん本人だったのだ。


 こうやって対面すると、背が少し高めで制服をそれとなくおしゃれに着崩しているところや、少年と言うより青年と言った方が正しい感じの整った面立ちは、凛ちゃんがあげた真由花ちゃんの好みにドンピシャだった。


 そのせいかどうにも目が離せない感じで、わたしもそわそわと落ち着かない気分になる。


 でも、整っていると言えば、ナギの顔面凶器な美形っぷりの方が断然上だ。

 それにとっさのことだったとはいえ、弓子の付き添いを断ったのだろう。

 釈然としないものを感じつつも、あの判断がよかった気がするのだ。


「ここの所、真由花と連絡が取れないから心配していたんだ。誰かに聞こうにも下級生と交流もなかったしね。君しか頼れそうな子が居なかったんだ」

「しらないん、ですか」

「なにをだい?」


 不思議そうな長谷川先輩に、内心首を傾げながら、わたしはとりあえず真由花ちゃんが一昨日から行方不明なこと、それまでの経緯をかいつまんで話した。

 長谷川先輩は徐々に青ざめた顔になると、最後には深く息をついた。


「そうか、そんなことになっていたのか……」

「先輩は、なにか、しりませんか」

「確かに、その日は真由花と会ったよ。でも友達が来る予定になってるから、とすぐ別れたんだ」

「そう、ですか」


 一瞬期待しかけたわたしだったけど、その返答に視線を下に落とす。


 と、何か、違和感を覚えた。


 雨の続く六月だけれど、外は少し薄日が射しているようで、屋上のドアにはまる磨り硝子からちょっぴり光が射して影ができている。

 その明りのおかげで壁の暗がりと、わたしと先輩の影が、ぼんやりと浮かんでいるんだけど何かが変だ。


 真上から密やかな笑い声がして、顔を上げる。

 長谷川先輩が優しい眼差しでわたしのことを見下ろしていて、その表情に心臓が不自然に跳ねた。


 なんで、この人はこんな表情をするの?


 見ているこっちまで気恥ずかしくなるような、魅力的な笑顔だった。

 まるで、わたしが愛しくてたまらないような。


 ――でもそれなら何で指先が冷たく感じるんだろう。


「ごめん、不謹慎だと思うんだけどね。ちょっとうれしいんだ」

「なんで、ですか?」

「実は真由花とはつきあっていたわけじゃないんだ」

「え」


 わたしが目を見開くと長谷川先輩は頬を掻きながら、照れくさそうに言った。


「その、君が通学路を歩いているのを見かけて、かわいいなあと思ってたんだ。その後偶然、真由花と友達だって知ってね。相談に乗ってもらっていたんだよ」


 だから、真由花とは何にもないんだ、と少し真剣に続けた長谷川先輩を前に、わたしの頭は真っ白になっていた。


 真由花と先輩は前から友達で、わたしを見かけた先輩が気になって真由花に相談した。

 そうして真由花はわたしにばれないよう内緒で長谷川先輩に会っていた。

 一応筋は通っているし、わたしもここまで言われてわからないほど鈍くはない、と思う。

 目の前のしかも男の人に好きだって言われているんだ。


「あ、の」

「改めて言わせてもらうね。水守依夜さん。僕とつきあってくれませんか」


 長谷川先輩ははにかみながらもそう言うのに、わたしはからからになるのどになんとか唾を押し流して、震えそうな唇で問いかけた。


「なんで、わたしなんですか。それこそ真由花の方が明るいし、よく話すし、美人だし」

「かわいいな、っておもったんだ。少し引っ込み思案なところも、真由花から話を聞いて遠くから君を見て、もっと君のそばにいたいと思った」


 一歩、近づいてくる長谷川先輩にわたし息をのむ。

 心臓が跳ねる。動悸が治まらない。


 どうしちゃったんだろう。わたしは。


 朝、ナギに感じたのと似ていて、でも何かが決定的に違うのだ。


 この感じは覚えがある。どこでだ。これは何だった?


 胸で両手をぎゅっと握りしめ、うろうろと視線をさまよわせている間にも、また一歩長谷川先輩が近づいてきた。


「今は真由花が大変なときだから、返事はすぐでなくてかまわない。でも僕の気持ちを知っていてほしかったんだ」


 視線が天井を滑り、真摯な長谷川先輩の表情にまた心臓がはね、逃げるように床へむけ。


 あ。



 伸びてきた長谷川先輩の手を、わたしはよけた。


 そのまま階段の方へ距離をとったわたしに面食らったようだけど、すぐにすまなさそうな表情に変わった。


「ごめん、性急すぎたね。ただ、できれば僕を受け入れてくれるとうれしい」

「本当の長谷川先輩はどうしたのですか」

「……なんだって?」


 長谷川先輩のなにを言われているかよくわからないと困惑する姿は、ごく自然だったけど、わたしは顔を強ばらせてつづけた。


「この学校に、妖は居なかった。春のはじめに調べてもらったから」


 正確にはナギが構内を見て回って勝手に報告していったのだけど、その言葉は信用できる。

 人の中にとけ込んで暮らしている妖怪も居るらしいけど、少なくともこの学校には居なかったはずなのだ。


 なら、目の前にいるこの人から、かすかに漂う妖気はなに?


 ようやく思い至った。

 長谷川先輩を見ていると、居てもたっても居られなくなるような、胸騒ぎがするような感覚は、妖につけねらわれる時と同じものだ。


 直感なんてほとんど働いたことはないけど、それに思い至った時気付いた。


「水守さん、あやかしって、なにを言っているんだい? 僕は長谷川慶太だよ。それ以外ないじゃないか」


 不思議そうなおかしそうな長谷川先輩に、わたしは軽くのどを湿らせて、密やかに言った。


「じゃあ、なぜ、先輩の影は形が違うの?」


 長谷川先輩の姿をした何かは、初めて柔和な顔を強ばらせた。

 雨は上がったらしく薄明かりが差し込む踊り場には壁の暗がりとわたしの影と、先輩の影。


 だけど先輩の影は人型をしていなくて、ゆらゆらと炎のように揺らめいていたのだ。


「真由花ちゃんになにしたの!?」


 自分を奮い立たせるために叫びながら、わたしはポケットから鈴を取りだそうとした。



 だけどその瞬間、金縛りにあったように体が動かなくなる。



 当然鈴も取り出せなくて、目を見開いたまま固まっていると、長谷川先輩がにいっと笑った。

 優しげな面立ちも変わらないのに、冷え切ったまなざしに変わっていた。

 

「やはり、この校舎内では式神は出てこないようですね。何か呼び出すためのものがあったようですが、使えなければ意味がない」


 わずかに動く目の端で、下を確認すれば、揺らいでいた先輩の影が細い手のように伸びて、わたしの影を縛り付けていた。

 さっきまでの優しげな雰囲気とは別人の長谷川先輩は、固まるわたしへゆっくりと近づいてくる。


「ああちなみに、この長谷川という少年についてはご安心を。短時間だけ体を借りればよいだけでしたので、すべて済めば出て行きますよ。ま、その後、彼が意識を取り戻せるかは預かり知らぬ所ですが」

「みつ……また、さんは」

「おや、しゃべれるのですか。さすが落ちこぼれとはいえ、水守だ」


 その口振りで水守の家を知っていると理解して見開くわたしに、長谷川先輩は肩をすくめた。


「ついでに土産をと思いましてね。ただ、あまり質の良い娘ではありませんでしたから、適当な妖の餌にいたしましょうかねえ」


 その無造作な物言いに目の前が真っ赤になったような気がした。

 怒りがこみ上げてくると同時に、わたしに巻き込まれたのだと理解して、腹の底が冷たくなった。


 できれば今すぐハリセンを取り出してこのにやにや笑いに叩きつけたかったけど、指の一本も動かない。

 代わりにぎりぎりとにらみあげてると、なぜか長谷川先輩はうれしそうな、恍惚とした表情になった。


「ああ、いいですねえ。その瞳。お姉さんに負けず劣らず強い光を宿している」


 え? なんでお姉ちゃんが出てくるの?

 限界まで目を見開くわたしにはもう興味をなくしたのか、長谷川先輩は楽しげに言う。


「さあ、無事、遊び道具も手に入ったことですし、参りましょうか」

「ど、こ……に」

「あなたは預かり知らずともよろしいのですよ。私にその心と、体。すべてを明け渡してくだされば」


 穏やかな笑みを浮かべながら、長谷川先輩が伸ばしてくるその手に、背筋に悪寒が走った。


 あの手に触れられたらおしまいだ、ととっさに感じた。


 そうじゃなくても、あの手が自分に触れると思うだけで嫌悪感がこみ上げてくる。


 ナギには感じなかったのに。




 やだ。こないで。




「いやっ!!」


 長谷川先輩の両手が頬に触れようとした瞬間、稲妻のような光芒が走った。


「なっ!」


 同時に生まれた衝撃波に長谷川先輩が弾き飛ばされた。

 私も勢いに押されてしりもちをつく。


 だけど金縛りが解けてる。

 なにが起こったかわからないまでも、わたしはポケットから鈴を取り出して叫んだ。


「ナギっ!」


 ろん、と独りでに鈴が鳴る。


 同時にぞわっとした冷気のような隠世の気配が一気に広がった。


 だけど怖くはなかった。


 そのときにはもう、見慣れた黒い袖と、柔らかい香の薫りに包まれていたから。





少し、更新頻度を増やします。

詳しい日程については活動報告をご覧ください。


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