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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第四章

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式神はいつもの式神だった



 明日までには候補を絞ってみせる! と息巻く弓子と凛ちゃんと別れて家に帰ったわたしは、夕ご飯を食べながらも机においたスマホを気にしていた。

 夕飯を作る前に、姉へメッセージを30分くらいかけて文面を考えて送ったのだけど、返信はかえってきていない。


 そんなに忙しいのかな、もしかしたら電波の届かない奥地に入っているか、もしかしたら隠世(かくりよ)へ行っているのかも知れない。

 上級の神薙なら隠世まで妖を追いかけていくことはよくあることだから。


 隠世の質にもよるけれど、特別な用意をしない限り、奥地に入れば入るほど通信ができないから、今でも通信用の呪符が欠かせないくらいなのだ。

 連絡が取れなくなることはままあったから、そんなに心配しなくても良いのかも知れないけど、真由花ちゃんのことがある今は、どうにも気になっていた。


「ぬしよ、珍しく今時の女子高生のようなことをしておるのう」

「あ、ごめん」


 目の前に座るナギに指摘されて、またスマホに手を伸ばしかけていたわたしは箸とお茶碗を持ち直した。

 命をいただいている真っ最中なんだ。こんな行儀の悪いことを水守でやったらたちまち怒られるだろう。

 お婆さまの怒り方はとても静かなんだけど、目がとても冷えていてものすごく怖いのだ。

 思い出して、ぶるりと震えたのだけど、ナギは特段こだわっているわけではないようだった。


「いや、かまわぬよ。友の行方が知れぬのだ。気になるのも無理はないからの」

「そう、なんだけど」


 やっぱり、目の前に相手がいるのに気を取られていたらあんまりうれしくないかなあと、思うし。

 ちらり、と見上げれば湯飲みを持ったナギ丁度目があって、気まずくそらす。


 ほかに、気になることも、なくはない。


 食べ終えた食器を片づけて、寝る支度をしたわたしは、いつもと変わらず楽しそうにパソコンの画面に向かうナギを見て少し考えた後、座布団を拾った。

 そうして、ナギの居る椅子のそばに持っていって座れば、軽く驚いたように眉を上げられた。


「おや、ぬしよ、どうしたのだ?」

「……別に。背もたれにちょうど良かったから」


 自分でもらしくない行動だと思うけど、そのあたりは気にしないことにする。


 スマホでWEB検索欄を立ち上げ、真由花ちゃんに教えてもらった「オカゲサマ」を探してみた。

 どうやらWebサイトもあったようで、真由花ちゃんに見せてもらったのとほとんど変わらないファンシーなトップページを適当に見て回れば、本当にいろんな人からの相談を受けているみたいだ。


 オカゲサマばかりではなく他の人も参加しているらしく、いろんな人が相談をして、回答を書いたり書かれたり、丁寧なお礼も書かれていたりして、ちょっとした情報交換の場所にもなっているらしい。


 文章だけではどれくらいの年齢かはわからないけれど、どの年齢層かと言うのを選ぶ欄があって、そこを信じる限り、わたしと同じ年代の女の子が大半みたいだ。


 その中に真由花ちゃんが使っているハンドルネームを見つけて、

 手を止める。と、ふわりと香の香りがして、さらりとした自分のじゃない黒髪が頬をくすぐった。

「それはなにかの?」

 低い、寂のある声が耳元で聞こえて、わたしはがちんと固まった。

 背中に感じる気配と、左側に見える秀麗な横顔で、ナギが後ろからのぞき込んでいるのがわかるけど、何で急に!?


「な、ナギなに!?」

「うむ? ぬしが珍しくスマホをいじっておるで。気になったのだ」

「わ、わかったから耳元で言わないで!!」


 慣れたと思ったけど、やっぱりなんか背筋がぞくってするからっ。

 と、抗議するために振り返りかけたとたん若干体が浮いたかと思うと、ナギの膝に乗せられていた。


「そんなに慌てずとも良かろう。ふむ、これで見やすいの」

「!!??」


 そのまま抱え込まれる形になったわたしは思わぬ事態に思考が停止し、ただスマホを持った手を取られてされるがままになっていた。


「ほう、これは真由花かのう。かようなところへ出入りしておったか」


 そういう風に聞くってことは、以前のお昼休みの時も盗み聞きしていなかったんだ。じゃなくて!

 そのままスクロールしていくナギに、ようやく息を吹き返したわたしは、全力でナギをふりあおいだ。


「な、何で膝に乗せられなきゃいけないのよ!? となりからのぞき込めばいいじゃない!」

「ぬしとわしの体格差からすれば、これがベストであろう?」


 や、確かに普通に座ってもかなり身長差があるから見づらいだろうけど!

 すっぽりと覆われる感じがなんか落ち着くような落ち着かないような、なんか収まっちゃってるし、と言うかこんな風にひょいと乗せられると子供みたいに扱われてる感じで自分が小さいのにぐぬぬって気になるし!


「うむ、ぬしはほんに大きくなったのう」

「大きくなったなんて言われても皮肉にしか聞こえないわ!」

「そうかのう。こう、頼りなさがのうなって良い」


 しみじみと言われたあげく、肩口に顎を乗せられて、顔に血が上るのを感じた。


「近すぎるのよ、というか、なんで急にっ」

「や、ぬしがこう、探り探りわしとの距離を詰めるのが愛らしくてなあ」


 そのままさらさらと頭をなでられたわたしは、真っ赤になりながら腕をよけてナギの膝から逃げ出した。


「ちがうもんそ、そんなつもりじゃないんだから!」

「おや、そうなのかの」


 意外そうな顔をするナギとのずれに、なんかどっと疲れた感じがするわたしは、急に瞼が重くなるのを感じた。


 あ、まただ。


 ここ数日、明日の準備をすませると、すぐ眠くなってしまうことが続いていて、疲れがたまっているのかなと思っていたけど。

 ナギによく頭をなでられたりする事が多くなってからのような気がする。


「眠いようだのう、ぬしよ。ゆっくり休むと良い。なにも心配することはないでの」


 素知らぬ顔で優しくいいつつ、敷いておいた布団に寝かせようとするナギの袖をわたしはつかんだ。

 重たい瞼を必死にあけて、なにを考えているかわからないナギの綺麗な顔を見上げた。


 ナギは外を出歩くときはいつも一緒だ。


 だけど、わたしが学校にいる間や眠っている間なにをしているのか、そもそもどこにいるかをわたしは知らない。


 真由花ちゃんがいなくなったときだって、丁度ナギはわたしのそばにいなかったのだ。

 帰り道にその事実に気付いて、急に取り残されたような蚊帳の外のような心細い気分になった。


 一体ナギはなにをしているの? もしかして真由花ちゃんについて何か知ってる?

 自分の知らないところで何かが起きている気がした。


 このまま、なにをしているのか問いつめたい。


「な、ぎ」


 疑問がぐるぐると頭の中を巡る中、睡魔と戦いながらナギの静かな赤い瞳を必死で見返す。

 ナギは普段と変わらず、思考の読めない曖昧な表情をしていた。 


「どうかしたかの」

「まゆか、ちゃん、は大事、な、ともだち、なの」


 眠たくて眠たくて、自分がなにを言っているのかよくわからなかった。

 でも、今一番伝えたいことは、なんだっけ。そうだ。


「わたしが、おきるときには、そばに、いてよ」


 ナギが無事でいることだ。

 軽く見開かれる赤い瞳を最後に、わたしは心地よい眠りに身をゆだねた。















「おはよう、ぬしよ。相も変わらずかわゆい寝顔であった」


 翌朝目が覚めると同時に飛び起きると、傍らでふよふよ浮くナギはほほんとのたまわった。

 昨日のやりとりなんて幻のように変わらず、わたしは思わずほっと息をついてしまう。


「おはよ」

「おや、怒らぬで良いのかの?」


 意外そうに眉を上げるナギを無視して、わたしはちゃぶ台の上で充電していたスマホを手に取れば、だいぶ遅い時間に弓子からのメッセージが届いていて驚いた。


「えっ、もう弓子ちゃんたち絞れたの!?」


 それは十人程度候補をあげられたから、作戦会議のために早めに登校できるかという内容だった。


 うちの学校は規模はふつうだけど、生徒数は数百人になる。

 探し始めてから半日もたってないのに、そこまでできるなんて一体どんな手を使ったのだろう。ていうか弓子たちすごい。


 とりあえず、大丈夫だと弓子たちに返事を返したわたしは、てきぱきと段取りを考える。

 人を捜すとしたら早朝と、お昼休みと、放課後くらいしかないから、お昼ご飯は簡単に食べられるものにしよう。

 そうだなあ、おにぎりとか良いだろうか。


「ぬしよ、今日は遅うなるかの?」

「たぶんそうなると思う。学校内で真由花ちゃんの彼氏さんだった人を捜すから」


 唐突な質問に答えれば、ナギは少し考える素振りを見せた。


 その雰囲気がやけに真剣に見えて、思わずぱちぱちと瞬く。

 だけど、さっきの気配なんてみじんも残っていなくて、ナギはひどく楽しげな表情に変わっていた。

 それはもう、不穏さえ感じられるほど。


「そうであった。ぬしよ、新たな浄衣の試作を作ったのだ。試しに振ってみてくれぬかの」


 差し出された鈴を前に、わたしの警戒度は一気に振り切れた。


「ちょっと待ってよ、そんなの今までなかったじゃない」

「だってのう、近頃はめっきり神薙少女が活躍の場がなかろう? せっかく用意しておる浄衣が持ち腐れてしもうておるのだ」


 大の男の姿をしておいて「だってのう」なんて言わないでくれるかな!?


「ちなみに浄衣の隠匿術式も強化しておいた。鈴さえ降ればいつでも神薙少女に変身できるようにしてみようと思うてのう。せっかくであるからぬしの意見も聞きたいのだ」

「わ、わたしの意見!?」

「のう、この場だけでよいでな。それほど負担にはならぬゆえ着てみてくれぬかの」


 わくわくとした期待のまなざしで差し出される鈴を、わたしは腕を振って拒否した。


「い、いやよ! だって最近の浄衣、スカート短いし露出多いじゃない!」

「うむ、そういうと思うてな。今回の浄衣はスカートは膝丈であるし露出もほぼゼロなのだ」

「えっ!?」


 思わぬ言葉に目を丸くすれば、ナギはちょっぴり仕方なさそうな顔になった。


「わしが居らぬ所で、けしからん姿を人にみられるのもしゃくに障るでの」

「けしからん様相にしてるのはあんたでしょ!」

「うむ、だって似合うぬしが悪いのだ」

「そんな論法成立しないわよ!? ていうかだってなんて使ってもかわいくないわよ!?」

「ちなみに肌の露出度は制服並なのだが」


 ナギがさり気なく付け足したその言葉に、わたしは衝撃を受けた。

 制服並みの露出度ということは、つまり、普通の服と変わらないってことだ。

 

 でも、とわたしはちょっと考える。

 それってナギがいなくても神薙少女になれるってことじゃない。


 わたしの神薙少女姿を撮りたいから力を貸すって言ってたのに、それじゃあ意味ないんじゃないの?

 それでも、普通の服と変わらない浄衣、というのは魅力的で、ナギの綺麗な顔を上目遣いで見上げた。


「ほんとに?」

「真だぞ」

「太股とかでない?」

「安心せい。膝丈だ」

「わたしのこと、守ってくれる?」


 最後の問いかけに、ナギはほんの少しだけ目を見開いたけど、淡くほほえんだ。


「約束しよう。わしは嘘はつかぬ」


 きっと、ナギはなにもしゃべってくれない。そんな気がした。

 だから、その言葉で十分だ。

 はあとため息をついたわたしは、ナギから鈴を受け取った。


「……時間もないし、ちょっとだけ、だからね」

「うむ!」


 すかさずどこからともなくカメラを取り出す残念なナギにげんなりしつつ、窓に近づいてカーテンを閉めた。


「そう心配せずとも光も見えるものにしか見えぬと言うのに」

「気分の問題よ。万が一でもみられたら恥ずかしいじゃない」


 ナギに言いつつ、すこし薄暗くなった室内で、わたしは鈴を構えたのだった。


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