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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第四章

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始まりの不穏





 真弓さんからもらった酢豚は甘酢餡が絶妙においしくて、アスパラの醤油漬けも生姜がぴりっと利いていてご飯がよく進み、ぺろりと食べてしまった。


 そうして迎えた登校日の月曜日。


 空っぽになったタッパーへ、急きょこしらえたおはぎを詰めたわたしが登校すると、何か空気が違った。


 落ち着かないような、不安になるような気配だ。


 いったい何なのだろうと思いつつも教室にたどり着いて、いつも通り弓子と挨拶をかわす。

 そうして、いつも通り凛ちゃんのほうを向いたんだけど。


「凛ちゃん、おはよう」

「ああ、おはよう」


 辛うじて返してくれたけれど、なんだか反応が鈍かった。

 顔も、こわばって青ざめているようにも見える。


「大丈夫?」


 思わず問いかければ、いつも冷静な凛ちゃんの顔が泣きそうにゆがんだ。

 変だ、と違和感が膨らみ始めたところで、真由花ちゃんの姿が席にないことに気付いた。


 あっちの教室こっちの教室と友達が多い子だから、渡り歩いているのかもしれないけど、それにしては気配がない?

 その理由はホームルームのために先生が来たときに知れた。


「落ち着いて聞いてくれ。もう知っているものもいるだろうが、三俣が昨日から行方不明になった」


 真由花ちゃんが行方不明!?


 一気に教室がざわつく中、わたしが思わず凛ちゃんのほうを見れば、弓子も同じタイミングで凛ちゃんのほうを向いていた。


 クラスメイトが口々に話す中で、凛ちゃんはただうつむいていた。


「すでにご両親が捜索届けを出したそうだ。何か知っているものがいたら俺にでもかまわん。話に来てくれ」


 先生の話が続く中、弓子がわたしを見ていることに気が付いた。

 机の中に入れてあるスマホが震える。

 でも、教室がざわついていたおかげで、誰にも気づかれなかった。

 そっととって、画面を見れば、案の定弓子からのメッセージだ。


 『休みにはいったら凛を連れ出すよ』

 

 わたしは返事を打つかわりに、弓子を向いてこっくりとうなずいた。


 凛ちゃんが何か知っているのは明白だったけど、それよりも何よりも、目の前の友達を助けてあげなきゃ。




 午前中の授業が終わったとたん、わたしと弓子はお弁当を持って立ち上がると、ぼんやりとしていた凛ちゃんを教室の外へ連れ出した。


 真由花ちゃんと一番仲が良かったのは凛ちゃんだったとクラスメイトは知っているから、聞きたくてうずうずしていたのだ。


 そんな矢継ぎ早の質問に、今の凛ちゃんには耐えられそうに見えなかった。


「依夜、どこかいいところ知ってる?」

「屋上の踊り場ならたぶん誰もいないよ」

「ちょっと。二人とも?」


 面食らう凛ちゃんもそのままに、たどり着いた屋上の踊り場は少しひんやりとしていたけど、人はいない。

 そこに陣取ったわたし達はお弁当を広げて黙々と食べ始めた。


 お腹が空いている時に聞くことじゃないからね。


 戸惑っていた凛ちゃんもわたしたちの気迫に押されたのか、自分のお昼ご飯に手をつけようとする。

 だけど食欲がないのか、すぐにおろしてしまうのをみて、わたしは弓子に渡すはずだったタッパーをあけて、おはぎを一個お弁当箱のふたに乗っけて差し出した。


「凛ちゃん、甘いものなら食べられる?」


 おはぎを見た凛ちゃんは、申し訳ないようなうれしいような複雑な表情ながらも受け取ってくれた。


「ありがとう。自分のことじゃないのに、こんな……情けないわね」

「情けなくなんかないよ。それだけ、真由花ちゃんのことが大事ってことだもん」


 凛ちゃんは言葉を詰めると、手元に目を落としおはぎを箸で小さく切って口に入れる。

 ほんの少し表情が和らいだ。


「甘い、わね」

「凛、なにがあったの」


 弓子が聞けば、凛ちゃんは首を横にふりながらも、ゆっくりと話してくれた。


「私も、なにが起こったかはわからないの」


 土曜日、真由花ちゃんと凛ちゃんは会う約束をしていたのだそうだ。

 真由花ちゃんの家で勉強を教えるためだったらしい。


「中間テストの点が良かったら、好きな服を買ってもらえるって勉強嫌いなのに珍しく張り切っていたの」


 でも、約束の時間に真由花ちゃんの家を訪ねたら、真由花ちゃんはいなかったのだという。


 直ぐに帰ってくると言っていたからそんなに遅くならないだろうという家の人に安心して、凛ちゃんは家で待たせてもらったのだけど、一時間たっても真由花ちゃんは帰ってこなかった。


 メッセージを送っても既読はつかず、電話をかけてみても真由花ちゃんは出ない。

 不安になって心当たりであるわたしや弓子に連絡して、真由花ちゃんが行きそうな場所へ探しに行ったりしたけど見つからず、凛ちゃんは動揺する真由花ちゃんのご両親と別れて自宅に戻ったのだという。


「どうしていいかわからなくて、二人に連絡も取れなかったんだ。ごめん」

「そんなこと謝らなくていいよ!」


 わたしが言えば、凛ちゃんはひどくほっとした顔をした。


「そりゃあ手伝いに呼んでくれたらうれしかったけどさ。一緒に探すの手伝えただろうし、思い出してくれなかったのは薄情と思わなくないけど。すぎたことだからしょうがない」

「正直ね」


 弓子が唇をとがらせて言うのに、凛ちゃんは苦微笑を浮かべる。

 ちょっとは気が楽になったみたいだ、とわたしがほっとしていると、弓子が続けた。


「凛は警察から話とか聞かれた?」

「だいぶ。でも真由花が学校生活とか家庭とかで悩んでなかったとかそればかりよ。ただの家出だと思ってるみたい」

「そうだよね。真由花、お小遣いが少ないとか愚痴は言ってたけど、家出するほど嫌気がさしてたことなんて全然なかったし、最近変わったことなんてなかったもん。おかしいよ」


 弓子が眉宇をひそめて言うのに、凛ちゃんはもう一口おはぎを口に運んで、ぽつりと言った。


「一つだけ、変わったことならあるの」

「なに?」


 わたしが聞けば、凛ちゃんは躊躇いながらも口にした。


「あの子ちょっと前に、オカゲサマに相談したら友達に恋人ができた!って言っていたでしょ。それ、真由花のことなのよ」

「ええ!? 相手は誰!?」


 寝耳に水の話に弓子が驚きにのけぞるのに、凛ちゃんは首を横に振った。


「照れくさくて二人には言えなかったらしいんだけど。彼氏の名前は私にも教えてくれなかったわ。『いつかちゃんと紹介するから』ってそればかりで」


 あの時問いつめておけば良かったと、ため息をついた凛ちゃんは悔しげに表情をゆがめた。


「せめて誰か知っていれば手がかりになったかも知れないのに。オカゲサマと真由花のやりとりを追ってみたけど、さすがに実名をあげて相談してなかったみたいだから。……もしかしたら個人メッセージでやりとりもしてたのかも」

「でも、彼氏の方が名乗りを上げるんじゃない?」

「真由花がその彼氏に私達のことを話していたら、異変に気付いて連絡してくるかも知れないけど、私にも名前を言わなかった相手よ?」

「自分でも良くない人と気付いているか、ほかの子からやっかみを買うような男かだね。でもそこから絞れないかな」

「無理ね、真由花の交友関係は広いし、好みも割ところころ変わってたから」

「あの、さ」


 声を上げると考え込んでいた弓子と凛ちゃんにそろって注目されてびくついたけど、意を決していった。


「たぶん、真由花ちゃんの彼氏さんの顔、知ってるかも」

「うそ!?」

「ど、どうして依夜が知ってるの!?」


 さっきの比じゃない驚愕の表情を浮かべる弓子に、凛ちゃんはふと気付いたように言った。


「そういえば、さっきそんなに驚いていなかったわね」

「うん、ちょっと前の放課後に、非常階段で真由花ちゃんと知らない男の人が話しているところを見かけたの。なんか入っちゃいけない感じだったから、声はかけなかったけど」

「どうして今まで言わなかったの!?」

「だって、人目に付かないところを選んでたし、何となく秘密にしたい感じだったから。もし話したいことだったら、凛ちゃんやわたしたちにも言うだろうから、ないってことは、知らないふりをしておいた方がいいのかなと思ったの」


 それに見ちゃいけないものを見てしまった感じで、気恥ずかしくて、決まりが悪かったのだ。

 でも確証もなかったとはいえ、知っていたのを黙っていたのはこんなことが起こってしまった手前悪いことだっただろう。


「黙っていて、ごめんね?」

「いえ、あなたが謝ることじゃないわ」

「依夜が秘密の番人としてこれ以上ないほど適役だって言うのがよくわかったしね」

「そ、そう?」


 感心したようにほうっとため息をついた二人は、瞬間きりっと表情を引き締めた。


「じゃあ依夜、その真由花の薄情彼氏がわかるのね」

「横顔、だけだけど」

「十分よ。真由花の趣味を知ってる私と弓子の情報網があればあたりはつけられるわ。この学校の生徒なんでしょ」

「うん」

「じゃあ密会していたそいつを絞り込んで、探りを入れに行きましょう。真由花の行き先の手がかりがあるかも知れない。警察に言うのはそれからでも遅くないわ」

「ついでに薄情彼氏の品定めしなきゃね!」


 二人のどことなく悪巧みをするような雰囲気に、わたしがちょっぴりたじろいでしまったのは許して欲しい。


 それから、わたしは弓子と凛ちゃんに矢継ぎ早な質問に目を白黒させながら一生懸命答えていった。


 だって、わたしも真由花ちゃんが心配なのだ。

 少しでも居場所の手がかりがつかめるのなら何でもしたい。


 だいたい話し終えると、弓子と凛ちゃんはお昼ご飯そっちのけで話し合いながら、めまぐるしくスマホを操りはじめた。


 親指が画面の上を高速で滑っていくのに目を見張りながら、わたしもそっと自分のスマホに指を滑らせて、姉の連絡先を呼び出した。


 行方不明、少女、と言う言葉に、姉の関わっている事件を思い出したのだ。

 もしかしたら何か関連があるかも知れないし、違っても、そうじゃないと言う確信になればいいと思ったのだ。


 そうして姉へ電話をかけたのだけど、何度コールしても姉は出てこない。

 ついには「電源を切っているか電波の届かないところに~」と言うおきまりの定型句が来て通話を切った。

 変だな、お姉ちゃんならわたしからかけると3コール以内で絶対とってくれるんだけど。

 お仕事が忙しい時でも出てくれちゃったりするから、悪いなあと思ってあんまりかけないんだけど、今回は本当にお仕事が忙しいのかも知れない。


 だけど、ざわざわと胸の奥がら不安がこみ上げてきた。

 そういえば、最近お姉ちゃんからメッセージも来ていない?


「依夜、割とお昼がやばい! 早く食べよう!」

「え、あ、うん!」


 スマホでメッセージを打つのだいぶできるようになったけど、まだ時間がかかるし、後でやろう。

 弓子に声をかけられたわたしは、とりあえずスマホをポケットにしまってお弁当を片づけ始めたのだった。


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