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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第四章

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なまじ知っていると抉られる




「まじかる巫女姫☆ひみこちゃん」の大筋は、割と単純だ。


 神主(かんぬし)のお父さんを持つ中学生の陽美子(ひみこ)が、神社にまつられた神様の力を取り戻すために、「まじかる巫女姫」に変身して、困っている人達の悩みを解決したり、悪さをする百鬼夜行の妖怪達をこらしめていく。


 筋書きは単純だけど、気弱な陽美子ちゃんが祭神のお狐様にけしかけられながら、一生懸命困っている人を助けたり、ちょっとあこがれな男の子に恋をしてみたり、友達を助けるために奔走する姿は素敵だしかわいいのだけど。


 一話が約25分×3話を見終えた所で、わたしの精神は瀕死状態になっていた。


「い、依夜大丈夫?」

「だい、じょうぶ……」


 ただめちゃくちゃいたたまれないだけですからっ。

 なまじ退魔師が密かに活躍していると知っているだけに、再生中ずっとその活動に関する細かな違いが気になって気になって仕方がなかったのだ。


 ああもう、札の文字が適当だし! ふええ、祝詞間違ってるぅ!!

 それに、陽美子ちゃんが幽霊や妖につきまとわれるのが人事とは思えなくて、しかも、子供向けのくせに妖怪の描写がやけにリアルなのだ。


 陽美子ちゃんがわざわざ妖怪が出てくるような所へ行きかけるたびに盛大につっこみを入れ、妖怪が出てくるたびにクッションを握り込んで体が震えるのを押し殺した。


 そんな感じで全く話の筋は追えなかったのだけど。


「あーおもしろかった! 依夜はどう、見てみた感想は。なんか思い出した?」


 どことなくつやつやした弓子に問いかけられて、なんとか自分を取りもどしたわたしはちょっと考えてみる。


「正直、あんまり」

「そっか……」

「ただ、こうやって、怖がってた、ような、気がする」


 そう、色々気になって仕方ない部分もあったけど、何となく、既視感を覚えたのだ。

 びくびくしながらも怖いもの見たさでテレビに向き合っていたような気がするから、小さい頃のわたしもこれを見ていたのかもしれない。


「それに陽美子ちゃんがどうしていくか、ちょっと気になるし」

「そっか! そしたらまだ序盤だし、じゃんじゃん見ていこうか。ふふ、あたしのおすすめもこれからなんだよ」


 うれしそうな弓子がディスクを取り替えようとしたとき、弓子のお母さんがやってきた。


「テレビは一時間ごとに休憩の約束よう? さ、お茶にしましょう。こっちにいらっしゃい」

「むう、二人が帰ってこないうちにいいところだけみようと思ったのに。しょうがないなあ。依夜こっち座って」


 有無をいわせない気迫のお母さんに押された弓子に促されて、一隣のダイニングテーブルに移動したのだけど、そのテーブルに用意されていたお菓子にびっくりした。


「ああ、せっかくいただいたんだから食べてもらおうと思ってね」

「あ、でも、わたし、人数分しか買わなかったですから」

「気にしなくていいのよう。依夜ちゃんが持ってきてくれたこと知らないし、お父さん達には内緒にしておけばいいんですもの」

「そうそう、いつものことだし、証拠隠滅しちゃおう!」


 お父さんと弟さんは外に出かけているらしい。

 何でもないように言うお母さんと弓子に面食らったけど、いたずらっぽく笑いあいながら嬉々としてシュークリームを食べる二人は楽しそうだ。


 まあその、差し上げた身な訳だし、その二人がいいって言うんなら、いいのかな。


 と、勧められるままシュークリームをかじってみれば、とろりとクリームがこぼれてきて慌ててすくって舐める。

 カスタードにホイップクリームが混ざったクリームは優しい甘さで、おもわず顔がゆるんだ。


 良かった、おいしいやつだ。


「やーん。なんか弓子が入れ込むのがわかる気がするわあ」


 その行儀の悪い光景を見られていたらしくにまにまとする真弓さんに赤面する。

 お手拭き用意してもらっていたのだから、そっちで拭けばよかったのについ、気がゆるんでやってしまった。


「でもちょっと前髪長いんじゃないかしら? それだけ長いと目にもかかって見えづらいでしょう?」

「お母さん。人の髪型にまで口を出さないの」

「ええ、だって~気になるんだもん。もったいないわよう。せっかくかわいい顔してるのにい」

「ふえっ」


 不満そうに真弓さんに言われたわたしは、おもわず前髪に手をやった。


「や、その全然、これで、いいですし。見せるような顔でも」

「あ、それは否定するよ。あたしも前から気になってたんだよね。前髪で隠れちゃうのもったいないなあって。何かこだわりとかあるの?」

「こだわりってほどのことは……」


 ただ、幽霊や妖はたいてい視線が合うことで、こちらが見える人間だと認識してつきまとってくるのだ。

 だから、視線がわかりにくいように前髪を伸ばしていたのも一つなんだけど。


「ちっちゃい頃に、ちょっと言われたことがあって」

「言われたって、男の子?」


 おずおずとうなずくと、弓子と真弓さんは一様に驚いた表情になるのに、言わなければ良かったとほんの少し後悔する。


 水守の本家に居たときだったか。

 そこで遊んでいた同年代の男の子の一人に「みっともない顔をするな」と言われたのだ。


 忌々しそうに、吐き捨てるように。


 仮にも退魔師の家系の子供たちだったから、いつも怖がって泣いているわたしが、煩わしく思えたのだと思う。


 いつも集まっていた子供の中ではリーダー格の男の子だったから、ほかの男の子も面白がって、しばらくはやし立てられたのだ。


 自分ではそんなに気にしていないと思っていたけど、覚えているってことはそれなりに傷ついたことだったのかもなあ。


 感慨に浸っていると、弓子と真弓さんは室内は静かになってしまっていた。

 楽しい雰囲気が壊れてしまった気がして、何とか取り繕おうと話題を探すけど、見つからなかった。

 そういうつもりじゃなかったのに。


 しょんぼりとしていると、真弓さんが不意にほほえんだ。


「ね、依夜ちゃん。よかったら切ってあげるわよう」


 真弓さんがにこにこ言うのにわたしが戸惑っていると、弓子が言った。


「うちのお母さん、割と得意なんだよ。ちっちゃい頃から家族全員の散髪はお母さんなんだ」

「え、そうなの? 美容院じゃなくて?」


 いつもきれいに髪を整えている弓子のことだから、てっきり美容院で髪を切ってもらっているかと思っていた。


「生まれてこの方お母さん散髪だよ。遠慮なく言えるから美容院に行く必要性を感じなくてさあ。何よりタダだし」

「いつもああしろこうしろって口うるさいもんねえ。お母さんいつも大変なのよ」

「だって言わないといつも姫カットにしようとするじゃない!」

「ええだって、かわいいじゃない」


 弓子と真弓さんの遠慮のない言い合いは、本気で親子の気安さがあって、なんだかまぶしく思えた。

 いたたまれないともちょっと違う。

 

 温かくて、むずむずして、ちょっとうらやましくて。それでもいいなあと思うのだ。


「ともかく依夜! そんなくそガキの言い分で決めつけるなんてだめだよ」

「本当に、依夜ちゃんはかわいいんだから。私たち以外にもかわいいって言ってくれる人、いるでしょ」

「え、あ……」


 真弓さんの問いかけにわたしは言葉を詰まらせた。


 お姉ちゃんはいつも言ってくれる。ちっちゃい頃からずっと。


 でも、真っ先に脳裏に思い浮かんだのはナギだった。


 いつものとぼけたような口調で、からかうように、でも時々真剣に恥ずかしいことを並べたててくるのだ。

 あの男の子がみっともないって言った泣き顔だって、ナギはいやがらずにむしろほめるなんて、ナギはたぶんどっかおかしいんだ。


 あんなみっともない顔。


 あれ、なんかおかしいな。顔が熱い。


「ふふ、居てくれるみたいねえ」

「え、なに、だれ!?」


 弓子が身を乗り出してくるのにも答えられなくて、自分の頬を押さえた。

 な、何でこんなにうろたえてるんだろうわたし。


 きっとナギの言った恥ずかしいせりふを思い出しちゃったからだ。そうだ、そうに違いない。


 いつもわたしを動揺させようとしてるんだから!と、トートバックにつけている鈴を睨んで、かすかな違和感を覚える。

 その違和感をたどりかけたけど、前髪越しに真弓さんの柔らかな微笑が見えた。


「おばさんでよければ、いつでも切ってあげるわよう。いつでもいらっしゃいね」


 今すぐ、って気にはなれないけど。

 いつか、切ってもいいのかな。


 そこまで甘えてもいいのかと悩みつつも、わたしはいつの間にか、こっくりとうなずいていた。















 そのあと今度は「まじかる☆巫女姫」の弓子お勧め回を観ながらおしゃべりしていたのだけど。

 そのうちに、時計が五時を回っているのに気づいた。

 日が長いとはいえ、そろそろ帰ると言うと、真弓さんはがっかりした顔をした。


「ええ、晩ご飯まで一緒に食べられると思ったのにい」

「やだよ。せっかくお父さんと孝太を追い出したのに水の泡じゃない。あ、依夜が食べていってくれるんなら超うれしいよ?」


 弓子に慌ててフォローされてちょっとうれしくなっていると、スマホに着信が来た。


 断ってからスマホを取り出してみてみると、弓子と凛ちゃんと真由花ちゃんがメンバーに入っているグループ会話だった。

 メッセージは凛ちゃんからで、同じようにスマホに開いた弓子が不思議そうに首を傾げた。


「真由花が一緒にいるか、なんて妙なこと聞くなあ。とりあえず、依夜と一緒だけどいないよーっと」


 弓子がメッセージを送信すると、間髪入れずに凛ちゃんからと一緒に心当たりがあったら連絡が欲しいというメッセージがくる。


「なんか、変だね」

「真由花にもちょっと連絡入れてみようか?」


 その場で真由花ちゃんにメッセージを送信していると、奥から真弓さんが出てきた。


「ね、せめておかず持って行ってちょうだい! いつも弓子がお弁当のおかずとっちゃっているお詫びよう。タッパーは今度弓子に持たせてくれればいいから」

「もう、お母さんっ」


 弓子が恥ずかしそうにする傍らで受け取ったわたしは何となく気づいた。弓子はわたしが一人暮らしってことも、もしかしたら家族が姉だけってこともはなしているんだろう。


 でも気づかいが重くならないようにしてくれる。

 だからわたしも申し訳なさを感じずに素直に受け取れた。


「ありがとうございます。弓子ちゃんにもらうお弁当のおかず、いつもおいしいからうれしいです」

「まあっ! 今度はご飯を食べにいらっしゃい」

「じゃあね、依夜、また学校で!」


 にこにこと笑う真弓さんと弓子に見送られつつ、わたしは玄関の扉を開けて外に出た。

 瞬間、ふんわりと何かを通り抜けるような感触がした。


「え?」


 思わず振り返ったけど、不思議そうな弓子と真弓さんの不思議そうな顔があるばかりだ。


「どうかした?」

「あ、なんでも。お邪魔しました」


 ぺこりと頭を下げて、そそくさと弓子の家をあとにしたわたしは、まだ明るい道を歩きながら考え込む。


 さっきの感覚は水守の家や、わたしの部屋にも張り巡らされている魔除けの結界をくぐったときのものだ。

 悪意のあるもの、特に人有らざるものに気づかれにくくなる性質のものだと思うのだけど、もちろんただの人である弓子や真弓さんたちが張れる代物じゃない。


 なぜそんな特殊なものが弓子の家に張り巡らされていたのか。


 それともう一つ、さっきの凛ちゃんからのメッセージが気になっていた。

 ひたひたと胸の内に忍び寄ってくるのは、不安だろうか。


「お悩みかの。ぬしよ」


 落ち着かない気分になっていると、ナギがトートバックの取っ手に巻き付いていた。


「ナギ……」

「弓子とは良き時間が過ごせたかの?」

「あ、うん。弓子のお母さんも歓迎してくれて」

「それは良かったのう」

 

 しみじみと言ったナギを、わたしはのぞきこんだ。


「ナギ、今までなにしてたの?」

「邪魔しては悪いでな、散歩をしておった」

「じゃあ、あの結界もナギがしていったの?」

「おや、気付いたか。最近のぬしはさとくなったのう」

「べつに……」


 平然としたナギの返事に、わたしはそれ以上なにも言えなかったけど、違和感の正体に気づいた。

 あんなに好きだと言っていたまじかる☆巫女姫ひみこちゃんの上映会をやっていたのに散歩をしてたって。

 なんかおかしい。


 考え過ぎなのかもしれないけど、前日にうれしそうにしていたのを見ているだけに違和感は深くなる。

 ナギは、何か隠してる?


「おお、弓子の母親からおかずをもろうたか。人の味を学ぶのも良い経験だ」

「うん。何かお礼にお菓子とか入れられるといいなと思うんだけど」

「礼の気持ちがこもっておれば良いのではないかの」

「何か考えてみる」


 だけど、何となく聞くのをためらってしまって、いつもと変わらない様子のナギにそう返しながら、わたしはもやもやを抱え込んだのだった。




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