慣れとは恐ろしいものだった
まさか、弓子から手がかりがもらえるとは思っていなかったと、学校から家に帰り着いたわたしは、思わぬ展開に少しぼうっとした。
「依夜は”ひみこちゃん”で、検索かけてみた?」
首を横に振れば、弓子はスマホを操作してその画面を見せてくれた。
「たぶん、これのことだと思うよ」
その小さな画面でまず目に入ったのは、赤いふんわりひらひらのスカートだった。
上着は白い着物に見えて、それは和メイドに似てるんだけど、違うとなぜかわかる。
これは巫女服なんじゃないか、な?
いや、でもなんか肩が出ているし、赤いスカートも後ろが徐々に長くなって金魚の鰭みたいにひらひらしてる。
しかも、前がミニスカート並に短くて、丸見えな足は白いオーバーニーソックスに包まれていた。
黒い髪に鈴のついたかんざしを差して、手に構えているのはたぶん巫女舞とかに持つ榊の枝だと思う。
だけど、鈴と色鮮やかな組み紐で飾られてなんかきらきらしているし、背景もファンシーというのだろうか、全体的にかわいい雰囲気だった。
その画面の下の方に入ったタイトルは……
「まじかる☆巫女姫ひみこ、ちゃん?」
「うん、あたしたちのちっちゃい頃で、なおかつひみこちゃんって言うとこのアニメだと思うよ。あたしも子供の頃はよく見てたんだ。どう?」
「よく、わからないんだけど」
そのかわいさを全面的に押し出した画像をじっくり眺めるわたしの隣で、弓子が落胆したような表情になるのに、わたしは勘違いさせないように急いで言った。
「あ、でも。見覚えがあるような気はする」
確かな感じはあんまりなくて、やっぱり頭はぼんやりもやがかかってるみたいにはっきりしないけど。
「この子、そんなに元気そうな女の子じゃなかった、よね」
黒髪を広げてポーズを取る女の子は凛々しく見えたけど、実際はふつうの気弱な女の子じゃ、なかったかな。
あんまり確証みたいなものはなかったんだけど、弓子の表情はぱあっと輝いた。
「そう、そうなんだよ! 結構おとなしい子なんだけど、大事な人のためなら一生懸命がんばる子なんだ!」
自分のことのようにうれしそうにする弓子はちょっと照れたように続けた。
「実はうちにひみこちゃんのDVDあるの。実際に見たらよく思い出せるかもしれないよ。よかったら見に来る?」
願ってもいない申し出に、わたしは二つ返事で了承した。
でも、弓子の家はわたしと微妙に方向が違うから、今から行くと帰りはとっぷり日が暮れてしまう。
だから土曜日になる明日に、弓子のうちにおじゃますることになったのだった。
「ナギがパソコンでよく見ているあれってひみこちゃんだったんだ」
早くも部屋でくつろぐナギに聞けば、あっさりとうなずいた。
「そうだの。魔法少女をいくつも見てきたが、ひみこちゃんよりかわゆい娘はおらぬ。わしの嫁だぞ」
「よ、よめ?」
「一押しのキャラクターをそう呼ぶのだ。ひみこちゃんはわしの嫁!」
この子、中学生くらいなんだけど、そういうのは関係ないみたいだなあ。
ふふんと得意げに言うナギの残念さを前に改めてげんなりしたわたしだったけど、間違いない。
ひみこちゃんの画像を見たとき、どこかで見たことがあると思ったのは、ナギが以前至高の太ももとか言っていた画像からだったのだ。
冷静になって気づいたときは手がかりにならないとがっかりしたけど、よくよく考えてみれば、水守の倉にずっと閉じこもっていたはずのナギが、どうして十年以上前のアニメを知っているのかという疑問にたどり着く。
わたしが覚えていることと関連があるかもしれない。
つまり、細い細い糸だけど、つながっていないわけではないのだ。
……正直自信ないんだけど。本当に何となくなんだけど。
「ぬしよ、それよりもなぜかような話になったかの」
「明日、弓子ちゃんの家に行って、ひみこちゃんのアニメを見せてもらうの。うちのテレビはDVDを再生できないし、弓子ちゃんちは大きなテレビがあるんだって」
「ほうほう、大画面でか! ノートパソコンでは画面が小さい故、ひみこちゃんの良さを余すことなく堪能はできぬでな」
え、ノートパソコンでもDVDを再生できたの?
という衝撃はおいておいて。
とたんに食いつくナギの反応はものすごく予想通りだったのだけど、ちょっと違和感があった。
「ナギ、弓子ちゃんとの会話聞いてなかったの?」
「うむ? ぬしが初日に言うたではないか。『校舎では絶対に姿を現すな、覗き見するな、盗み聞きも禁止』と。ゆえにぬしが校内にいる間は声も目も届かぬようにしておる」
「え、そうだったの?」
「うむ、そうであった」
どこか得意げに腕を組むナギに、わたしは今までのナギの行動を思い返してみる。
確かに、今まで学校外の中庭には出たことはあったけど、校舎の中では出てきたことがなかった。
唯一出てきたのが保健室だったけど、わたしが自分に移した瘴気を払ってくれた時だったから緊急事態の一種ともいえる。
「まあ、ぬしの声も姿も伺えぬが、ぬしが呼べば必ず伝わるで安心せい」
「あ、ありがとう」
ナギにそんな風に続けられたわたしは、何となく調子を狂わされる気分だ。
いつもひょうひょうと掴み所がないくせに、妙なところで律儀になられると、どうしていいかわからなくなる。
どうせ不真面目なら不真面目なままでいてほしい。
そうしたらわたしだって……
あれ、わたしだって、何なのだろう?
内心首を傾げつつも気を取り直して、わたしは上機嫌なナギに思い切って聞いてみた。
「ねえナギ。ひみこちゃんにはまったのっていつぐらいだったの」
「それを知ってどうするのかの」
「た、ただの興味?」
こちらを見返す赤い瞳に見透かされているような気分になりつつも、わたしはがんばってしらを切ってみた。
だって忘れた記憶が気になるから思い出す手がかりにしたいだなんて、面と向かって言えるわけがない。
当事者が目の前にいるのだから、さっさと聞いてしまったほうが早いのかもしれないけど、直接聞いてしまうのはなんか気が引けてしまっていた。
だから、どうにかしてナギからヒントになりそうなことを引き出そうとしてるんだけど、改めて考えてみると、忘れているのを棚に上げてずけずけと聞くのも虫が良すぎる気がする。
うう……結局どっちのほうがましなんだろう。
自分で聞いておいて早くも後悔し始めていると、頭に手が乗せられて、そのまま髪を滑っていった。
「ぬしはほんにかわゆいのう」
「い、いきなりなに言うのよ!」
笑みを含んだまなざしが、落ち着かず勝手に顔が赤らむのがよけい恥ずかしくて、ナギの腕を払った。
「わしは今のままで満足しておる」
「なによ、それ」
気にした風もないナギの言葉に、胸の中にいらだちを感じる。
人がせっかく思いだそうとしているのに、まるで思い出さなくていいみたいな言い方じゃない。
わたしばかり気にしているみたいで悔しかったけど、このままもやもやを抱えるのもいやだ。
「別に、思い出すなってわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そうだの」
やっぱりあっさりとしたナギには釈然としなかったけど納得して、頭をもたげるいらいらを飲み込んだ。
ふん、いいもん。勝手にやるもん。
「そういえばぬしよいつになく落ち着いておるのう」
出し抜けにそんなことを言ってきたナギをいぶかしく見た。
「なにがよ?」
「明日は弓子の家へゆくのであろう? 友人の家へ遊びに行くなど初めてではないか。少し前までは弓子と遊びに行くのにも緊張しておったでの、女子高生ライフで成長したのかと感心しておったのだが」
「そそそそうだった!!」
のんびりとくつろいでしまっていたわたしはその事実にがたりと勢いよく立ち上がった。
友達の家に遊びに行くなんて今まで一度もないわよ。
こんな風にくつろいでいる場合じゃなかった。
えとえといったいなにが必要なんだ!?
「ほうほう失念しておっただけであったか」
「どどどどうしようどんな服着ていけばいい!? な、何か用意した方がいいかな!?」
「とりあえずぬしよ、制服を着替えたらいいのではないかの?」
「あ、忘れてたっ」
いそいそと、シャツのボタンに手を掛けかけたわたしだったけど。
「む、ここで着替えるのか。わしは眼福だがのう」
その言葉でおかしそうに笑むナギが居ることを思い出し、ぎしっと固まった。
「ちがうから! 慌ててつい忘れていただけだから!」
「かまわぬぞ。こう後ろを向いておくからの」
「そんな気づかい今更するなあああ!!」
わたしはあまりの気まずさに真っ赤になりながら、慌てて着替えを持ってトイレへ駆け込んだのだった。




