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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第三章

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ただ願うのは



 身の毛のよだつような断末魔が響く中、姉は刀から手を離して、地面に降り立つ。


 牛鬼の巨体には切られた九字の格子が深々と刻まれ、浄化の霊力をと共に刀を突き立てられた姿は明らかに致命傷だった。

 それでも一つ、二つとよろめいた牛鬼は、茫洋とした顔でぽつりとつぶやいた。


『おう、おう。これで、儂は、終わ、れ……』


 言い終える前に、地響きをたてて巨体が地に崩れ、牛鬼は事切れたのがわかった。


 そこで、わたしは今更思い至った。


 この牛鬼も、以前は別の何か……おそらくは人だったんだ。


 似たような状況で、もしかしたら姉のように誰かを守るために倒して、牛鬼になってしまった。


 牛鬼に突き立てられていた白蓮が、式神符に還った。

 力を使い果たした日向も、式紙符に戻っている。


 荒い息をつく姉が、よろめきながらも二つの式神符を回収したとき、刀身の突き立てられた箇所から、ぬらぬらとした瘴気にも似たおぞましい何かがあふれ出した。


 牛鬼の身体はあっという間にそのおぞましい何かに変わって、消えていく。

 行き場のない憎悪と怨嗟にまみれた、牛鬼の呪いだ。

  

 その呪いは呪詛の言葉をまき散らしながら、その場を入れ物を求めるように漂っていたけど、不意に動きを止める。

 意識の先にあるのが、弱った姉だと、理解できてしまった。 


 あれにとらわれたら、今度はお姉ちゃんが牛鬼になってしまう!


「逃げてお姉ちゃんっ!」


 わたしの叫び声に、姉は虚空に浮かぶ牛鬼の呪いに気付き、後ずさりしつつ呪符を構えようとした。

 けれど、途中で脚をもつれさせた。


 その場に崩れ落ちてしまった姉に呪いが迫る。

 わたしは身のすくむような心地で、気が付けば手のひらにある鈴をぎゅっと握りしめていた。


 お願いお姉ちゃんから離れて! もう誰にも悲しい思いをさせないで!!


 膝をついた姉の背後から、ぞぶりとのしかかるように広がる牛鬼の呪いに息をのむ。


「だめえぇぇ――――――っ!!!」


 身を乗り出すように叫んだ瞬間、清浄な銀の光に貫かれ、牛鬼の呪いが四散した。

 

 こわばった表情で呪符を構えていた姉は、きらきらと舞い散る霊気を呆然と眺めていたけど、こちらを向いた。


 わたしもはっと降り仰げば、片手をつきだしたナギが、厳しい表情で虚空をにらみつけていた。

 やっぱり、今のはナギの力なのだろうか。

 だけど、


「ナギ?」


 その表情があんまりにも真剣で思わず名を呼ぶと、ナギはわたしを見下ろして、満足そうに笑んだ。


「うむ、十分だったぞ。助かった」

「なに、したの?」

「ぬしの願いに応えた。それだけだ」


 わたしがお姉ちゃんを守りたいと思ったことが、命令になったのだろうか。

 でも霊力が抜き取られた時特有の、体の芯が重くなるような疲れはない。

 それに神に近い牛鬼の呪いを退けることができるなんて、ナギは、一体……? 


 わたしが言葉の意味を考えているあいだに、ナギはゆっくりと地上に降り立った。

 とたん、姉が駆け寄ってきてくれたから全部吹っ飛んだ。


「お姉ちゃんっ」

「依夜、無事!?」

「無事だよ。お姉ちゃんこそ、大丈夫?」

「これくらい、いつものことよ。大したことないわ」


 にっかりと笑った姉だったけど、全身に疲れが色濃い。

 きれいだった衣服もところどころ裂けて、土で汚れ、腕や頬には切り傷がある。

 多分、見えないところにもたくさん打撲の跡があるのだろう。

 

 そのとき、姉を包んでいたナギの術らしい光の薄衣がはかなく散っていった。


 同時に姉がよろめいてうろたえるけど、さっきよりもずいぶん顔色がよくなっていた。


 ふう息を付いた姉は、ひたりとナギを見た。


「とりあえず、礼を言っておく。あんたのおかげで勝てたわ」

「わしは、己の主を守っただけだ」

「……己の主、ね」


 低く苦々しくつぶやいた姉の様子で、わたしはようやく思い出す。

 そうだった。姉が人型のナギと会うのは今が初めてだ。 

 

 なし崩しとはいえ、訪れてほしくなかった悪夢が目の前にある!


「……言いたいこととか聞きたいことは山ほどあるんだけど」


 顔をこわばらせつつ、姉がどんな反応を示すかびくびくしていると、姉は牛鬼相手よりも殺気だった視線で、ナギに指を突きつけた。


「いつまで依夜を抱き上げたまんまでいるのよ! とっととおろしなさい!」


 一瞬なんのことかわからなかったけど、ナギの片腕に抱えられたままなのを思い出して、かあっと顔が熱くなった。

 どうして忘れてたのわたし――!!


「ナギ、おろしてっ。もう大丈夫でしょ!?」


 緊急事態だったとはいえ、ナギに抱きあげられることに慣れてしまっている自分にがく然としつつも、さらに姉に見られてしまっている気恥ずかしさでどうかなりそうだ。

 とりあえずおろしてもらおうとナギの胸に手を突っ張ったのだけど、なぜか、腕はびくともしなかった。


 というかさらに両腕で抱え込まれた!?


「ひゃ、なに!?」


 結果的にナギの襟元に頬を寄せることになって、いつも漂わせている香の薫りが強くなったせいか頭がくらくらした。

 袖にくるまれているのが妙に安し……じゃなくて!?


「なにしているの! 依夜が主ならちゃんと言う事聞ききなさいよ!」


 声を荒げる姉が、わたしの言いたいことをすべて代弁してくれた。

 見上げれば、ナギはちょっと唇をとがらせるような雰囲気で言った。


「今回はわし、がんばったでの。ご褒美をもろうてもよいと思うのだ」

「だからってあんたみたいな野郎が気安く抱きしめていい子じゃないの。それにご褒美だったら私だってほしいわよ。というか私だって依夜をぎゅってしたい! なでなでしたい!」


 お姉ちゃん本音がもれてるよ! そんなことしたかったの!?


「わしは我が主の一番の式神ゆえ、主を独占する権利がある。着替え、寝顔、初めての制服など、かわゆい場面は記憶に永久保存が基本だぞ」

「なっ!?」


 わたしは目をまん丸に見開いて言葉を失った。

 姉は目の端を吊り上げて、もはや般若の表情だ。


「やっぱり寝顔を見てたわね。しかも着替えですって最低よこの変態が! 私だって依夜の寝顔も制服もほとんど見られないのに!」

「ふふん、そばで愛でて堪能できるのも式神の特権だ」

「滅するわ」


 完全に座った目で残っていたらしい呪符を構える姉に、ナギはドヤ顔を返していた。


 わたしは、その顔に無言で手を添えた。


「ナギ……」

「うむ? 何だぬしよ。妙に積極……」


 瞳を瞬かせるナギの形のよい額に向けて、わたしは全力で頭突きをかました。

 ゴンッと、かなり良い音がした結果ナギが揺らめき、腕がゆるんだ隙をついて抜け出したわたしは全力で叫ぶ。


「やっぱり着替えを見てたのかこの変態が―――っ!!」


 目隠しが意味なかった! 毎度毎度律儀にやってたわたしの複雑な心境を返せ!!


「お姉ちゃん、今すぐこの変態を滅して、お願い!」

「任せなさい依夜、今なら神でも倒せる気がするから!」


 じんじん主張する額もそのままに、姉に訴えれば、姉からは頼もしい返事が返ってきた。


「今のは、ちいと効いた……さすが、我が主だ……」


 若干涙目でうずくまっていたナギがパチンと指を鳴らすと、世界が揺らめき、日がとっぷり暮れた現世に戻っていた。

 隠世に引きずり込まれる前はまだ日があったが、すでに辺りは暗く、道路の端の街灯が光り、それなりの時間がたっていることがわかった。


 今にも呪符をなげうとうとしていた姉は、現世に戻ったとたん体をよろめかせて呪符を取り落とした。


「どうしたのっ」

「これは、かなりくるわね……」


 倒れる前に駆け寄って支えれば、姉は深く息をつきながら、でもわたしを安心させるように笑った。


「大丈夫、ちょっと、疲れた、だけだから……」

「お姉ちゃん!」


 でも言い切る前に意識を失った姉に動揺していると、ナギが姉を軽々と持ち上げた。


「ナギ、お姉ちゃんどうしたの!?」

「なあに、ちいと体に負担がかかっただけだ。ぬしの時のように寝れば良くなろう」


 わたしと一緒で一時的なものなら、大丈夫だろうけど……。

 あっさり言ったナギに少しほっとしていたわたしだったけど、姉を肩に担いだのを見てぎょっとした。


「も、もうちょっと優しく扱ってよっ。こう、横にとか」

「お姫様だっこなぞをしたら本人がいやがりそうだがの」

「そんな妙な気づかい今更しなくて良いからっ。それにあんたが姿を隠したままだったら、怪奇現象になるじゃない!」

「む、そうかの。……今ならできようか」


 現世だというのを思い出して言えば、ナギは少し考える素振りを見せた後、姉を一度おろして、気配を揺らがせる。

 たぶん人にも姿が映るようにしてくれたのだ。


「これで良いかの。さ、帰ろうぞ」


 暗い色合いをした着物姿のナギが姉をひょいと背負い直してくれたのに、ほっと息を吐きつつ。

 胸の奥に感じる重いものは努めて無視をして、わたしたちは家路に就いたのだった。


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