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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第三章

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わたしにできること

 


 ナギの腕は、少しひんやりしていた。 


 いつもナギに触れられるのは、落ち着かなくて、不本意で、腹立たしいばかりのはずなのに、すっぽりと腕に包まれた今は、何よりも安心してしまった。


「なぎ、なんでっ」

「ちいと封印具をほどくのに時を要しての。結局壊してしもうたから、後で姉御に謝らねばならぬな。……ぬしよ、泣いておるのか」

「っ泣いてないっ!」


 ごしごしと乱暴に目元を拭おうとしたら、その手を握られた。

 いつも人を食ったような、曖昧にほほえんでいるようなナギだったが、今は表情がない。


 感情の浮かばない顔は、秀麗さと相まって美しく見えたけど、同時にひどく恐ろしくも見えた。

 少しだけたじろいでいると、すっと指が伸びてきて、目尻にたまった涙を拭われた。


「ぬしの泣き顔は愛らしいが、わしの知らぬところで流す涙はうれしくないの」

「なによ、それ。こんなときにっ」

「なにを言うか。ぬしのかわゆきところはわしが一番に知っていなければならぬ」


 表情が戻ったナギは少し不機嫌そうな感じだったけど、それでもいつも通りのナギに、わたしはこんな時でもほっとしてしまった。


 と、ナギの背後に、全身真っ黒な大男の姿をした妖が大きな手を伸ばしてきているのが見えて、ぎょっとする。


「ナギっ」

「ふむ」


 宙をゆくナギは悠然と振り向くと、片手でそのわたしの胴回りほどはある腕を軽くいなす。


 とたん黒の妖は軽々と吹っ飛んでいった。


 だけど、それを皮切りに、わたしを食べようとしていた妖たちが雪崩を打って襲いかかってくる。


 その勢いに、思わずナギの着物を握りしめたのだけど、ナギは至って無造作に――ただ、すこし不機嫌そうに片手を差し出した。


「邪魔をせんでもらおうか」


 瞬間、圧倒的な気の放出が、熱波となってあたりを焼き尽くした。

 巻き込まれた妖は一瞬で蒸発し、周りの木々にまで燃え広がる。


 それでも勢いは衰えず、進路上にいた牛鬼に襲いかかった。

 だけど、牛鬼は毒霧を吐き出して対抗し、熱波を霧散させた。


『ぬう、このような式神を最後に繰り出してこようとは、やはりおんしが神薙少女だな!』


 牛鬼のいらだちと歓喜に彩られた吼声に、襲いかかってきていた妖の最後の一体を倒していた姉は、呆然としていた。


「…そ……な……」


 何事かをつぶやくように口を動かしていたけど、風切り音でよく聞こえない。

 だけど、姉がひどく驚いていることだけはわかった。


 たぶん、気配で黒蛇とこの人型が同じものとはわかっただろうから、ナギが封印具を破って出てこれると思っていなかったんだと思う。

 わたしだって思っていなかった。


 でも、それにしてはナギを見つめるまなざしが熱心、というか動揺しているように思えるけど、姉はすぐに気を取り直して、白蓮を構えた。


「覚悟しなさい、牛鬼。わたしの妹に手を出した報い、受けてもらうわよ!」

『笑止! 儂が人間なぞに負けると思うてか!』


 ざわざわと四肢を動かして突進してくる牛鬼に、姉は呪符をなげうつ。

 だけど張られた障壁はは少しの抵抗で破られ、姉は厳しい顔で回避にはしる。


 その前にナギがわたしを抱えたまま片手を一閃すると、牛鬼の周りにきらめく光芒と共に陣が立ち上がり、牛鬼の四肢が戒められた。


『ぬうっ! こしゃくな!』


 もがく牛鬼を横目に、ナギは一足飛びで姉のそばにやってきた。

 とたんに姉が血相を変えて近づいてくる。


「依夜、大丈夫!?」

「う、うん……」


 ナギの手から離れたわたしが何とかうなずけば、姉は安堵の吐息を漏らした後、すぐにナギに目を向けた。

 わたしは、体中に傷を付けながらも戻ってきた日向が、ナギに対してどことなくおびえているように見えたのが気になった。


「あんた、は」


 複雑な表情で言いかける姉を、ナギは遮った。


「これからどうするかの、術者よ」

「……倒すわよ。こっちの居場所を知られている以上逃げるのも意味ないし。このままじゃ私も依夜も危ない」

「でも、お姉ちゃんに牛鬼の呪いがかかっちゃう!」


 硬い表情で言い切る姉に、わたしは恐怖と不安にぎゅっと胸が引き絞られたような気がした。

 牛鬼はかつて倒した術者達によって、負の連鎖が続いた妖だ。

 ナギが居る今なら、倒せる可能性はゼロではないのかもしれない。

 でも、牛鬼は呪いそのものだ。

 人の力では退けることのできない、神に近いとさえいえる牛鬼を、完全に倒せたものが居なかったからこそ、封印されるしかなかったのだ。

 

 姉が、かつて呪いを受けざるを得なかった術者と同じになるなんて、耐えられなかった。


「致し方あるまいか」



 頭の上から、ぽつりと低い声が聞こえて、思わずすがるようにナギを見上げれば、ナギはいつの間にか片手を姉に向けてのばしていた。


 面食らう姉の額に、ナギの指先が触れた瞬間、姉の全身が光の粒子で包まれた。

 自分を客観的に見たことはないけど、それは浄衣を纏うときと同じ燐光に思えた。


「……っ!?」

「我が(あるじ)のために、力は貸す。だがぬしでは長くは持つまいて、早急にとどめをさすといい」


 目を見開いた姉は、自分を覆う光を呆気にとられたように眺めた後、急に体勢を崩した。


「お姉ちゃん!?」

「平気、よっ」


 急にうずくまった姉にうろたえて、背中に手を添えたわたしだったけど、すぐに持ち直す。


「なに、したの」

「ちいとばかし、わしの力を移しただけだ」


 説明にもなっていない説明だったのに、姉はなぜかそれ以上は聞かなくて、何かに耐えるように顔をこわばらせながらも、しっかりとナギを見上げた。


「これで、牛鬼の呪いは大丈夫なのね」

「おう」

「助かる、足止めは任せたわ」

「式神使いが荒いのう……」


 ぼやくナギを無視して、姉は傍らで案じるように黙り込んでいた日向の毛並みをするりと撫でた。


「日向、あともうちょっとだけ、がんばって」

「もちろんだ」


 そうして日向の背に飛び乗ると、姉は今にも結界を破りそうな牛鬼をにらむ。

 姉を見て苦笑していたナギは、混乱するわたしを再び抱え上げた。


「ぬしよ、しっかり捕まっておれ」

「ちょっ……」


 とまって!と制止する前に、場違いなほど繊細な音をさせながら結界が砕け散った。

 わたしを抱えたままぐんと上昇を始めるナギに、慌ててしがみつく。


『下僕に成り下がった式神の分際で、儂を縛めるかああ!!』


 怒り狂う牛鬼がわたしたちに向けて無数の妖力の玉を投げつけてくるけど、途中で見えない壁のようなものに当たって霧散した。


 ナギが結界を張っていたのだと理解するまもなく、日向に乗った姉が牛鬼のめちゃくちゃに動かされる鉤爪の間をくぐり抜けようとしているのを見つける。

 そのすれすれの攻防に、わたしはナギを降りあおいだ。


「お姉ちゃんを守って!」

「むむ、難儀な注文だのう」


 少し眉をひそめたナギだったけど、ふと思いついたように意地悪く微笑した。


「かわゆくおねだりをしてくれたら、考えないでもない」

「か、かわいく!?」

「うむ、ぬしの応援次第でちょいと頑張れる気がするのう」


 こんな時なのにいつも通りのナギすぎて、茶化さないでと一瞬怒りかけた。

 けど、話している間も、ナギは牛鬼の攻撃を防ぎ、気を惹き続けている。


 ナギだって危ない中、でも全然怖くないのは、支えてくれるこの腕が全く揺るがないからだ。

 守られてばかりなのに、お願いするなんて厚かましい。というか、何をばかげたことを、という感じだ。


 でもお姉ちゃんも守ってほしい。それにナギにだってがんばってもらわないといけない。


 うう、でもかわいくって何!?


 悩みながら葛藤しながら、わたしは暗い色の着物をぎゅっと握りしめて秀麗な顔を見上げた。


「ま、負けるな、ナギ!」


 結局ふつうの応援になった。


 赤い瞳が見開かれてこちらを向くのに、予想外だったことが知れて、自分の顔に一気に熱が上るのを感じた。


「なによ、しろって言ったのはナギじゃない!」

「いや、ほんにやってくれるとは思うてなかったでな。しかもわしを応援してくれるのか」

「な、ナギが負けちゃったらお姉ちゃんも危ないでしょ!」

「ぬしは己の身は案じないのか?」


 自分のこと? そういえばいっさい考えてなかったと気付いて、その理由に思いいたる。


「だって、わたしのことはナギが守ってくれるんでしょ。それなら平気だもの」


 今更なにを言っているのかと思っていると、ナギは赤い瞳を瞬かせて不意に破顔した。


「ほんに、ぬしは……」


 低く笑いつつ、空いている手をわたしの頬にのばしてきた。

 表情が見たこともないほど柔らかくて、胸の奥が不自然にはねたけど、大量の妖力の玉が飛んでくるのを視界のはしに見つけて慌てた。


「ナギ後ろ!!」

「むう、よいところで」


 いいつつ、頬にふれる前に離れた片腕が一閃されると、妖力の玉は途中で霧散し、よどんだ色をまき散らして消えた。


 なにに対してかわからないままほっとしていると、ナギは魔法少女のアニメを見ているときと同じくらい楽しそうな顔をしていた。


「さあ、ぬしに応援されてしもうたでの、張り切らねばなるまいて!」


 ひどく上機嫌なナギが指を鳴らすと、ちょうど姉達に毒霧を吐き出そうとしてた牛鬼の口の前に障壁が広がり、牛鬼の口をふさいだ。


『ぐむっ!?』


 牛鬼が首を振るって結界をとろうとしている間に、ナギが腕を一閃すれば、振り回されていた鉤爪の足のいくつかを包むように結界が出現し拘束された。


「後は任せるぞ、術者よ」


 ナギのつぶやきがきこえたわけではないだろうけど、片手を刀印(とういん)に結んだ姉は、動けない牛鬼へ向けて、裂帛の気合いを込めて振り下ろす。


「臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前!」


 姉の刀印が振り抜かれるたびに、牛鬼の体にその通りの傷が刻まれていく。


『小癪なああ!!』


 結界を無理矢理破り、怨嗟の声をあげる牛鬼の眼前へ飛び込んだ姉は、日向の背から離れ声を張り上げた。


「かけまくもかしこき水守の神へかしこみかしこみ申す! 祖がかわせし契りに従い その猛き神威(しんい)を持ちて 我が眼前阻む災い禍事(まがごと)を祓い清め滅し賜え!」


 祝詞を唱えあげた姉の全身から清浄な霊力が光となってあふれ出し、両手で構えた白蓮へと収束していく。


『小娘があああああ!!!』


 刀印の傷もそのままに、襲いかからんとする牛鬼の鉤爪は、またナギの術によって阻まれ拘束された。

 その光景を息をのんで見つめるわたしの耳に、ナギの低い声が落ちてきた。

 ほんの少しだけ、苦しそう?


「ぬしよ、姉の無事を祈るがいい」

「え」


 問い返す前に、姉は空中で止まった鉤爪を足場に牛鬼の眼前へたどり着く。


「はぁああああ!!!」


 そうして姉は、まばゆいばかりの刀身を、牛鬼の眉間へ一気に突き立てた。


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