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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第三章

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41/95

【発売記念番外】~一年A組松本君の場合~

こちらは神薙少女発売記念番外です!


※単品でも楽しんでいただけるようになっておりますが、書籍版挿入の書下ろし「メイドさんは秘密にしたい」を読みますと、よりにやにや度が増すかと思われます!


応援してくださった方、そしてご購入いただけた方、本当にありがとうございました!

 


 松本静司は、悩んでいた。


 非常に非常に悩んでいた。


 静司は、陽南高校の1年A組に通う普通の男子学生だ。


 強いて言うなら、ちょっと特殊なバイトで小遣いを稼いでいることぐらいで、それも、ごく親しい友人にしか知らない。


 だから、クラスの中でも自分がそれほど目立つ存在ではないと思っているし、事実その通りだ。

 クラスメイトの顔と名前とりあえず把握しているものの、クラス委員の西山のように、誰とでも話して仲がいいというわけもない。

 気が合う仲間(男子ばかりだが)と交流するだけで、ほかのクラスメイトを意識することはなかった。

 のだが、


「松本、くん」

「お、おう!」


 静かで、涼やかとさえいえる声音に呼ばれた静司は、椅子に座ったまま飛び上がらんばかりに体をびくつかせてしまった。


 急いでふり仰げば、若干戸惑った風な水守依夜が、プリントの束を片手にたたずんでいた。

 その、長い前髪の奥で見開かれている瞳と視線が合い、こみ上げてくるばつの悪さと共に、勝手に心拍数が跳ね上がるのを感じる。


「あの、プリントをください」

「あ、ああわかった!」


 ざっと、机の上に置いていた答案用紙を差し出せば、細い指先で受け取って、また前の席へいく。

 背中を半ば無意識に追ってしまうのは、仕方がないと思うのだ。

 その背に重なるようにちらつく記憶に苛まれつつ、引きはがすように机に突っ伏して目をつぶったが、かえって鮮明に映像が浮かんでしまう。


 髪から滴る水滴と、肌に張り付くワンピースから透ける、肌の色。

 そしてしゃがみ込む彼女の、上気した頬と潤んだ瞳。

 

 ゴンッ。


「松本、いきなりどうした」


 耐えきれずに机に自分の頭を打ち付けると、前から声が降ってくる。

 顔を上げれば、そこにいたのは朝永(ともなが)だった。


「バイト先で面倒なことでもあったか?」

「めんどくさいことの方がどれだけよかったか」


 朝永は、いつものように購買で買ってきたらしいパンを片手に、向かいの席に座ると、身を乗り出してきた。


「なに、めんどくさい以外のことでなにがあるのか」

「それは……」


 静司は机にひっかけていたリュックサックから弁当を取り出しながら、曖昧に言葉を濁していると、早くもコロッケサンドを無造作にほうばる朝永が、ふと思い出した風に言った。


「そういや、あのショッピングモールの事件知ってるか」

「まあ、話くらいは」

 

 あのショッピングモールのイベントでは何度も世話になっているから、その関係で、情報はその日のうちに流れてきた。


「確かお前、前日にイベント出るとか言ってなかったか。予兆とかなかったか」

「な、何にもない! というか今ここで持ち出すな!」


 朝永の期待のまなざしに、また彼女の映像が脳裏にちらついた静司は、思わず声を荒げてしまった。


「悪い悪い、秘密だったな。そんなに黙っていることでもない気がするけどなあ」


 それを別の意味でとった朝永が、悪びれた風もなく言うのに、静司は決まり悪く腰を戻しつつ憮然と返す。


「そんなに言いふらすことでもないだろ。着ぐるみ着てやられ役の雑魚をやってるなんてさ」

「割とすごいと思うけどなあ」


 静司は、その言葉を無視して、母親お手製の辞書ほどはある弁当箱をかき込んだ。



 比較的仲のいい友人でも朝永しか知らないが、静司の実家は体操教室を経営している。


 そこで講師をやっている父は静司を体操選手にしたかったらしいが、体操選手になるには少々体格に恵まれすぎたので、あきらめられた。


 それでも、体操教室の片隅で遊んでいたおかげで鍛えられた身軽さは、特出すべきものだったらしく、教室の施設を利用しにくるプロのスタントマンの目に留まり、顔の出ない切られ役や、スタントマンもどきのバイトをしているのだ。


 こう表現するとずいぶん劇的で華やかに見えるが、その実、そのスタントマンというのは、静司を子供の頃からしごきまくり……もといかわいがってくれた人物で、はじめてやるときも「人手が足りない、四の五の言わず来い」と引きずられた結果だった。


 とはいえ、体操とはまた違う、影役の演技と言うのが静司の気性になかなか合っていたようで、専門のプロダクションに正式に登録して、不定期に仕事を請け負っていた。


 特に、隣町のショッピングモールのイベントはお得意さまで、イベントがあればほとんどかり出されている。


 魔法少女の着ぐるみを着てきゅるん♪という擬音が付きそうなダンスを踊る羽目になったときは憤死したくなったが、いつもはその他大勢のやられ役、にぎやかしが多い。


 あの日もネンブツジャーのザイーニンのスーツに身を包み、子供たちの容赦ない一撃にも……多少はムカついたが堪え忍び、もはや玄人となった雑魚っぽい動きで場を盛り上げていたのだ。


 そんな中起きたのは、噴水の水が襲いかかってくるという、異常事態だった。


 逃げまどう観客で会場がパニックに陥る中、静司も逃げようとしたが、観覧スペースにうずくまる子供が見えてしまう。


 ヒーローショーで雑魚キャラをやっていると、子供がどれだけ無邪気にえげつないことをしてくるか、身にしみてわかっている。

 だが、それとこれとは別だと走りかけたのだが、その子供の元に薄い色のワンピースを着た少女が同じように走り寄ってきていた。


 その女の子が同じクラスの水守依夜だと気づいて、心底驚いて足が止まる。

 そうしたら、同じくザイーニンをやっていた先輩が静司と入れ違うように子供へ走っていき、さらに彼女がその男の子を抱き込んで、水の球からかばったことに目をむいた。


 結果的に、襲いかかろうとしていた水の球は、途中で四散して彼女は水をかぶるだけですんだ。


 いや、その後は本当に気の毒だった。


 それだけのことをした上での悪目立ちは厳しいものがあるし、遠くからでも見てしまった気まずさは本当に謝りたい気分だったが、他人に近いとはいえ、クラスメイトの自分に見られたとわかったら、よけいショックだろう。


 動揺していた彼女が、自分に気が付かなかっただろうことには、申し訳ないが心底ほっとすると同時に、感嘆していた。


 あの水の球の威力は大の大人も吹き飛ばすほどなのは見知っていたはず。

 だというのに、彼女は何のためらいもなく、飛び込んできて凛然と男の子を守った。


 そういえば、五月に行った洋館での肝試しの時も、彼女は凛然としていて意外に思ったことを思い出した。


 水をかぶってしまった彼女を見て、意外と胸が大きいのだ、とか、髪から滴る水滴が、妙になまめかしく思えたとか……静司も思春期の高校男子だ、思いはした。


 だが、当たり前のように男の子を守ろうとした強さが、鮮明で。

 今まで席が真後ろという以外いっさい接点のなかった水守依夜と言う女の子が、はじめて形を取った気がしたのだ。


「……と、松本」

「お、おう?」


 思考に沈んでいたようではっとすれば、にやつく朝永がいて、妙に緊張した。


「俺が聞きたかったのは、この子だよ、この子!」


 静司の胸中など知らぬげに、朝永が差し出してきたスマホに写っていたのは、最近よく学校関係から回ってくる少女の写真だった。


「えーと、なんだっけ。かみなぐ?」

神薙少女(かんなぎしょうじょ)、だよ! この悪の女幹部バージョンさ、ちょっと服が破けてるるところとかめちゃくちゃ色っぽくね? ……じゃなくて、ぼやけていてわかりづらいけどさ、これショッピングモールじゃないか」

「ああ、そういえば、そうかもな」


 よくよく見てみれば、似たような建物が目に付く。

 ただ、ショッピングモールは泥で汚れただけで、ここまで建物が壊れたり、中庭が池のように水浸しになったりしてはいないので、そのあたりはよくできた合成かCGなのだろう。


「というか、かわいいよなあ。衆合姫のコスらしいけど、今までとは違った大人路線で益々魅力が増したね! 西山から教えてもらったときはやばいって思ったし」

「朝永、ずいぶんはまってるな」


 こうして、神薙少女に朝永が騒ぐようになったのは、確か五月の肝試しの時からではなかっただろうか。


 静司は見なかったが、クラシカルなメイド服に身を包んだその少女に遭遇した参加者は多い。

 彼女が水守を見つけてくれたのだ、と西山も騒いでいたが、そのあたりから、朝永も神薙少女に執心している。


 西山から端を発したコス娘いまは――神薙少女というのだったか、は、この地域限定で出没する、都市伝説のように語られていた。

 都市伝説と言うにはまだ新しいが、たぶん、今では陽南高校に通う学生なら教師も含めて知らないものがいないくらいには浸透している。


 彼女が現れる場所は、必ず誰かが危難に陥っている時だ。

 はじめは通り魔に遭遇したらしい西山を助けた和メイド。

 次は水守が行方不明になった洋館に現れた、ロングドレスのメイド。

 さらに、この周辺の学校で出没していた、変質者を捕まえた女学生。

 そしてショッピングモールでの女幹部だ。


 運が良ければ会える、という特別さが神秘性に拍車をかけているのかもしれない。


 形を変えたアイドルみたいなものなのだろう。


 たしかに、画面に映る神薙少女は、色っぽいし、かわいいと思う。


 だがと、静司が無意識に視線を巡らせれば、彼女は最近仲のいい西山たちのグループと共にお弁当を広げていた。

 背筋がぴんと伸ばして椅子に座る彼女は、あまり自分からはしゃべらないようだが、彼女たちの話に時折楽しそうに笑っていた。


 その姿勢がだれよりも凛としていることや、箸の使い方が綺麗なことは、あの遭遇以降、見ているうちに気が付いた。


 あのショッピングモールでの騒動の後、休みやしないかと冷や冷やしていたが、水守はちゃんと登校してきいて、眠そうではあったが、いつも通り背筋を伸ばして座っているのを見たときは本当にほっとした。


 だが、彼女の顔をまともに見れなくなっていた。

 そのくせ、いつも一つ後ろの席にいる彼女の気配を意識してるし、自然と彼女の姿を追っている。


「いやあ、西山もかわいいけど、クラスでこんなかわいい子はいないなあ」

「……そうか?」


 だから、そんな朝永の言葉に静司は思わず反応してしまった。

 言うつもりはなかったその言葉に、自分でうろたえたが、朝永は大げさに反論するだけだった。


「お前、神薙少女のかわいさをまだ疑うのか! こう微妙に照れを含んでいるのがたまらないと思わないか! あと、それでもきりっとした表情で立ち向かう姿とかギャップ萌がすぎるってものだろう!!」

「あーはい、わかったよ。かわいい、かわいいって」

「誠意が足りないぞ!」


 確かに神薙少女はかわいい。それは認める。

 だが静司は、水守の、かき分けられた前髪の奥にあるその素顔は、神薙少女に負けず劣らずかわいい、と思ってしまうのだ。


 朝永が神薙少女に向ける感情と、自分が水守に向ける感情が同じなのかもよくわからない。


 朝永は、それでも矛先を納めてくれたらしく、スマホの画面を眺めながら、にやにやとわらっていた。


 ……こんな脂下がった顔になっているのなら、正直勘弁したいと思う。


「な、今度はどんなコスプレで現れるかね。実際に見てみたいな……」

「チアガールとかじゃねえの。ここらへん体育祭今の時期にやるだろ」

「チアガールは最高だな! そういえば、知ってるか。体育祭の練習をしていると、妙な風が吹いてくるって」

「妙な風?」

「ああ、別の高校だったけどな。つむじ風が出来るような風の強い日じゃなかったのに、つむじ風が起きて、練習できなくなるとかなんとか」

「たまたまじゃないのか」

「でもうちの高校でもそれが来たら、もしかしたら神薙少女が来るかもしれないだろ。是非来てほしいぞ、チアガール!」

「決まった訳じゃないからな。朝永」


 興奮する朝永をいさめつつ、ふと静司はまた彼女たちの席に視線をやる。


 ここからだと、水守は横顔しか見えないが、なぜか表情がこわばっているように思えて内心首を傾げる。

 だが、西山たちに話しかけられて、すぐに和らいだので、大したことではなかったのだろう。


 正直、自分の感情が何なのかわからない。わからなくていいのかもしれない。


 この距離で眺めるのが、精一杯であったから。

 それでも水守のチアガール姿だったら見てみたいと思いつつ、静司は弁当の残りをかき込んだ。


 ……その後、本当に体育祭の時に神薙少女がチアガール姿で現れて、予言者だとたたえられてしまったことは想定外だったのであった。




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