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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第三章

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嬉しい、やくそく

 

 喫茶店でパフェを食べながら姉としゃべっていると、日向が飽きて式神符に戻ってたりはしたものの、楽しい時間が流れていく。


 ついでに夕飯の買い出しもすませると、あたりはだいぶ暗くなっていた。

 残念ながら雲が厚く垂れ込めているから、夕焼けは見えない。


「家に帰るまで天気が持てばいいんだけどなあ」

「あ、わたし傘あるから大丈夫だよ」

「さっすが依夜、用意がいいねえ」


 鞄に入れていた折りたたみ傘を見せると、大げさに感心してみせた姉は、ふと、道のはしにあった掲示板に目をやっていた。

 そこに張られていたのは、数週間後に行われる割と大きな祭りを告知するポスターだ。

 企業が使うような光沢のあるしっかりとした紙に印刷されていて、力が入れられていることが伝わってくる。


「ここでは七夕のお祭りやるんだね。まあ、七夕とは名ばかりのイベントみたいだけど」

「そうみたいだね。駅前でもそういう飾り付け始めてるし。弓子ちゃんに聞いたけど、毎年、出店もかなり出るみたいだよ」

「へえ結構大きいお祭りなんだ。でも、夏祭りの時期はは全部神事に儀式が続いて忙しくて、そういう縁日はほとんど楽しめたことがなかったね」

「お姉ちゃんの巫女舞を見るのがいつも楽しみだった」

「舞は依夜の方がうまいけどね」

「そ、そんなことは……」

「あるよほんと、何で儀式の舞い手に選ばれないのか不思議なくらい」


 それは、たぶん、わたしに舞いに込められるほどの霊力がなかったからだ。

 だから、水守に受け継がれる舞を一通りは修得したけれど、一度も表舞台で舞ったことはなかった。


 姉の不満そうな顔にちょっと雲行きの怪しさを感じたわたしは、少し慌てながら話柄を変えた。


「でもさ、一回だけ、お祭り回ったことあったよね」

「え、そうだっけ?」

「うん、ちっちゃかったから、そんなに覚えてないけど。金魚すくいがやりたかったけど持って帰れないからできなくて、神社の屋根に登って、特等席で花火を見たの」


 腹の底まで響く音と共に、夜空いっぱいに広がる火花は、どこまでもどこまでもきれいだった。


「どきどきして、楽しくて、またいこうねって……」


 わたしの言葉は尻すぼみになった。

 姉が困惑した表情に気づいたからだ。


「……ちがったっけ」

「あ、いや依夜がそんなに覚えてるんなら、そういうこともあったんだろうなあって。忘れちゃってごめん」


 心底申し訳なさそうな顔をする姉に慌てて首を横に振った。


「ううん、わたしもなんかぼんやりとした雰囲気しか覚えてなくて、勘違いだったかも知れない。もしかしたら花火はテレビの中継で見たのかもしれないし、金魚すくいは水守の誰かに連れて行ってもらったのかも」


 でも言っていて、なんだか自信がなくなってきた。

 そのときついていたお手伝いさんとかは仲は悪くなかったけど厳しくて、到底遊びのために外に連れ出してくれるような人ではなかった。

 それでも小さい頃だったような気がするから、一人で行ったとは思えない。


 でも楽しさはぼんやりとだけど残っていて、その隣にいたのは姉だとてっきり思っていたのだ。


 ただの記憶違いだったのだろうか。

 隣にいた影も、つないでくれた手も、抱き上げてくれた腕も?


 頭の奥にもどかしいような重さを感じていると、姉はぱんと手を打って言った。


「まあ、いいわ。それならこのお祭り、私と行こう!」

「えっ」

「祭りといえば儀式ばっかりで、楽しむものって意識がなかったんだよね。これはよくない。浴衣着てさ、思いっきり遊ぼうよ。金魚すくいもしてね。花火はないみたいだから買っちゃおうか」

「でもお姉ちゃん、お仕事は」


 姉は、警察へ出向している身だ。怪異事件があればすぐに行かなければならない。

 不定期だし、突発的に入ってきたりするから、特定の日をめがけてお休みをとるのも難しいのだ。


「だ、大丈夫。なんとかする。この日は絶対こっちに帰ってくるから、約束する!」


 案の定息を詰めた姉だったけど、勢いよく言い切った。

 その熱の入れようには戸惑ったけど、嬉しいことには嬉しい。


「わかった、お祭り楽しみにしてるね」

「よーし、お仕事がんばっちゃうぞー!」


 拳を突き上げる姉に笑いながら、今から気持ちがわくわくする。

 姉と約束して一緒に出かけるなんて、滅多にないからだ。


 七夕まで後一月くらい。それなら、浴衣を新調してみようか。

 わたしは体が小さいから、既製品の浴衣だと丈が長くて着にくいから、思い切って裾を切って、その布で巾着とか髪飾りを作ったりできる。

 裁縫は水守の子はみんな仕込まれるから、浴衣くらいは男の子でも縫えた。


 だけど、そういえばお姉ちゃんは苦手だったなあ。

 なら仕立ててあげようかな。

 一ヶ月もあれば一着くらい縫い上がる。


「お姉ちゃんは浴衣、もっ……」


 ているの?と聞こうこうとした矢先、神経を逆撫でするような嫌な感じがした。

 思わず立ち止まったわたしに、姉も不思議そうに立ち止まる。


「依夜、どうした……!?」


 瞬間、ざあっと世界が音をたてるように浸食されていった。


 陽から陰へ、現世(うつしよ)から隠世(かくりよ)へ。

 ただの住宅街から、陰の気配が濃密に漂う森へと変貌した風景に、わたしは隠世へ引きずり込まれたのだと知った。






「依夜、私から離れないで」

「う、うん」


 すぐに同じ結論に達した姉は、わたしを背にかばって表情を険ししくする。

 身構えた姉があたりを伺えば、木々がざわざわと揺れ動くに合わせて、声が聞こえてきた。


『見ツケタ、見ツケタ』

『強イ、強イ』

『術者ノ人間』

『旨ソウナ人間』

『コイツダ』

『捕マエテ、知ラセテ』

『ゴ褒美ダ』


 そうして、陰が揺らめくとありとあらゆる暗がりから姿形もさまざまな百鬼魍魎(ひゃっきもうりょう)たちが現れ、無数の目玉がこちらへ集中した。


 彼らは瘴気に飲まれていたり禍霊になったりしていない、ただの妖のようだった。

 でも、愉悦に染まった瞳や気配から、わたしたちに悪意を持っているのが伝わってくる。


 思わず姉の羽織を握ったわたしだったけど、一方の姉は、そんな魍魎たちの視線を平然と受け止めると、気安く問いかけた。


「あんたたちが私たちを引きずり込んだみたいだけど、何のよう? 私を水守と知ってやったのかしら?」


 その声にはふるえもなく、怯えもない。

 だけど魍魎たちは多勢で優位を確信しているのか、同格に扱うつもりないのかケタケタと笑うだけで答える様子がない。


 すぐに攻撃してこないことから、こちらをいたぶろうとする魂胆が透けて見えた。

 姉もまともな答えが返ってくるとは思っていなかったらしく、ちょっと肩をすくめる。


「まっいいわ。生き残った奴に後で聞けばいいだけだし」

『?』


 姉が羽織の袖につっこんでいた腕を抜いた時、その両手指の間すべてに札が挟まっていた。


「私が妹といる時にに襲ったこと、後悔させてあげる」


 その言葉を言いきるやいなや、魍魎たちは一斉に飛びかかってきた。




明日は、発売記念の短編を更新いたします。

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