お姉ちゃんのお仕事は
日向に引っ張ってこらたのは、陽南高校の裏門だった。
駅へ行く道とは違うこともあって、あんまり使われていない校門だったりする。
そのまま日向は動かないから、訳が分からないまでも必然的に待つことになってしまったのだけど、いくらもしないうちに道の向こうから黒塗りの車が走ってきたのだ。
全くなじみはないけれど、若干見慣れたそれは、どっからどう見ても地位や財産がある人や、公的機関で偉い人を乗せるためのやつだ。
まさにわたしの目の前で止まった車から悠然と出てきたのは、案の定姉だった。
初夏らしい、ゆったりとしたパンツとひらひらとしたシャツの上から単衣の羽織をひっかけた姉はにっこり笑った。
「やー依夜! 用事が早めに終わったから来ちゃった。一緒に帰ろ!」
あ、ええと。
裏門にしてくれたのは正門では目立つからだろうけど、裏門も使わない生徒が居ないわけではないから、圧倒されて引き返したり、すごい目で見ながら脇を通り抜けたり、視線がすごい痛かったりするんだけれども。
この空気の中で行動するってものすごくハードル高いんですけれども!
「えと、いいんだけど……車に、乗るの?」
「そこら辺の駅で降ろしてくれればいいって言ったんだけどねえ、ここまで送るって聞かなくてさ」
ばつの悪そうな顔をした姉が、運転席に話しかけて扉を閉めれば、車はそのまま去っていってほっとする。
それでも学校では異色な姉はかなり目立っていたけど、本人は気にした風はなかったからあきらめた。
大したことじゃないよね。きっと。
と、自分に言い聞かせていれば、日向の頭をなでていた姉がこちらを、正確にはナギを見てちょっぴり顔をしかめた。
「また封印がほどけたのね、見せて」
差し出された手にナギの鈴を乗せると、姉はじっくりと見聞し始める。
「くっ書いた呪ごとはがれてるか……この短時間でこんなにぼろぼろになるなんてないわよ全く」
「うむ、今回は悪くはなかったがちいと脇が甘かったの」
「割とうまく行ったと思ったのをそんな風に言われると自信なくすわね」
ナギに言い返しつつも、素早く封印符で鈴を包み込んだ姉は、手に持っていた小箱に放り込み、さらにむんずとナギの胴体をつかんで同じように放り込んだ。
「封!っとこれでよし」
「お姉ちゃん、今回はなに?」
小箱に封じの符をべたべた貼り終えた姉に聞いてみればニヤリと笑った。
「ふっふっふ。今日のはひと味違うわよ。なんて言ったって結衣の知り合いから借りてきたからね」
結衣と言えば、古くから浄衣や呪具など、退魔道具の制作に特化した家だ。
今はちょっとずつ技術交流をしているらしいとはいえ、結衣の退魔道具は別格だと言われている。
わりと門が開けている家だけど、姉に封印具を借りられるほどの知り合いがいるなんてびっくりした。
「さすが香夜だな!」
「ふふ、日向もありがと。さ、邪魔者も居なくなったし、帰ろっか。あ、帰る前にケーキとかパフェとか食べにいく?」
思わず顔を輝かせてしまったわたしに気づいた姉はにんまり笑う。
そうしてわたしたちは、連れだってちょっと遠回りになる繁華街の方へ歩きはじめた。
「やっぱり都会の学校は違うねえ。雰囲気が洗練されてるというか、自由って言うか。学生の顔を見るだけでなんか賢そうって感じがするよ」
「大げさだよ。それにお姉ちゃんが行ってた学校だって都心にあるでしょ?」
「都心って言ったって、あそこ微妙に隠世と混ざってるからなあ。神社とお寺と教会とモスクと、いろんな宗教だったり退魔術に対応するための儀式場が一緒くたにあってごちゃごちゃしてるよ?」
苦笑する姉は、退魔科が併設されている学校出身だ。
もちろん表向きは別の名称で呼ばれていて、普通科にはなにも知らない一般生徒も通っている。
退魔師や、霊的治療師、そしてゆくゆくは神薙目指す子供たちにとっては、あこがれともいって良い名門学校で、姉はそこを首席で卒業していた。
わたしも何もなければ、そこに通っていたと思う。
「それに、私は結構外を回ってたからね。かなり休んでるし、印象が薄いんだ」
「あ、禍霊討伐……?」
「おう、そうだぜ!」
空中を浮いてついてきていた日向が、自慢げな顔をして割り込んできた。
「香夜はな、今のおまえと同じ頃から数々の禍霊を退治していたんだ! おまえとちがってな!」
「知ってるよ。お姉ちゃんはすごい」
よく知ってる。電話だったり、直接会いに来てくれたりして。
そのたびに姉の無事を必死で祈って、姉はちゃんと帰ってきてくれるのだ。
「お、おう」
いつもならがんがん自慢するのに、今日の日向は気をそがれたように黙り込む。
不思議なこともあるものだと首を傾げつつ、姉を見て聞いた。
「ねえ、お姉ちゃん。あんな車に乗ってたってことは、お仕事関係だったの?」
「まあね。ちょっとここの管轄署に顔出して、怪異関連に思える事件がないか探しに行ってたの。私の部下が馬鹿みたいなメッセージを出していたせいで、一般では神薙少女について全く情報提供が望めないからさ」
「そ、そう」
「私の所属課は特殊だから、越権行為とかしたくないんだけど。背に腹は代えられないしね」
姉の普段はやらない権力行使を知って、わたしはひきつりかける顔を努めて押さえて平静を保つ。
頬を掻いて苦笑している姉の表の肩書は、警察官だったりする。
正確には警察庁の生活安全局保安課特殊事案対策室ってところに所属している警部さんだ。
何人かの退魔師が常駐し、ほかの職員も事情を知っている人で固められているそこは、怪異の関わる事件を一手に引き受けている所で、一般には公開されてないけど、警察組織内では密かに知られている部署だ。
どうやらというか、案の定というか、弓子やナギに情報提供メッセージを送信したのは姉の部下の人が出したものだった。
ネット上に画像をあげていたアカウントにメッセージを送信したのだけど、内容が内容だったから、半分以上返信は来なくてあんまり意味はなかったらしい。
それをわたしから聞かされたとき、姉は「あの馬鹿にSNSのマナーを一からたたき込んでやらなきゃ」と地をはうような声音で言ったあと、いくつか式を作り出して飛ばしていたから、その人が軽く呪われていやしないかちょっと心配している。
それを話したことで、弓子が画像をあげた一人と知った姉にお願いされて、数日前に弓子と姉とお茶をしたのも記憶に新しかったりもする。
姉に手帳を見せてもらった弓子は、はじめこそ緊張していたものの、巧みに話を進める姉と妙に意気投合して、その日のうちに連絡先を交換していた。
その打ち解けっぷりに、数週間前のわたしの苦労はなんだったんだろうと気が遠くなった。
それはともかく。
姉がこの街にいる限り出番はない神薙少女だけど、単語が出てくるたびに意識してしまうのはしょうがない。
「それで、あの車だったんだ」
「ま、そういうわけ。案の定、神薙少女についてはほとんど情報がなかったんだけど。そのほかについてはかなりの収穫があったわ」
「どういうこと?」
すっと、真顔で目を細めた姉の横顔は、神薙の顔だった。
「霊場みたいな特別な土地ならともかく、ここはそんなに霊的に目立つような特徴のない場所よ。なのに妖がどんどん集まってきているみたいなの。ここ数日は特に怪異関連としか思えない事件や事故が多数報告されているし、私もどれだけ退治したか。明らかにおかしいわ」
そう言えば、なんだかんだでよく会う三妖たちが、強い妖が増えてしまったって怖がっていた。
しばらく隠れるって言って、ここ最近見ていない。
まあ、お姉ちゃんに持たされている魔除けの護符で近づけないだけかも知れないけど。
でも、姉が気づいていること以外にも、おかしいことが一つ起きているのをわたしは知っている。
田の神や、体育祭の魔風のように、妙な玉のせいで禍霊化した妖たちだ。
姉の前に現れるかも知れないそれらに、大丈夫だろうかとじくじくとした不安があふれ出す。
と、姉にじっと見つめられているのに気づいて面食らった。
「な、なに?」
「また顔がこわばってる」
「えっ」
とたん、にゅっと姉の手が伸びてきて頬を挟まれた。
そのままむにゅむにゅともまれて、くすぐったいやら変な感じやらでおろおろする。
「お姉ちゃん急になに!?」
「知ってるよ。依夜がまだ退魔術が使えないことに負い目を感じてるの」
「!?」
目を丸くすると、姉はちょっと悲しそうな風に目尻を下げた。
「あんまり一緒に居られなくても、お姉ちゃんだもん。それくらいはわかるわ。私が討伐から帰ってくるたびに、泣きそうな顔になって。そのうえで修行がんばる! なんて言うんだから、自分を責めてるのがありありとわかったわ」
わたしは呆然としながら、静かに目を光らせる姉を見つめた。
「退魔術が使えないってことが重荷になってるんなら、そんなのあんたには要らない。水守が許さないって言うんならその分私が討伐すればいい。安心して。私は結構水があっているみたいだし、それで依夜が依夜らしくいられる場所に行けるのなら最高よ」
「お姉ちゃん……」
「私の考えは間違ってなかったね。山奥にこもってた頃よりずっと表情が明るくなってるもん。本当に今の生活が充実してるんだなって安心したの。やっぱり賛成して良かったなって思ってるんだから、依夜は笑ってればいいのよ」
明るく笑う姉に、わたしは返せる言葉がすぐには浮かばなかった。
普通を望んだ。それしかわたしとして生きる道がないと思ったから。
それを姉は理解して、受け入れて、協力してくれる。
こんなに嬉しいことはない。
「いいの、かな?」
「私がいいって言ってんだから間違いない。もし邪魔するものがあってもお姉ちゃんがぶっ飛ばすからね!」
「ぶっ飛ばしちゃうんだ」
「なあに? なんか文句ある?」
思わず吹き出せば、心外そうな姉にますます笑みがこぼれてくる。
うん、そうだ。お姉ちゃんがいいって言ってるんだからいいんじゃないか。
「お姉ちゃん。ありがと」
「どういたしまして」
わたしはもやっとした思いを吹き飛ばすために、にっかり笑った姉に満面の笑みを返したのだった。
活動報告にて、キャララフ紹介第二弾を開催しております!
どうぞ楽しんでいってください!




