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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第三章

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板挟みは不本意です!



 お姉ちゃんとナギがにらみ合う一触即発の事態に、だらだら冷や汗をかきつつも、わたしはどうにかごまかさなければと勇気を振り絞った。


「お、お姉ちゃん。これには事情が」

「何もいわなくていいわ。依夜が悪い訳じゃないのはわかってるから」


 だけど絶対零度の姉にぶったぎられて、なけなしの声ものどに詰まる。

 や、悪いとは思ってないけど、たぶん何か認識が間違っていると思うんだけど!


 袖に手を入れてたままの姿勢で、姉はちゃぶ台の上の黒蛇ナギを冷然と見下ろした。


「よくもまあ、私のかわいい妹に憑いてくれたものね妖怪風情が。見つけたからには容赦しないわよ」


 本気で怒ってるよう。お姉ちゃん!


 さらに、神薙として本気の姉の濃密な気あたりに、今すぐ卒倒したい気分になる。

 そんな威圧感の中でもナギは全くいつも通りで、鎌首をあげてひょうひょうと問いかけた。


「どのあたりで気が付いたかの」

「悔しいけど、依夜の目の前で探ってもほとんどわからなかった。でも部屋の守護結界が微妙に書き変えられていたから、何かが入り込んでいるのはわかってた。あとはそうとあたりをつけて探ったの」


 それってほぼ初めからだよね!?


 それに今考えてみればナギを鞄につっこんだのだって、鈴に戻っていくわけだからほとんど意味がなかったわけだ。うわあいまさら恥ずかしい……。


「ふむ。流石にそちらを偽装するのは無理だったからの。降参だの」

「ふうん、引き際はいいのね。でも妖怪だろうと神だろうと、私のいない間に妹にちょっかいだした報いは受けてもらうわよ」

「ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃん!」


 険しい表情で臨戦態勢をとる日向とともに姉がなにをしようとしているか悟ったわたしは、姉に抱きついて止めた。


 ああもう、ちょっかいを出されてるのは本当だし、わりとひどい目に合ってたりそういうのはぜひ報いを受けてもらいたいけど、でもっ。


「こ、この妖には、危ないところを助けてもらって、いままで守ってもらってたの! 普通に学校通えてたのはこいつのおかげだから滅するのはやめて!」


 ぎゅうっと腕を握る手に力を込めて訴えれば、姉は面食らったように手を止めてわたしを見下ろした。


「勝手につきまとわれてるんじゃないの? 危ないところってどいう意味かしら」

「それ、は……」


 有無をいわさない姉の視線にわたしの思考はぐるぐるまわる。


 ど、どこから説明すれば納得してもらえるんだろう?


 でも流石に水守の家から憑いてきた式神だなんていったら、お姉ちゃんでもどんな反応をするかわからない。

 神薙少女のことなんて言わずもがなだ。


 そうしてうろうろためらっていたら、姉は深いため息を付いて、厳しく目をすがめた。


「依夜、そんなだから妖に付け入られちゃうんだよ。昔っからそう。

 傷ついているからって助けたら、元気になった瞬間喰い殺そうとしてきたり。気に入られて連れて行かれたら、知らないところに置き去りにされたなんてのも一度や二度じゃなかったでしょう? 私、何度も探し回ったんだから」

「それは、そうなんだけど……」

「妖や霊は人とは違う相容れないモノなの。言葉が通じても根本的に存在が異なっているのよ。人の道理が通じると思っちゃだめって何度も言っているでしょ。依夜は身を守る力がないんだからもっと注意しなきゃ」


 声をとがらせて言う姉に、わたしはもうなにも言えなかった。

 全部姉の言うとおりだった。けど、それは……

 しょんぼりしていると、姉につかんでいた腕をほどかれた。


「お姉ちゃんが何とかするから、黙って見ていて」


 再びナギに相対しようとした姉に、見守っていたナギがいつもの飄々とした口調で言ったのだ。


「とは言うものの、術者よ。依夜はわしがおらなければ、花の高校生になることを待たず命を散らしていたのだが。それについてはどうするのだ」


 ナギに珍しく名前で呼ばれて、変な感じだった。

 いつも「ぬしよ」って呼ばれるから、これがもしかして初めてか、も?

 

 だけどそのとき妙なさざ波のようなものを胸に感じた。

 なんか、もうちょっと前に呼ばれたことがある気がするんだけど、いつだっけ。


 だけど姉に信じられないといった風に振り向かれて思考が遮られた。


「依夜、そんなに危険な目に遭ってたの!? 結界は!?」

「う、その……」

「家の外で禍霊(まがつひ)に遭遇しておっての。部屋に施された結界は確かに人の子ではようやるとは思うが、すべてを守り切れるわけではないぞ」

「くっ……だからって、あんたがこうしてとり憑き続けて良い理由にはならないわ。依夜を弱らせて食おうって魂胆じゃないでしょうね?」

「そんなもったいないことはせぬ。わしは依夜が気に入ったでな。守る、と言う契約を交わしたのだ」

「だから名を知ってるのね。でも信用ならないわよ素性も知れないのに! しかも依夜と二人っきりで今まで暮らしていたですって!? 私だってあんまり長く一緒にいられてないのに!」


 ……あれ、お姉ちゃん。なんかちょっと論点がずれ始めてません?


「うむ。我が主のかわゆい寝顔やら、ご飯風景や制服に、寝間着姿も堪能しておる」

「なぁんですってっ!? ま、まさかあんた着替えや風呂場までのぞいてたり」

「それは全力で阻止してるから! そうじゃなかったらさすがにすぐお姉ちゃんに連絡してるっ」

「そ、そう」


 真っ赤になって叫べば、姉はちょっと安心した風に息をついたのに、ナギは火に油を注ぐように言ったのだ。


「ついでにわしはナギと名をもらったでの。我が主から離れられぬのだよ」

「ナギ、ですって?」


 ナギがどことなく胸を張れば、姉は信じられないとばかりに息をのんだ。

 こちらを振り向いた姉はわたしをじっと見てきて、その探るような視線に戸惑った。


「な、なに」

「……なんでもない」


 首を振る姉にかまわず、ナギはふてぶてしく言ったのだ。


「術者よ、そなたはわしを葬りたいようだが、さすればぬしの大事な妹は無防備になるぞ。ずっとこの部屋に閉じこめておくわけにもゆくまいて」

「それは、そうだけど」

「妹の平穏な日々を守るには、わしのようなものも必要であろう? わしとそなたの願いは協力できる部分がある。そう邪険にせんでも良いと思うが」

「てめえ……さっきから香夜に」

「日向、かまわないわ」


 我慢ができなくなったらしい日向が、手を獣の爪に変えて牙を剥きかけたのを姉は制した。


 だけどぐっと眉間にしわを寄せて悩み込む風の姉に、ああ、わたしもこうやって言いくるめられたんだよな、とちょっと気が遠くなった。


 無事な毎日を送るためにはわたしにナギは必要だ。

 お姉ちゃんがずっとわたしの側にいられるわけじゃない。

 どうしても何か別の身を守る方法が必要だったから、半ば脅しだったけど受け入れた。

 

 だけど、こう、素直に言うことを聞くには何ともしこりが残るのだ。

 要するにめちゃくちゃ悔しい。

 お姉ちゃんでもだめなのかと、若干しょんぼりしつつも、なんとかなりそうかもしれないと思っていると。


「わかった。しばらくあんたを滅しないでおく」

「うむ、良い判断だ」

「ただし」


 すっと気配を変えた姉は、袖口に入れていた手を勢いよく引き出すと、目にも留まらぬ早さで鈴に向かって札を投げつけた。


「汝かの器物を封印せし賜え、縛ッ!!」

「うむ!?」


 指を複雑に絡み合わせて呪印を組み、叫んだ瞬間、バチッ!! と音を立てて空間がふるえ、投げられた札が鈴をとらえるようにからみつく。

 それと同時に、ナギの蛇体は驚いた声だけを残してかき消えてしまった。


 早業すぎて、目で追うことしかできなかった。


「な、なにしたのお姉ちゃん」

「ちょっと封じただけよ」


 あの、お姉ちゃん。妖封じってそんなに気楽にできるようなものじゃなかったと思うんだけど。

 だけど、疲れた感じも見えない姉は、赤と黒で編み上げられた組み紐を摘み上げて話しかけた。


「かと言って、姉妹水入らずをじゃまされるなんて冗談じゃないから。あんたの役目は本当に危ないときだけよ。そこでしばらくおとなしくしてなさい」

『ふむ。身動きできないようだのう』

「……これでも声が出せるのね。さらに縛ッ!」


 間髪入れず姉が呪符を追加すると、今度こそ完全に鈴は沈黙した。

 わたしはうまく状況が飲み込めなくて、鈴とふんと息をつく姉を交互にみた。

 いつまでたってもナギは勝手に出てきたりしない。


 すごい、あのナギの動きを封じるなんて、さすがお姉ちゃん!

 と、感動してきらきらした目を向けていると、姉はちょっと面食らった顔をしたあと、照れくさそうに頬を掻いた。


「実は少し休暇をもらってるのよ。神薙少女の正体を突き止めなきゃいけないし、この蛇が依夜に悪さしないか見極めるためにも、しばらくこの街にいるわ」

「え、つまり」

「ここに泊まらせて欲しいんだけど、いい?」


 姉の言葉にわたしは驚くと同時に顔が輝いてしまうのを押さえられなかった。


 元々この部屋は、姉も住めるように広めの場所を借りたのだ。

 布団ももう一組あるし、着替え一式もちゃんとある。

 久しぶりにお姉ちゃんと一緒にいられるなんて願ってもなかった。


「もちろんだよ、うれしい!」


 わたしが笑顔で言えば、姉はほっとしたように顔をゆるめた。


「あ、なら、買い物いかなきゃ。一人分しかないから、材料足りないの」


 それにどうせだったら、お姉ちゃんの好きなモノを作りたい。


「じゃあ一緒に行こう。私も日用品買いたいしね。そのあとでしっかり結界を組み直すから」

「ありがと、お姉ちゃん」


 笑いつつ、お財布と買い物鞄を持った後、習慣で鈴を取り上げてポケットに入れようとしたら、姉に止められた。


「私がいるからそれはいらないわ。日向、念のためにこれ見張ってて」

「ええー」

「たべざかりどうぶつビスケットでどう?」

「ったくしょうがねえな」


 若干不満そうな顔をしつつも、ちゃぶ台の前に座り直した日向だったけど、姉に頭をなでられてすごくうれしそうな顔になった。

 わたしは言われるがままに鈴をちゃぶ台の上に戻したけど、何となく不安で心細い。

 そんな気分になっているのがわかったのか、姉はわたしの肩に手をおいた。


「安心して。もし変な妖がいたら、お姉ちゃんがぶっ飛ばしてあげる」


 自信たっぷりにいう姉の表情には一点の曇りもなくて、ほっとした。

 ずっと昔からいってくれたその言葉は、いつだって本当だった。

 そうだ。お姉ちゃんがいるんなら大丈夫。


「うん」

「さってと。帰ったら、久しぶりに一緒にお風呂に入ろっか」

「えっうちのお風呂狭いよ!?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、依夜ちっちゃいもん。あーもうこのすっぽり加減最高だ」

「そ、それはうれしくないよ、お姉ちゃん」


 そんな風に気安く言葉をかわしながら、わたしは、最近では初めてナギを残して姉とお買い物に出た。






 のだけど。






 姉との二人っきりの時間を満喫して帰り、玄関の扉を開けた瞬間、日向の哀れっぽい悲鳴が響いた。


「香夜おおお見るなああぁ!!」


 部屋で、泣きながらスカートの裾を引っ張って無駄な努力をしていたのは、それはかわいらしい超ミニスカメイド服を着た日向だった。

 ご丁寧に若干の化粧まで施されたその姿は完全に美少女にしか見えない。


 うん、とりあえずカーテンにくるまって隠れようとするのは無理だと思う。


 ひきつった顔になったわたしたちが奥を見れば、ちゃぶ台では蛇の姿をしたナギが悠々ととぐろを巻いていた。


 い、いったいなにがあった。


「おおう、ぬしらよ、おかえりだの。姉妹仲がよいことであった」


 いつもと変わらずのほほんとしたナギの周囲に鈴がないのを見て、わたしがポケットを探ってみる。

 と、案の定曇り一つない鈴があって、姉の表情が初めて真剣になった。


「ただの妖じゃあないようね……」

「うむしばらくの間よろしく頼もうぞ」


 日向を式神符に戻した姉が敵意百パーセントで睨むのに、しゅるりと舌をのぞかせるナギは泰然と応じる。


 わたしは二人の間に戦いのゴングが鳴り響くのが聞こえた気がした。



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