声援なんていらないからね!?
そうして、人目を避けて、校舎の中には入らずに人気のない外階段のほうへ来たわたしは、ナギに向き直った。
「やっぱり、あの風は妖の仕業だった?」
「何かが意図的に起こした風だろうの。ほかの競技はそうでもなかったが、背渡りは明らかに、ぬしら白組や青組の馬役のみ狙うておった」
ナギが頷くのに、わたしは考え込んだ。
朝から妙に風が吹くな、と思っていたんだけど、わたしが出場した背中渡りでは馬役の子やわたしに絡むように吹いていたのだ。
その風の強さは、青組の挑戦では総崩れになって上役の子が落ちてしまうほどで、上役の子が怪我をして棄権してしまった。
白組の挑戦の時も、馬役の子が風に足下をすくわれて体勢を崩してしまったのだけど、ナギが出てきた瞬間、風は弱まった。
だけど間近にいたわたしは、その風にわずかに瘴気が含まれている気がしたのだ。
そもそもナギが出てきた時点で怪しいとは思っていたけど、今の言葉で間違いじゃなかったと確信した。
「ナギ、その何かを探し出して悪さしないようにしてくれる?」
何となく返事はわかっていても一縷の望みをかけて聞けば、案の定ナギは肩をすくめて見せた。
「ぬしの出番は終わったでのう。直接ぬしに危害が及ぶ可能性が低い以上、わしが関わることはできぬな」
そうしてからナギは、切れ長の双眼でどうする、と言わんばかりにわたしを流しみる。
ナギの助けに入る判断基準はいまいちわからないんだけど、こう言う以上助けてはくれないだろう。
だけどその紅の瞳はやっぱり愉快げで、わたしはぐっと眉間にしわが寄るのがわかった。
傾向からして、白組や青組が狙われているようだから、同じクラスの子が怪我をするかもしれない。
これから弓子がリレーの選手で出たりするし、だんだんエスカレートしているみたいだし、放置するのはまずい。
「浄衣は用意してあるぞ?」
わたしの葛藤が手に取るようにわかるのだろう。
いやがうえにもポケットの鈴を意識した。
気を利かせて言ったつもりなのかもしれないけど、それが最大の悩みの種なのだとわかって欲しい。
というか手伝うんならもっと直接的にお願いしたい!
そもそも今の状態では、相手がどんなものかも何処にいるのかも、なにが目的なのかもわからない。
何より人が多すぎる。これが一番の問題点だ。
でもそろそろ午後の部が始まってしまうから、悩んではいられなかった。
「……とりあえず、風を起こしている犯人を」
探そう、と言い掛けた瞬間、遠くで猛烈な風音とその中に混じる悲鳴が聞こえた。
「向こうから姿を現してくれたようだの。ちなみにこの教室周辺に人はおらんが」
「ああもう、お願いだからひっそりこっそりさせてよ!!」
にやと笑うナギの目の前で、体操着のポケットから鈴を取り出したわたしは、涙目になりながら鈴を振る。
ろんっ。
鈴の音があたりに涼やかに響きわたると同時に、光があふれ出した。
*
グラウンドでは猛烈なつむじ風が吹きすさび、猛威を振るっていた。
隠世の気配が入り交じる中、ごうごうと怪物のうなり声のような地響きを立てながら暴れ回る風は、簡易のテントや三角コーンなどを悠々と巻き上げへしゃがせていく。
そんなつむじ風からは黒々とした瘴気がまき散らされていた。
強力な破壊力を容易に想像できるつむじ風は、逃げまどう生徒たちを追いかけて、パニックを助長させている。
建物へ避難するように拡声器で呼びかけられているけど、不自然に動き回る風のせいでそれもままならない。
そんな中、逃げていた生徒の一人が、足をもつれさせてその場に倒れた。
グラウンドの砂やテントとともに間近に迫るつむじ風に、見守っていた人々が声なき悲鳴を上げた。
「やああああっ!!」
そんな状況にわたしは、生徒とつむじ風の間に全力で割り込み、ハリセンをつむじ風に向けて一閃した。
すると瘴気を含んだ風は反発し、浄化された瘴気は光がはじける。
だけど、風の勢いはほとんどゆるまず、スカートの裾がひらりと浮いた。
「……っ!」
とっさにはためくスカートを押さえたのだが、かばった白組の生徒の呆然とした声が聞こえた。
「チア、ガール……?」
ぐっと顔に血が上るのがわかって、スカートの裾を押さえる手に思わず力を込める。
今回の浄衣はバスケットボールや野球試合の合間に出てくるチアガールだったのだ。
髪は高い位置できっちり結い上げられて、顔は濃いめの華やかな化粧を施されていた。
鮮やかな赤青白の布地で仕立てられたスカートは太股の半ばまで、しかもノースリーブの上着もおへそがちらっと見えるほど短い。
要するに腕も足もむき出しだ。何度も足は気にしているって言ってるのに!
ナギは「体育祭の応援団をイメージしてみたぞ」とかのたまわっていたけどまさかこういう事態になることを見越していたんじゃないでしょうね!?
ああもう緊急事態でなければ絶対抗議したのにいいいい!!
すぐにしゃがみ込みたいのを我慢して、わたしはつむじ風をにらんだまま、後ろを振り返らずに怒鳴った。
「早く逃げて!」
本当は生徒の表情をみる勇気がなかったせいだけど、はじかれたように立ち上がって逃げる足音が聞こえた。
だけどそんな生徒たちを追ってつむじ風が走ろうとする。
わたしはすかさずおいすがってハリセンを振るおうとしたけど、はためくスカートを片手で押さえているせいで、いつものように力が入らない。
ていうか短すぎるのよこのスカート!
ちょっとでも手をゆるめればスカートが風でめくれてしまうし、いつも通りに動こうとするとかろうじて隠れているお腹も見えそうで怖かった。
案の定、力の入らないスイングはつむじ風にはじかれてしまった上、標的をわたしに変えたらしく、突風が襲いかかってくる。
「きゃあっ!!」
何とかよけようとしたけど、足下をすくわれて地面を転がった。
くそう、つむじ風の真ん中に元凶が居るのは見えてるのに!
「なにをしておる、ぬしよ。動きに精彩がないぞ」
「だって、風のせいでスカートがめくれるし! こんな丈が短いとちょっと動くだけでお腹が見えちゃうしっ」
いつの間にか側にやってきたナギに抗議すれば、ぐっと親指を立てて言われた。
「安心せい。今回のは見せぱんといって、見えても大丈夫なぱんつなのでな。存分に動くがよい」
「安心できるか――――っ!!」
絶叫した瞬間、目の前のつむじ風が分裂した。
一つ一つわたしの身長以上はあるそれが、囲むように襲いかかってくるのに、わたしはためらっている暇などないことをひしひしと感じさせられた。
どうしても、両手が使えなきゃ無理だっ。
わたしは悲壮な覚悟を持って、スカートを押さえていた手を離し、ハリセンの柄を両手で握って小さなつむじ風につっこんだ。
「やああああ!」
つとめて目の前に集中し、進行方向にいるつむじ風を叩いて消滅させたわたしは、包囲網を抜ける。
一気に決めなきゃ、わたしが、(羞恥で)死ぬ!!
そうして本体のつむじ風に向けて全力で飛び上がったわたしは、子つむじ風の勢いを利用して空中でくるりと一回転してさらに加速する。
「祓い賜え、清め賜えっ!!」
そうしてずっと見えていたつむじ風の中心に居た獣のような禍霊の、中に見えるどす黒いもやにハリセンをつっこんだ。
ぱきり、と音を立てて黒い玉が砕け、瞬間あふれる浄化の光が広がっていく。
わたしは清浄な光がグラウンド全体に散っていく中、地面に着地した。
ちょっと荒くなった呼吸を整えていると、ぱらぱらと拍手の音がしているのに気づいてはっと顔を上げた。
見れば、避難していた生徒や先生が一様にこちらを向いて拍手をしている。
ざわざわと話をしている内容は聞き取れなかったけど、よく見るとその何人かは四角い板……というかどう考えてもスマホを構えていた。
深くは考えないようにしてたけどここは現世なわけで、つまり彼らにも全部見えていたわけで、恐らくスカートがめくれているのとかもしかしたらはらちらとかそもそもこのこっぱずかしい衣装を着たわたしも全部見られて居るんだよね!?
状況を理解するにつれてじわじわとこみ上げてくる強烈な羞恥心に固まっていたわたしだったけど、何人かがこちらに向かって走ってくるのに我に返った。
ていうかその先頭にめちゃくちゃ顔を輝かせた弓子がいる!?
「ナギっ! わたしを逃がしてお願いはやく!!」
「あいわかった」
進退窮まったわたしがいつの間にか側にいるナギを振り仰げば、腰に腕を回された。
「神薙少女ちゃ――……」
弓子の声が聞こえるか否かのところで、間延びするような感覚と共に隠世への逃亡に成功した。
目の前から群衆が消えてほっとしていたのだけど、ナギにひょいと体を持ち上げられたのにびっくりした。
持ち上げられたことで目線がナギを見下ろす感じになって、なれない目線に戸惑う。
「な、なにっ」
「いやあ、立派にチアガールをやっておって、今日のぬしは一層輝いておったと思うてのう。やはりぬしには短いスカートも似合うの」
虚を突かれたわたしだったけど、ナギがしみじみといいつつ、わたしをみる視線がなんだか柔らかくて、じんわりとほほがまた熱くなった。
鼓動がどくどく早くなる。
「に、似合わない! 素足が恥ずかしいって言ってるのに! それにあんな風を操るような禍霊にどうしてこんな短いスカートにするかな!?」
なんだか落ち着かなくて、言うのを我慢していた文句をまくし立てると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりのドヤ顔になった。
「風にひらめくスカートの見えそうで見えないその瞬間、さらに恥じらいつつスカートを気にする仕草にロマンが詰まっておるのだ。
あの禍霊はよい仕事をしてくれたのう。きりっとした面差しに華麗にひるがえるスカートはまっこと眼福であった」
「全部わざとかバカナギいいいい!!」
すべての熱が怒りに変わったわたしは、ほがらかに言ったナギの胸ぐらをつかんで揺さぶったのだった。




