イベントは平穏に楽しみたい
あけましておめでとうございます
神薙少女三章はじまります!
五月も第四週に入った今日、陽南高校は体育祭を迎えていた。
体育祭と言えば秋だと思っていたのだけど、九月十月には文化祭も中間テストもある。
連続してイベントをこなした上ですぐ中間テスト、は学業に差し障るということで、このあたりの学校では五月末にやることが多くなったらしい。
多少のトラブルはあれど午前中のプログラムが終わって、お昼休憩にはいると、お弁当を食べるために日陰になるグランドの端っこに人が分散していった。
「にしても依夜があんなに運動神経がよかったなんて知らなかったよ」
「ふえ!?」
レジャーシートが広げられるまで、みんなのお弁当を抱えて待っていたわたしが目を丸くすれば、それを皮切りに、弓子たちはせききったようにしゃべり始めた。
「そうよ、あの背中渡りの時、強風で馬役が体勢を崩したときはこれはだめだと思ったもの」
「なのに依夜ちゃんが手を付いてぽーんって空中を一回転して、空いちゃってた馬の背中をわたってね」
「シルクドソレイユ? 中国雑伎団? ともかくかっこよかったあ」
「や、そんなことは」
「あるある。背中渡りの上の子を決めるとき、反対しなくてよかったって思ったし」
弓子が言うのに、ほかの二人も深く頷いて同意していて、わたしはさらに驚いた。
「そんなことしてくれようとしてたの?」
「そうだよう? 男子たちが一番小さくて軽い女の子がいいって。あんまり主張しない依夜ちゃんに押し切った時は、本気でどうしようかと思ってた位なんだから」
のんびり口調の真由花ちゃんがふわふわな口調をいつもよりもちょっと厳しくすれば、細い黒フレームのメガネが理知的な凛ちゃんが続けた。
「でも、依夜ができないと言うより、目立つのが恥ずかしいって感じだったから抗議するのはやめようって話し合ったんだよ。でも、正解だったわ。まさかこんな隠し玉があるとは」
そんな風に言われて、ちょっぴり顔が赤らんだ。
確かに修行の一環で足腰も鍛えられていたから、やること自体は問題ないと思ったけど。
上に乗って走るなんて目立つことをするなんて、と躊躇していたことまで見抜かれていたとは、恥ずかしい。
「で、でもみんなの役に立てるなら、と思って。がんばったよ」
「どころか大貢献だよ! ほかのチームが総崩れの中、あたしたちのクラスだけ無事ゴールだもん」
「紅組にリードされていたのも、一気に逆転できたしね。このまま優勝だ!」
「「おー!!」」
「お、おー」
照れくさいながらもみんなと一緒に小さく拳をあげたあと、広げたレジャーシートに上がり、各自のお弁当を広げた。
普段は購買やコンビニが多い凛ちゃんや真由花ちゃんも、お母さんに特別に作ってもらったらしく、色とりどりのおかずが並んだお弁当はどれもおいしそうだ。
わたしもそろそろとお弁当の風呂敷包みを出すと、みんなの視線が一気に集まってびくついた。
「え、ええと?」
「や、イベントだからさ、楽しみにしてたんだよね。依夜のお弁当」
そういった弓子は、わくわくと期待に目を輝かせている。
今日の弓子は髪を編み込んでいるんだけど、リボンみたいに結んでいる白い布が配布されている白組のはちまきだって、最初気づかなかったんだよねえ。
と、思いつつも、同じように身を乗り出してくる彼女たちに気後れした。
確かに楽しみだ楽しみだって一週間ぐらい前から言われてて、おかずの内容に悩んだりもしたけど、そんなに期待されても困るよ!?
「ほんとに、ほとんどいつもと同じだから、ね?」
予防線を張りつつ、大きめのお弁当箱をあければ、わっと歓声が上がった。
「なにこれ超かわいい!」
「手まり寿司って言うんだけど」
「手まり寿司!?」
「うん。みんなが食べると思って、摘みやすいものにしてみたの」
はい、とキッチンペーパーをぬらして作った即席お手拭きを配れば、感動したように凛ちゃんが戦慄していた。
「できる子すぎる……!」
箸はあるけど、手で摘みたいかもしれないなと思って用意しただけなんだけどな、と思いつつ、そそっと、お弁当箱を真ん中におく。
すると一斉に手が伸ばされて、整然と並んだ一口大の丸いお寿司やお握りがなくなっていった。
「おいなりさんのおあげがあまくて、じゅわって!」
真由花ちゃんはいなり寿司を一口食べた瞬間悶絶していた。
いつも本当においしそうに食べて売れるから照れくさい。
「この混ぜ込まれてるひじきって、もしかしていつもお弁当に入れてる奴?」
「うん、よくわかったね」
ひじきの手まりに感心しているのは凛ちゃんだ。
だしの味とか、ちょっとしたことに鋭く気づいてくれて、こそばゆくも嬉しかったりする。
弓子は、薄焼き卵で包んだ奴をひとかじりしたとたん目を丸くしていた。
「え、この卵包みのやつオムライス!?」
「うん、たまには洋風のもやってみようかと思って」
「そんなに手をかけてるなんて……! しかもめっちゃおいしいし!」
普段はやらない味付けだっただけにちょっと心配だったけど、その様子だと大丈夫らしい。
だけど弓子は驚きつつもちょっと心配そうな顔をした。
「これだけの種類を作るの、大変だったんじゃない?」
「えと、その」
「そーだよー。やってくれるかなあ食べたいなあとは思ってたけど」
「こうしておかずまで作るのが大変なのはよくわかるよ。うちの母も、おかずは3品で我慢してって言うくらいだし」
ほかの二人も心配そうな雰囲気になるのに、わたしはちょっと顔が変な感じにゆがみかけるのを耐える必要があった。
確かに気合いを入れて、手まり寿司だけでもひじき、えび、一口いなり、オムライス、しそ。
さらにキュウリの浅漬けや肉巻きに黒豆なんてのもおかずに詰めているから、いつもよりも豪勢だ。
わたしは心の中で本当のことを言えないのを謝りつつ、用意していた言いわけを語った。
「確かにいつもと手順は違うけど。ひじきは常備おかずを混ぜるだけだったり、黒豆とかおあげはあらかじめ準備していたりしたから、いつもと起きる時間は変わらなかったよ」
「そう?」
「うん。それに、ちょっと大変だったのも、みんなに喜んでもらえたので吹っ飛んじゃった」
ちょっぴり照れつつ笑えば、三人は目をぱちくりとさせた。
「な、ならいいんだけど」
そう言った弓子に、さわさわと頭をなでられて面食らった。
今日の髪は、朝弓子にかわいく編み込んでもらっていた。
長い髪がきれいにまとめられていて、崩れない上に超かわいいのだ。
相変わらず弓子はすごい。
「どうしたの? 髪、乱れてた?」
「やーなんかもー妙な男に騙されないか心配だよ」
「ふえ!?」
急になにを言い出すかな!?
だけど、凛ちゃんも真由花ちゃんも一様に頷いている。
「そ、そんなこと……」
否定しようとしたけれどうまく言葉が出てこなかった。
だって、騙されているかはともかく妙な男にはすでに心当たりがありすぎたのだ。
「まあ、あたしが依夜に近寄る野郎を見定めればいいわけだし。だから依夜、男に声をかけられたらあたしに言うんだよ?」
「は、はい」
「さて、今度はエビいっちゃおっかなー」
弓子の気迫に押されて頷けば、弓子たちはご飯を再開する。
ほっとしたわたしも、弓子たちのおかずに手を伸ばしていると、不意に低い声で耳元でささやかれた。
「手まりにしておいて正解だったであろう? 娘はとみにかわゆいものを好むからのう」
声を上げかけるのだけはこらえたが、びくりと体が揺れたのを真由花ちゃんに見咎められた。
「どうかしたぁ?」
「う、ううん何でも」
ご飯を食べるのを再開しつつ目線をやれば、ナギのにやにやした顔が目に入った。
運動着のポケットには、いつもの通り鈴を入れていたから、出てこれるんだけど。
相変わらずの着流し姿が場違いなことをのぞけば実に様になっている。
まあ、確かに、お弁当の中身をどうしようか悩んで居たところをナギに提案された上で、具やおかずづくりを手伝ってもらったから、こんな豪華なお弁当になったわけでそこは助かったんだけど。
しゃべりかけるなこんなところで、の意味を込めてにらんだのだが、案の定どこ吹く風だ。
「弓子はぬしの番人をするつもりのようだが、わしがぬしの守護をしているゆえ出番はなかろう。ぬしにつく悪い虫はきちんと滅してやるから安心せい」
「……あんたが一番安心できないわよ」
思わずつぶやいた本音に、ナギは心底心外そうな顔をした。
「なぜだ? わしが危ない男であったのは昔の話だ。今ではすっかり人畜無害な絶食系男子だぞ?」
それは自称するじゃないと思うし、人畜無害だったらわたしをからかって遊ぶような趣味の悪いことをしないと思うし、浄衣をあんなこっぱずかしいモノにしないと思うんだけど。
とりあえず、目の前の凛ちゃんと重なるようにいないで欲しかった。
「して、ぬしはあの魔風に気づいたかの?」
袖に手を入れつつ言ったナギに、わたしは思わず真顔になる。
ちょうどお腹が八分くらい満たされていたところだったから、私は箸を置いて弓子たちに向き直る。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね。食べちゃってくれてかまわないから」
「わかった。依夜のは一つも残さず片づけておくから安心して」
……余ってもいいかなって思うくらいあるんだけど大丈夫かな。
ともかく、頼もしくいう弓子たちに見送られつつその場を離れたのだった。




