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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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ワガママの定義

 

 泣き止んでちょっと冷静になった弓子と顔を見合わせて照れつつも、すっかり元気にいつも通りの弓子にほっとして、迎えた放課後。


 帰り道で我慢できなくなったわたしは、通行人がいないのを見計らって、いつの間にやら鞄の持ち手に巻き付いているナギを睨んだ。


「あのキャラ弁は一体なによ」

「うむ、見目よく楽しく食せるようにと工夫した結果だ。かわいかったろう?」

「弓子ちゃんだけだったからよかったものの、あれを教室で開けてたらと思うとぞっとするわ! というか、自分の顔を自分で食べるなんて嫌がらせなの!?」

「おお、ぬしだとわかってくれたか!」

「不覚にもねっ。二度とやらないでよ!」


 声をとがらせれば、蛇顔でもわかるほどしょんぼりとされて、妙な罪悪感がわいた。

 いやいや、相手はナギである。ここでゆるめて、またあんな恥ずかしいお弁当を持たされたら困るのだ。


「次はらいおんさんやぺんぎんさんもやろうと思っておったのだがのう……」


 残念そうに言われて、ちょっと唇の端が動いてしまう。

 ナギの腕なら、らいおんもペンギンもさぞやかわいく作るのだろう。


 らいおんとペンギンの、キャラ弁かあ……。


 ふと下を見ればナギがこちらを見上げていることに気づいて、慌ててゆるんだ表情を引き締めこほんと咳払いをする。


「……お弁当自体は、おいしかったわよ」

「そうか」

「…………きんぎょ」

「うむ?」


 不思議そうな声を上げられて、赤らんでいるだろう顔をそらして小さく言った。


「きんぎょもつくってくれるなら、いい」

「あいわかった。かわゆく作ってしんぜよう」


 しゅるりと舌を出したナギの生ぬるい視線を、わたしは努めて無視した。

 いいじゃないか、だって、らいおんもペンギンもきんぎょもかわいいんだもの。


 だけど、わかっていると言わんばかりのナギのにやにやに耐えられなくなって、話柄を変えた。

 実際、話したかったことだし。


「ショッピングモールさ。あの後大変だったみたいね」


 泣きやんだ弓子に聞いたのは、現世で起こったショッピングモールへの影響だったのだ。


「そうだの。日曜の昼にはニュースとして出回っておったよ」


 隠世と現世は全く別の世界のようで、曖昧につながっている。

 だから、現世で起きたことが隠世に、隠世で起きたことが現世に影響を及ぼすことは避けて通れない。

 ましてやあれだけのことが起きたのだ。影響がないわけがなかった。


 発見したのは早朝出勤してきた従業員だったらしい。

 ショッピングモール内が一面、乾いた泥まみれになっていた。

 とくにひどかったのは、わたしが親田坊と戦った東棟の屋上だったというのだから、おそらく泥田坊の残滓が現世に出てきてしまったのだろう。

 ほかにも、中央広場に面した外壁が所々崩れていたり、植えられていた木々や芝生が一夜にして枯れてしまっていたりしたらしい。

 それなのに、祠だけは何の被害もなく鎮座していて、謎の怪現象として騒がれているらしかった。


 陽南高校の生徒もモールに行く人は多いから、学校内でも話は一気に広まり、弓子の耳にもすぐ入ったようだ。


「あれほどの変動があったというのに、現世への波及がその程度で終わったのは行幸だろう」

「うん、そうなんだけど……」


 商品がだめになった上、復旧作業は今でも続いていると聞くと、とても申し訳ない気分になる。

 すると、頭に大きな手が乗った。


「ぬしは最善を尽くしたのだよ」


 いつの間にか人型になったナギに、そのままさわりなでられた。

 子供をなだめるような仕草に、ちょっぴりむっとする。

 最近よく頭に手を乗せられるけど、こいつはわたしを何歳児と思っているんだろう。


「わかってる。わたしにできるのはあれだけだった」


 むっとしたわたしが、乗せられた手を払ってぶっきらぼうに言えば、ナギの赤い瞳が緩く瞬く。


「どうやらわかっておらぬようだの」

「なにをよ。だって親田坊は消滅させるしかなかった。田の神さまを助けられたのは、田の神さま自身が抵抗してくれたおかげで、わたしはただその手助けをしただけだった」


 わたしは、田の神が祠に戻って眠りについてしまったのを思い出す。


 消滅することはなかったけれど、格段に現世へ来られる機会は減ることになった。

 ネンブツジャーを楽しめる時間はほとんどなくなるのだろうと思うとやるせない。


 借り物の力で退魔をするわたしじゃなくて、本職の術者がいれば、もっと違う結果があったんじゃないかと思うのだ。


「それに、帰りに弓子ちゃんが気に病んで落ち込んでいるのにも気づかなかったし、できないことばっかりよ」


 本当に、うまく行かないことばかりで自分が嫌になる。

 ぎゅっと鞄の取っ手を握りしめていると、あきれたため息がもらされた。


「ぬしはほんにわがままだのう」

「なっ……!」


 なにを言うかと思えば、わたしがわがまま!?

 その反発がわかったのだろう、見上げたナギは嫌にきれいに肩をすくめて見せた。


「そうであろう? 泥田坊どもの魂を救い、田の神を元に戻し、弓子の心も安らかにする。神でも無謀な大団円を人の身で求めるのだ。これをわがままと言わずして何という」

「でも、あそこに居たのがわたしじゃなければ、もっと違う結果に」

「弓子はともかくの。泥田坊どもと田の神に関しては、もしあの場にいたのが術者であれば、魂の一片も残さず消滅させられていただろうよ。それはぬしが一番わかっておるはずだ」


 もっともな言葉にぐっと息を詰めれば、ナギはいつもどおりひょうひょうと続けた。


「わしも、迷わず田の神を滅しようとしておったであろう? だが、それを止めたのはぬしだ。田の神を救うことは、あの場にいたぬしにしかできぬことだったぞ」


 そうして、見下ろしてくる赤い瞳がひどく優しくて。

 ふいにこみ上げてきた熱いものを、唇をかみしめてこらえた。


 泣きたくなんかない。こんなの気のせいだ。

 こんな、セクハラばかりで、変態の、ことあるごとにわたしをからかって遊ぶような式神に。

 わたしにしかできないことだった、なんて言われて認めてもらえた気になって。

 それが嬉しいだなんて、思ってなんかいないのだ。


 だけど、こらえるのに必死になっていたせいで、うつむくわたしの手を引いて隣を歩くナギに抗議するのは忘れてしまった。












 家に帰る頃には目尻の熱さも消えていて、あの夜のことを冷静に思い出すくらいの余裕ができていた。

 そうして思い返すうちに、ふとわいた疑問。


「結局、田の神さまを禍神に落としかけたのはなんだったんだろう」


 スクールバックからお弁当箱を取り出して洗いながらつぶやいた。


 なにがあったのかを聞く間もなく、田の神は眠りについてしまった。

 だけど、言葉の端々から伝わったのは、禍神に堕ちるのは田の神の意志ではなかったことだ。


「さあのう。だが、人も神も妖も、心のもろさは変わらぬ。いつ何時、負に傾き堕ちてもおかしくはないが」

「でも、田の神さまの堕ち方は唐突すぎたわ。それに」

「それに?」


 早速パソコンをいじるナギが手を止めて促すのに、わたしは自分の濡れた手に視線を落とした。


「田の神様さまの瘴気の根元を貫いたとき、ハリセンの先に何かが当たった気がしたの。砕いちゃったけど」

「ほう」

「あと、禍神は初めて見たけど、あんな淀みの中心みたいなモノができるって聞いたことがない」


 言いつつ、少し自信がなくなってくる。


 わたしが学んだのは、書物でだけだ。

 実戦でしか教えられないことなどは、全く教われなかったから、もしかしたらそういうタイプの禍神もいるのかもしれない。タイプが分けられるのかも知らないくらいだし。


「だが、ぬしはおかしいと思うのだろう?」


 ナギに言われて、散々迷った末に、うなずいた。

 やっぱり、どうしても田の神が自分で堕ちてしまったとは考えにくいのだ。


「ならば理由は一つだな」

「誰かに、無理矢理堕されたってこと?」


 自分で言って、その仮定の恐ろしさに薄ら寒さを感じる。

 禍霊や禍神はなにも生み出さない。堕ちてしまったモノもその周囲にも不幸しかまかない。


 それを望んで生み出す誰かがいる。


 そこに感じる得体の知れない悪意に、背筋が震えた。


「誰がなんのために……」

「情報が不足しているでな、そこは今考えても詮無きことよ。それになんであれ、ぬしがやることは決まっておろう」

「な、なによ」


 思わず聞けば、ナギはしたり顔で言い切った。


「妖や禍霊どもからご近所を守る、覆面退魔家業だ」

「ちょっと待って、何でそういうことになってるの!?」


 今までがなし崩しだっただけで、こっちはいつだってやめる気満々なのだ。何で続ける前提で話してるの!?


「なにを言うか、禍神に落とせるほどの何かが居るならば、禍霊を生み出すのも訳ないということになるぞ」

「いや、そうかもしれないけど」

「禍神を一人で相手取るなどそうはできぬものだ。可憐な少女が、かわゆくスカートを翻しながら悪を滅する。まさに世の平和を守る魔法少女、言うなれば「神薙少女(かんなぎしょうじょ)」だな」

「へ、変な名前付けるな!」


 それに、あんな騒ぎが二度三度とあってたまるか!

 だけどいつもと変わらないとナギに、さっきまであった不安が薄らいでしまったのが不本意だ。


「そういえば、さっきからパソコンでなにしてるの」

「うむ、ちいと布教活動をな」


 ちゃぶ台に頬杖をついていたわたしはちょっと顔を上げた。

 布教活動?


「弓子が落ち込んでおるのを気にしておっただろう。式神としては(あるじ)の憂いをはらすためにも一働きしてみようかと」


 たまにはまともな気遣いをしてくれるのか、と意外に思いつつほんのり嬉しさがこみ上げる。


 どんなことをしているのかなあと、いそいそと近づいて脇から画面を見てみれば、がっと顔に血が上った。


 画面は文字制限付きの投稿サイトで、そこにででんとあげられていたのは嫌に見覚えのありすぎる、悪の女幹部風の浄衣を着たわたしだったのだ。


「いいいいいつどこでどうやって撮ってたのよ!?」


 ほとんど行動も一緒でシャッター音も聞こえなかったし、今回は警戒してスマホも預けていなかったのに!


「ぬしの勇姿を撮らぬとはそれこそ冒涜と言うものだ。いざというときのために方法はいくらでも用意しておる」

「そそそれにこのコメントの名前なに!?」

「うむ、ぬしの可憐な姿を愛でたいというものが増えたのでな、布教用に作ったのだ。「神薙少女」の周知もばっちりだぞ」

「認可してないのに変なもの広めるな!」

「特に今回の画像をあげたら、ネンブツジャーファンの大きいお友達から多大な支持をもらっての。ほれ、コメントが止まらぬのだ」


 わたしの抗議も華麗にスルーしたナギが表示させたのは、あの悪の女幹部風の、胸がっつりあいたコスチュームでせくしーぽーずをとる場面だった。


 へえ~このときはもうだいぶ服がぼろぼろになってたのね。

 それにしてもわたしは、なにをみているのかしら?


 もはや言葉を発することもできずに呆然としていると、ナギはまたキーボードを叩く。


「それで先ほど、弓子にも伝わるようにコス娘でタグ付けをして再投稿してみたのだ。弓子もこれを見れば元気になるであろう」


 タグ付けとか、よくわからない単語があったけど、直感的に理解する。


 弓子に、これが、知られようとしている。


 すうと引いていた血の気が爆発的に広がって理性がとんだ。


「にゃあああああああ!」

「お、次は猫耳にするかの?」


 一瞬言語を失ったわたしだったがすぐさま再起動し、とんちんかんなことをのたまうナギの胸ぐらをつかんで激しく揺さぶった。


「なんてことしてくれてるの!? 早く消して今すぐ消して弓子ちゃんが気づく前に!!」

「お、おう?」


 わたしの必死の剣幕をさすがにわかってくれたのか、不承不承マウスを取ったナギを、監視しながらじりじりし待つ。

 と、スマホが鳴ってにびくっとした。


 まさか……


 青ざめながら、手に取って内容を見てみれば、弓子からで。


『新しいコス娘画像ゲットしたー! 神薙少女って言うんだって!やったー!!』


 そんなはしゃぎっぷりが伝わってくる文面に添えられていたわたしのセクシーコス画像に、手遅れだったことを痛いほど理解した。

 スマホを片手にがっくりと膝をついたわたしに、ナギは即座に状況を理解したらしい。


「ほれ、弓子は喜んだだろう?」

「喜んだだろう? じゃないわよバカナギいいいい!!!」


 わたしは絶叫をあげつつ、したり顔のナギに座布団を叩きつけたのだった。




 ……とりあえず、後で弓子にはよかったね、っておくっとこう。





これにて二章は完結です。引き続き、三章をお楽しみください。



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