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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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都合のいいことは起きなかった

 


 じゅうじゅうと何かが焼ける良いにおいで、目が覚めた。


「ん……?」

「おおう、起きたかの」


 ナギののんきな声を聴いて、眠る直前の記憶がよみがえる。


 ナギに渾身の一撃を入れたは良いものの、現世に戻って浄衣が元の服に戻ると、体も意識もふらついた。

 終電の時間はとっくに過ぎていて、恥ずかしがる余裕もなくナギに抱えられて夜空を飛んで帰ることになった。


「そう、無理せずともよかろうに」

「自分で、着替えるの……!」


 それでも、家に帰ればあきれるナギを追い出して、強烈な眠気に耐えながら、寝巻に自分で着替えることだけは譲らなかった。

 おっくうな体を動かして服を脱ぎ、力を振り絞って浴衣をはおり、帯を締めようとしたあたりで、ぶつりと記憶がとぎれている。


 そこまで思いだしたわたしは、掛け布団をはいで自分の着ている物を確かめれば、浴衣は着たものと変わらずに、結び目の位置も変わっていない。


 なんとか尊厳を守れたらしいと、小さく拳を握った。

 そういえば、体はだるいし、節々も痛むけど、動けないほどじゃない。


 布団から起きあがって壁掛け時計を見れば朝7時だった。

 浄衣を着た後は早くとも翌日の10時頃まで起きられなかったのに、今回は超優秀ではないだろうか。

 これが成長の証かなと嬉しく思いながら、うーんとののびをして、あれと思った。


 日曜7時ならネンブツジャーが始まる時刻のはずで、ナギは欠かさず見ているのに、テレビは沈黙していた。


「ナギ、今日はテレビを見なくていいの?」


 いや、特段見て欲しいわけではないけれど。


「ああ、もう終わったでの、問題ない」


 終わった? え、番組が?


 頭に疑問符を浮かべていれば、もはや定番となってしまったおさんどん姿のナギが、脇に寄せていたちゃぶ台に朝ご飯を次々並べ出す。


 さっき焼いていたのはソーセージとオムレツだったらしい。

 パリッと焼き目が付けられたソーセージに、黄金色のお月様みたいに整ったオムレツはほこほこ湯気が立っている。

 添えられたサラダの緑が彩を添えていて、綺麗に焼き目をつけられたトーストと相まって、ごくりとつばを飲み込んだ。


 わたしが浄衣を着て禍霊祓いをしてへばるたびに、ナギはかいがいしく世話を焼いてくるようになったので、それ自体はおかしくないんだけど。

 ついでにお弁当の包みまでおかれたのには面食らった。


「早く食べた方がよいぞ。あれから風呂にも入っておらぬで気持ち悪かろう?」


 いつもご飯は絶対にせかさないナギに、そんな風に言われて首を傾げたけれど、ある可能性に思い至る。


 ま さ か!


 ばたばたとスマホを探して、おそるおそる電源を入れて画面を見れば、今日の日付とともに並んでいたのは月曜日。

 何度見ても月曜日の朝7時。


 つまり、丸一日以上眠っていたと言うことだ。


「学校に行きたがっておったでの、ぬしを起こすどうか迷うておったが、その前に自力で起きてくれたでよかったぞ」


 ちなみに、いつも家を出るのは7時半。

 ぎりぎり始業時間に間に合わせられるのは8時くらいだ。


「???!!!」


 完全に目が覚めたわたしは、フォークを放り出して風呂場に駆け込んだのだった。





 かつてない早さでシャワーをすませて髪を乾かし、朝ごはんを特急でかきこんで家を飛び出す。

 今回ばかりは3妖もぶっちぎって全速力で走れば、なんとか始業時間前に滑り込むことができた。


 弓子に連絡をとれなかったことを謝りつつ、ほっとしたらまた急に眠気がきて、気が付いたら午前中の授業が終わっていたりして愕然とした。


 ぜんぜん内容を覚えてない……。


「依夜、ずいぶん眠そうだけど、大丈夫? もしかして体調悪い?」


 お昼休みに、弓子に誘われた中庭で心配そうに聞かれて、お弁当を取り出そうとしていたわたしは、言葉に詰まった。


「え、えと、昨日は実家に帰ってて。ちょっと、疲れただけだから」


 うそを付かなきゃいけないのが心苦しいけど、本当のこともいえない。


「ああ、だから昨日一日連絡が取れなかったんだ」

「うん、メッセージに返信できなくてごめんね」

「全然良いよ」


 半分嘘のまじったわたしの言葉に弓子は納得してくれて、申し訳なさに内心手をあわせつつ、お弁当箱の包みを開ける。


 起きたとたんめちゃくちゃお腹が空いていて、お昼ご飯が待ち遠しかったのだ。

 ナギはお弁当のほかにも、おにぎりを二つもつけていてくれた。

 それだけじゃ足りなさそうだと察してくれたことが、複雑だけどもありがたい。


 だけどお弁当のふたを開けた瞬間、固まった。

 いつものごとく覗いてきた弓子は、歓声を上げた。


「わーっ今日はデコ弁なんだ! かわいいー!!」

「あ、うん……」


 わたしは顔をひきつらせつつもかろうじて平静を保った。


 いつもより一回り大きいお弁当箱の中には、ハムやチーズや卵やいろんな野菜で作られた華やかなお花畑がファンシーに表現されていた。

 くっこれだけ作り込んでいるくせに、肉おかずと野菜おかずとバランスよく盛り込まれているあたりが憎たらしい。

 しかも――……


「しかもコス娘のキャラ弁にするなんて! 依夜もファンになってくれたんだね!!」

「いや、その……あはは……」


 きらっきら目を輝かせる弓子を前に笑顔でごまかした。


 ご飯と海苔で作られた女の子は、デフォルメされているけど脇にハリセンが添えられていることからして、浄衣を着たわたし、弓子のいうコスプレ娘だった。


 後で、絶対、ナギに文句言ってやる。


 憤然と決意したわたしは、物欲しそうにしていた弓子に女の子の顔を譲り、代わりにサンドイッチをもらった。

 さすがに、自分の顔を食べる気にはなれない。

 写真をばっちり撮り、嬉しそうに食べはじめた弓子がふと言い出した。


「そういえば、あのショッピングモールで――」


 その単語に、わたしにとっては昨日の騒動を思い出して、おにぎりをのどに詰まらせかけた。


「わ、依夜大丈夫!?」

「だい、大丈夫……」


 慌てる弓子にもらったお茶で流し込みつつ、わたしは動揺する心を静めようと思考を回転させた。


 お、落ち着けわたし。

 ショッピングモールって言っただけで、コス娘について言及されているわけじゃない。

 深夜だったから人がいないはずでそもそも隠世の中なわけだから見られているわけがない。

 冷静に、冷静に。まずは情報を把握しよう。


「ごめん……」


 覚悟を決めたわたしが声を上げようとしたら、弓子にいきなり謝られてきょとんとなった。

 顔を上げれば、弓子がひどく申し訳なさそうな顔で沈んでいる。


 え、なんで!?


「依夜にとっては嫌なことがあった場所なのに、思い出させるようなこと持ち出してごめん。無神経だった」

「い、いやそう言うわけじゃないから」


 そうか、お昼のことだったかと若干ほっとしつつ首を横に振る。

 傷が癒えたわけではないけれど、その後が濃すぎでだいぶ吹っ飛んでいるのだ。

 もう一月前のことのように思えるけど、実際は二日前なんだよねえ……。


「でも、実家に帰るくらいショックだったんでしょう? わたしが誘わなければ、あんなことにはならなかったわけだし……」


 思わず遠くを見つめたのだけど、弓子が沈んだ表情で言いよどんだのに、はっとした。


 あの日の帰り道、弓子はすごく明るくわたしに話しかけてくれていたけど、あの騒ぎにショックを受けていないのだと思って、放心状態の中でもほっとしていたのだ。


 でも、そうじゃなくて、わたしを励ますための空元気だったとしたら?

 その裏で、わたしを誘ったことでひどい目に遭わせてしまったと、ずっと気にしていたのだとしたら?


 それなら今日教室でほかのメンバーとお弁当を囲わず、中庭に誘ってくれたのも、その話がしたかったからだったのかもしれない。多分、間違っていない。


 胸の奥から じんわりとむずがゆくて、暖かいものがこみ上げてくる。

 心配してくれたことが、不謹慎だけどすごく嬉しかった。


 でも、わたしが丸一日眠っていたばかりに、弓子はずっと苦しんでいたのだ。

 だから喜ぶのは後だ。そうじゃないって、それだけじゃなかったって伝えたかった。


 だけど、なかなか言葉は出てこなくて、気ばかりが焦ってもどかしい。


「買い物の時間は楽しかった、よ?」


 やっといえたのは、ただの感想だった。


 ああもう慰める言葉とか、気にしないでとかそういう気の利いた言葉とかいえればいいのに。

 口下手さが情けなくなったけど、はっと顔を上げてくれた弓子に、笑顔を浮かべてみせる。

 言葉で伝えられない代わりに、表情に気持ちを込めるのだ。


「また一緒に、遊びに行こう?」

「依夜ぉっ!」


 急に涙ぐんだ弓子に思いっきり抱きつかれて、わたしは目を白黒させた。


「ゆ、弓子ちゃん!?」

「ごめんねぇぇぇっ、ありがとおぉぉっ!」


 弓子にぐずぐず泣きながらぎゅうぎゅう抱きしめられる。

 苦しくはないんだけど、髪が顔に当たってくすぐったくて、花のような香りがした。

 だけど、こういう事態は初めてでどうしたらいいか分かんなくておろおろするばかりだ。


 手ってどこに置いたらいい? なんて言葉かけたらいい?

 い、一体なにが正解なの!?


「うん、行こうっ。今度はちゃんと楽しいお出かけにしようっ」


 でも、涙声で弓子がそう続けたから。


 わたしは、恐る恐る弓子の背に回してそっと撫でてみた。


 そしたらさらにぎゅうっとされてあわあわしたけど、いやではなくて、弓子が泣きやむまでしばらくそうしていたのだった。


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