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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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あとで絶対殴ってやる!

 

「まさか、ほんに正気が残っていようとはな」


 意外そうな顔をしたナギの声を聞きながら、わたしはこみ上げる安堵をおさえて、飛んでくる瘴気の水を避けつつ、田の神をみる。

 暴れ出した田の神がしきりに腹の辺りをヒレで殴り、建物に叩きつけていた。


 よく見てみれば、腹の辺りにこの距離でも肌がざわつくような濃く禍々しい気配が凝っている。

 視界に入れることすらおぞましいそれに、それが禍神になりかけている原因だと、直感的に理解した。


「ナギっあれ!」


 また飛んできた瘴気の水を避けながら声をかければ、ナギにも見えたようだ。


「あれをどうにかせねばなるまいの」


 ナギは、わたしの背をとんと叩く。

 触れられた場所から中心に、あふれ出した淡い燐光に全身を包まれた。

 広がった暖かい温もりに思わず吐息をつくと、そのまま耳元でささやかれた。


「浄衣を強化したが、長くは持たぬぞ」

「ありがとう! 行ってくる!」


 助走をつけたわたしは瘴気の海へ飛んだ。

 ブーツの裏が瘴気の水に触れると、ぱっと光が散って力場が生まれる。

 わたしはその光の足跡を引き連れて、暴れる田の神へ走った。


『グルオオオォォォ!!』


 のたうつ田の神の周囲に、大量の水弾が形作られたとたん、わたしに向かって飛んでくる。


 力が暴走しているのだ。


 降り注ぐ水弾を身を捻ることで避けたが、しぶきが腕や足の服を溶かし、むき出しになった肌にまで達する。

 じゅっと焼けるような痛みを、歯を食いしばって耐えて、足に力を込めて飛んだ。


「祓い給え 浄め給え!!」


 宙に浮いたわたしは、田の神の腹に見える濃い淀みに思いっきりハリセンを叩きつけた。

 燐光を帯びたハリセンは、だけど濃い淀みに触れたとたん、バチンッと拒絶するようにはじかれた。

 その勢いに押されて体勢を崩したわたしは、振り回される田の神の髭に吹き飛ばされる。


 瘴気の海の上を二三度転がったあと、何とか体を起こしたけど、動揺が収まらない。

 初めて瘴気にハリセンの浄化作用が効かなかった。

 暴れていた田の神はのろのろと西棟へ向かうと、また体当たりを始めようとする。


 そのとき、田の神の動きが不透明な壁に阻まれたように止まった。


「田の神はここからしばらく出られんぞ」


 結界を張り終えて返ってきたナギは、緩く微笑んで続けた。


「やはり、必殺技が必要なようだの」


 そのしたり顔に、咄嗟に否定したくなる感情をぐっと押さえこんだ。


 嫌な汗が背筋をつたう。


 理屈じゃないのだ。あれを言わなきゃいけないと考えるだけで、頬が熱くなる。


 でも、ふつうの攻撃じゃ利かない。それなら、でも……!


 わたしは若干涙目になるのを自覚しつつ、愉快げなナギの顔をぎんっと睨んでから、再び走り出した。


「モーションも忘れずにのー!」


 よけいな一言が遅れてやってくるのに、ぎりりと唇をかみしめつつ、目の前だけに集中する。

 田の神はナギの結界に体当たりするのをやめて、瘴気の水を浴びせかけていた。

 瘴気がふれる度に結界がゆがみ、わずかにひびが入っていく。

 胸に見えている凝りの範囲が、さっきよりも広がっているのが見えて不安になる。


 でも、田の神を信じるのだ。


 走っているだけではない理由で心臓が飛び跳ねている。


 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。

 ああもうほんと泣きたい。これでダメだったら全力でしばき倒してやるんだから!

 唇をかみしめてハリセンを握りなおしたわたしは、高く跳躍した瞬間、ハリセンを頭上に振り上げた。


「天つ剣の力を持ちて すべての禍事(まがごと)を禊ぎ祓い賜うことを かしこみかしこみもうす!!」


 ろんと、柄に下げられた鈴が鳴り、ハリセンの刀身から光がこぼれ始める。


 ここまでは、散々唱え慣れた文言に似ているから何の不都合もない。

 だけどその次は……


 ためらっているうちに、ハリセンの光に惹かれたか、田の神がこちらを向いて大量の瘴気の水を飛ばしてきた。


 身をひねろうにも避けようがない。


 わたしは羞恥心とか尊厳とか常識とかその他諸々を投げ捨てて、破れかぶれに叫んだ。


「ヘブン☆ウイング クリーンアップ!!」


 瞬間、ハリセンから光があふれ出し、瘴気の水を消し飛ばした。

 あたりを焼き尽くすような強烈な光は、だけど視界を遮ったりしなかった。


 わたしは砕けた西棟を足場に再び飛び上がり、のけぞる田の神ヘ迫る。


 風圧で髪が激しくもてあそばれる。


 そして、このあふれる光の中でも濃密に主張する淀みへ、全身全霊を込めてハリセンを振り下ろした。

 冴えた浄化の光はじかれず、おぞましい淀みを塗り替え、田の神の中へ踏み込んだ。


 激しく大気の渦巻く中、ぞぶりとあふれ出す穢れは、ハリセンの光で片っ端から祓い清められていくけど、まだ瘴気のほうが強い。


 でも負けるわけにはいかない。


「戻れええええぇぇぇ!!」


 全身全霊を込めてハリセンを押し込んでいけば、不意にこつんと、堅い物に当たる。


 それが砕けた瞬間、浄化の光が爆発的に広がった。


 強烈な光の中で、田の神からあふれていた瘴気がみる間に洗い流され、正常な大気に浄められていく。


 そうして、最後のいっぺんまで払われ、ぱっと光が散ってハリセンから光が消えると、わたしは広場に座り込んでいた。

 どうやらあの浄化の光の余波で、瘴気の海も消えたらしい。


 枯れた木々や、壊れた建物は戻らないものの、あたりを清浄な大気が満たしていく。

 もちろんあの大きな田の神の巨体もない。


 終わった実感がわかずに呆然としていると、視界の端でうごくものが見えた。

 はっとなえかける足を叱咤して近づけば、元通りの大きさと姿をした田の神だった。


「田の神さま、生きてる!?」

「……う、うむ……」


 おっくうそうにだけど、返事をした田の神に、わたしその場にへたり込んだ。


「よかったあ……」


 生きていた。全部消し飛ばしてしまったりはしなかった。

 どっと安堵が押し寄せてきて、思わず顔がほころんだ。

 目尻ににじむ涙を拭っていると、田の神はやっとという具合で身を起こした。


「我の、正義は不滅だぞ」


 田の神らしい言葉に、わたしは笑ってしまう。


「もうそれで良いわよ、あなたがあきらめないでくれたから助けられたわけだし」

「我もそなたの熱き絆があったで、我を失わずにすんだぞ」

「田の神さま……」

「さらに褒美までもろうて、我の正義は報われた」


 また涙ぐんでいると、田の神がわたしの姿をしみじみと玩味するのに面食らって自分の姿を見下ろし、かっと頬が熱くなった。

 悪の女幹部だという浄衣は、瘴気の水のしぶきを浴びたことで所々溶けて穴があいていた。


 上着はかろうじて肩に引っかかっている程度、ブーツも穴あきで、ショートパンツやインナーはきわどいところまで裂けていて、ちょっとでも動いたらまずい感じになっていた。


「……ッ!?」


 こみ上げてくる羞恥心にとっさに胸を隠したけれど、それだけでは全部隠しようがない。

 ひ、ひやショートパンツが付け根まで裂けてるし!?


 ぐへぐへする田の神の視線を感じて涙目になる。


 突然、ふんわり香の香りがしたかと思うと、頭に何かがかぶせられた。

 視界が完全に遮られてあわあわしていると「へぶっ!?」と悲鳴が聞こえた。


 一体なにが起こってるの!?

 ようやく頭を出すと、かぶせられていたのはナギの羽織だった。

 とっさに体に巻き付けて顔を上げれば、倒れている田の神と、その傍らに立っているナギがいた。


「田の神さまどうしたの!?」

「ああ、ちいと疲れたようで、眠ったぞ」


 さらりと言われて、釈然としないまでも納得したけど、なんで急に羽織を?


「チラリズムはよいものだが、さすがにそれは忍びないでな……」


 妙に優しい眼差しでわたしのぼろぼろ浄衣を見下ろすナギに、何かがぷつんと切れた。

 羽織を肩にひっかけたままゆらりと立ち上がったわたしは、一歩二歩とナギに近づく。


「どうした、ぬしよ?」


 その秀麗な顔を、殺意を持って睨み上げたわたしは、ぎりと右拳を固めた。


「それなら最初っから着せるなああああっ!!!」


 全力で振り抜いた拳はねらい違わず、ナギの腹に吸い込まれていったのだった。



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