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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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たった一つの、バカげた方法

 


 ナギがそんなに驚くのも珍しいな、と思いつつ、わたしは震えかける足にぐっと力を入れて立ち上がり、ハリセンの柄を強く握りしめた。


「さっき、田の神様の目が合ったとき、禍神の闇色の中に一瞬だけ苦しんでいる田の神様が見えた気がしたの。まだ意識がある今なら、元に戻せるかもしれない」


 建物に突っ込んだ時の田の神は、そのまま建物を破壊するように体をくねらせていたけど、それは、苦しみにのたうち回っているようにも見えた。


「このハリセンは、瘴気だけを、祓うことが出来るでしょ。なら、田の神様の意識が一瞬でも戻れば、瘴気だけ祓って、殺さずにすむ、よね?」


 すがるように問いかければ、ナギは渋面を浮かべていた。


「確かにその剣は、瘴気を祓うことは出来よう。だが意識が生きていたとしても、瘴気に侵され切っていれば、ぬし自身が田の神を殺すことになるぞ。それにわしの浄衣とて万能ではない。かような危険を冒さずとも――」

「それでもあきらめたくないの!!」


 自分でも分かる、悲鳴のような声だった。

 脳裏によぎるのは姉の背を見送ったあの日の記憶だった。

 

 札一つ使えないわたしは、姉が妖や禍霊の討伐へ行くのを見送るしかなかった。

 いつも帰ってくるか怖くて、姉の傷が増えていくのが苦しくて、でも笑顔で帰ってくる姉の姿にほっとした。

 あの日もそうやって送り出そうとした。でも、その日だけは形容できない強烈な不安に襲われて、怖くなったわたしは、はじめて駄々をこねたのだ。

 

 けれど、行かせちゃいけないって思っていたのに、無事で帰ってくるという姉の言葉を信じ込んで握っていた服から手を離してしまった。


 討伐自体は成功したらしいけど、その妖討伐に参加した術者の半数が死に、帰ってきた姉も重傷で、瘴気と呪いのせいで何週間も寝たきりで過ごした。

 血まみれの姉がぐったりと横たわるのを、ただ見ていることしかできなかった。

 

 大人たちに引き連れられていった姉を、引き止めることはできなかったとわかる。

 でも、引き止めきれずに手を離してしまったこと、見送ることしかできなかったのを何度も後悔して、何もできない自分に絶望した。


 田の神とは今日だけ、それもたった数時間のつきあいだ。出会いも最悪だった。

 でも、言葉を交わしてしまった、悪い奴じゃないって知ってしまった。


 自分が死ぬかもしれない、というのは怖い。

 自分の手で殺してしまうのも、怖い。


 それでも。


「何にも出来ないで、見ているだけは、もう、いや」


 できるかもしれないのにあきらめるなんて、もう嫌だったのだ。


 こらえきれない涙が頬を伝った。


 今のわたしはきっと、ものすごくみっともない顔をしているだろう。


 それでもナギの赤い双眸を見つめて、懇願した。


「お願い。ナギ、助けてよ」


 わたしはわがままだ。

 せっかく解決してくれるというのを無碍にして、難しいことをやろうとしているのだから。


 無言の時間はとても長く感じられたけど、ほんの数瞬だったのだろう。


「……仕方ないの」


 ナギは、指先でわたしの目尻にたまった滴を拭いつつ、あきらめたように言った。

 その言葉に安堵を感じる前に、面食らう。


 ナギのまなざしが柔らかくて、ほんの少し切なげで、そう、まるで何かを懐かしんでいるような雰囲気で、戸惑った。


 だけど次の瞬間、唇の端をにんやりとつり上げて笑った。

 その華やかで蠱惑的でたくらむような微笑に、例のごとく、めちゃくちゃ嫌な予感がした。


「なれば、ぬしの心意気に応えて、必殺技を授けよう」

「ひ、必殺技?」

「うむ、剣の力を最大限に引き出すための特別な術だ。強力ゆえに、消耗も激しい危険な技だが、今のぬしなら使うことが出来よう」

「どう、使えばいいの」


 恐る恐る問いかければ、人差し指を一本立てたナギは厳かに語った。


「ここぞと言うときに、剣を天に向かって掲げてな、こう唱えるのだ。

『天つ剣の力を持ちてすべての禍事(まがごと)を禊ぎ祓い賜うことをかしこみかしこみもうす ヘブン☆ウイング クリーンアップ!』」

「ちょっと待て!!」


 後ろで建物が壊されるすさまじい音がして、祠の神域が縮んでいってまずいことはわかるけど、それでも聞き捨てちゃだめなことがある!


「なんだ? ポイントは響きわたるほど大きな声で叫ぶこと、ヘブン☆ウイングの『☆』もきらめかせることだぞ」

「ここまでずっと真面目だったのに今更ふざけないでよっ。前半祝詞っぽいのに急にカタカナってどういうこと!? ていうか☆をきらめかせるなんて無茶すぎるでしょ!!」

「大まじめだぞ。魔法少女には必殺技が必要だとぬしのために何日も徹夜して考え抜いた力作だ!」

「そんな恥ずかしいセリフ大まじめに考えるな! そんなの絶対嫌!!」


 熱を込めるナギに、怒鳴ったわたしだったが、また神域が縮むのを感じた。

 この神域が田の神の意識を表しているのなら、もうほとんど猶予はない。


「あのような禍神を倒すのならば、今のままでは無理なのはぬしもわかっておろう? ぬしがやるにせよ、やらないにせよ、危険と判断すればわしはあれを滅するぞ」


 ひんやりといわれて、焦りと羞恥で頭がごっちゃになる。

 でも、あんな恥ずかしいセリフを大声で叫ぶなんて、心が全力で拒否していた。ていうか、大事な何かが減る気がした。


「まあ、それはぬしが最後に決めればよい。

 今のままでは、あの田の神を正気に戻すことは難しかろうて、策をもう一つ授けよう」


 打って変わってひどく楽しそうなナギが、したり顔で説明し始めたそれに、わたしはたちまち顔に血が上り、口をぱくぱくと開けることしかできなかった。






 ☆







 いつの間にかのたうち回るのをやめた田の神は、ある一点に向かって体当たりを繰り返していた。

 ゆっくりと体勢を立て直し、全霊を持ってショッピングモールの西棟の壁へ突っ込んでいく。

 ナギによると、その方向に現世につながる道があるのだそうだ。


 建物ががらがらと崩れ、瘴気の水がかかったところは溶けだしていく。

 そのたびに、嫌な臭気があたりに立ちこめた。


 削れたはずの尾の部分は、よどんだ瘴気に覆われて修復されているように見える。

 傷が治っているというのは良いことのはずだけど、この場合はそれだけ瘴気となじんでいるということだから、歓迎すべきことじゃない。


 そんな中、わたしは、ありとあらゆる物をこらえながら、ナギにつれてきてもらった屋上の縁に一歩足を踏み出した。

 こつりと、かかとの音を高らかに響く。


「ヒールの音は大事なのだ」と、謎技術で響かせているらしい。


 そのこだわりは訳がわからないと思いつつ、わたしは、緊張やその他諸々で爆発しそうになっている心臓を無理矢理押し込めて、眼下に見える田の神の巨体を見下ろ……じゃなくて、見下した。


「お、おほほほほほ! 抹香臭(まっこうくさ)いと思えば、いまいましいネンブツジャーではありませんの。今日も堅物に念仏を唱えていらっしゃるのかしら」


 人生で初めて高笑いを上げて、髪の毛をぞろりと背中に払い、腰に片手を置いた。


「ぬしよ、もうちい色っぽくな、腰をくいっとひねるのだ。あと棒読みをなんとかせい」


 すかさず入る演技指導に羞恥がぶりかえしてきて、思わず背後を振り返った。


「う、うるさいっ。色っぽくなんていきなり言われてもわからないわよ! これが限界なのよ!」


 素に戻って怒鳴ったのだが、こちらを振り向いた田の神から、瘴気の水が飛ばされてきた。

 慌てて縁に沿って走ることで避ける間に、次のセリフを思い出す。

 ええと、次は――……


「次は、小馬鹿に笑いながら魅力的に罵るのだ。衆合姫(しゅうごうひめ)はその色香で人々を堕落させ、堕落した者を己の下僕にして罵るのが趣味の、絶世の美女幹部だからの」


 小馬鹿に罵って笑ってそれでも魅力的ってどんな女なのよおおおお!!!


 田の神を正気に戻すために提案されたのは、田の神が何より大事にしていたネンブツジャーの記憶を刺激することだった。

 正義正義、と言っていた田の神様だから、きっと禍神に堕ちるのも不本意のはずだ、と思いたい。

 瘴気に抵抗する気力を取り戻してもらうためにも、それ自体は何となくうなずける物があった。

 けど……!


『お誂え向きに、ネンブツジャーには衆合姫(しゅうごうひめ)という女幹部がおる。その色香で修行僧や、時には仏までも堕落させるほどの絶世の美女でな。ネンブツジャーもかなり苦戦した相手なのだ。

 眠っておっても現世のヒーローショーに気づいた田の神であれば、飛び起きないわけがない。

 幸いにも意匠の参考にしたのは衆合姫ゆえ外見は問題なし。ぬしは衆合姫になりきって、田の神の正義の心を刺激するのだ』


 ナギは自信ありげに言ったけど、その衆合姫とやらが問題だった。

 なりきるために突貫で教えてもらった仕草やら口調が、今まで遭遇したことも想像したこともない言葉遣いに破廉恥な行動で、とてもじゃないけど受け入れがたいものだったのだ。


 というか、ところかまわず相手を誘惑するとか、あいさつ代わりに腕絡めて胸を押し付けるとかどう考えても痴女の振る舞いでしょ!?


 でも、ハリセンで殴りまくる以外に方法が思いつかないわたしには、これしかすがる物がないわけで。


 ええいもうここまでさせておいて、効かなかったら殴り飛ばしてやる!


 内心でナギに罵詈雑言を並べ立てつつ、何とかにっこりと私的に色っぽく笑ってみる。

 ああもうひきつっているのが自分でもわかるし、顔から火が出そうだ。


「びたびたのたうち回って、どこの魚野郎ですの? ネンブツジャーも生臭坊主がいるなんて知らなかったわ」


 慣れない言い回しは舌をかみそうだったし、ぶっちゃけこんなことを言わなきゃならないなんて自分で舌かみたい。

 なるべく軽やかに、余裕は崩さず、悠然としていなきゃいけないのだ。

 記憶を全力でひっくり返して、出会った高飛車な物言いを必死になって思い出した。


 衆合姫は衆合地獄をモデルにしたキャラクターらしい。

 衆合地獄と言えば罪人の男を惑わして、剣の葉っぱが付いた木を上らせる美女がいる地獄だ。

 だから姦淫、邪淫つまりそっち方面では百戦錬磨のイケイケ美女としてキャラ設定されているのだという。


 ネンブツジャーにも全力お色気で迫ってあと一歩のところまで行ったって……朝の7時に放送して大丈夫だったのだろうかと現実逃避ぎみに心配になる。

 それでも、やるしかないのだ。


 わたしは飛んでくる瘴気の水を避け、時にはハリセンで祓い、とぎれたのをねらって鼻で笑ってみせる。


「正義のネンブツジャーが、わたくしたち地獄鬼帝国の侵略に協力してくれるとは、ありがたすぎて笑いが止まりまらないわ! わたくしが直接手を下さずとも、ネンブツジャー自らがショッピングモールを壊してくれるんですもの。おほほほほほほ!」

 

 何度目かも忘れて、悲しいほど慣れてきた高笑いを上げれば、一瞬田の神の動きが止まった。

 

 もしかして、聞こえているの?


「ぬしよ、ここで決めセリフだ」


 ナギの声に、ぐっと顔に熱が集まったけど、我慢した。


 いまのわたし衆合姫だ。罵って笑って男をお、お色気で虜にする!


 すっと中腰になったわたしが膝に手を付けば、自然と胸の谷間が強調される。

 そのまま髪をかき上げて、あでやかに微笑してみせた。


「後で、わたくしとイイことして遊びましょう?」


 だけど、一拍二拍とたっても、こちらを向いた田の神から何のリアクションもない。


 じわじわとこみ上げてくる熱で、顔が燃えるように熱くなる。


 ぷるぷると震えながら固まっていれば、ぽんと、慰めるようにナギに肩をたたかれた。


 瞬間、羞恥と怒りと理不尽さとその他ごたまぜになった感情が爆発した。


「ここまでやらせといて無反応ってなによ! 勝手に瘴気に呑まれて暴れ回って! 知行地を自分で穢すなんて情けないったらありゃしないわ! あんた正義の味方になるんでしょ!? 根性見せなさいよ田の神様!」


 衆合姫の口調もなにもいっさいかなぐり捨てたけどかまうもんか!


 今までの鬱憤を全部怒鳴り散らして、ぜえはあと荒く息をつく。




 足下から地鳴りが響いてきた。


 まだ何かあるのかととっさに腰を落として警戒すれば、その発生源は見てわかるほど体を震わせる田の神だった。


『オオ……我ノ……正義ハ、屈サヌ……ウオオオオォォォッッ!!!』


 空間をびりびりと震わせる咆哮をあげた田の神は、尾ビレを振り回して暴れだした。



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