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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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閑話 : 田の神の場合

 

 田の神は噴水の水を浮き上がらせ、また泥田坊の群を弾き飛ばす。


 本来の名前はあるが、それは自分だけが知っていればいい。

 すでに守護する土地が田園ではないから田の神ではないのだが、この名称がなじみがあって使い続けていた。

 出来れば正義の味方、と呼んで欲しいものだが、現世に顕現する余力はないため、知らしめることは出来ない。

 以前であれば、毎年のように祭りを催され、現世で自由に振る舞えたものだが、今では人工の石によって形作られた大きな建物の片隅に小さな祠があるのみだ。


 だが田の神は、それを悲しいとは思わない。


 人の営みは時代と共に変わるものであるし、なにより人は代わりに新たなものを次々と生み出す。

 でなければ、田の神はネンブツジャーという運命と出会うことも出来なかったのだ。


 だが突如現れた泥田坊共の猛攻で、田の神は窮地に陥った。


 じりじりと知行地を削り取られていく日々の中、現れた紫と黒の二人組は、はじめは不幸なすれ違いで敵対した。

 美しく愛らしい外見を蠱惑的な衣装に身を包んだ女は、田の神の攻撃をものともせず、凶悪なハリセンで徹底的に追いつめてきた。

 その様は、衣装とも相まって、田の神がモール内の本屋で何度も読み返し、毎週日曜日に家電売場で何度も見たネンブツジャーの妖艶非情な女幹部「衆合姫」のようで、もはやここまでかと消滅を覚悟したものだ。


 だが黒の式神によって誤解が解け、心を通じ合わせたことによって強力な仲間となってくれた。

 敵としては恐ろしい相手だが、味方となればこれほど心強い者もいない。

 本体を倒すと言い切った彼女の、華奢だが頼もしい背中を思い出すだけで、また力がわき上がってくる。

 ネンブツジャーたちの言うとおり、仲間がいるだけで強くいられるのだ。


 田の神は熱く正義の心を燃えたたせ、神力を用いていくつもの弾を展開した。


「ふはははは! 泥田坊共、昨日と同じ我だと思うたら大間違いだ。心強き仲間の為にも、ここは死守するぞ。ゆけ「水乱演舞」!!」


 田の神は自らが名付けた技名を叫び、水の球を全方位に向けて弾き出した。

 ドドドドドッ!! とすさまじい音と共に泥田坊は吹き飛ばされていく。

 実際、連日の攻防で消耗しているはずの己の神力が、再び戻ってきているのを感じていた。

 あの女幹部の想いが田の神に流れてきているのだと理解していたが、それにしても強い。


 まるで、神職に祝詞を上げられた時のように満たされた感覚に、これが仲間の絆であるかと田の神は顔をほころばせた。


「これならゆける、泥田坊共よ、目にもの見せてくれようっ」


 みなぎる力のままに、穢れなかった水を自らに引き戻し新たに水を吸い上げて、広場を占拠しようと迫り来る泥田坊共に向けて再び放ち続けた。

 そうして、幾度か目の攻撃で、泥田坊を最後の一体まで倒しきった田の神は、久しく感じていなかった壮快な気分を味わった。


 取り戻した知行地より付近の気配を探れば、上の方で激しく気がぶつかり合うのを感じた。

 あの二人は、未だに本体と戦っているのだろう。


「ふふふ……今加勢に参るぞぱーぷる、ぶらっくよ!!」


 泥田坊たちの泥で染まった広場から、女幹部たちを送った二階へ上がろうとした。

 だが、己の領域に何の前触れもなく何かが現れた。


「いけませんねえ」

「だれじゃ!」


 田の神は再び水を構えて警戒するなか、実に無造作に広場へ踏み入れてきたのは、場違いなほど整った服装をした男だった。

 きちんと体に沿うように仕立てられた三つ揃いのスーツに身を包み、ぴかぴかに磨かれた革靴を履いたその男は、あたりを見渡しながら歩いてきた。


「まったく、これだけ時間をかけても拠点を掌握できないとは。あまり重要ではないとはいえ、不要というわけでないないというのに。やれやれ、馬鹿とはさみは使いようとはいうものの、これほど使えないのは想定外でした。念を入れて様子を見に来て正解でしたね」

「止まれいそこな者! いかにしてこの地に足を踏み入れるか!」


 至って普通の人間に見えるが、この隠世にいる時点で尋常ならざる者であることは明白だ。

 だが、ぱーぷるとぶらっくの事もあったため、田の神が念のために詰問すれば、男はいやに優雅に頭を下げた。


「ああ失礼いたしました。今回こちらに伺いましたのは、事情によりこちらの土地が必要になりました故、もらい受けに参った次第でして」

「きさま、やはりこの穢れ共の仲間であったか!」


 慇懃な男に対し、激高した田の神は、瞬時に水をいくつもの水弾に変えた。


「かような道理が通ると思うてかっ。食らうがよい「水乱演舞」!!」


 一斉にはなった水の弾幕は、迷うことなく男に向かっていく。

 まともに食らった男は水の勢いによってショッピングモールの壁へ叩きつけられる。はずだった。

 だが水しぶきが収まると、先程といっさい変わらない姿で男はその場に立っている。


「申し訳ありません、説明不足だったようですね」

「くっ!」


 焦りながらも、田の神は再び水弾を放つ。

 だが明らかに当たっているはずの水弾すら、痛痒を感じさせるどころか、その服を濡らすこともなく、男は悠然と歩いてくる。

 薄ら寒さを感じた田の神は、自身の神力を最大まで練り上げた。


「これでどうじゃ! 奥義!「昇竜水破(しょうりゅうすいは)」!!」


 噴水の水をすべて使って形作った水の竜は、無音の咆哮を上げると、体をうねらせて男へ襲いかかっていった。

 男が水竜に頭から呑まれる様に、しとめたと思った田の神だったが、前触れなく目の前に現れた男の顔を唖然と見ることになる。

 すさまじい衝撃が田の神の全身を貫いた。


 なにが起きたか理解する前に、ぼろ雑巾のように地面を転がる。

 自らの祠の前で止まった田の神に、男はゆっくりと近づきつつ言った。


「ご安心を、あなた様には立ち退きを求めることはございませんし、むしろこちらにいらしていただきたいのです」

「なん、だと……」


 田の神は立ち上がろうと、ヒレに力を入れようとするが、しびれたように動かない。

 落ち着き払った態度の男はスーツの懐から何かを取り出した。


 白い手袋につつまれた指先で摘まれた、その黒い玉を見た田の神は総毛立った。

 指先でつまめるほどの小さな玉だというのに、そこから漂うすさまじいおぞましさにたじろいだ。

 だが、これだけはわかる。あれはこの世にあってはならないものだ。


「なんだ、それは……っ!?」


 男の唇が弓なりに弧を描いた瞬間、田の神は腹に衝撃を感じた。

 みれば黒い球が握られていた男の手がずぶりとめり込んでいた。


 男の手が引き抜かれたとたん、田の神の身のうちに黒くおぞましい物がぞぶりと広がった。

 その黒い玉から染み出していたものに急速に浸食されていく。


「ただ”堕ちて”いただきたいだけでして」

「我が正義の炎は、屈っしは、せぬ!!」


 脂汗をにじませながら、田の神は一矢報いようと男にヒレをのばす。

 だがそして、気づく。


 男の顔が、認識できないことに。


「貴様は、一体……」


 無貌の微笑を最後に、田の神の意識は黒に塗りつぶされた。







   

 ☆








「でいやあああっ!!」

『オオオォォ……!!』


 最後の一発を振り下ろせば、普通の人間サイズになっていた親田坊は、あふれる光と断末魔の叫びと共に消えていった。

 あれから、でっかい親田坊をハリセンで何度も殴りつけたかわからない。ミニサイズの泥田坊なんかも出てきてモグラ叩きならぬミニ田坊叩きになったときはうんざりしたけれども、とにかく倒しきった。


「どんな……もんよ……」

「おお、見事なたこ殴りであったな」


 感心した風に泥田坊のなれの果てを眺めるナギを、わたしはぎっと睨んだ。

 後ろからナギのしまらない声援が聞こえる度に、何度背後に向かってハリセンを振り回したくなったことか。

 だけど、わたしの殺意のこもった視線など気づかぬ風でのんきに言った。


「それにしても、わしの浄衣は見事なものだったであろう? 泥汚れも寄せ付けぬ」

「……まあね」


 確かに、何度か親田坊の泥攻撃がかすったり、もろに食らったりもしたけど、この悪の女幹部風浄衣は瘴気の混じった泥をするりとはじいたのだ。

 肌に付いた物も、謎の力場が発生しているらしくむき出しの腕や腹もきれいに滑り落ちたのにはびっくりした。

 さっき水浸しになったのは、害を及ぼす瘴気が含まれていなかったからだろう。

 ……ナギの趣味ということも考えられなくはないけど。


 これ以上考えても意味がないと思考を打ち切ったわたしは、ハリセンを担いで言った。


「ナギ、田の神様のところへ戻ろう」


 わたしは軽くウェーブのかかった髪を背中にはらってきびすを返した。

 わたしの髪はまっすぐだから、こんな風に波打っているのが珍しくて、ちょっと楽しかったりする。


 すさまじい悪寒が背筋を這った。


 親田坊なんて目じゃない濃密な瘴気の気配に思わず身体を抱きしめる。


「な、なに!?」

「どうやら、広場の方向だの」

「え、つまり田の神様の!?」


 驚いてナギを見れば、珍しく、わずかに眉をひそめていた。

 魔法少女のことを話すとき以外にそんなまじめな顔を見たことがなくて面食らうけど、それどころじゃない。


「早く行こう!」

「……では、ショートカットするか」


 言うや否や、ナギはわたしを抱えた。

 そう、むき出しのおなかに手を回して、である。

 本日三度目の接触でも鳥肌が立った。


「ひうっ!?」

「舌をかまぬようにの」


 抗議するまもなくナギと共に体が宙に浮くと、一気に加速した。


 速い高い怖いちょっと待ってえええええええ!!


 頬に当たる強い風がさらに、内蔵がひっくり返るような不安定な感覚をあおる。

 支えているのはナギの腕一本という、田の神に投げられたときよりも不安定な体勢に、悲鳴を上げることも出来ずに、ナギの着物にしがみついた。


 永遠のような浮遊感は不意に終わった。


「ぬしよ、少々まずいことになっておるようだぞ」


 ナギの声と共に感じた空気に濃密に混じる瘴気に、わたしははっと顔を上げた。

 親田坊がいなくなったおかげか、なににも阻まれることなく、屋上から中庭へ出る事ができたらしい。


 だけどその中庭広場は先程と様相を一変させていた。


 広々としていた広場はどろりとした瘴気が一面に立ちこめていて、木々は軒並み朽ち果て、ごぽりと不気味な泡を立たせていた。

 上空にいるのに、腐りそうな瘴気がこちらまで漂ってくる。


 その中央には、ぼたぼたと、瘴気の穢れをまき散らす、


「田の、神様……?」


 その瘴気の海に身を浸しているのは、体が数倍に膨れ上がっていても、凶悪な様相になっていても、そのナマズ顔は先程まで熱く正義を語っていた田の神だった。




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