他に方法あるでしょ!?
というわけで、わたしはナギを引き連れて、数時間前までいたショッピングモールに戻ってきていた。
帰る前には電飾がともり、まだまだにぎやかだったショッピングモールも、営業時間が終わって今ではぱったりと人気がなくなっている。
人通りもなく大きな建物が夜の暗闇にひっそりとそびえ立っているさまは、昼間とは大違いだ。
それでも従業員がいないとも限らないので、適当な物陰に隠れたわたしは、覚悟を決めて鈴を振った。
ろん。と涼やかな音色が響いた瞬間、燐光があふれ出す。
羽でなでられているようなくすぐったい感触は毎度慣れないのだけど、体の奥から力強い熱があふれてくる。
その感覚にどこか懐かしさを感じるような……。
なんだろう、と記憶をたどって行きかけた瞬間、ぱっと光が散っていった。
そうして、用意周到なナギがどこからともなく出した姿鏡を反射的に見たわたしは、悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
「な、ナギ! なによこれっ!?」
「うむ、今回のぬしはやる気万倍だったのでな。動きやすく、かっこいい衣装にしてみたぞ。残念だがフリルも少な目だ」
「たしかに動きやすそうだしフリルも少ないけどけどっ。何でこんなに胸とお腹ががっつりあいてるのよ!?」
今回の衣装は全体的にシャープなスーツ風だったけど、シャープすぎて体の線が丸見えなうえ、太ももまで露わになったショートパンツというきわどさだったのだ。
しかも、ぴったりしたジャケットは丈が短いし、インナーがよく見えるようなデザインになっているのだけど、短すぎるインナーは胸元が大きくえぐれて、寄せられた谷間も露わになっていた。
もう、背中に流された髪がゆるく巻かれていることや、施された化粧でちょっと大人っぽく見えておおとか思ったのが一瞬で吹っ飛んだ。
「これもう下着じゃない!? 一体全体どういう仮装よ!」
「うむ、今日のぬしは怒りに燃えておったでな、それにふさわしく悪の女幹部にしてみたぞ。ぬしに似合うようにちいとばかしかわゆさも足しておる」
「あ、悪の女幹部!?」
悪の女幹部って、つまり敵役と言うことだ。
どうしてそっちを選ぶのかとかいろいろ言いたいことはあるけれど!
「あ、悪役って言うんなら、戦うんじゃないの! おなかも胸も足もでちゃって防御性能ゼロにしか思えないんだけど!?」
「何をいうておる。昔から悪の女幹部は世のお父さんに楽しんでもらうために、とにもかくにもセクシーなデザインだと相場が決まっておる」
「デザインに意味がないって認めた!?」
「安心せい、面積は少ないがいつも通りぬしの身は守られておるよ」
「と、とにかくこれはないっ! ただでさえわたし太ってるのに、わざわざ晒すなんて嫌よ!」
あっさりとしたナギの返答に一瞬言葉をなくしたわたしだったけど、全力で抗議した。
ただでさえ浄衣を着るようになって以来、2割は食べる量が増えているのだ。
小学生のころから、山の妖たちに丸っこい丸っこいとからかわれ続け、鏡で自分を見てもほっそりはしていないと自覚している。
むっちむっちの足や、肉が摘めてしまうおなかを堂々とさらして歩けるほど、わたしは面の皮は厚く出来ていないのだ。
こればかりは断固として拒否しようとわたしは顔を上げたのだが、元凶はそこにいなかった。
戸惑った矢先、むき出しのお腹にひんやりとした手が添えられて固まった。
ついと指先がすべっていく感覚に体が勝手に震える。
「ッッ!!??」
ナギに背後から覆いかぶさるようにしてお腹をやわりとなでられて、わたしは声にならない悲鳴を上げて飛すさった。
ぞわぞわと鳥肌がたったお腹をかばいながら振り向く。
感触を確かめるように二三度手を開閉したナギは、釈然としない風で首を傾げていた。
「やはり、ぬしの腹なぞぽっちゃり系にも入らぬぞ。太く見える気がする理由はままあるが、まあ10代の娘はちいとばかりみずみずしいからの、健康な体重でも太って見える気がするものだ」
「な、ななな……!!」
ナギの言葉がいっさい耳に入ってこなかったけど、顔からなにから真っ赤になっていくのだけはわかる。
もはや言葉に出来ずにわなわなと震えていると、ナギは大まじめに続けた。
「それにの、今のモデルのようにスレンダーばかりが魅力ではない。こうむっちりとしたメリハリのある体つき、というのも世の男には人気があるものだぞ。でなければその浄衣は似合わぬからな」
うんうんと一人納得した風でいうナギに、わたしは柏手を打ち、ハリセンを引き出すことで応えた。
「それで言うとぬしは明らかに後者でな……うん? どうした、ハリセンなぞ構えて」
「言いたいことはそれだけかこのセクハラ式神が――っっ!!!!」
胸元からお腹から真っ赤にしたわたしは、涙目でナギの胴体にハリセンを食い込ませたのだった。
「全くひどいのう。わしにマゾの素養はないというのに」
「わたしにだって、い、いきなりお腹をなでられて喜ぶ趣味なんてないんだからっ!!」
すべてがセピアに彩られる隠世のショッピングモールに、わたしはむかむかとした腹立ちのまま、荒々しくブーツを鳴り響かせた。
ショートパンツや太ももまでぴったりと覆うブーツが、伸縮性があって歩きやすいのがますます腹立つ!
結局、それ以外は受け付けないというナギの言に負け、先ほどの腹だし胸だし悪の女幹部コスプレのままだった。
どうせ、ナギと自分しか見ないし、禍霊ならばこちらの服装などお構いなしのはず。
大事なのは、わたしをずぶ濡れにした犯人を捕まえることだ。
そういい聞かせることで、なんとか気恥ずかしさに耐えていたのに、ナギは不満そうに更に突っ込んでくる。
「さわって確かめるのが一番簡単ではないか」
「その前に目視でわかるでしょ目視で!」
「わからぬから確かめたのだがのう。隠れ肥満という可能性も考えられたでな」
ひとりごちるナギを努めて無視し、わたしは何か異変はないかと神経をとぎすませた。
何せ、電車で来たので、終電までには終わらせて帰らなきゃいけない。
あんまり猶予はないのだ。
日中、このショッピングモールに来た時は、濃い陰の気が漂っているのは感じていたけど、人が多く集まる場所ではよくあることだ。
だからそんなに悪質なモノはいないだろうと、安心して遊んでいた矢先にあの騒ぎだった。
でも、その理由の一端が今見えた。
「なに、この瘴気の濃さ」
隠世のショッピングモールに踏み入れた瞬間、むせかえりそうな瘴気の渦に思わず口元を覆った。
いつもならあっという間に倒れているだろうけど、浄衣のおかげでなんとかなっている。
でもブーツで黒い瘴気をかき分けるたびに、ねっとりとしたモノがこびりつく気がしてやっぱり気持ち悪い。
これだけの瘴気が隠世にはびこっていて、現世に影響がないのが奇跡のようだ。
「ねえナギ、この瘴気の大元はわかる?」
「うむ、このショッピングモール全体にはびこっておるゆえ、ちいと厳しいの。近づけばわかるやもしれぬが」
あっさりと言われてちょっと悩んでいると、ナギに提案された。
「とりあえず広場にゆくのがいいのではないか。犯人は現場に戻ってくると言うからのう」
微妙に適当さを感じなくもないが、それ以外に当てもない。
わたしはハリセンで瘴気を祓いつつ、広場へ向かった。
このショッピングモールは西棟と東棟にわかれていて、建物に囲まれるように野外広場があった。
日中は人で埋め尽くされていたその広い空間も、がらんとしていて、妙に寒々しい。
広場にたどり着いたわたしは、数時間前に遭遇した惨事を思い出さないために、大きな噴水を視界に入れないようにしながら辺りを見回した。
広場はイベントステージがあるだけじゃなく、所々芝生とか本物の木が植えられていたりして、普通に公園として楽しめそうな場所だ。
その片隅に、日中は気づかなかった小さな祠を見つけた。
真新しい建物の中で、その祠の古びようは浮いていたけれど、小さいながらも鳥居がついていて、構えとしては結構立派だ。
たぶん、元々この土地にあったものを、壊さずに移築したのだろう。
こういう祠はいろんな理由で作られるけど、そこには必ず、人々が祈り込めた想いがある。
人から人へ続くことで良い気が巡り土地が活性化され、まつられている神の力になり、また土地が守られていく。
だからこう言うのを見ると、ちょっぴりうれしくなるのだ。
わたしも昼間に気づかなかった分だけ祈っておこうか、と、祠に近づこうとした。
後ろから強い力で肩を引っ張られて、引き倒されてしりもちをつく。
肩を引っ張ったのがナギだと理解した瞬間、さっきまでいた空間に、水の弾丸が着弾した。
「なっ!?」
鈍い音をさせて地面がえぐれ、飛沫がブーツにかかるのに唖然したわたしは、次いで現れた濃密な気配にはっと顔を上げる。
「くっ! しとめそこなったか。敵ながら運の良いやつだ」
ふらりと空中に現れたのは、直衣を身にまとい、頭に烏帽子を乗せたナマズの頭をした人型だった。




