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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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記憶はどうして消せないのか

 


 気がつけばわたしは、自宅の部屋の隅で膝を抱えていて、ひたすら祝詞を唱えていた。

 心頭滅却、無我の境地……要するに頭を空っぽにする為に、長年の習慣に行き着いたらしい。


 大丈夫だ。衆目があったとはいえ、ほとんどの人は建物の中に避難していたし、


「おうい、ぬしよ。夕食ができたぞ」


 遠目なら濡れていることはわかっても透けていることなんてわかる訳ないし、うんうん。たかが濡れ鼠になった程度なんだから。男の子は助けられたわけだし、その男の子だって小学生。気にすることはないんだ。

 あれ、でもなんか「ふかふか……」とか言ってたような……いやいやないない。


「ぬしよ、温かいうちに食すがよいぞ」


 ザイーニンの人もちゃんと顔を逸らしてくれてたわけで、男の子もすけすけーとか見たまんまを無邪気にいっただけだから、残るは……


「ぬしよ、健康的な生足ショートパンツが似合うの、おっ!?」


 ぱん、と思いを込めて柏手を打った。

 すぐに空中ににじみ出てきたハリセンをつかむ。

 

 浄衣を着ていなくてもハリセンを取り出すことはできると教えられて一体何の役に立つのかと思っていたけど、今は本当にありがたい。

 そうして握ったハリセンを振り向きざまに一閃したけど、ナギには寸前でよけられてしまった。


「どうしたぬしよ!?」


 ちっと舌打ちしつつ、わたしは珍しく驚いた顔をする三角巾にかっぽう着のナギを半眼でにらみつけた。


「ナギ、今すぐあの場の記憶を消してくれない? そう、よくあるじゃない。頭をいい具合に揺らせば最近の記憶が消えるって」

「ぬしよ、マンガに興味を持つのはうれしいが、現実に持ち込むのは非常によくないぞ」

「平気で二次元持ち込んでるあんたが今更正論言ってんじゃないわよ! ていうかどうして水まで防いでくれなかったのよバカナギ!!」

「あそこでわしが水まで排除しておったら不自然だろう」


 あきれ口調で言われて、一瞬言葉が詰まったわたしだけど、気づいた。


「水の玉が飛んでくるなんてあれだけ怪奇現象が起こったんだから、あんたが水を止めたって五十歩百歩だったでしょ!」

「眼福を考えたことは否めぬ。さらにぬしの肩だしショートパンツ生足を堪能できたことはまこと僥倖であったぞ」


 堂々と言い放つナギに、わたしは今の服装を思い出して、かっと顔に血を上らせた。


 あの後、別室でイベントの関係者とかショッピングモールを管理している偉い人に平謝りされて、クリーニング代やら何かのノベルティを押しつけられたのだけど。

 全身ずぶ濡れのわたしは借りたタオルで拭くだけじゃ到底外を出歩けそうにもなくて、弓子に下着だけ買ってきてもらって、モールで買った一式に着替えて帰ることになったのだ。


 そう、ショートパンツにオフショルダーのやつである。


 弓子はかわいいとはしゃいでくれたのだけど、何の心の準備もないままあれを着ることになって、帰り道は気が気じゃなかった。

 電車の中も人の視線がものすごく気になるし、学生っぽい男にはひそひそささやかれるし……あれ絶対気のせいなんかじゃなかった。


 わかってるさ。一緒にいた弓子に比べれば全然似合わないことくらい。

 しょうがなかったんだよ、着替えがそれしかなかったんだ! と訴えて回りたかったけどそれこそ自意識過剰の変な人になるから、ずっと弓子に手を引いてもらってうつむいてた。


 家に帰ったときには精根尽き果てていて、そのままの格好で膝を抱えていたのだった。

 今更なことを思い出してこみ上げてきた羞恥を怒りに変えて、ナギに詰め寄った。


「開 き 直 る な! というか、あの水弾(みずだま)もあんたのせいなんじゃないの!?」

「それは違うぞ」

「な、なにが違うのよ」


 真顔で言うナギの妙な気迫に気圧されつつも尋ねれば、ナギはほかほかと湯気の立つ皿を持ってきた。


「語るのはやぶさかではないが、まずは食事だ。食べながらでも話は聞けよう? うまいうちに食べて欲しいでな」


 そうしてちゃぶ台に次々並べられるおかずを、わたしは複雑な気分で眺めた。

 家に帰るまでは半分魂が抜けていて、ナギの指示した通りにスーパーで買い物をしてきたけど。

 本当は自分が食べるものなんだから、わたしが作るのが当然だ。


 なのに、へばってるわけでもないのに作ってもらってしまった。しかも好物ばかり。

 それを誇るわけでもなく当たり前のように差し出してくるのが、なんか悔しいというか、なんかむずがゆくて落ち着かない。

 でも、いらないって突っぱねるのはまさに子供だし、おいしそうなおかずとぴかぴかのご飯に失礼だ。誰が作ろうと、おいしいものに罪はないわけだし。


「……いただきます」


 仕方なくわたしは、ハリセンをお箸に持ち替えて、目の前のご飯を食べ始めた。


 ……くっそう、煮物がおいしい。何よこのつくねハンバーグ、ふわふわじゃない。


 おなかが空いていたのも相まって黙々と食べていれば、三角巾とかっぽう着をはずしたナギは自分で入れたお茶の湯飲みをもって対面に座った。


「実はな、あのモールに関して少々よからぬ噂を耳にしておったのだ」


 開始早々つっこみどころ満載の台詞にげんなりする。


「式神のあんたが、どこから噂を聞くのよ」

「むろん、妖どもとSNSだ」


 案の定わたしの知らないところで活動している実状に、もう何も言うまいとそこはかとなくあきらめた。


「何でも最近、モール内では怪現象が起きていたらしくての。監視カメラに何も写っておらぬのに、商品がいつの間にか壊れておったり、通路が泥で汚れておったり。そうでなくても、置き引きやのぞきなどの軽犯罪が多発しておったようだのう」

「それふつうに人の仕業じゃない?」


 たしかに、陰の気が濃いところだと、影響されて犯罪が起きやすいけど、それは人が集まるところだったら同じようにあることだし、断定はできない。


「いや、まだあるぞ。数日前には、消火栓ホースから水があふれ出る騒ぎがあったそうだ。点検してもどこも故障はないというのに、だ」


 言いつつ、ナギがパソコンを操作して見せてきたページには、確かにその騒ぎについての個人の書き込みがあった。

 ショッピングモール側は伏せているが、人の口に戸はたてられなかったらしい。

 その時の被害はホースの水をかぶったのが数人と、暴れ出すホースに強打されて気絶したのが一人。

 だけどその人はスリの常習犯だったみたいで、後で逮捕されたらしいから同情はしないけど。


「客の話だと、勝手に消火栓の戸が開いて、ホースが暴れ出したらしいの。その様は、意志を持っているかのようだったとか」

「……確かに人あらざるものの仕業、ね」

「そうだろうの」


 ナギは正解とでも言うように微笑した。

 わたしも、あの水弾が現れる前に寒気がしたのは、何らかの力の気配だったのだろう。

 昼間に起きたことも合わせて、明らかに実害が出てき始めているそれは明らかに周囲に害意を持っている。放っておいたら間違いなく危険だ。

 次に何かを起こしたら、巻き込まれた人は濡れるだけじゃすまないかもしれない。


 だけど、騒ぎを起こすモノが現れるのがショッピングモール内だけなのだから、収束するまで近づかなければいい話だ。

 わたしはショッピングモールに用はないし、もしかしたらあれを見てる人とすれ違ってしまうかもしれないんだ。そんなところにどうして好き好んで行くのだ。


 そうしてわたしは、黙々と最後の一粒まで食べきってから、ナギをにらみつけて言った。


「ナギ、あの水弾魔を捕まえる。手伝って」


 ナギの紅い瞳が意外そうに見開かれた。


「ほう、ずいぶん積極的だの。関係ないといやがると思うておったのに」

「関係ないのはほんとだし今だって思ってるけど。その水弾魔のせいで弓子ちゃんが怖い思いをしたし、楽しいお出かけを台無しにされたのよ」


 どんなやつだったのか確かめて……お礼参りぐらいはやってやらなきゃ気がすまない。

 やられっぱなしだと思ったら大間違いなのだ。

 落ち込みきったわたしが怒りをたぎらせていると、ナギがにやりと唇の端をあげた。


「ならば、今からゆくか」

「えっ」

「思い立ったが吉日というやつだ。確実にそこに奴がいるとわかっておるのなら、拝みにゆこうではないか」


 完全に乗り気のナギにわたしはぎょっとした。なんか勘違いしてない!?


「ちょっと待ってよ、わたしは明日の昼間に偵察しに行くつもりだっただけで……それに、閉店後のショッピングモールにどうやって入るのよ。もし、入れたとしても警備員がいるし、セキュリティもかかってるだろうし、すぐに捕まっちゃうわよ」

「ぬしに姿が見えなかったことからして、あの者は隠世より一時的に現世へ干渉しておるのだろう。隠世を伝えばショッピングモールに入るなど訳ないぞ」

「や、でも……」

「それに、どちらにせよ隠世へわたることになる。浄衣を着れば、今のぬしでも半日は寝込むであろう? 明日に持ち越せば、翌日学校に行けぬぞ」


 理屈をこねられ、わたしはぐぬぬと黙り込むしかない。


 くそう、言っていることはめちゃくちゃなのに、口を挟める余地がない。

 いやまてよ? そもそも隠世からでも不法侵入は犯罪なんだから駄目だよね。

 でも、わたしはいまだにふつふつと腹の底が煮えているのだ。

 やめるとは言いたくなかった。


 だけどやっぱりあの浄衣を着なきゃいけないんだなこんちくしょう!


「で、どうする。ぬしよ」


 わたしは愉快げなナギをぎっとにらんで、言葉を絞り出した。


「……今度は、フリルが少なくて動きやすいやつにして」

「あいわかった」


 その満足げなにんまり顔に、わたしは全力で負けた気分を味わった。


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