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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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慈悲の救いはどこにもない



「やーお待たせ! とりあえずサンドイッチが二種類と、オレンジジュースにしてみたよ」

「ありがとう」


 手を合わせてからわたしがストローに口を付けていると、弓子が申し訳なさそうな顔をしていた。


「ごめんね。あたしのペースで連れ回しちゃって。依夜が疲れてるのに気づかなかった」

「いいの。わたしも知らないところばかりで楽しかったし。服、選んでもらえて嬉しかったし」


 むしろ女子高生とはこう言うものかと驚きの連続だった、と弓子の傍らにある紙袋の束をみた。

 あれだけわたしに服を選んで試着をさせていたのに、弓子はどこをどうしたのか自分の服もしっかり選んでいたのだ。


 ちなみにフレアパンツはスカートみたいだけど、またがあってズボンになっているもの、だ。

 うん、覚えた。


「だからね。また誘ってくれると嬉しいな、なんて」


 ちょっと遠慮しつつ言ってみれば、弓子はほっとした表情で笑ってくれた。


「もちろん! じゃあ今度は買った服着てどこか遊び行こうか」

「そ、それはちょっと……」


 踏ん切りがつかないと言うか、またハードルが高いというか。


「ええ、せっかくよく似合ってたのにもったいないよ! もしかしてあの靴も履かない気?」

「それはその……」

「せっかく買ったんだから履こうよ。依夜によく似合ってたんだからさ」


 抗議する弓子にわたしは、服一式が入った紙袋と一緒にひっかけてある靴屋のビニール袋を意識した。

 服に合わせようと入った靴屋で、思わず手に取ったそれは、試しに履かせてもらった時も足にしっくりきて、不思議なほど胸が高鳴った。

 弓子にも絶賛されたけど、まさか自分から買うと言い出してしまったのが不思議だったのだ。

 あの靴を履くには、やっぱりそれなりにおしゃれな恰好をしなきゃ、合わないよね。

 それこそ今日買った服みたいなのとか。

 恥ずかしいけど、でも……


「わ、わかった。……でも、いつかね」

「うん、約束だよ」


 満足そうな弓子と指切りげんまんしつつ、お昼を食べ終える。

 そうしてこれからどうするかと話していると、なにやら広場に人が集まって着ていた。


「なにか、野外ステージでイベントがあるみたいだね。ちょっと様子見ていこうか」

「うん」


 幸いにも、わたしたちの座っているテーブルからも野外ステージがちらりと見える。

 まもなく、野外ステージに司会役らしい女の人が上がってきて、観客席にいる子供たちに呼びかけだした。


『よい子のみんな、こーんにーちはー! 今日はこのショッピングモールに来てくれたみんなのために、ネンブツジャーが会いに来てくれてるよ!』


「念仏じゃー……?」


 念仏と言えばお坊さんだけど、お坊さんが来ているだけで、どうして子供たちから歓声が上がるのだろう。


「日曜の朝にやってる戦隊ヒーローだよ、知らない?」


 首を傾げていると、弓子が教えてくれて思い出す。

 そういえば、ナギが見る魔法少女アニメの前に実写の番組がやっていたような。


 日曜日は完全にナギのテレビタイムなんだけど、いつも7時ごろからテレビの前で待機していて、8時頃にやる魔法少女を見るだけならそんなに前から待機しなくてもいいだろうにと呆れていたら「特撮ヒーローは少年のバイブルなのだ」と謎の反論をされたのだ。


「ネンブツジャー、弟が好きなんだ。おみやげにちょっと写真撮ってやりたいんだけど、いい?」

「うん、じゃあここで荷物番してるよ」


 礼を言った弓子が人混みを縫うように消えていくのを見送る間にも、司会のお姉さんは観覧に関する注意事項などをてきぱきと説明し、子供達を盛り上げていく。


『じゃあみんな、大きな声でネンブツジャーを呼んでみよう!せーのっ』

「「「「「ネンブツジ――ーっ!!」」」」」


 突然、子供達の声をかき消すようにおどろおどろしいBGMが鳴り響く。

 派手な演出と共に乱入してきたのは、顔まで覆う黒い全身スーツを着た、いかにも下っ端そうな人たちだ。

 観覧スペースの子供達を脅かす彼らがステージに来た瞬間、堂々と登場したのは、暗い色を多用した甲冑と爬虫類を足して二で割ったような威圧的でいかめしい外見の着ぐるみだ。

 照明や音楽と相まって、それなりに迫力がある。


「グハハハハハ!! ネンブツジャーなど恐れるに足らず! この八大地獄将軍が一人アビジゴッグ様が、この会場にいる者すべてを阿鼻叫喚に変えてやろう!! さあ、ザイーニンどもよ、地獄に落とす生け贄をつれてこい!!」


 やたらとがはがは笑う姿は、とても分かりやすい悪役だった。


 そうしてアビジゴッグが手を振れば、ザイーニンというらしい黒スーツの手下たちが観覧スペースを歩いて回る。

 きゃーと嬉しいのか怖いのかわからない悲鳴と感性が子供たちの間から上がった。

 

 すると子供の一人が立ち上がって、ザイーニンの一人に膝かっくんした。

 おお、でも倒れないで持ちこたえた。

 

 あ、今度はカンチョーされた。

 さすがにいらっと来たみたいだけどスルーして、柔らかく子供を遠ざけている。

 

 うわあ大変だなあ、ザイーニンさん。


『ふむ、その生きのいい子供が良さそうだ! 我が軍門に入れてザイーニンにしてくれよう。さあザイーニンよ、つれてまいれ!』


 わたしが手下の人たちに若干同情の目を向けている間にも、アビジゴッグは生け贄を決めたらしい。

 緊迫感あふれるBGMを背景に、手下たちが動き出し始める。


 子供達から悲鳴が上がった。


 そのとき、強烈な気配を感じて全身が粟立った。


 怒り? 憎しみ? ともかく強い。


 とっさに振り返れば、広場の中心近くにある噴水の水が、ぐぐっと持ち上がる光景に出くわした。


「え、なに。演出?」

「すげえー」


 近くにいた観客はそれもイベントの一部と思っているのか、感心しつつもスマートフォンを取り出していた。


 けれど空中に浮いた水の固まりから勢いよく飛び出したバレーボール大の水球が、ステージ上にいたザイーニンの一人にあたり、ステージ奥まで吹き飛ばしていった。


 出て来かけていたネンブツジャーは動きをとめ、観客が一瞬、静まりかえる。


 とたん、大量の水球が降り注いでくる事態に、広場全体がパニックに陥った。


 逃げなきゃと、とっさに思ったけど、悲鳴を上げて逃げまどう人々の間に、スマホを片手に呆然と立ち尽くす弓子を見つけて、わたしはショッピングモール内へ向かう人の流れに逆らって走り出した。


 そのさなかにも、ステージ上にいたアビジゴッグが水球に吹き飛ばされるのがみえた。


「弓子ちゃん大丈夫!? 早く逃げよう!」

「う、うん!」


 何とか弓子の元にたどり着いわたしは、その手を引いて一緒に走る。

 だけど、途中で観覧スペースになにが起きているか分からない様子で、座り込む男の子を見つけてしまった。


 悩んだのは一瞬だ。


「先行ってて!」

「依夜!?」


 手を離したわたしは、弓子の悲鳴を背中で聞きながら男の子の元へ走った。

 でもザイーニンの人も気づいたようで、男の子に向かって駆け寄って来るのが見える。


 ザイーニン、下っ端だけど良い人だ!


 足を緩めかけたけど、遠くからこちらに飛んでくる水球に気づいて、足に力を込めなおす。


 この距離だとわたしの方が早い!


 何とか男の子の元にたどり着いたけど、水球は目前だ。

 大人をふきとばすような水球を、子供が食らったら大変なことになる。

 とっさにわたしは、呆然とする男の子の頭を胸に抱えた。


 ふんわりと香の香りがした。


「仕方ないのう」


 やや呆れた声に顔を上げれば、水球との間に人型のナギが居て。


 ナギが水球に向けてすいと片手をあげたとたん、皮膚がぴりぴりとしびれるような濃密な霊力の高まりと共に水球がはぜた。


 大量の水がナギをすり抜けてわたし達に降り注ぐ。


 バケツで水をひっかぶった気分だったけど、痛くはない。


 わたしは髪からぼたぼたと滴をしたたらせつつ、かばっていた男の子の様子を確認した。

 幼稚園と小学校の間くらいの男の子は、目をきょとんとさせていたけど、どこにも怪我はないようでほっとした。


 ちょうど、ザイーニンの人も駆け寄ってきた。


「大丈夫か、い……!」

「あ、はい。大丈夫で、す?」


 だけど、ザイーニンの人に気まずそうに顔を逸らされて、わたしが首を傾げていると。


「お姉ちゃんすけすけだー……」

「え?」


 その声に下を見てみれば、男の子の視線はわたしの胸に釘付けになっていたのだけど。


 ずぶぬれになったわたしのシャツワンピースは、ぴったりと体に張りついていた。


 暑かったからカーディガンもトートバックの中なわけで、シャツワンピースは色が薄かったから肌が見えるほど透けていて、中に身につけていたブラジャーの白がレースの形まではっきりとみ、見え……!?


 はっと周囲を見渡せば、ほとんどの人は避難していたから広場はよく見通せた。


 大勢の人がこちらを、つまりわたしの姿を見ている。

 ぐんっと顔に血が上った。

 理解の範疇を越えて、頭が真っ白になっていると、ひょいとナギがのぞき込んできた。


「おお、ぬしよ、よそ行きの下着で良かったのう」

「きゃああああああああ!!!」


 金縛りがとけたわたしは、ありったけの悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。


 でも水は背中からかぶったから、背中も丸見えでっ……!?


 羞恥と混乱に頭がぐちゃぐちゃにかき乱される中。


 割と、本気で、しにたいとおもった。


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