お出かけは女子高生のたしなみ
翌日は快晴だった。
降り注ぐ暖かな日差しの中にも、冷涼な風が通り抜けて、五月らしい清々しい陽気だ。
そんな中、わたしが待ち合わせの駅前でそわそわと待っていると、待ち合わせ五分前に道の向こうから弓子が歩いてきた。
「うわ、依夜、先に着てたんだ。待たせちゃった?」
「う、ううん。大丈夫」
実は待ち合わせの30分前から着てドキドキしていたなんて、決まり悪くていえない。
ここで待っている間も、鞄の中のナギにさんざんあきれられていたのだ。
だ、だって遅刻するよりは良いじゃないか!
今も感じるナギの視線を努めて無視していると、ほっとした顔をしていた弓子にまじまじと見つめられた。
「にしてもそのワンピースよく似合うね。そういう格好していると本当にお嬢様っぽいねえ!」
はしゃぐ弓子にちょっぴり顔が赤らんだ。
割と着慣れている部類に入るのだけど、どこがお嬢様っぽいのだろうか。でも、
「弓子ちゃんの方こそ、よく似合ってるね、なんかかっこいい」
「え、そう? 普通だよ」
弓子は戸惑った顔をしていたけど、わたし的にはそうじゃない。
今日の彼女は、英字のロゴの入ったTシャツにショートパンツを合わせていて、すんなりと長い足がばっちり見えてまぶしい。
さらに腰にチェックのシャツを巻いていたり、帽子をかぶっていたりしていて、こっそり本屋で立ち読みした雑誌のモデルさんみたいにおしゃれに見えるのだ。
ちょっと視線を外したら、指の爪がオレンジ色に染められていた。す、すごい!
「なんかもう雑誌のモデルさんみたいだよ……」
「うわあ、なんかありがと。い、いこうか」
照れくさそうにはにかむ弓子となんか妙な空気になりつつも、電車に乗ってたどり着いたショッピングモールは、休日とも相まって多くの人でごった返していた。
老若男女、カップルやわたし達と同年代の子も多かったけど、子供を連れた家族が多いようだけど、わたしはあんまりな人の多さに少々気後れしてしまった。
こ、これ、たどり着けるのかな。
だけど、そんな私の心配をよそに弓子は案内板を眺めていたかと思うと、するすると人混みを通り抜け、さくさくと目的のお店らしき方向へ進み始めたのだ。
ちなみに何とか弓子の背中を追っていたのだけど、途中で人の波に飲まれてはぐれかけたので、手をつないでもらった。
……しょうがないじゃないか、こんな人混みに入るの初めてなんだもの。
そして全体的に明るい色調の店内に入った弓子は、慣れた様子で早速服を物色し始めた。
「うーん、Tシャツはファストファッションでそろえるとして、柔らかいスカート系が欲しいんだよね。ああでもこっちのフレアパンツも捨てがたい」
真剣に悩む弓子の脇で、わたしもその辺の服を恐る恐る手に取って眺めてみたけど、ぶっちゃけどれも同じにしか見えなかった。
そもそもお店全体や店員さんからほとばしるおしゃれ感に、思いっきり圧倒されていて、どうふるまえばいいのか途方に暮れていた。
なんか場違い感がハンパない。なんかもう帰りたい。
「ねえ依夜」
「ふゃい!?」
若干気が遠くなっていると声をかけられて、びくっとなった。
慌てて振り返れば、弓子が二つのスカートを両手に掲げている。
「こっちのスカートとフレアパンツどっちが良いかな?」
「え、えと……どっちも良いと、思うよ?」
違いはよくわからないけど、色合いはどちらも弓子に似合いそうだ。
というかちょっと待て、なんかフレアパンツって言っていた。
つまり片方はスカートじゃない?
「そっか、じゃあ履いてみてから決めようっと」
るんるんと、その二つを抱えて店員さんに声をかけ試着室に入っていった弓子は、試着した姿を見せてくれる。
「どう?」
「素敵だと、思う……」
色合いもそうだけど、裾がひらりとするのが女の子っぽくて、やっぱりどっちも似合っていた。
「うーんやっぱフレアにするかな」
満足そうな弓子に、わたしは思い切って問いかけてみた。
「あの、さ。そのスカートと、フレアパンツってどう違うの、かな?」
きょとんとした顔で見つめられるのがいたたまれず、言葉を継いだ。
「わたし、服のこと全然知らなくて。よかったら、教えてほしいな、と思うんだけど」
「そういえば、さっきからあんまり服を手に乗ってなかったね。興味ないのかなと思ってたけど、わからなかっただけ?」
一生懸命うなずけば、弓子の表情が何かをたくらむような笑みに変わった。
こう、にやあ。という感じで。
え。
「ふっふっふっ、よおくわかったわ。服の違いは着てみるのが一番わかりやすいから任せなさい。まずはこれとこれとこれを合わせて着てみようっ。店員さーん試着室借りまーす!」
そうしてめちゃくちゃ楽しそうな弓子に服一式を押しつけられたわたしは、さくさくと試着室へ押し込まれた。
面食らいつつもかろうじて、ナギの入ったトートバックは弓子に預かってもらい、言われるがままに着てみたのだけど。
こ、これは……。
「ゆ、弓子ちゃーん……」
「お、着れた? 見せて見せて!」
止めるまもなく、カーテンを開けられて、あたふたしていれば弓子が歓声を上げた。
「やっぱよく似合ってるっかわいいー!」
「ね、ねえ、弓子ちゃん、恥ずかしいよう……」
弓子に渡されたのは太ももがほとんど露わになるような短いショートパンツと、襟ぐりが広く空いたトップスだった。
ちらっとついていたタグを見る限りオフショルダーというらしい。
ひらひらと薄い生地で、中に着こんだタンクトップが透けて見えるうえ、襟があきすぎて胸元が見えかけるのが怖い。
というか、スカートでもフレアパンツでもないよ!?
「うん、それにしても、やっぱり依夜の胸結構あるよねえ。制服だとほとんどわからないけど。そういう服がよりエロかわいくなるわあ。あたしじゃちょっと足りないからなあ」
「みゃっ」
しみじみと言われて、わたしは思わず胸元を隠した。改めて言われると無性に恥ずかしい。
かく言う弓子は、自分の胸を残念そうに見下ろしている。
確かに弓子は服の上から起伏がわかるくらいだけれどもそうじゃなくて!
「と、とともかく。これは、ちょっと……!」
「え、似合うのに。あ、そっか趣味じゃない? よし、じゃあほかのところも行ってみよう。ああそうそうコーディネートなら靴とか鞄も見に行かないとね!」
や、靴はありがたいんだけどえと、え?
まくし立てる弓子また試着室に押し込められる前に、慌てて聞いた。
「弓子ちゃんフレアパンツは!?」
「もう買ったよー」
よく見れば弓子の手にはしっかりお店の手提げ袋が握られていた。
いつの間に!?
「むふふ、買い物はまだまだ序の口だよ。張り切って行こうっ!」
そんなわけで何かのスイッチが入った弓子につれられて、ショッピングモールの端から端までいろんな服のお店を回って、似たようなことを繰り返すことになったのだった。
わたしとしてはかなり攻めた服ばかりを着せられて、赤くなったり青くなったり忙しかった。
けど弓子は選ぶ度に、これはどういう物は一つ一つ教えてくれて、わたしでも安心して着れそうな物も進めてくれた。
なにより、着てみせる度に弓子は喜んでくれて、自分のものじゃないのに選ぶのが本当に楽しそうで、わたしもつい乗せられてつきあっているうちに――……
「つ、疲れた……」
屋外広場に設けられたカフェスペースの一角で、わたしはテーブルに思いっきり突っ伏していた。
着替えを繰り返すのがあんなに体力使うものだとは知らなかったよ……。
と、ふと視線を感じて首をひねれば、トートバックから黒蛇の頭が恨めし気にのぞいていた。
「わしの衣装はあれだけ嫌がるのにのう……」
「あれは完全に仮装だから。こっちは普通の服だもの」
たとえ恥ずかしかろうと似合わなかろうと、町中で着ていても目立たない服だ。抵抗はあっても試しに着てみるくらいは何とかなる。
「だが、わしが勧めても断固拒否していたショートパンツをあがなうとはのう」
「そ、それはっ」
わたしは思わず、椅子の背もたれにかけた紙袋をかばう。
実はあの後、弓子に勧められた服の中から一式、買い揃えていたりした。
「や、だって服を買えって言ったのナギじゃない。それに弓子ちゃんはたくさん勧めてくれたし、すてきだなと思ったし。わたしも着るか着ないかはともかくとして、買うのはありかなあとか思ったわけで」
「うむ、鉄壁のぬしの牙城を崩すとは、弓子もなかなかやるの」
真剣に考え込むナギになんかいたたまれなくなって、不自然じゃない程度に身を乗り出した。
「だ、だからねっあの浄衣だってもっと普通の服にしてくれればいいのよ」
「それはだめだ」
すると意外に真剣な口調で却下されて戸惑った。
「衣装にもハレとケというものがあっての。晴れの日にそれなりの服装をするのは日常から乖離する以外にも、非日常の影響から身を守る為というのもあるのだ。隠世という異質な場にゆくのであれば、なおさら特別な装いをせねばならぬ」
「……要するに?」
「可愛いは譲れぬ」
どやあと、胸を張る黒蛇は非常にうざかった。
「特別な装いって言うんなら、巫女服はどうなのよ。退魔にも禊ぎ祓いの神事にも適正な服じゃない」
「おや、ぬし自らの所望かね?」
「そういう訳じゃないけど、変な仮装よりはマシよ」
「まあ、用意がないわけではないが。それはもうちいとぬしがふさわしくなってからだの」
「なにそれ」
すました顔でいうナギに、むっとしたわたしだったけど、考えてみれば、ナギの力を借りなければ、隠世へ行くことも退魔をすることも出来ないのだ。
こんなおんぶにだっこの状態じゃ術者としては問題外だし、それに、ナギにとってふさわしいが退魔の善し悪しじゃなくて、コスプレが似合うかどうかという可能性もある。
それなら永遠にふさわしくない方が嬉しい。うん。
まあそれでもちょっと胸の内に釈然としない物を感じていると、トレイを持った弓子が戻ってくるのが見えて、話はそこで途切れたのだった。




