誤解はさせておかなきゃいけません
『格子だ』
『チェックだ』
『みどり色』
「もおおお!!」
わたしは、いつものごとく3妖にスカートをめくられて涙目になりつつ、校舎にたどり着き、密かに気合いを入れて教室へ入る、と。
「ねえっ聞いた?」
「聞いた聞いた。うちの部室棟に体操服泥棒が入り込んだんでしょ」
「それをソフトボール部の二年生が捕まえたって」
「違うよ、その二年生は通報しただけで、実際に捕まえたのは別の人なんだって、本人が言ってる」
「その捕まえた人が突拍子もないからって、警察も先生も全然信じなかったらしいよ」
「うん、確かにアレは本当なのか疑うよな」
「さっき動画が回ってきたぜ」
「角度すげえ悪いけど、アクション映画みたいに黒いもやと戦ってる!」
「いや、でも可愛いよな」
「あれだろ、ハイカラとかいう女学生! 面白いよな!」
そんな感じで、クラスメイトたちの話が耳に入ったわたしは、早くも心が折れそうになりながら席にたどり着くと、心配そうな表情の弓子がやってきた。
「依夜、昨日はお休みだったけど、大丈夫?」
「う、うん、ちょっと体調が、悪くて……」
「そっか。あたしにできることがあったら、何でも言ってね。力になるから」
「そうだよ、水守さん。体が弱いんなら無理しないでね」
その言葉に反応するように、ほかのクラスメイトからもいたわりの言葉をかけられたわたしは、顔がこわばるのをこらえてお礼を言うしかない。
わたしの「病弱」という誤認識が広まってしまっていることに、罪悪感で胸が痛くなってくる。
まあ、週1ペースで休んでいたらそうなるよね。
うう、実際は風邪すらほとんど引かないのに……。
心の中で泣いていると、一転して表情を生き生きと輝かせた弓子が身を乗り出してきた。
「ねえ依夜、やっぱりいたのよ、あの和メイド服の女の子! 目撃情報だけは何件もあったんだけど、画像はなかなか新しいのがこなかったけど。今回ようやく新着画像がきたんだ!」
弓子が見せてきたスマホ画面には、角度は悪いけど、案の定、一昨日の浄衣(葡萄茶袴に矢絣)を着たわたしがハリセンを構えている姿が写っていた。
今回はなんと動画で、ひらひらと袴の裾とお下げ髪を揺らすわたしがばっちり写っていて、思わず顔がひきつった。
ぜんっぜん気づかなかった……!
「今回は学校だったからかレトロな女学生さん! 髪型もそれっぽくて超可愛いし、絶対同一人物だと思うのよ!」
「そ、そう」
「これを撮ったの高松先輩って言うんだけど、早速連絡取って、ファンクラブに誘ったわ。名付けて謎のコスプレ娘を愛でる会、略してコス娘会!」
やあめええてえええ!
内心全力であげた悲鳴は幸か不幸か届かず、弓子はうっとりと動画を眺めるのに夢中だ。
「やっぱりコス娘はかわいいなあ。こんな美少女きっと一目見たらわかると思うんだけど、誰も知らないのよね。謎の美少女が宵闇に現れては悪しきものを倒す! マンガみたいで最高よね!」
それがわたしだと全く気づかずはしゃいでいる事だけが救いで、ほうっと安堵の息をはきつつ。
一体どうしてこうなったと、途方に暮れたのだった。
和メイド服のわたしを異様に気に入った弓子は、あの後、撮っていた画像を自分のSNSに投稿して、探し人として情報提供を求めていた。
弓子はクラス委員をしていることもあってか、男女学年問わず、びっくりするほど顔が広い。
校内の生徒でつながりを持っている生徒もたくさんいたから、面白がった人たちによって画像はすぐに拡散されていったのだ。
それ一回だけだったら単発ですんだのだろう。
だけど弓子の事件以降、何故かこの地域で妖や禍霊がらみの騒ぎが続発して、なんやかんやと巻き込まれて仕方なく解決していく羽目になっていたのだ。
そこに居合わせた人が、生徒の知り合いだったり、直接的に学校の生徒だったり、今回みたいにうちの学校に現れたり。
だって、弓子やわたしの体操着が盗まれるかもしれないんだよ?
そんなの無視できないでしょこんちくしょう!
その結果、ちょっとずつ新たな情報が増えていって、興味を刺激し続けて、拡散されていく。
そしていつの間にか謎のコスプレ娘、通称コス娘は、陽南高校内では知らないものがいないほどになっていたのだった。
弓子から教えられてやりはじめたSNSでそれを知ったときは、布団のなかで悶絶した。
しかも自分の暗部がさらされているのに、指摘すれば自爆する、というどうしようもない状況には泣いた。
結局ばれないように祈りながら、話題が出る度に精神を削られつつ、今日も息を潜めているしかないのだった。
「もういや、今度こそやめてやる!」
今日も何とか授業を終えて、家に帰ってきたわたしが宣言すれば、さっさと人型に戻ってパソコンをいじっていたナギが、赤い瞳を瞬かせた。
「なぜだ。どれもなかなか好意的な意見ばかりだぞ。前回のメイドさんも今回の女学生さんもかわいいと賞されておるではないか」
ああもう思い出させないでよ、結局ふつうのメイド服も着る羽目になったこと!
「みんな好き勝手言ってるだけでしょ! そもそも顔もわからないのにどうしてかわいいってわかるのよ、訳わかんない!」
「かわいいは雰囲気で伝わるものだ。わしはぬしの顔をいじったりはしておらぬでな。全部ぬしにつながる評価だぞ」
「それこそただ珍しがってるだけでしょ。……ナギはいいよね。どうせ着せて喜んでるだけなんだから」
ちゃぶ台に突っ伏して恨めしげに言えば、ナギは不思議そうに首を傾げていた。その拍子にさらりと黒髪が流れていく。
「確かに、ぬしが顔を真っ赤にしてフリルを翻すのを眺めるのは、まっこと楽しいのは事実だが。ぬしは何が不満なのだ」
本気で言っている様子のナギを、わたしはきっと睨んだ。
「何度も言ってるじゃない。わたしは普通でいたいの。目立ちたくないのよ」
そう、目立ちたくないのだ。
相応の実力がない人間が思い上がれば、自分はおろか周囲にまで迷惑を被るものだ。
自分が日の当たる場所に出る資格も実力もないことを、わたしはよく知っていた。
それに術者としての実力が伴わないわたしがこんなことをするのは不自然だ。
わたしは誰にも迷惑をかけたくない。ひっそりと生きていたい。
だからこの状況は非常に不本意だし今すぐにでもやめたいのだけど、空気読まない妖怪や禍霊なんかが出てきて、なし崩し的に続いてしまっていた。
「ああもうこれが水守にばれたらどうしよう」
「バレはせぬというておろうに」
「わからないじゃない。あんたよりも霊力の強い神薙なら見破れるんでしょ。お婆さまはこういうネット系はみないとしても、お姉ちゃんならチェックする事もあるかもしれない訳で……」
そうしたら一巻の終わりだ。
自分の実力でもない退魔能力を本気にされて、修行を再開させられる未来しか思い浮かばない。
それよりもどうしてコスプレなのか、問いかけられるに決まっている。
どんな反応をされてもわたしは羞恥で倒れる気がした。
その光景を想像してぶるぶると震えていれば、ナギは顎に手を当てていた。
「あらかじめぬしだと知っておらん限り、人に見破られることなどないから安心せい。見破れるとすれば、千年年を経た妖やわしの兄弟ぐらいなものだろうて」
ひょうひょうというナギの言葉に、わたしは驚いた。
「え、兄弟が居るの。式神なのに?」
「居るぞ。わしは式神というても自然の気から生まれたわけではないのでな」
考えてみれば別段おかしいことはない。
式神の作り方にはいろんな方法があって、調伏した妖を使役したり、自らの霊力を練り上げて作ったり、神霊から分霊してその力をお借りすることもあるくらいだ。
式神になる前があって当然だった。
「なんだ、気になるか?」
「別に、意外に思っただけよ。自分が千年クラスの大妖怪と同格だなんて大きく出たものね」
「言うただろう、わしは超強い式神だからの」
「どうだか」
禍霊を相手取れなくてなにが超強いだ。
だからにやとこちらに迫るナギに素っ気なく返していると、スマホの着信音がした。
しょっちゅう家に置き忘れるスマホだけど、弓子に言われて、最近は何とかスマホの不携帯はなくなっていたりする。
……時々充電忘れるけど。
鞄から取り出して通知を確認すれば弓子からで、何気なくメッセージを確認したわたしは、おもいきり固まった。
「どうかしたかの?」
「ど、どど、どうしようっ。弓子ちゃんからお出かけに誘われた!」
それは、週末にショッピングモールへ行かないかというお誘いだった。
文面を簡単に読み上げてみせれば、ナギは眼を緩く瞬かせた。
「ほう、もしや、最近隣駅に出来たやつかの」
「う、うん。弓子ちゃんがカーディガンを買ったお店が入ってるから行かないかって。前に良いなって言ったのを覚えてくれたみたい。どうしよう!?」
あわあわしつつ何とかメッセージを送ろうとしたけど、動揺しすぎて文字入力がうまくできない。
ああもう、こうすっと画面に指を滑らせるのがただでさえ苦手なのに!
時間ばかりが過ぎていって焦っていると、当の弓子から電話がかかってきて慌てて出る。
『やっほー突然ごめんね! 服の整理してたら、夏物の洋服を買いたくなってさ。依夜も一緒にどうかなって思ったんだ』
「め、迷惑じゃなければ」
『あはは、あたしが誘ってるのに。じゃあ待ち合わせは――』
わたしが必死にうなずいているうちに、とんとん拍子で明日の予定が決められていく。
そうして弓子との通話が切れた後、わたしは呆然と座り込んだ。
「明日、弓子ちゃんと出かけることになった……」
「良かったのう。週末に女友達との外出とは、ずいぶん高校生らしい行いではないか」
「ええとどうしよう! 何が必要? 何着ていけばいい!?」
「落ち着けぬしよ、それこそ普通の格好をすればよいだろう」
「普通の格好って何!?」
半ばパニック状態のわたしは、とにかく明日着ていく服を選ばなければとタンスの中をひっくり返してみた。
ええとまともな服まともな服……まともって何!?
すると、横からナギがのぞき込んできた。
「知っておったが、私服がえらく少ないのう」
「だって、神社にいればほとんど巫女服だったし、今も平日はほぼ制服だから」
「……とりあえず、着物はやめるがいい。服を買いに行くのであれば、脱ぎ着しやすい洋服の方が良かろう」
数少ないよそ行きの洋服と一緒に並べた、初夏らしいツバメ柄の着物を脇によけられて、わたしは決まり悪くてちょっぴり目をそらす。
だって、洋服は選ばなければいけないアイテムが多すぎるのだ。
上着だって何種類もあるし、下に履くものだってスカート、ズボンといくらでもある。
ワンピースとか含めたらそれこそ気が遠くなるのだ。
ここにある洋服もほぼ姉からの貰い物だったりして、自分で服を選んだことはなかったりする。
それでもどうにか大丈夫な組み合わせを選びだそうと洋服を前に悩み込んでいると、ナギはあきれた感じで広げた服を選り分けだした。
「おまえの姉はぬしに合う色をわかっておるようだな。ぬしには明るい色がよう似合う。女友達との外出なれば、そのワンピースにこの上着を合わせれば良かろう」
示されたのは薄い若草色のシャツワンピースと白いカーディガンだった。確かにわたしでも可愛いと思う組み合わせだったけど、あっさりと選ばれてびっくりする。
「なんで、あんたのほうが詳しいのよ」
「学園ラブコメのデートを何千と繰り返しておるのでな。それくらいは朝飯前だ」
最近パソコンでゲームをしているな、と思っていたけどそれかな。
大方そういうことだろうと思っていたけれど、今はありがたい。
「あとはヒールのある靴があればよいが、まあそれは向こうで弓子に相談に乗ってもらうが良い」
「そ、相談するの? 変な子って思われない」
少々気後れしていると、ナギにあきれた視線を向けられた。
「何をいうておる、ぬしは都会の高校生を目指すのだろう? ならば理想とするものに教えを請うのが一番ではないか。はじめからきちんと出来るものなどそうはおらぬし、話題に詰まったときにも振れる話があれば安心であろう」
「それもそう、かな」
「うむ。後はちいと服も買ってこい」
「う、うん……ありがとう」
いろいろ気になることはあるが、助かったことは確かなので素直にお礼を言ってたちあがる。
「にしても、あのショッピングモールか。少々面白いことになりそうだの」
「なんかいった?」
「いいや、楽しいといいの」
選んでもらったワンピースをハンガーにかけていると、背後からナギの声が聞こえて振り返った。
でもナギは曖昧に笑うだけで、明日の外出に緊張していたわたしはすぐに忘れたのだった。




