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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第一章

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照れと悶絶は全く別物

 次に起きたときには、何とか立ち上がれるようになっていて、残念そうにするナギにドヤ顔をして見せたのだけど、布団に戻ろうとした時にチャイムが鳴った。


 家に訪ねてくる人なんて、心当たりはない。


 おそるおそるのぞき窓を見たわたしは、そこに立っていた西山さんに驚いた。


「に、西山さん!?」

「こんにちわ。急に押し掛けてごめんね」


 すぐさま扉を開けると、いつも通りすんなりと制服を着こなした西山さんは、開口一番心配そうに聞いてきた。


「水守さん、大丈夫? 体調不良って言ってたから心配で見に来ちゃった」

「う、うん。いまはもう、いいんだけど……」


 筋肉痛みたいなものだ、とも言いづらいので言葉を濁して、とりあえず覗き込んでくるナギを極力無視して中に入ってもらった。

 けど、友達を家に迎えるなんて初めてのことだ。


 さっき起きたばっかりだから布団は敷きっぱなしだし、着替えてないし、何したらいいんだろう?

 くそう、ナギのやつ他人事だと愉快そうにしちゃって。

 と、とりあえずお茶を入れればいいかな、そうだその前に座布団を出さなきゃ!


 おろおろしつつも押し入れから座布団をひっぱり出していると、西山さんは物珍しそうに部屋を見回して言った。


「水守さんち、ずいぶんさっぱりしているのね。あたしの部屋もっとごっちゃりしてるよ。それに、部屋着が浴衣なんだ」

「その、家で、着慣れてて……」


 本家や修行中は和装が基本だったから、それが習慣になっていたのだ。

 西山さんに物珍しそうにみられて、ちょっと照れたのだけど、ふと気づく。


 そういえば、自分はいつ浴衣に着替えたのだっけ。


 記憶をさかのぼろうとしたら、西山さんの驚きの声にびくついて霧散した。


「えっ水守さんち着物着てるの! どんなお嬢さま!?」

「あの、お嬢様じゃなくてちょっと特殊ってだけで……」

「特殊って、歌舞伎とか日舞とか伝統芸能みたいなの?」

「ええと……」


 退魔の家系ですとは言えない。絶対言えない。


「ああ、でもなんかしっくりくるなあ。水守さん、なんか独特の雰囲気というか、周囲の空気が違うって言うか、浮き世離れしている感じがして。いいとこのお嬢さんなら分かるわあ」

「ほう、この娘、なかなかよく見ておるのう」


 しみじみとしている西山さんの隣に降りてきて、口を挟むナギをわたしはひそかににらむ。

 そんなやりとりに気づかない西山さんは、表情を輝かせてわたしに身を乗り出してきた。


「ね、そういうお家なら、いつかお家を継ぐとかそういうのあるの!?」

「べつに、わたしは期待されてないから……」


 むしろ、見限られているから、と胸の内でつぶやいたら、少し心が痛んだ。

 まだうずくなんてどうかしている。もう終わったことなのに。

 西山さんはそれで何となく察したようで、思い出したように傍らに持っていたレジ袋を取った。


「そうだ、これお見舞いね。とりあえず調子悪くても食べられそうな、ゼリーとかヨーグルトとか」

「あり、がとう。その、先生に連絡も」

「どういたしまして、水守さんに頼ってもらえて嬉しかったから!」


 西山さんにあっけらかんと言われてちょっぴり胸が詰まった。

 一度は見捨てようとしたのに、西山さんの気遣いが申し訳なくて、嬉しかった。

 せっかくだからと、その場でゼリーとヨーグルトをあけて食べながら、わたしは意を決してさりげなく持ち出した。


「あの、西山さんのほうは、大丈夫だった」

「なにが?」

「その、昨日、顔色悪かったから」


 昨日禍霊と遭遇して瘴気にふれて調子を崩していないか、とは話せないので、婉曲に聞いてみたのだけど、かえって西山さんに申し訳なさそうな顔をされた。


「全然。むしろ今は水守さんが調子悪いのに気づかなかったほうが悔やまれるよ」


 確かに西山さんのどこにも瘴気の影はなく、わたしはほっと息をついたのだけど、西山さんが難しそうな顔をしていて気になった。


「どうしたの、西山さん」

「それだ」


 ぴっと人差し指を一本立てた西山さんに面食らう。

 何がそれなんだろう。


「あたしも水守さんって呼んでたけど、なんか距離がある気がして据わりが良くないのよ。だからこれからは依夜って呼ぶことにする。だから西山さんはやめよう」

「え、ちょ西山さん?」

「弓子、だよ。依夜」


 名前で呼ばれた!?

 妙にまじめな顔の西山さんに急に呼ばれたわたしはパニックだ。


 な、なんかこそばゆいしむずむずするし、あ、でもいや嫌なわけじゃないんだけど、どうしていいか分からない!


 おろおろと視線を逃がしてみたけれど、にやにや愉快げに見物するナギがいるだけだ。

 と言うかこのやりとり全部聞かれているのか。

 

 自覚すると、ぐわっと顔に血が上った。

 

 くそう頬が真っ赤になるこの癖どうにかならないかな!?

 じっと見つめてくる西山さんはあきらめる気配はない。

 でも、呼び捨てはものすごくハードル高い。

 

 弓子、弓子、弓子……うう、頭の中では言えるけど、口に出すのはなんか無理!

 

 さんざん悩んだ末、おそるおそる口にした。

 なんか禍霊を倒したときよりも緊張していた。


「……弓子、ちゃん?」


 西山さん改め弓子は、じっと考え込むそぶりを見せた後、鷹揚にうなずいた。


「うむ。許してしんぜよう」


 許された! 

 ほっと息を付けば、安堵のあまり自然と表情がゆるんだ。


 嬉しい、初めて名前で呼べる同年代の友達だ。


「改めましてよろしくお願いします、弓子ちゃん」


 照れつつ軽く頭を下げてみたら、弓子はぱちぱちと瞬きした後、ほんのり目元を赤くしていた。


「うわあ、なにこのかわいい生き物」

「どうかした? 弓子ちゃん」

「いいや、依夜はそのまんまでいてね」


 言いつつ弓子にぽむっと頭を撫でられた。

 ううむ、解せないけど。名前で呼ばれるのと、頭を撫でられる気恥ずかしさで消えていった。


「ふむ。百合というのもなかなか有りかの」


 ……背後で興味深そうな何かは無視していると、弓子が出し抜けにこんなことを言い出した。


「ところでさ。依夜は妖怪とか霊とか、信じる?」

「え?」

「あたし、見ちゃったんだ。昨日の帰り道で」

「お化けって」


 隠世から現世に戻る際、唯人はその移動の衝撃で記憶が曖昧になることが多い。

 だからこそ、弓子は日常に戻れるだろうと思っていたのだけど、もしかして禍霊に襲われたことを覚えているのだろうか。

 心の傷になってしまう可能性に少し不安になる。


 目を見開くわたしをどう解釈したか、弓子は慌てたように手を振った。


「いきなりこんな事言われてもっておもうかもだけど、あたしはちゃんと正気よ! なんか真っ黒くてでっかい奴に襲いかかられたんだけど、助けてくれた女の子がいるの!」

「女の、子?」


 わたしはその単語にどくどくと心臓が鳴り響く。

 ものすごく嫌な予感がした。


「ほら、この画像なの!」


 そうしてうきうきとスマホを取り出して見せられ、その画像に内心で絶叫した。

 画面全体が暗くてぶれているけど、それは確かに和メイド服を着たわたしの後ろ姿だった。


「背中だけで残念なんだけどさ、和メイド服もその子もめっちゃ可愛いの! たぶんあたしたちと同じぐらいだと思うんだけど、いつかもう一度あってお礼言いたいんだ!……でもなんで和メイド服なんだろうねえ」

 

 変態式神の趣味です。

 うきうきと話す弓子はこれがわたしだとは本当に気づいてないらしいけど、こうして客観的に自分のあのときの姿を見るのは心臓に悪かった。

 とりあえず禍霊と出会ったことが弓子にとってトラウマにならなさそうで安心したけど、わたしがトラウマになりそうだ。

 

 それでも言い出すわけにはいかないから、わたしは身ぶり手振りを交えて一生懸命話す弓子に精神をがりがり削られながら、ひきつった顔で相づちを打つしかなかったのだった。








「じゃあまた明日ね!」


 日が暮れる前に帰って行った弓子を玄関まで見送った後、わたしが振り返れば、腕を組んで自慢げな顔をするナギがいる。


「言うた通り、ばれておらんかっただろう」

「それとこれとは別よ……写真に撮られてたなんて」


 幸か不幸か後ろ姿だけだったけど、それでも形として残ってしまっている現実に今すぐその場で転げ回りたかった。

 でも忘れていた体の痛みがぶり返してきて、それもできない。

 それもこれも全部この式神のせいだと恨めしく見上げたのだけど、ふいに表情が柔らかくなって面食らう。


「ま、あの娘が無事で良かったの。ぬしが気張ったかいもあろう」


 低く優しい声で言われて、勢いを削がれたわたしは、さっきまで玄関に居た弓子の弾むような笑顔を思い返した。


 和メイド服なんて着せられて、かなり散々な目にも遭ったけど。

 わたしが出来ないはずの退魔が出来て、あのレトリーバーの魂を救えて、弓子のあの笑顔を守れたのは、それは、それだけは間違いなくナギのお陰だった。


「……うん」

 

 つい、素直にうなずいてしまったわたしは、なんだかいたたまれなくなってナギの顔から眼をそらす。

 と、寝間着の浴衣が目に入った。

 クリーム色に薔薇が染められた浴衣はわたしのお気に入りなのだけど。


 そういえば昨日気を失ってから目覚めるまではいっさい記憶がない。

 気を失う直前は確かに制服だったのだけど、その制服はいつもの場所にきちんとかけられている。

 記憶がないのだから、制服を脱いだ覚えもないわけで……


「さて、ぬしよ。また飯にするか、それとも風呂にするか」

「ねえ、ナギ。わたしはどうして制服から浴衣に着替えているの」

「なんだそのようなことか。わしが着替えさせたぞ。制服のままではしわになるし寝苦しいだろうからな」


 こともなげに言ってのけたナギに、ざっと髪の毛が逆立った。

 顔が燃えるように熱くなる。


 つまり、こいつは、わたしの服を脱がせて、下着を見たということだ。

 羞恥と屈辱と、とにかくいろいろな感情が渦巻いて腹の底から急激に湧き上がるのだけど、咄嗟に動けない。


 そこにナギが思い出したように付け足した。


「そうだ、ぬしよ。しましまパンツはぐっじょぶであった」

「この、変態式神が――――ッ!!!!」


 とてもいい笑顔で親指を立てるその秀麗な顔にむけて、わたしは全力で拳を振りかぶった。

 だけど、途中で体の痛みがぶり返して拳は失速してしまう。

 悠々でよけたナギは悦に入った顔で続けた。


「もちろんぬしの和メイドさん姿も良かったぞ。ひらりと翻るスカートと袖のコントラストは芸術の域だ。ポニーテールの揺れる毛先はむろん、抜いた襟元からのぞく白いうなじが匂い立つようでなあ。思わず何枚も撮影したぞ」

「ちょっ撮影!? ってまさか」


 はっとスマホをとってデータを見れば、そこには羞恥心に耐えながらハリセンを構えるわたしのがしっかりと映った写真が何枚も保存されていた。


 うわ、丈が長いと思って安心してたのにスカートがかなり翻っているし、しかも最後の最後でレトリーバーにのしかかられているきわどいアングルの画像もある!


 あまりの事態にわなわなと震えていると、ひょいとナギがのぞき込んできた。


「わしとしてはもうちいと足を出して貰いたかったが、これはこれで趣があってまた良いの。いずれ、オーソドックスなメイドさんも是非着て貰いたいものだっ……とぬしよ、なぜ次々と消してゆく!?」

「当たり前でしょ!? こんな恥ずかしい写真勝手に撮らないでよ信じられない!!」

「何を言うか! 可愛いいものは愛でる! 美しき者はほめたたえる! すばらしき物があればできる限り記録に残す! わしは当たり前のことをしているまでだ!」

「限度があるのよこの変態!」


 清々しいまでに言い切るナギが取り返そうとするのをよけつつ、画像消しに躍起になりながらわたしは誓う。


 もう二度とこいつの力は借りないんだから!


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