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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第一章

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できるならば

 


 獲物だと思っていた娘に反撃されて、戸惑っている様子の禍霊(まがつひ)だったけど、それもすぐに怒りに変えてつっこんできた。

 わたしも負けじとハリセンをふるって、まずは複数に裂けた尻尾を削っていった。


 スカートが翻ったり、飛んだり跳ねたりたびに、後ろから歓声が聞こえてものすごく気が散ったけど、それでも禍霊へハリセンを叩きつける度に、穢れは祓われて瘴気が霧散していく。

 そうしてわたしと同等の大きさになるころには動きも鈍くなり、明らかに弱ってきているのが手に取るように分かった。


 もう一踏ん張りだ、と、握るハリセンに力を込めたわたしだったけど、その黒い淀みの体内に、淡い揺らめきがあるのが見えて愕然とした。

 禍霊が牙をむいて襲いかかってくるのを、ハリセンでいなしたわたしは思わず距離をとった。

 ナギが訝しそうな顔をする。


「どうした、後もう一息だぞ」

「今ちらっと見えたの! 取り込まれた魂がまだ生きてるかもしれないっ」


 訴えかければ、ナギがかすかに目を見開いた。


「ほう、見えるのか」

「どうしよう、このまま削り続けたら消滅させちゃうの!?」

「なぜかようなことを気にする」

「当たり前じゃない! 魂は消滅したら二度と輪廻を巡らないのよ?瘴気さえ取り込まなければ、いずれ生まれ変われたかもしれないのに!」


 人にも妖にも等しく魂はある。その魂が輪廻をめぐり、また現世へ戻って転生すると教えられたわたしにとって、消滅させるのは殺すのと同じ意味だ。

 禍霊になってしまったならしょうがないと思っていたから、今まで攻撃できていたのだ。


 まだ生きているかもしれないと分かった途端、怖くなってしまうわたしは、きっと霊力があっても神薙にはなれなかっただろう。

 それに、一度禍霊に変じたモノを無傷で救いだすのは高位の術者でないとできない事だ。

 今まで渡り合うので精いっぱいのわたしに、そんな高望みはできないのだ。


 覚悟を決めるしかないと、大きく呼吸を繰り返す。

 これは、西山さんを守るためだ。自分を守るためだ。

 でも、やっぱり苦しかった。


「安心せい」


 体に力を籠めようとした矢先、その声にはっと振り返れば、ナギは意外に柔らかな表情で言った。


「その剣は、ぬしの願いに反する事象を生みはせん」」

「信じて、いいの」

「わしはうそは言わん」


 ごくりと、つばを飲み込んだわたしは、反転して飛びかかってきた禍霊の爪をよけた。

 そして体勢が崩れる禍霊に向けて、祈るような気持ちでハリセンを振りかぶった。

 ハリセンなんだから、誰も傷つけたりしないでよ!


「祓い給え、清め給え!」


 わたしは無意識に口に付いた(はらえ)(ことば)と共に、ハリセンを禍霊の頭部に振り下ろす。

 風船を叩き割ったような感触がした。


 瞬間、大気が大きく渦を巻き、ハリセンが触れた場所から、強烈な風が巻き起り、玲瓏(れいろう)な冴えた光があふれ出した。

 その光はわたしの視界を遮ることはなくて、禍霊の瘴気が一気に払い落とされていく様子をつぶさに見る。

 

 そしてぱっと光が散るのと同時に、袖や裾をはためかせるほどの風が唐突にやんだ。

 瘴気の代りに残ったのは、傷一つない霊魂だった。








 劇的な変化に驚きつつも、息をついたわたしは、生前の姿をとった霊魂にほっと笑いかけた。


「おまえ、犬だったのね」


 その、瘴気を祓われた霊魂――ゴールデンレトリーバーはわんっと一声鳴くと、わたしに飛びかかってきた。

 それなりの大きさがあるレトリーバーを支えきれずに尻もちをつくと、のしかかってきたレトリーバーはしっぽをちぎれんばかりに振りながら、顔と言わず首と言わずなめてきた。


「きゃっ! ちょっと、くすぐったいっ!」


 実体はないから涎はついたりしないけど、何となくこそばゆさがあって落ち着かない。

 でもなんとなくお礼を言われているのはわかったから、ひきはがすのも躊躇していると、高みの見物をしていたナギが傍らに降りてきた。


「どうやら元は飼い犬だったようだな。おおかた遊んで欲しくてさまよっているうちに瘴気にさわって変質したのだろう」

「……そっか」


 わたしは最初の出会いを思い出して、ほんの少し罪悪感がわく。

 禍霊になる前だったあのとき、スカートを引っ張ったのは、傷つけたいからじゃなく、遊んで欲しかったからだったのかもしれない。

 もしわたしが、あのとき意図を察して願いを叶えてあげていたら、禍霊とならずにすんでいたかもしれないと思うと、少し悔やまれた。


 せめてもの慰めにレトリーバーの頭をなでてやると、ますますうれしそうにはしゃぐ。

 黄金色の毛並みはつやつやとしていて、体温が感じられないこと以外は生きている犬みたいだ。

 ほとんど区別がつかないということは、傷をつけずに魂から瘴気を祓えたということで。


 術者でも難しいことを本当にやれてしまったのだ、という驚きもあるけど、なにより魂を消滅させずに済んだことに、泣きそうになりながら匂いの感じられない毛並みに顔をうずめた。


 この子はもう死んでいる。

 それでも、無事でいてくれたことが嬉しかった。


「……ん?ね、ねえちょっと、どこに頭をつっこんで……ひゃんっ」


 少しの間そうしていたわたしだったけど、レトリーバーがわたしの襟元にまで鼻をつっ込んできた時には慌てた。

 荒い息がかかるのがくすぐったくて、思わず変な声まで出て湧き上がる羞恥に軽く思考がパニックになった。


「ほほう。娘ばかりねらっておったのは飼い主が女子高生だったからか。獣とて侮れぬ良き趣味をしておるの」


 愉快げなナギにわうっ! と吠えたレトリーバーは、どこか得意げだ。

 どういう意味? と考える前に、自分の状態が見えて息を呑む。

 レトリーバーに乱された襟はもがいたことでさらにはだけて、丈があるはずのスカートが太ももまでめくれあがり、太ももがかなりきわどいところまで覗いていた。

 ぶわっと頭に血が上ったわたしは、ありったけの力を込めてレトリーバーを引きはがした。


「早く輪廻に戻りなさい。今度こそ滅するわよ!」


 怒鳴られたレトリーバーは一瞬耳をへたらせたけど、ふさりしっぽを振ると、そのまま淡い燐光となって走り去っていった。

 別れの挨拶のように吠え声を響かせて。


 最後の燐光がはかなく散り消えるのに、少し寂しさを感じた。


 だけどそれも一瞬で、わたしは傍らに置いていた特大ハリセンの柄を握り、感心したようにレトリーバーの消えていった方向を眺めているナギを向いた。


「黄泉路への道も思い出したようだな。最後にサービスして帰るとはさすがは犬だ。恩義は忘れぬ」

「ナギ……」

「うん? なぜハリセンを振りかぶっておるのだ」

「こんの変態式神が―――っ!!!」


 全力でハリセンを振り抜いたのだけど、案の定悠々とよけられた。

 ぐぬぬとしつつ、もう一度振りかぶったら、からからと笑うナギは指を鳴らす。

 すると、時が間延びしたような感覚の後現世に戻っていた。


 禍霊を祓ったことで、現世に漂っていた瘴気も薄れている。

 これなら、放っておいても土地の自浄能力で消えていくだろうと、夜の澄んだ空気に、思わずほっと息を付く。

 と、体が光に包まれて、ぱっとはじけた後には元の制服に戻っていた。


 驚いたわたしだったけど、急にめまいを感じてさらにとまどった。

 手元に残っていたハリセンも地に落とす。

 体が異様に重くて、とても立っていられない。

 そのまま崩れ落ちかけたところをナギに抱きかかえられたけど、文句を言う気力すらなかった。


「お疲れさまだ。ぬしよ、よく休むといい」


 しっかりとした腕が憎らしかったが、冴えた外灯の光の中で見たナギの表情は、今まで見たことないほど優しくて。


「な、に……?」

「ようやったの。さすがわしの(あるじ)だ」


 低く柔らかな声を最後に、わたしの意識は滑るように闇に落ちた。


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