推参、和メイドさん!(泣)
おぼろな居待ち月だけに照らされる、闇夜。
風は嫌に生臭く、粘つくような空気は異様に冷えて感じられる。
さらに禍霊が居るだけあって普通の人だったら具合が悪くなりそうな濃い瘴気がよどんでいた。
「みられたああああ!!!」
そんな中、和メイド服を着たわたしは、恥ずかしさで死にたい気分で、その場にうずくまって頭を抱えた。
現世と同じ町並みに見えるけど、ここは妖たちの本来の居場所である隠世だ。
ひとたび歩き出せば、その土地の主によって景色は様変わりするし、時間の流れも違ったりする。
でも今大事なのは、全力で叫んでも現世に声は聞こえないし、姿も見えないことだ。
何度も脳裏に繰り返されるのは驚いた西山さんの表情だ。
許されるのならば、今すぐその場で転げ回りたかった。
だって、あれだけがっつりと顔を合わせることになるとは思っていなかったのだ。
こっそり西山さんの後をつけて、瘴気の濃い場所を探して禍霊を待ち伏せし、人知れず倒すつもりだった。
だけど、それ以上に禍霊の行動が早くて、西山さんを隠世に強引に引き込んで、わたしの前からかき消してしまったのだ。
……間に合わなかったのは、わたしが和メイド服を着るかどうか悩んでいたせいじゃないと、思い、たい。
ナギがいなければ、わたしは西山さんを追いかけて、現世に戻すこともできなかっただろうとはいえ、フリルレースな和メイド服姿をばっちり視認されてしまうのは想定外だ。
半泣きになりながら、傍らにいる元凶を見上げた。
「本っ当に西山さんにばれてないのよね?」
「わしの対策は完璧だぞ。魔法少女方式で、撮影されようとぬしを特定することは不可能だ。まあ、わしよりも呪力が高い者がおれば、見えるもの居るかもしれんが、唯人にはそうはいない」
魔法少女方式って何とかつっこみ所はあるけど、今はそれを信じるしかない。
と言うより、信じないと心が折れてしまいそうだった。
わたしの隣に身軽に浮かんでいるナギは、矯めつ眇めつ眺めながら、にしても、と続けた。
「何とも良き眺めだのう」
「っ……!」
その視線が胸に集中していることを悟ったわたしは、真っ赤になって胸元を両手で隠す。
服だけで見ているときには気づかなかったけど、ひとたび着てみると、この和メイド服は大いに胸を強調するデザインだったのだ。
わたしは背が低いくせに太いけど、だぼっとした服や和服だとそんなに目立たない。
なのに着物の形をしているくせに胸のふくらみが良くわかる上、コルセットでウエストをきゅっと締められているせいで胸が余計に大きく見えて恥ずかしいことこの上ないのだ。
スカートの丈がそれなりにあることだけは救いだったけど、それも焼け石に水だった。
「恥じらう姿もまたよし。やはり和メイドさんはかわゆいのう」
「あ、あんまりみないでよっ」
「なぜだ。よう似合っておるし、わしがそれを愛でるもの対価のうちだぞ。期待以上であったから、隠世まで導いてやったであろう」
その心外そうな顔を全力で殴りつけたい気分になったけど、ナギの言う通りなので唸るしかない。
実際、ナギの趣味という事以外をのぞけば、この和メイド服の性能はわたしが思っている以上のものだった。
瘴気の固まりである禍霊のそばにいて、さらに蹴り飛ばしたのに全く影響を受けていない。
更には、いくら走っても息切れ一つしないし、屋根の上を飛び移ってショートカットするとか超人めいた動きまでできるほど、身体能力が強化されているのだ。
水守の一族が作り出す浄衣よりもずっと高性能だ。
けれどもやっぱり和メイド服。
それに、ナギが目を細めてこちらを見るその視線が、なんだかざわざわして落ち着かないのだ。
今すぐにでも逃げ出したいけど、そうもいかない。
蹴り飛ばした禍霊が、目の前でゆっくりと起きあがろうとしていた。
初めて遭遇したあの日よりも、体を何倍も膨れ上がらせている禍霊は、すでにどんな獣だったか分からないほど形を崩し、いくつもの目玉をぎらつかせている。
赤々とした長い口は鋭い牙がずらりと並び、今も地響きのようなうなり声を響かせて敵意を表していた。
水守の子供は必ず一度は退魔の現場に連れて行かれるから、禍霊を見るのは初めてじゃなかった。
それでも向けられる悪意と負の思念は恐ろしくて、震える拳をぎゅっと握りしめる。
するとナギが近づいてきて囁くように言った。
「安心せい。今のぬしは、あの程度の禍霊になぞ負けはせん」
つまり手を出す気は毛頭ないのだな、と恨めしく思いつつも、その言葉が腹にすとりと落ちた。
瞬間、禍霊の体がたわんで、こちらへ飛びかかってきた。
動きが見えるうちは、目を離さないのが基本だ。
わたしは迫り来る牙を最小限でかわし、鋭く呼気をはきつつ、禍霊の脇へ向けて腕を突き出した。
掌底を食らった禍霊は、民家の外壁に突き当たって壁を壊していった。
隠世だから、建物が壊れてもある程度は大丈夫だとはいえ、罪悪感は半端ない。
というか浄衣すごいな!?
改めて浄衣のすごさに感心したのだけど、戸惑いながらも起きあがった禍霊は、多少ふらついてはいるがまだまだ元気そうだ。
とにかく西山さんから引きはがさなくちゃ。
禍霊を誘うように走りだせば、傍らに浮くナギが妙な顔をしていた。
「先も思うたが、ずいぶんよけるのに手慣れておるのう。先の蹴りも殴りも堂に入っておった」
「どこかに適正はないかって、水守に伝わる退魔術はだいたい学ばされてるの。これも対神魔用の体術だけど、霊力を込められなくて唯の護身術よ」
ほかにも、呪符や呪具づくりや浄衣を縫う作業、裏方から表まで様々な事をやったけど、すべてわたしには満足にできなかった。
「それよりもっ蹴り飛ばしても、掌底打ち込んでもそんなに効いてないわよ。これでどうやって祓えっていうの!?」
「大丈夫だ、用意しておる。ぬしよ、柏手を打つがよい」
「こうっ!?」
用意してあるんなら先に言え!と文句を言う前に、禍霊の体当たりから転がり逃げたわたしは、ぱんっと柏手を打った。
すると、霧状の淡い光がどこからともなく溢れだして、細長い形に収束した。
とっさに柄らしきところを握ったわたしは、それが何かわかって、こんな時でもたまらず叫んだ。
「これ唯のハリセンじゃない!?」
材質はよくわからなかったし、大きさも打刀ほどはあったけど、じゃばら状に折られた特徴的な形状は、紛れもなくお笑いとかつっこみで使われるハリセンだったのだ。
いつの間にか柄の先に例の鈴がついていたりもするけど、要するに攻撃力は全くゼロだ。
「ほう、その形になるか。ぬしはほんに愉快だのう」
「ちょっと、どうしたらいいのこれ!? こんな時にまでわたしをからかわないでよ!?」
割と本気で怒るわたしに、ナギは笑いをかみ殺しながらも言った。
「安心せい、それも立派な呪具だ。名を天羽々斬と言ってな……」
「冗談は良いからまともなのを――きゃっ!!」
突然足下がすくわれてすっころんだ。
はっと見れば、いつの間にか追いついていた禍霊の尻尾の部分が長く伸び、ブーツに巻き付いていたのだ。
瞬間、ぐんっと強く引っ張り上げられたかと思うと、地面に叩きつけられた。
背から抜ける衝撃に、わたしはかふりと息を吐かされる。
浄衣のお陰か痛みは少ないけど、衝撃が貫いてとっさに動けない。
再び空中に投げられたわたしは、ナギの声を聞いた。
「気合いを込めて振り抜けい!」
「っっ!!」
わたしは無我夢中で、まだ持っていたハリセンをからみつく黒い尻尾へ向けて叩きつけた。
白のハリセンが黒の尾にふれると、バチンッと言う激しい音と共に、冴えた光があふれ出す。
すると禍霊の尾と瘴気は冷涼な気に変わって霧散したのだ。
『グルァウアア!!』
禍霊が初めて苦悶の悲鳴をあげるなか、尻尾から逃れたわたしは地面に着地する。
ほとんど抵抗もなく禍霊にダメージを与えられたことにびっくりしながらハリセンを見れば、刀身が淡い光を放っている。
「ふふん。魔法少女には杖が必要だからの。とっておいて良かったわい」
のんきなナギの声に若干の殺意はわいたが、これなら、いける。
わたしに力をくれるなら、この際ハリセン……はやっぱり微妙だけど何でもいい!
ぐっとハリセンの柄を握り直したわたしは、禍霊にねらいを定めて飛びかかったのだった。




