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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第一章

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きらきらした人


「あ、水守さん、こんなところにいたんだ!」

「に、西山さん……」


 びくつきつつわたしが振り返れば、そこにいたのは同じクラスの西山さんだった。


 フルネームを西山弓子さんという彼女は、柔らかそうな黒髪をハーフアップにして、わたしよりも十センチは高いスレンダーな体を制服に包んでいる。

 だけど短めなスカートからは綺麗な足がすんなりと伸びていて、ベージュ色のカーディガンを羽織っている姿は、わたしにとってはまぶしい今時の高校生だ。

 さっき思い浮かべたのは彼女の着こなしだったりする。


 彼女は入学初日からクラスに慕われ、最近ではクラス委員にも抜擢されている、まさに雲の上のような人なのだ。

 というか、いつも教室で友達に囲まれているはずなのにどうしてここに!?


 内心パニックになっているわたしには気づかなかったらしく、西山さんはあっけらかんと話しかけてきた。


「良かったー見つかって。次の授業は移動教室だから大丈夫かなと思ってさ」


 そう言えばそうだった、とわたしが慌てて弁当を片づけようとすると、西山さんにのぞき込まれた。

 その拍子に彼女の髪がさらりと滑り落ちる。

 うわ、わたしと違って髪が柔らかそうだし、なんかふんわりといい匂いがするんだけど!?


「水守さんってお弁当の人だったんだ。いつも教室にいないから知らなかった」

「その、一人暮らしだから」

「え、つまり水守さんの手作り!?」

「う、うん」


 気の利いた返しなんて思いつかずにただうなずくと、目を輝かせる彼女はわたしのお弁当を眺めはじめた。

 ええと、食べかけを見られるの、かなり恥ずかしいんですが。


「こんなにきちんとしたのを作れるんだ。あたしなんて全部お母さんに任せっぱなしなのに、毎日でしょ、すごいね」

「そう、でも……」


 中学生時代から自分のことは自分でやるのが普通だったし、食べられるものにするくらいだったらきっと誰でもできる。

 それでも興味津々で眺める西山さんの視線を遮ることもできずに途方に暮れていると、キラキラした目がわたしに向けられてどきりとした。


「ねえ、明日は教室で一緒に食べようよ。味見させてくれたらうれしいな」

「ふえっ」


 いきなりすぎて素っ頓狂な声が出た。 

 え、食べる? 一緒にってどこで、西山さんと? お昼?

 つ、つまり教室で一緒に食べるついでにわたしのお弁当を食べてみたいと言ってるの!?

 超展開に処理能力を超えて声を失っていると、西山さんはしまったとでも言うように口元に手を当てた。


「あ、でも、水守さん、一人でいるのが好きかな。迷惑だったらごめんね」


 いたたまれずに教室から逃げ出していただけなのに、そう言うふうに思われていたのか。

 驚いたわたしは、とにかく言葉を出そうとしたけれども、喉が張り付いたように声が出ない。


 こんな時どうしたらいいのかな。

なんて言えばいい? 違うって伝えるにはどうしたらいい。


「うん、じゃあ、遅れないように気を付けてね」


 そんな些細な事すらわからなくて、思考が空回りしている間にも、西山さんは申し訳なさそうな顔で屈めていた腰を伸ばして去っていこうとしている。

 無念と無力感に泣きたくなった。


 せっかく誘ってくれたのに。わたしは、どう感じたんだ。

 びっくりした。嬉しいと思った。でも、声一つ出せなくて、全然嫌ではないというのも伝えられない。

 わたしは、何がしたかったんだ。

 なぜか、ナギの言葉が脳裏をよぎった。


 なにか、しなきゃ!


 気がつけばわたしは、去っていこうとする西山さんのスカートを掴んでいた。

 彼女が驚いた顔で振り返るのに、ようやく声が出せた。


「た、食べたい、です」

「え?」

「……お昼、いっしょにっ」


 考えていたとおりには全然いかなくて、不格好な言葉だったけれど、それが今のわたしにできる精一杯だった。

 けど、言ったとたん、どっと後悔が押し寄せてくる。


 何で引き留める手段がスカートなんだ。もっと腕とか袖とかもあっただろう。でも声が出ないんだからしょうがないじゃないか。ていうかさっきも変な声でてたし!

 不快に思われなかったかな。顔から火を噴きそうだ。

 どう思われただろうか。そればかりが気になった。


 上目遣いで西山さんを伺えば、ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせた後、ぱっと笑ったのだ。


「うわ、いいの。ありがとー!」

「はひっ」


 意外なほど喜色を浮かべた西山さんに、わたしはスカート摘んでいた手を取られて振り回された。


「水守さんとは話してみたかったんだよね。でもずっと近寄りがたい雰囲気があったから。いやあ勇気だして探してみて良かったわあ」

「そう、だったの?」


 改めて考えてみれば、こんな学校でも目立たないところ、探さないと見つからないはずだと今更思い至った。

 西山さんはわざわざわたしに会いに来てくれたのだ。


「当たり前じゃない。初めての人に話しかけるのは誰だって緊張するし、なにを考えてるかわかんなかったら怖いもんでしょ」


 そうか、クラスメイトのみんなはすんなり会話をしていると思っていたけど、はじめは怖いものだったのか。


「と言うか、スカート摘むとか初めてされてびっくりしたわー」

「ご、ごめん」

「え、喜んでるんだけど!?」


 目を丸くした西山さんは、ふいにスカートのポケットからスマホを取り出して画面を見る。


「わ、大変。水守さんっもう時間ないよ。早くいかないと!」

「う、うん」


 慌ててお弁当を片づけ終えると、西山さんはわたしの手を引っ張って立ちあがらせてくれた。

 その手の温もりがなんだか新鮮だった。

 小走りで正面玄関へ向かう前に後ろを振り返れば、にやにやと笑うナギがひらひらと手を振っていて、それが無性に恥ずかしくてすぐ西山さんの背中に視線を戻す。


 心臓がまだどきどき言っていた。







   ☆








 その後もなんだかずっとふわふわしていて、次の授業ではうっかり持ってく教科書を間違えるという、初めての失態をやらかした。


 何とか予習している部分だったので困らなかったけど、めちゃくちゃ気まずくて恥ずかしい思いをする。しかも授業にも身が入らなかったし。


 何か夢なのではないか、担がれているのではないかと悶々と考えていたらほとんど眠れなくて、いつもよ

り早く起きてお弁当を作っていた。


「ぬしよ、浮かれておるのう」

「う、うるさい」


 ナギがにやにやしながら手元をのぞき込んでくるのがうっとうしかったけど、おかずに気合いが入ってしまっているのは否定できず、出来上がるころにはおかずの種類が多めの豪華仕様になっていた。


 登校、一限、二限、と時間が過ぎていくにつれ、わたしの緊張は高まっていくばかりだ。

 ほのかな期待感と、ただの社交辞令だったりするかもしれないとか、悪い方向ばかりに考えてしまって、西山さんの席は一度も視線を向けられなかった。


 そうしてとうとうやってきた昼休み、不安すぎて吐きそうになりながらも、わたしは席に着いたままでいた。

 しょうがないじゃないか。約束って言われたんだもの。

 じっとりと手に汗を感じながら心臓が飛び出しそうになっていると、あっさりと西山さんが声をかけてきた。


「水守さーん! 今日はどんなお弁当?」

「あ、と、えと」

「こっちきて、ほら、机をくっつけて」


 西山さんに引っ張られるように、わたしはほかのクラスメイトの女子と昼食を囲むことになった。

 みんながコンビニで買って来たらしいサンドイッチや菓子パン、カラフルな色合いのお弁当箱を取り出す中、わたしが恐る恐る自分のお弁当箱を置くと、視線が一斉にこちらを向いた。


「弓子から水守さんのお弁当がすごいって聞いて楽しみにしてたの!」

「そう、ほんとすごいんだから!」


 得意そうな顔をする西山さん達から期待のまなざしが集中して、わたしの顔はこわばる。

 うええそんなハードル上げないで!

 ……こ、こうなったらしかたがない。

 ええいままよ! と思い切って彼女たちの前でお弁当のふたをあければ、驚きの声があがった。


「うわあ、健康そう!」

「ザ、和食……!」

「でもなんかきれいだよね、彩りとか」

「でしょでしょ! 特にこの黄色い卵焼きとかおいしそうで」


 そんな風にきゃいきゃい言う彼女たちの、もの欲しそうな視線に気圧されて、そっと自分のお弁当を机の中央に寄せた。


「よ、よかったら」

「やったありがと! この玉子焼き食べてみたかったの!」

「私シャケ!」

「この煮物が気になるのよね」


 それぞれ好きなおかずを口に運んだ瞬間、彼女たちは黙り込んだ。

 やっぱり地味な和食はおいしくなかっただろうかと不安になっていると、西山さんの顔が勢いよくわたしを向いた。


「なにこれ、お寿司屋さんの卵焼き!? すっごいふわふわで予想以上においしいんだけど!」

「ええと、ただの出汁巻き卵、だよ?」

「あたしの知ってる卵焼きと違うよ!?」

「ねえ、シャケってしょっぱいだけじゃないの。こんなにしっとりしていてしょっぱくないの初めて食べたぁ!」

「一度ゆでてから焼くと、余計な塩分が落ちるから」

「水守さんそんな手間をかけてるんだ……!」

「この煮物、香りまでおいしいわ」

「だしがうまくとれたかな」

「ちょっと待って、だしを自分でとってるの!?」


 驚かれたり、感心されたり、うっとりされたり、呆れられたり、 西山さん達に口々に言われてたじたじになった。


「とにかくおいしいよ! うちのお母さんよりもずっと!」

「これを一人で全部作ったって……」

「どうやって覚えたの?」

「ええとその……」


 神饌(しんせん)を作るために、基本的な調理方法は水守で仕込まれていたとかは言いづらい。

 そのあとも次々とおかずの交換をお願いされて、彼女たちに食べるたびに感心してくれるのを見るたびに照れ臭くて。

 自分のお昼がほぼ彼女たちからのもらい物おかずになったのにも気づかなかったほどだ。

 

 それでもやっぱり彼女たちの会話は早すぎたり知らない単語が多かったりして、ついていくことはできなかったけど、あきれられず、むしろ面白がって一つ一つ説明してくれたりした。


「やっぱり水守さんはへんな人ね」

「でもなんかおもしろい!」

「あり、がとう?」

「うん、そこでお礼を言えるのはすごいねえ」


 ……正直言えば、彼女たちのしみじみとした言葉の意味は分からなかったけど。

 彼女たちとは限りなく厚かった壁がすこし薄くなった気がしたのだった。

 





 そのあとから、西山さんたちとはよくお昼ご飯を一緒に食べるようになった。

 特に、西山さんは親しく話しかけてくれて、わたしもなんとか、一言二言ずつだけど、彼女たちの会話に加われるようになった。


 自分でもびっくりしている。初めての同年代の友達だ。

 でも胸の奥からじんわり嬉しい。

 このまま、平穏に普通の高校生になじんでいくのだ。


 そう思っていた矢先だった。
















 わたしが教室で挨拶をすれば、クラスメイトの何人かが応じてくれた。

 それだけで嬉しくなりつつ席に着いたのだけど、珍しく西山さんがいない。

 いつもわたしよりも早く登校してくることが多いのに。


 すこし不思議に思っていると、始業時間ぎりぎりになって西山さんが入ってきた。

 でも、その顔色は明らかに悪かった。


「おはよー……」

「あれ、弓子どうしたの?」

「元気ないねえ」


 見るからに元気のない西山さんを女子生徒たちが気遣うけど、何でもないと笑う。

 でもその笑顔にも元気はない。


「何か昨日からだるくてさ。まあきっと休めば大丈夫だよ。って、水守さんも顔色悪いけど大丈夫? 何かあったの?」

「う、ううん」


 西山さんに逆に心配されてしまったわたしは、あわてて首を横に振った。

 たぶん、それくらいには顔が青ざめているのは自覚している。


 でも、言えるわけがない。

 それはわたしにしか見えないのだから。


 おっくうそうに自分の席についた西山さんの周囲には、黒いもやのような瘴気がまとわりついていた。


陰の気が大地に淀んで変質したり、禍霊が生み出したりしてはびこる瘴気は、妖にも現世の生き物にも毒になる穢れだ。


 大地によどめばその土地が穢れ、妖が取り込んでしまえば禍霊に、人なら病になり、最悪死に至る。

 瘴気を祓うためには神社へ行ったり、禊ぎをすればいいのだけど。

 今回は病気になるほど穢れていなくても、対処の仕方を知らない西山さんにとってはかなり辛いはずだ。


「西山、さん」

「なに?」

「ちょっと、屈んでくれる?」


 素直に屈んでくれた西山さんに、わたしは覚悟を決めて手を伸ばした。


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