第6話 目撃
ある日の放課後だった。
本屋に行こうという木根の誘いを断り、一人で帰っている時だった。
僕はぼんやりと歩いていたが甲高い女の笑い声が、すれ違う車の音よりも響く大きさで耳についたのでふと現実に引き戻された。
顔を上げると、道の向こう側にカップルがいて、声はその女のものだった。
僕は一緒にいる男に確かに見覚えがあった。
数日前に美麻が彼氏だと言って見せてきた、あの待ち受けの男だった。
楽しそうな雰囲気としっかり絡められた指を見ると二人の関係は安易に感じ取れた。
どういう事だ?あの男は美麻の彼氏じゃなかったのか?
翌日、未麻はきちんと学校に来たので僕は彼女を待ち、一緒に帰る約束をした。
余計なお世話だと思われてもどうしても見過ごせない。
僕たちは駅前のマクドナルドに入った。
普段ならまず行かない所だ。
店内は放課後の中高校生達でごった返していた。
奥のレジカウンターでは店員が声を張り上げながらせわしなく働いている。
僕達はハンバーガーとポテトとコーヒーを買って、二階へ上がった。
窓際のソファ席に美麻が腰掛け、僕は向かいのいすに座った。
何と言えばいいのか。
勢いに任せて来たはいいがどう切り出すのか考えていなかった。
お互い無言で食事を始める。
賑やかな店内で僕ら二人だけが浮いている様だった。
かぶりついたハンバーガーは味がなく、口が渇きコーヒーで流し込んだ。
僕はようやくしどろもどろになりながらも街でナオトを見かけた事、一緒にいた甲高い声の女の話をした。
「それ、こないだあたしが言った女だよ」
と意外にも未麻は平然としていた。
ナオトが連絡を取っている女について、かなり嫌な奴なんだよねと言っていたのを思い出した。
「あいつが美麻だけじゃないって分かってるんでしょ?」
「知ってるよ。でもそれが何?」
しおれたポテトを口に運びながら言う。
「何って・・そんなのだめだろ。」
美麻というものがありながら他の女とも付き合うなんて許せない。
僕は冷静な口調を保ちつつも内心はかなり焦っていた。
「あたしが好きになったんだから、ナオトは悪くないの。」
「でもいいの?こんなままで」
「よくないけど・・・」
「だったら別れればいいだろ」
つい荒い口調になってしまったのに自分でも驚いた。
「だって」
埒があかない。
「でも・・」僕は食い下がった。ムキになっていたかもしれない。
「てゆーかあんたに関係ない」
ハッとした。
顔を上げると未麻は表情こそ冷静だがその目は怒りの色を含んでいた。
これ以上は踏み込むなという拒否のサインでもあった。
もう何も言わない方がいい。この話は終わりにしよう。
彼女を怒らせてしまった事よりも、あんたと呼ばれた事よりも「関係ない」と言われた事の方がショックだった。
いくらこちらが近づいて行っても断ち切られる一言を言われればそれまでだ。
僕はあんたの事が好きなんだから関係あるよと言った所で何も変わらないだろう。
沈黙になってしまった。
謝るべきかどうか悩み、冷めたコーヒーに手を伸ばした時未麻が口を開いた。
「今度さ、ナオトの彼女から会おうって言われてるんだけど」
意外な話題に驚いた。
一人の男をめぐって女が二人会ってどうするのだろうか。
「あたし行きたくないから
しょーちゃん代わりに会ってきてくれない?」
・・・意味が分からなかった。
その女も未麻と会って何を話すつもりなのか分からないが、代わりに僕が行く意味はますます分からない。
それこそ僕には関係のない相手だ。
もちろんなんで僕がと言うつもりだった。
しかし言えなかった。
僕は断りきれず美麻の代わりにその女、リカコに会いに行くことになってしまった。