第5話 約束
「学校辞めてどうするの?」
美麻はぱっと顔を上げて僕を見つめ、ふにゃ〜と表情を崩した。
少し考えて、
「どうしよっかな。
うん、しょーくんのお嫁さんになる♪」
その能天気な態度に思わずカッとなってしまい、「ふざけるなよっ」と僕は軽くどなってしまった。
驚いた未麻は目をまん丸くしている。
すぐに我に返ってごめんと謝ったが、彼女がしょんぼりとうつむいてしまったので僕は激しく後悔した。
しまった・・でも冗談でもこんな事を言われるとつい熱くなってしまう。
ずいぶん昔の事になるが、前にも似たような事があった。
二人が幼い頃よく遊んだこの公園で、彼女は何て言ったか覚えているだろうか?
僕は絶対に忘れない。
11年前、まだ5才だった彼女は僕の、「しょーくんのおよめさんになりたい」と言ったのだった。
そうそう、思い出した。
おもちゃの指輪・・確かピンクの、それを未麻の指にはめて渡したんだった。
大人のプロポーズを見よう見まねでやっていた気がする。
恥ずかしすぎる。
なんてませた子供だったんだ。
あの頃の勇気が今少しでもあったなら未麻との関係も違っていたかもしれない。
そうだ、思えばあの時僕達は両思いだった。
あの頃は、毎日当然のように一緒にいて何も気付かず遊んでいればよかったのだから、
無知だった小学校時代に彼女をからかい傷つける事も、
中学で距離ができていく事も、高校に入って不毛にも恋の相談相手になる事も知らなかった。
しかし現在、未麻は僕の気持ちを知らないし、第一そんな前の事を彼女が覚えてる訳がない。
昔はあんなに可愛らしかったのに今はこんなになってるんだから反則だよなぁ、と僕は苦笑した。
「見て、ナオト。いい男でしょ?」
未麻がずいっと目の前にケータイを突き出してきて言った。
2人で撮ったらしい写メールが待ち受け画面になっていた。
未麻が雑誌に出ているようなギャルなら相手もギャル男という感じだった。
この男が・・美麻の。
彼女のタイプの男ということで強そうで、かなりこわもてな人物を想像してたが、ナオトのイメージは違っていた。
確かにモテそうだ。
彼女と並んでいても見劣りはしない、お似合いのカップルという事か。
2人してケータイのカメラに向かってVサインを作っているのがなんだかバカっぽいなと少し思った。
自慢の彼氏を僕に見せて彼女はうれしそうだ。
だから僕も興味ありそうに振舞う。
本当の気持ちを隠して笑う。
彼女の恋の悩みを聞きながら不毛だと嘆く反面、これでいいと思っている自分がいるのも確かなのだった。
いつか好きだと伝える日が来るのだろうか?
僕は酔っ払い未麻を家まで送って行った。
出迎えた彼女の父は申し訳なさそうに何度も謝った。
帰り道、空を見上げると大きく見える月がいつもより近くに感じた。
手が届きそうなくらいだ。
もちろんどんなに昇っても月に触ることはできない。
向こうにしてみてもこっちに届こうなんて気持ちはさらさらないから、きっと近づいた分離れて行ってしまう。
こうして見上げているだけで満足なのか、それとも月を手に入れ自分だけのものにしたいのだろうか、
僕はどうしたいんだろう?