第4話 月とブランコ
未麻の学校辞める発言に周囲は騒然となったが、先生達にはあっさり却下されていた。
髪を染め直すようきつく言われたらしく、とりあえず髪色をもとの茶色に戻し彼女は学校にやって来た。
あれは一体何だったのか、その後は相変わらず遅刻は多いものの学校にも来ているし、あの日のことは僕も、周りも気にしなくなっていった。
ある日の帰り道、公園の横を歩いている時だった。
僕はブランコに座る派手な後ろ頭の未麻を見つけた。
それまで本屋でも寄って行こうかと話していた木根だったが、彼女に気づくと「やっぱ俺帰るわ」と言ってそそくさと帰っていった。
奴なりに気をきかせてくれたのだろうか?
いや、どうも木根は未麻の事が苦手らしい。
木根が見えなくなるのを見届けてから僕は公園に入って行った。
ここは昔よく未麻と遊んでいた公園だ。
久しぶりに足を踏み入れたが当時慣れ親しんだすべり台もブランコも今ではすっかり小さく見える。
さて、どうしたものか・・この人は。学校休んで、こんな所で。
こんなダボダボのジャージみたいな格好で。
「何してるの」
と僕が声をかけると彼女は振り返ってへへへと笑った。
目は垂れさがり赤く染まったほっぺたが幼い頃の姿を思い出させた。
これは明らかに酔っ払っている。
足元を見ると、チューハイの缶がひとつ転がっていた。
僕はやれやれという気持ちになって深くため息をつく。
缶を起こすと中身が半分以上残っていた。
まったく、酒なんて飲めないくせに。
何か面白くない事があるとこうして飲みたがるのだ。
僕はブランコに腰掛けた。
夜風に晒されて連結しあう鎖がギシッと音をたてた。
足を引きずりながらブランコをこぎ、美麻が話はじめる。
「ナオトがねぇ・・」
ナオトというのは今の彼氏の名前だ。
たしか年は3コ上で大学生だったが、ほとんど学校に行かずフリーターの様な生活をしているらしい。
僕はそいつの顔を見たことがないが、きっと今風のちゃらちゃらした奴なんだろうなと思う。
美麻いわく、モテるタイプの男でここ最近はそいつの女関係に悩んでいるようだった。
僕は彼女のこういった相談にはもう慣れてしまったので、話を聞いた上でうまく切り返す方法も身につけていた。
全く妬けないと言ったら嘘になるけど。
彼女の長い話を簡単に説明すると、ナオトが別の女と頻繁に連絡を取っているのが気に入らないらしく、しかもこの女というのがかなり嫌な奴らしい。
(ナオトのヤロー・・)
美麻というものがありながら他の女とも付き合うとは。
僕は心の中で悪態をついた。
ど派手な髪色にキツめの化粧をして、ぐだぐだに酔っ払っている彼女はどうやっても高校生には見えなかった。
地味系男子代表の僕と夜の公園で二人語りあう姿はたぶん異様でもある。
しかしこんな話を聞いていると本当にどこにでもいる普通の女の子なんだなといつも思う。
何日も学校を休んだり金髪になる意味はさっぱりわからないが、彼女なりに真剣に恋と向き合っているのかもしれない。
相手の事に一喜一憂し、グチやのろけを僕に話してくれる、そんな彼女を見ているのは不毛だが面白くもあった。
恋をしている彼女はいつにも増してキレイなのだった。
―――そして僕もまた美麻に恋をする。
いろんな角度からの新しい姿を見つける度に、きっと何度だって恋をする。
それをずっとそばで見ていたいと思う。
分かっている。
そんな事はありえないし、このままでは僕はいつまでたっても片思いだ。
けどたぶんそんな風にしかできない。
「あたしエッチはしてもキスはしないの」
唐突に、彼女の口から発せられた言葉だった。
それまで沈黙だっただけに一瞬何のことか分からずに僕がぽかんとしていると「本気で好きな相手とじゃないと嫌」と付け加えた。
その口ぶりからそーいう事をもうしてるんだなと僕は思いそしてへこんだ。
分かってはいたが実際に聞くとなるとやはりショックは受ける。
ふざけているのかと思い彼女を見たがいたって真面目な顔をしていた。
生ぬるい夜の風にさらされているその赤い頬を眺め、横顔がやはりキレイだと思った。
「エッチはしてもキスはしない」・・・?
それらをどうして同じ秤にかけられるのか?
唇を合わせるだけのキスと体でつながるセックスとでは比べ物にならないと思えるんだが・・・さっぱり分からない。
困った僕は「どっちもしたことないから分からねーよ!」と叫びたかったがやめた。
相手は酔っ払いだし、この手の話を聞かされるのはいたたまれない気持ちだ。
そしてこの生々しい話題から抜け出そうと、この前彼女が言っていたことを思い出したので聞いた。