第2話 変わってない
美麻は6限をサボると言ってそのまま帰ってしまい、まじめに授業を終えた僕は一人帰る仕度をしていると、友達の木根が一緒に帰ろうと声をかけてきた。
「おまえ中原さんと仲いいの?さっき二人で話してたけど」
僕は「まあ」とだけ答えた。
僕と中原美麻が幼なじみだということは周りにはあまり知られていない。
「中原さんってたしかに美人だけどさ、あのグループもさ、なーんか俺達の事見下してる気がするんだよなぁ」
木根も僕と同じ地味系男子だ。言っている事はよく分かる。
けど彼女を他の連中と一緒にするなよ、と心の中で思った。
彼は続ける。
「住む世界が違うってかんじ。あんま関わらん方がいいんじゃねぇ?」
午後のいい気分は悪気はないが、奴の一言によってぶち壊しとなった。
確かに美麻はいつもどこかけだるそうで澄ましてる感じはするが、でも僕は知っている。
本当は負けず嫌いですぐ熱くなる一面もあるって事を。
昔から誰よりも純粋でまっすぐな彼女を。(ついでに厚化粧だが実はすっぴんの童顔を気にしていることも。)
今日話してみてよく分かった。見た目は変わっても中身はきっと変わってない。
僕が好きなままの彼女だ。
『あんま関わらん方がいいんじゃねぇ?』
余計な事だよ、僕は思った。
ここは中学の頃みたいに平等じゃない。
派手にしてる奴らは自分たちが基準だと思っていて、地味な奴らの上に立っている気分だ。
自分と対等か、上だと判断した人間には媚びを売って仲良くする。
そうして自分達の居場所を確立していく。
それはなんだかうんざりする様な光景だ。
きっとこれから僕たちが出ていくであろう社会にも似たような景色が広がっているんだろう。学校は小さな箱で、社会というものを凝縮している世界だと思う。
現に学校の中ですらもう社会が成り立っているのだから。
美麻は所属としてはその「社会」の上側にいるわけなのだが、グループとは一定の距離をとっている様で、なんと言うか染まりきってない感じがした。
自分から一人で過ごしている事もよくあったので、話しかける時は彼女が一人でいる時にするようにした。
実はあれからなんとなく話す機会が増えてきて、僕はうれしかった。
今日は昼休みに裏庭で昼食をとっていたので、そこに行って話すことにした。
窓から見るとベンチに一人座る美麻の背中が見えた。
僕はかけ足で階段をかけ降り、うわばきをはいたまま芝生を歩いていった。
前から気になっている事があったのだ。
「また痩せた?」
彼女は昼食に紙パックの牛乳を片手にメロンパンをかじっているところだった。
それだけで足りるのかよと僕は思った。
そうだ、未麻は痩せている。短いスカートからのぞく足はまるで棒のように細かった。
背はけっこう高いのに全体に線が細く胸もない。
僕は痩せすぎだと思うが、しかしクラスの女子たちからはスタイルがいいと憧れられているようだった。
「ちゃんと食べてんの?」僕は聞いた。
「食べてるよ」美麻が答えた。
甘いものが大好きで、寝るギリギリまで菓子を食べているという変な習性がある。
どうせ菓子ばっか食ってんだろうなと思ったが何も言わなかった。
彼女には母親がいない。
幼い頃に、――まだ僕とも出会っていないくらい昔に――離婚して出ていったらしい。
ほかに兄弟もいないのでずっと父親と二人で暮らしている。
美麻の父はおだやかな感じの人で、娘とは正反対の豊満な肉付きのちょいハゲてはいるが、彼女をとても大切に思っている優しい人だ。
仕事は普通のサラリーマンだが、彼女のじーさんだかばーさんだかが金持ちらしく生活はそれなりに裕福なようであった。
僕は、あの父に似ていない美麻を母親似なんだろうと思っているが、彼女は母親のことはほとんど口にしなかったので僕からも何も言わないようにしていた。
母がいないので炊事やその他家のことはほとんど彼女がしている。
おじさんはあの体を見れば食べるには問題なさそうだが、自分の事はちゃんとできているんだろうか?
食べるとは言っても、栄養バランスはちゃんと取れているのかと心配になる。
昔それを本人に小うるくさく言うと「父さんみたい」と一言言われた。
脳裏によく知るおじさんの顔が浮かんだ。僕が複雑な気分になったのは言うまでもない。
そうだ、昔から野菜ギライで、小学校での給食もいつも居残り組だった。
チャーハンに少しだけ入っているピーマンが食べられないばかりに昼の授業が終わってもいつまでも座っていなければならないのだ。
はしをにぎりしめたままひたすら皿とにらめっこをしている彼女を見兼ねて代わりに食べてあげたことが何度もある。
僕は今でもピーマンを見る度にあの半泣きの未麻の顔が思いだされてきて、こみ上げてくる笑いを抑えるのに大変だ。