第1話 幼なじみ
―――そして、ぼくはまた彼女に恋をする。
いろんな角度からの新しい彼女を見つける度に、きっと何度だって恋をする。
◆
「うん、うん。それでね・・」
電話のむこうの相手を優しく諭す声が教室内にここちよく響く。
午後の眠気も手伝ってか僕は聞き惚れてしまいそうだ。
まわりからの視線を一同に浴びながら、彼女はようやく気まずそうに言う。
「今、授業中なんだぁ・・」
それは五限めの古典の授業の真っ最中の出来事だ。
突然、目も冴えるようなハイテンションな着メロが教室内に流れ出す。
周囲が騒然とする中、何を思ったかその持ち主は電話を取ったのだった。
そしてあぜんとしている生徒たちを横目に相手と話しはじめてしまった。
かかり結びの法則があーだこーだと熱く語っていたところを遮られたオバさん先生は、今や黒板の前で怒りのあまりプルプルと震えている。
それにしても・・
僕は全く違う事を考えていた。
年を重ねて見た目が変化しても、声というのは幼い頃からそう変わらないものなんだな・・―――
彼女の名前は中原未麻という。
このちょっと聞き慣れない読み方をまわりの者たちはかわいいなどと言っていたが、本人は変な名前!といつもケチをつけていた。
未麻と僕は昔から家が近所で、幼稚園から中学まで10年以上を一緒に過ごしてきた。
子供の頃はしょっちゅう二人で遊んでいて、みーちゃんしょーくんと呼び合う仲だった。
いわゆる幼なじみというやつだ。
偶然にも同じ高校に進学となりクラスまで一緒になったのだが、このところはあまり関わりがなくなっていた。
中学当時からあか抜けていて同年代の女子たちよりも大人っぽかった未麻は、その明るい性格もあってかクラスの連中からも一目置かれるような存在となっていった。
一方僕はもともと目立つ方ではなく、勉強もスポーツもついでに顔までが平均並で、
休みの日も家でゲームばかりしているようなタイプだったから、(未麻たちグループの派手な連中から見れば立派なオタクなんだろうけど、確かにオタクだし)
高校に入ると友達も取り巻く環境も見た目も、なにもかもが釣りあわなくなっていってお互いほとんど話もしなくなった。
セーラー服からブレザーに制服を着替えた彼女は、大の自慢にしていたサラサラのロングヘアを茶色く染め、メイクにも目覚めたようで、
もともと二重で大きい目を回りをぐるっと囲った化粧でより際立たせていた。
伸ばした爪には上から派手な色を塗って、じゃらじゃらとストラップをぶら下げたケータイを常にカチカチやっているような見た目はいかにもな女子高生の誕生だ。
どんどん派手にそしてキレイになっていく彼女は、今や学年内でも有数の美少女の部類に入っている。
その容姿は他の学年の間でも噂になっているようで、3年生が入学早々に告って即効フラれただとか、そんな話もいくつか聞いたことがあった。
その後未麻には当然のように彼氏ができる。
派手な外見の彼女に似合いの、今風の男達。何人も何人も見てきた。
まるで磁石のようにくっついては離れて、名前を知らない奴もいる。
僕が知っているだけでも5、6人はいると思う。
その中の一人とキス位したかもしれない。
あるいはもっとすごい事も彼女はもうしてしまったかもしれない。
そのテの話を彼女の口から聞く事はなかった。
いつも噂で聞くだけだったから、それが本当かどうかなんて誰も知らない。
きっとみんなどうでもいいのだろうけど。
長い授業が終わって、僕はトイレに行こうと席を立った。
教室のドアを勢いよく開けると、足元に一人座り込んでいるやつがいて僕はそれに驚き
「ぅわっ!」と思わずマヌケな声を出してしまった。
恥ずかしい・・今のはいかにもきょどってる風だったな、と情けない気持ちになった。
声を聞いた相手がこっちを見上げる。
その顔を見て僕は無意識に「みーちゃん」と呼んだ。
・・口にすると恐ろしく恥ずかしい。
一瞬で顔が真っ赤になるのが分かった。
では何と呼べばいいのか?
「中原さん」じゃああまりに他人行儀すぎる。
自分からそこまでの距離を広げたくはない。
・・・「未麻」
振り返った彼女が「変な名前」と言って笑った。
つり上がった口角から形のよい白い歯がのぞく。
よかった。昔とちっとも変わらない笑顔だ。
胃の奧の方がちょっと痛んだ。
僕は彼女の隣にしゃがみ込む。なんとなく、少しの距離を置いて。
「さっきの・・彼氏?」
「そう」
「・・授業中に電話してくるなんて無責任なやつ」
僕はまたしてもしまったと思った。
今の発言はウザくないか?しかしこれは本音でもある。
僕は見えない、敵わない電話の男に嫉妬しているのだった。
人の男悪く言わないでくれる?って怒られるかもしれない・・
しかし彼女は意外にも「ははっ、本当」と言って笑ったので驚いた。
その後、今付き合っているという彼氏の話をちょっとだけした。
と言っても僕はうん、そう、とかの返事しかしてなくてほとんど彼女が一方的に話していたんだけれども。
グチを聞かされただけな気もする。それでもいい。
まともに話をしたのはどれくらいぶりだろう?
学年一の美人と地味めな僕がこんな廊下にしゃがみ込んで親しげに話をしているなんてまわりから見たら何て思われるだろうか?
いや、そんな事は関係ない。
だって久しぶりに美麻と話せた。昔みたいに。
それだけで僕は上機嫌だった。
感想待ってます^^