1 離婚
ふふふっ…
妖艶な笑みを浮かべながら、メルーは男を誘惑し、その誘惑によって、小太りの中年男性は欲望の色に染まりきり、メルーの体に溺れきっていた…
「ねぇ、約束をして下さい…その約束を頂けないなら今日はこのままお暇致します…」
「ここまで来て何をいう!ほら、いつものように、キスをしておくれ!!さぁここに!!」
既に大臣は臨戦態勢で、猛り狂っている。
「では…失礼致しますね…人の話を聞かない方に許す体はございません」
あくまでも優美に立ち上がり、衣服を持って部屋を後にしようとする。
「待て!話を、話を聞こう。まずは約束を聞こうではないか!!」
大臣はベッドの上で立ち上がり、体を被っていたシーツは滑り落ちた。
「あら、猛々しい。私の体で受け止めきれるかしら…では、まず、落ち着いて下さいませ」
大臣をベッドに座らせて、その欲望に喘ぐ口に唇を沿わせる。
「メ、メルー!!」
そのまま、襲いかかろうとする大臣を、避けて立ち上がると、大臣だけがベッドにダイブする。
「慌てないで下さいませ。約束を頂いた暁には、こころゆくまでお相手致しますわ」
腰を折り、ベッドに転がる大臣の頬を右手で撫でながら諭す。
「メルー、早くっ!!」
「えぇ、よぉーく聞いてくださいませ?私の夫のことでございます」
大臣の顔には笑みが浮かんでいる。
そんなことなど造作もないという顔だ。
その日、大臣は1つの昇格人事を飲む代わりに、メルーの体を散々に貪り、辱しめ、ベッドにいくつものシミを作った。
そして、アーゲート柾鉦の昇格の日の朝、メルーにある言葉が告げられた。
「メルー、今までありがとうよ…あのクソ大臣、貧乳女が大好きでよぉ…お前の様な気位が高くて、上品な貧乳が好きで好きでたまらねぇっていっつもそんな話になるんだぜ!?」
「でも…私は…私は貴方を愛しています…貴方だけを愛しているんです!!」
両の手を胸の前で固く握りしめてメルーが叫ぶ。
「そうだな…お前は俺を愛している!愛しているから俺のために大臣に近づいて骨抜きにしてくれっていう願いのために、奴に散々に抱かれたんだもんなぁ」
「えぇ、そうです!!貴方の…貴方のために…私は!!」
「そうだな。メルー、苦労をかけた。お陰で俺は今日から騎士団の第3席だ!!本当にありがとうよ…だが、同時にクソ大臣の野郎の力の限界でもある…つまり、お前は用済みだぁ!!わかるな?」
「そんな…そんなこと…わかりません…私を、私の事を愛してくださったのではないのですか?愛してくださっているのではないのですか?」
「あぁ!!その質問の答えは…1つはハイで、1つはイイエだ!!愛していたよ、道具としてな。もう愛してないさ、用済みだからな!!」
「そんな…そんなこと、あの結婚の誓いに背くというのですか?」
「あぁ!!当たり前だろう!お前は価値があったから結婚してやったんだ!!あのクソ大臣をたらしこむためにな!端から貧乳女なんぞ、価値はねえ!!わかっただろう?お前の居場所はこのアーゲート家には無くなったんだ!!さっさと荷物をまとめて出ていくんだな!!」
「そんな、酷い…」
「あぁ…そうだ!今までの報酬を渡しといてやるぜ!!受けとれよ。手切れ金でもあるからな!!大金貨20枚だ破格だろう?体を売ったにしてはな!!離婚の手続きは俺の方でしておいた。今日中に消えてろよ!!俺が上機嫌で帰ってきたのにまだ居たら…殺しちまっても知らんぞ?ハハハハハッ」
皮袋を投げつけて、足取りも軽くアーゲート柾鉦が歩き去る。
「は、破格…私の心の値段?」
呆然とし過ぎて涙も出なかった…
覗いてみた皮袋の中の、大金貨の輝きを見て、吐き気を催した。
話を聞いた2人のための寝室で、ネグリジェのまま、催した吐き気をベッドに向かってそのまま吐き出して、盛大に吐瀉物の花を咲かせた。
「私は…アーゲートメルーから、村上メルーに戻るのね…」
吐瀉物の匂いにまみれながら1人呟く…
出会いは騎士団で、互いに騎士同士だった。
メルーの方が年上で、後から入団したアーゲートが、メルーに猛然とアタックをかけてきたのだった…
出会ってから1年、付き合ってから半年だった。
6才年上の姉さん女房…
それが1年前の事だった…
大好きだった…
望まれれば、何でもした。
恥ずかしいことも、嫌なことも…
とりわけ嫌だったのは、大臣の相手だった。
約束を取り付けたあの日は酷い目に遭った。
あちこち噛みつかれ、無理やりこじ開けられたため、血だらけで帰宅した時の心配そうな顔と、丁寧な回復魔法、手厚い看病は嘘だったのだろうか…
信じたくなかった…
「でも、この皮袋の中身が…全てを物語ってるのね…端から道具にするために近付き、使い終わったから捨てられたわけね…最悪だわ…」
立ち上がり、私物を入れ始める。
元々が騎士をしていたため大したものなどない。
服と、宝石類が少しある他は武具があっただけの、寂しい荷造りだ。
しかも、宝石類など、贈られるまで着けたこともなかった…
「ふぅ…私の…心の値段か…チャリチャリと皮袋の中で鳴る程度なのね…」
呟くと足取りも重く外へと歩き出す。
吐瀉物の匂いにまみれた部屋ともオサラバだ…
せいぜい帰ってきて、顔をしかめるがいい。
新しい女と2人連れだったら、随分と興が冷めることだろう。
「くくっ」
思わず漏れた笑みが呼び水となって、涙を瞳から溢れさせた。
玄関をくぐる位には、大声をあげながら、泣いていた。
天涯孤独の身の上、騎士団に戻る以外の道はなかった。
1年ぶりの仲間達は、変わらない笑みを返してくれた。
約1年半ぶりの1人寝は、心に堪えた…
泥のように眠ったメルーを見て、同室の後輩は笑みを浮かべた…