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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束

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#3-1.ヤギ頭の娘

 魔王城の地下。

無限書庫を歩く魔王は、今度こそはとばかりに最奥の書庫を目指していた。

様々なジャンル、様々な時代、様々な世界、様々な趣向、様々な構造。

限りない色々な本が収まっている本棚を通り過ぎ、いくつかのフラッグ棚を曲がり、歩き続ける。

フードコーナーで温かな食事をとる角の生えた悪魔族の青年に挨拶をされ、何冊もの本を抱えた年老いたウィザードとすれ違い、棚の上で居眠りをしていた堕天使族の娘が落下してきて押しつぶされ。

そうしてそうして、ようやく魔王はそこに辿り着いた。


「……おや珍しい、先客が居るとは」

魔王が知る限り、この世界に関する最古の時代に記された書物が並ぶ最奥の書庫。

普段ならばまず滅多な事では人と会う事の無いその書庫で、珍しくも本を立ち読みする一人の後姿が見えたのだ。


 その後姿は小柄を通り越して華奢で、その身体の小ささと裏腹に大きな黒い羽根を持っている。

良く目立つ赤色の、肩口ほどの長さの髪。

品のいい白いシャツと膝ほどまでの短めな黄土色のズボンを履いていて、恐らくは名の知れた悪魔族の、いずれかの種族の青年なのだろうと魔王は思った。


 しかし、この最奥で人を見かけるのが珍しいからと、わざわざ話しかけたりはしない。

図書館では静かに、不要な雑談などせずにいるのがマナーである。

親しい者ならともかく、顔見知りですらないであろうこの悪魔らしき男にわざわざ話しかけるのは、言ってしまえば趣の無い、空気の読めない事であると魔王は考えたのだ。

だから、魔王はそれ以上気には留めず、『最奥の最奥』を目指し、また歩き出した。


「『水色の世界』か。変わったタイトルだな」

時の流れが解り難い図書館の中、歩くのに飽きた魔王は、また気まぐれに右の本棚に入っていた本を手に取る。

左の本棚を背にしてもたれかかりながらパラパラと内容を流し読みすると、退屈そうに小さく溜息を吐いて本棚に戻した。

「世界における最初の生物『神』の、その最初の一人が生まれた頃の世界の話なんてなあ。神話は好きじゃないのだよな、私は……」

タイトルに釣られ読んでみたものの、その内容はあまりに深遠過ぎる物であり、それ以上に魔王の興味を惹く事は無いらしかった。

「どうせなら、人間のサブカルチャーの根源である、生物的なセンスの起源だとか、そういったものを原初の世界と結びつけた本があればいいのにな」

あくまで魔王が求めるのは魔王の趣味に沿ったものである。

勿論知らないものを知りたいという探究心も強いが、どうせならより興味を惹き付けられる本を読みたいと思うのだ。

ここにくれば、毎度のように読んだ事の無い本がある。逆に、同じ本を手に取る事こそが難しい。

そういった意味では訪れる者を決して飽きさせはしない粋な構造なのだが、訪れる者の求める本が手に入るとは限らないのが難点である。


「そういった本を御所望なら、わざわざこんな最奥に来る必要は無いと思うのですが」


 独り言として呟いたつもりだった魔王は、不意に横からかけられた言葉にハッとさせられる。

「いやすまない。独り言のつもりだったが、うるさかったかね?」

声の主は先ほどの悪魔だった。年の頃も200前後か。

黒ぶちの眼鏡等かけて、実に真面目そうな女顔の青年である。

どうやらいつの間にか、すぐ近くまで来ていたらしい。

「人の来ることの少ない場所ですから。声は響きます」

「……うん? いや、確かにそうだな」

言われながら、しかし、魔王は全く別のところで違和感を覚えた。

「君、いや、違ったら失礼だが、もしや……女か?」

「……ええ、そうですが、何か?」

声を低くしているだろうが、それでも男にしては声が高すぎるのと喉仏がないのとで、もしやと魔王は思ったのだが、彼は、いや彼女は、その辺りを隠す事もなく、素直に頷いた。

ただ、魔王の質問に何か思うところあるのか、難しそうな表情ではあったが。

「そうだったか。すまない、男のような格好をしているから、てっきり――」

「女らしくないから驚いた、という事ですか?」

一応、魔王は魔界において知らぬ者がいない程度には知名度はあるはずなので、この魔王城の図書館で顔を見てそれと気づかない事はないはずなのだが、娘はそんな事気にもしないのか、魔王の言葉を遮って自分の言葉を被せた。

「まあ、そうだな。君位の年頃の娘さんなら、もう少しこう、華やかに着飾ったり、大人しめの格好をするだろうからね」

魔王としても、魔界ではそんな女性はほとんど見ないので、いろんな意味で異端的な存在であるこの娘には驚きを隠せなかった。

「下らない感傷ですね。女だからスカートを履けとか、まるで父上みたいな事を」

吐き捨てるように呟く。

魔王の言葉で目に見えて機嫌が悪くなり、魔王としてもどうしたものか扱いに困っていた。

無礼極まり無い態度ではあるが、若い娘に無礼を働かれたからと激怒するのは少々大人気ないのではないかと思ってしまうのだ。

人形を踏みつけられて若い娘相手に激怒し恫喝した過去は遠いどこかへと追いやって。

「……父上? そういえば、どこかでそんな……」

そういえば少し前にそんな話を聞いたようなと、記憶の糸を手繰っていく。すぐに思い当たった。


『今では娘は髪を染め、男のような格好をして、口調まで男のそれを真似るようになってしまったのです……』


「おおそうか、あれか、あのヤギ頭の……」

「……確かにヤギ頭ですけど。いくら部下でも、人の名を呼ばず外見で呼びつけるのはどうかと思いますが、魔王陛下?」

また機嫌が悪くなったらしい。眉をひそめ、魔王を下から睨みつける。

背丈が低いせいか迫力がある訳ではないが、どこか居心地の悪さを感じた魔王であった。

眼鏡越しの眼光は鋭い。

「そう怒るな。しかし、悪魔王の娘、アルツアルムドと言ったか、なんでこんな場所に?」

「本が好きなのです。それと、ここに居れば誰からも構われずに居られるので」

なだめられ、少し肩の力を抜き、そんな彼女から返ってきた答えは少し寂しいものであった。

「後、アルルで結構です。『アルツアルムド』っていう名前、ちょっと好きじゃなくって」

「そうなのかね?」

「……だって、女性の名前じゃないですよ。何ですかアルツアルムドって」

落ち着いたかに見えたが、実際には更に不機嫌になっただけだった。

「私に聞かれても困るなあ」

名前に関しては、名付け親の事もあり、魔王としても色々思うところはあったので、それ以上は追求しなかった。


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