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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束
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#2-6.時間魔法とは


 魔王はというと、適当にその用事が済むまでの間、その辺の本棚の本を手に取っていた。

「『時間旅行』か……」

おもむろにタイトルを読んでみたりもする。

「そういえば、世界によっては一般市民レベルで時の魔法を扱える所があったな。あれは何と言ったか……」

思い出せるところはないかと、パラパラと本を流し読みする。



 時間旅行とは、つまる所時の壁を抜けた過去ないし未来への転移魔法。

『時の世界』と呼ばれるハーニュートでは当たり前のように使われる便利な技術程度の物である。

だが、多くの世界の民にとって時の魔法とは非常に難易度の高い魔法であり、『生命』『鏡』『認識』の三大高難易度属性の魔法を極めた者ですら、初歩中の初歩の時間魔法を習得できるかどうかという代物である。

魔法の取得には元々習得しようとする者の持つ属性との相性が非常に重要となっている。

時の魔法においてはそれがより顕著に影響するので、時の魔法を習得する際には術者が『時』の属性を持つか、あるいはあらゆるものの影響を受けない『完全なる無』の属性でなくては難しいと言われている。


 全世界における時の属性保持者は、その9割以上がハーニュートの民で占められ、他の世界では突然変異レベルの極限られた一代限りの存在にのみ与えられるものであると知られている。

世界レベルで非常に稀有な属性として存在する『鏡』や『完全なる無』よりは保持者が多いものの、その偏りからハーニュート以外ではほとんど存在していない技術であると言われている。

逆説的に言うならば、ハーニュートならば容易く対処されるそれらの魔法は、そもそもの使い手がほとんど居ない他の世界では十分に猛威を振るい得る、という事でもある。


 歴史は変わる。過去への介入によって、世界は介入しただけ分岐し、分裂する。

本来の道筋の末にある世界と、変えられた道筋の末に作られた世界。

未来は変わる。進むべきエンディングを変えられた世界は、過去の歴史もその未来に沿うように捻じ曲げられていく。

こうして一つの世界は、一つの世界でありながら数多くの無数の時間軸に存在する、何かしらが違う無数の世界へと変貌を遂げる。


 肝心なのは、例えば時間魔法によってBという人物がAという人物を過去に飛ばしたとして、そのAによって変えられた未来は、Bが享受する事はできない、という事である。

変えられた世界を受けることが出来るのは、あくまでその変えられた世界の住民のみであるという事。


 Aが過去に飛ばされた時点で、その過去はBが知る過去とは異なる別の同一世界の過去であり、変えられる未来もまた、Aを過去に飛ばしたBの居る世界とは別の世界の未来になるのだ。

故に、変えてしまいたい未来が待っていたとしても、実際に変えられるのはその未来に酷似した、だけれど全く違う世界の未来なのだ。

そうすることにより、世界は本来ある軸をずらすことなく、一定のルールの元存在することが出来る。

世界の定めたルールに反することは、その世界に住む住民には決してできない。

その法則が、この時間魔法に関しても適応されている、という事である。

 

 この本を手に取った貴方は、時間魔法を習得しているのだろうか。

もししているのならば、貴方は考えなくてはいけない。何がため、それを行うのか。

本来の意味で歴史を変えることは出来ない。

冒頭、時間魔法が『転移魔法である』と説明した意味がご理解頂けただろうか。

そう、正しくは、変えられる過去や未来などこの世には存在しないのだ。

あるのは、無限に広がる無数の同一世界。

そのいずれかに転移することが出来る、というだけの話なのだ。

歴史を変えたい、などと下らないことは考えず、読者諸兄には、ただその『限りなく似ている別世界』を楽しんで欲しい。



「ハーニュートだったか。しかし、中々考えさせられる内容だな……」

「あ、あの、お待たせしてしまったようで……」

軽く要点だけ読み終え、忘れかけていたその世界の名を思い出しながら本の内容をかみ締めていると、用を済ませたのか、レスターリームが戻ってきた。おずおずと。

「間に合ったかね?」

「な、なんとか……あの、先ほどは、危なかったとはいえ、その、大変失礼を……」

一応非礼は忘れていなかったらしく、今更のように顔を真っ青にしながら詫びていた。

「まあ、誰だってまずい時はそうなるから気にしなくていい。次からは気をつけたまえ。道がわかる者が通るとは限らんからな」

「は、はい。以後気をつけます」

「とりあえず戻るか。最奥の書庫を目指していたが、君を連れてそこまで歩く訳にもいかんしな」

目的地まではまだまだ遠く、道も外れたので辿り着く時間は更に遅くなる。

ルートそのものは把握しているが、流石に他人の侍女を連れまわすのも気が引けるので、魔王は一旦戻ることにした。

「……申し訳ございません。一度ならず二度も陛下にご迷惑を」

一度目はトイレ。二度目は帰り道。

ここに至るまで迷っていたのだから、彼女に帰り道など解るはずも無かった。

「帰り道自体は簡単なんだがね。十字路を探そうか」

先ほどの本を棚に戻し、魔王は適当に歩き出す。

侍女もそれに従い、後ろを歩いた。

程なく、十字路に辿り着く。

「どこでもいいんだ。この十字路の真ん中まであるいて――」

言いながら中央に立つ、そして、おもむろに振り向いた。

「そして、また来た道を戻る」

「えっ――あっ!?」

つかつかと歩く魔王達の前に広がるのは、図書館の入り口であった。

「驚いただろう。つまり、その、なんだ、すごく変な構造なんだ、ここは」

奥まで行くのはとても難しいが、戻るだけならやり方を知れば誰でも戻れる。

それに気づけない者は出口を求め延々歩く羽目になるのだ。

「あ、あの……」

「何かね?」

何か言いたげにしている侍女を見て、魔王は訳知り顔で問う。

解らないことがあるなら聞いてみなさい、と、少し自慢げに。

「もしかして、おトイレ、戻ればすぐいけたのでは……?」

返ってきた言葉に、魔王は一瞬で顔を背けた。

「さて、また最奥を目指すかな。君はもう帰るのだろう?」

魔王はスルーする事にした。無かった事にした。

「陛下……はい、では帰らせていただきます。ありがとうございました」

何にしても、彼女が救われた事には違いないはずなのだ。

今一腑に落ちない顔をしていたものの、レスターリームはペコリと頭を下げ、図書館から去っていった。


「さて、また行くか」

そうして、また魔王は、最奥の書庫目指して歩き出したのだった。

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