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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束

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#1-2.風大公の敗退


「ベェル様。魔王陛下及びその配下の人形兵団が戦闘を開始した模様です」

「ほう、勇ましい事だな。精々敵の本隊を混乱させて欲しいものだ」

伝令の報告を腰掛けながら受け、ハエ頭のベェルは機嫌よさげに笑った。

「テリーヌへの攻撃成功で、アップルランドの増援部隊は急遽進路変更を余儀なくされたという報告もあります。ベェル様の作戦はつつがなく進行しておりますな」

傍らに控えるウィザードも笑う。『我らの勝ちだ』とでも言わんばかりに。

「よし、すぐさまヘレナ攻略を開始する。先遣隊を動かせ。本陣も動くぞ」

立ち上がり、全軍への指揮を始めようとした、その矢先であった。


「敵影っ!! ベェル様、敵軍の襲撃です!!」


 別の伝令が、肩で息を荒げながら叫び、現れた。

「どういう事だ貴様、襲撃だと!!」

突然の事ながら、ウィザードが苛立たしげに問い詰める。

「夜のうちにクノーヘン要塞より敵の本隊が移動を始めたようです。こちらの迂回部隊は進軍途中にかちあい、壊滅致しました!!」

伝令は息つく暇なく、かすれ声で必死に伝えた。

「そんな馬鹿な……二万の兵がいたのだぞ!? どうやって我らに感知させずに要塞から離れられた!?」

「わ、解りません。ただ、このままでは敵軍がこの本陣に!!」

「貴様ぁっ!!」

「落ち着かんか!!」

興奮し、伝令の首を掴むウィザードをベェルは抑え込んだ。

「敵が来るのなら迎え撃たねばなるまい。元々我が本隊はクノーヘン攻めによって敵の二万と当たる予定だったのだ。何より、要塞から出てくれたのならやりやすくていいではないか」

「はっ、それは、確かに……」

上官の言葉故、ウィザードはそれ以上は食い下がらず、大人しく一歩下がった。

「迎撃準備!! 敵の強襲に備えよ。冷静になって戦えばこの程度、危機ですらないわ!!」

全体に指示を飛ばす。すぐさま方々に指示を伝達すべく、兵達が走り始めた。

騒がしくなる本陣。不意に、どこからか鉄のぶつかり合う音が響く。

直後、地響き。喚声。人と魔物との戦いの音が、本陣前衛部隊を飲み込み始めていたのだ。

「チィッ、もう始まったのか。早いな」

先ほどまでの上機嫌など最早消えうせ、ベェルは簡易テーブルにかけておいた杖を手に取る。

「ウィザード。貴様は敵頭上から雷撃の嵐(サンダーストーム)を降らせろ。前衛など多少巻き込んでも構わん。所詮は魔物やゴミ同然の下級どもだ」

「かしこまりました」

にたりといやらしく口元をゆがめ、ウィザードは前線へと向かっていった。

「ふん、この私が出張る程のものでもなかろうが、念のため万一に備えなくてはな」

まさかの作戦失敗である。まだ何かあるかもしれないと、一応は疑って掛かっていた。



「前衛部隊、敵軍と衝突!!」

「敵魔法部隊によるサンダーストーム発生!! 現在魔法兵によって被害は軽減できておりますが、長くは保ちません!!」

「迂回部隊侵攻成功!! 作戦通り敵軍後方より挟撃いたします!!」 

人間側の本陣では、対魔王軍本陣に関して現状報告が次々と上がっていた。

報告を受けるは中央諸国連合軍の総司令たる勇者リットル。

魔法大国ショコラの擁するこの勇者は、今回の作戦の展開上最重要とされたショコラ宮廷魔術師兵団に造詣が深い為に大役に抜擢されていた。

「敵本陣、大よそ一万少々の軍勢です、こちらの一万五千と拮抗しています!!」

「宮廷魔術師兵団はいけるのか?」

「はっ、万事整っているとの事。いつでも作戦参加が可能です」

「よし、出撃させろ。ショコラの魔法技術を魔王軍に教えてやれ!!」

指揮用の儀礼剣を抜き、振りかざす。


「勇ましいわねぇ。すっかり総司令官が板についてるじゃない」

勇ましく指揮を執るリットルの傍ら、椅子に腰掛け、優雅にお茶をしている女勇者がいた。

「エリーシャ。あんたがその気なら、いつだって譲ってやる気なんだがな。俺には連合軍総司令は荷が重い」

「あら、折角の栄誉よ。自信満々で受け取れば良いのに」

自嘲気味なリットルに、エリーシャは静かに笑いかけた。

「というか、大帝国からの増援は間に合わないって聞いたぞ。国境際の砦が攻め込まれたとか」

「本国からの増援はそうね。私は調べモノで外国回ってた所をショコラの偉い人に捕まっただけ」

いい迷惑よね、と、エリーシャは自分の不運に苦笑していた。

「まあ、千人の兵士がいるよりあんたが一人居た方が心強く感じるけどな」

「それは千人の兵士に失礼。司令官なら、千人に敬意を払いつつ、私も持ち上げるのが正しいわ」

持ち上げられたら簡単に登っちゃうかも、などと軽口をたたきながらまたカップに口をつける。

軽口ばかり言う女勇者だが、リットルは「そうは言っても簡単には持ち上がってくれないだろうな」と苦笑いしていた。

「次からはそうするぜ。だがこの戦場では、うちの国の威信が掛かってるからな。まずは魔法兵団の力を試させてもらう」

「人類の威信、とかならともかく、国家の威信なんて言葉が出てくるようじゃ、人間世界も一枚岩には戻れないわねぇ」

それはいつからか分かれてしまった世界への嘆きか。それとも人類の愚に対しての皮肉か。

呟いた言葉に、リットルは何か答えようとし、しかし、ついには答えられなかった。



「リットル殿からの指示が下りた。魔法兵団、前へ!!」

蒼のローブと白銀の軽鎧を纏い、若い女性魔術師が声をあげる。

「魔法兵団前へ!!」

それと共に白銀の軽鎧を纏った兵団が前線に躍り出た。

「後はお任せしますっ」

同時に、それまで前衛を務めていた部隊が後方に引き下がる。

「魔法兵団――」

雷撃降り注ぐ戦場に、掛け声と共に更なる魔力の『場』が生まれていく。

それは杖を構える兵団の前面に発生し、そして――


「――構え、一斉砲撃!!」

「横一文。砲撃魔法、放て!!」


 一体何の音であったか。爆発のような強烈な轟音と共に、光が世界を支配していった。

ジリジリとした焼けるような音が時を満たし、戦列から放たれた閃光の砲撃は、唐突に後退した敵部隊へと襲いかかろうとした魔王軍を一瞬の下薙ぎ払った。

魔王軍前線部隊はこの瞬間壊滅し、合戦は成り立たないモノと化してしまっていた。


「なんだこれは……何が起きた……?」

油断なく注視していたはずのハエ男は、しかし、あまりの出来事に我が目を疑っていた。

強烈な光と爆発のような音が走り、直後、自分の前にいたほとんどの兵士達が飲み込まれ消えていった。

辛うじて生き残った者は直撃したと思しき部分が溶けてなくなり、あまりの激痛にのたうち回り声にならぬ声をあげる。

恐らくは魔法。それも対軍効果の高い広範囲魔法。

こんなものをまともに扱える人間など、そうは多くないのを知っていたベェルは、その『数少ない例外』の参戦を疑い、眉をひそめた。

「おい、そこのウィザード、何をしている、敵の魔法攻撃だ。応戦しろ!!」

とりあえず何かを報告しようとしていらしく近くに立っていたウィザードに声をかけるが、反応はなく。

「おいっ、貴様、私の声が聞こ――」

無反応に憤り肩に手をかけると、頭部と半身の一部が、溶けてなくなった腹部からずり落ち、倒れた。

後に残った下半身は血の一滴も噴き出さず、断面はじわじわと音を立て焼ききれていた。

「ぐっ……くそ、人間風情が、舐めおって……」

ここまでの事態に陥っても怯まず、むしろ怒りを露にするのがベェルという魔族であった。

「雑魚を一万も二万も蹴散らした所で、このベェルを破れると思ってか!!!」

叫びながらに杖を持った左手を掲げる。風が流れる。

次第にその風は集束していき、渦となる。

魔力によって流れが歪んだ空気は、次第に魔力を含んだ刃となる。

「この私を怒らせた事、後悔させてやるわ!!」

ベェルの声と共に、刃は次々と敵軍正面に向かっていった。



「防御魔法展開!!」

「魔法防御!!」

カウンターを警戒し、指揮官の声と共に兵団が一声に防御魔法を展開した。

メテオをも防げる多人数魔法防御であった。

「ぎゃぅっ」

「あぁーっ!!」

しかし、敵陣よりカウンターとして放たれた風の刃は防ぎきれなかった。

防御魔法とは方向性の限られた効果の魔法であり、全方面に対する防御力は有さない。

対して、今兵団に襲い掛かっている風の魔法は方向性が完全ランダムの為、あらゆる角度からの攻撃が可能であった。

相性の競合の末一人の風の魔法は大多数の防御魔法に勝り、戦列のそこかしこで悲鳴が上がる。

「ウィンドカッターとは厄介ね」

「強力な古代魔法です。早く術者を倒さなくては」

指揮を執っていた女魔術師は唇を噛む。


 恐らくは敵将。しかも相当腕の立つ魔法使いである。

魔法の腕ならば彼女も自信はあるが、魔族のする事は今一先が読めない。

まして彼女は古代魔法など専門外で、何が起こるか解らないというのが現状だった。

警戒しなければいけない相手なのは間違いないが、どう警戒すれば良いのかが解らない。


「敵が前に出てきます!!」

「なんですって!?」

驚いた直後、強い風を感じた。本能的に恐怖を感じる。

「砲撃を、今すぐ砲撃するのよ!!」


 ベェルの作り出した空気の渦は、時間の経過と共に更に巨大な化け物へと変貌していた。

圧倒的な存在感。天をも分かち雲をも散らす巨大な竜巻。

轟音と共に全てを呑み込み風の重圧で圧壊させていく。

あるいは切り刻み、その力によって引き裂いてゆく。

敵に限らず、先の砲撃の中辛うじて生き残っていた自軍の兵士ですらその風の竜に巻き込み、皆殺しにしてゆく。

ジェノサイドこそが彼の魔法である。凶悪すぎるがゆえに一度使われると際限なく命を押し潰していくのだ。


「馬鹿な奴らだ。抗わなければ楽に死ねたものを。変に粋がるからこうなるのだ――虫けらどもが!!」


 竜巻の中、敵を見下し、嘲笑し、よどんだ眼でにたにたと笑う。

ハエ顔のマスクは風で吹き飛び、今や悪魔らしい赤髪の三白眼の若い男がそこに立っていた。

「――!?」

しかし、慢心の笑みの中、ドクン、と、風の流れが一瞬歪む。

ベェルの意図しない方向からの衝撃に、竜巻は流れを維持できなくなり、急激にその威力を弱めていく。

「またさっきの魔法か。鬱陶しい奴らめ!!」

必死の抵抗を受け、ベェルの苛立ちは極限に達した。

風の渦によって視界が閉ざされ、何をして居るかは解らないものの、恐らく竜巻の外では人間らが必死になって抵抗しているのだろうと想像しながら。

「これで滅びろ!! ウィンドデミル!!」

ベェルが咆哮をあげると、それまで集まっていた竜巻が、一瞬にしてばらけ飛び散っていった。

直後、ウィンドカッターとは比較にならない量の無数の風の刃が全方位に炸裂する。

一瞬で視界が正常化されたベェルの前に広がるのは、血の海地獄。

これにて、敵の魔法兵団は皆殺し。

後は魔法耐性も何も無い有象無象を風の魔法で虐殺するだけの簡単な結末……のはずであった。


「……馬鹿、な」


 そこには、ほとんど無傷に等しい敵の魔法兵団の姿があった。

ウィンドカッターすらまともに防げなかった敵が、更に上等な魔法を喰らって無傷であったなどという事実は、ベェルを驚愕させるに十分であった。

見れば、いつの間に掘ったのか、巨大な塹壕が広がっていた。

「ま、魔法で塹壕を掘ったのか……? そこに隠れて防いだだと……はっ!!」

驚愕は、隙を生む。自らの無防備を悟ったベェルは再び左腕を上げるが、風が集まりきるより早く、女魔術師が杖を前にかざしていた。

「無詠唱魔法が魔族のものだけと思わないことね!!」

叫ぶ。発動し、超光速で突き抜ける光のラインがベェルの左腕を撃ち抜いた。

「ぐぅぁっ!? ありえん……こんな馬鹿なことがっ!!」

物理破壊魔法『シューティングスター』。最速の魔法が風よりも早く威力を発揮した瞬間であった。

左腕を失い、その痛みすらも凌駕する驚愕によって、ベェルは最早、戦意を喪失していた。

「逃がすな、追撃!!」

「死んで溜まるか。わ、私はこんな所で死ぬ男ではないのだっ!!」

見下していた相手から逃げるという屈辱は、それでも尚生きたいという本能によってかき消されていた。

激痛が走る左肩を揺らしながら、風の加護を受け、ベェルは飛び去る。

「は、早い……もう射程外か……」

後に残された者達は、その逃げ足の速さに呆れながら空を見ていた。



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