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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#12-4.魔王様戦地に向かう2

「ワイバーンの扱い方についてはご存知ですか?」

「うむ。私は知らんがアリスちゃんがこの手の動物の扱いは得意でね」

家畜小屋では、巨大なワイバーンが一頭、むしゃりむしゃりと食事をとっている最中だった。

鼻息荒く野菜やら肉やらを食べるが、魔王らが近づくと神経質そうに頭を揺すっていた。

「ご存知かもしれませんが、こいつは他の奴と違って生まれ持って気性が荒くて、どうにも扱いが難しいのです」

「ああ、そのようだな。ものすごく解る」

今も小屋に繋ぐ首輪と足かせを外せば、そのまま暴れて外に飛び出しそうな獰猛そうな目つきである。

ワイバーンの癖にやたら強そうに見えるから困る。

「ではアリスちゃん、頼むよ」

「はい。お任せ下さい」

言うが否や、アリスはワイバーンに近づいていく。

「あ、ちょっ、正面から向かうのは危険ですっ」


 馬同様、ワイバーンにも正しい近づき方というのがある。

馬の場合は後ろから近づけば蹴られる危険性があるが、ワイバーンの場合決して正面から近づいてはならないと言われている。

それは、巨大な顎を持つワイバーンからは餌と間違えられ、噛み付かれたり丸呑みにされる恐れがあるからだ。

頭だけで一般的な魔族よりも大きいワイバーンに正面から近づくのは自殺行為に等しい。

生物的には臆病で弱い生き物だと言われていても、その巨大さは間違いなく脅威であり、万が一にでも猛威を振るった場合死に直結する危険性はある。


 そんな危険な生き物に正面から向かっていくのがアリスであった。

「あらあら、元気な子ですね」

アリスは、真正面からその眼を見据える。

ワイバーンと眼が合う。にこりと微笑む。

途端にワイバーンは巨大な顎を開き、アリスに襲い掛かった。

が、その顎はアリスの胴を噛み砕く事はしない。できない。させなかった。

アリスはただ笑っているだけである。

強いて言うなら、隠していた殺気をそのまま前面に出してはいるが、あくまで笑っているだけだった。

ワイバーンは本能的に死の恐怖を感じ、ガチリ、と顎を空閉じする。

生物的な恐怖がこの暴れワイバーンの凶暴性を無理矢理押し込み、まるで小動物のように怯えさせていた。

「くす、可愛い子ね。さあ、貴方の背中に乗せて頂戴」

萎縮したワイバーンに、アリスは機嫌よさげに腹をさする。

これは正しい騎乗方法で、訓練されたワイバーンは腹をさすられる事によって騎乗の意思を感じ取り、身体を低くする。

怯えながらも身体を低くするワイバーン。アリスは振り返り、こくりと小さく頷く。

「信じられない……どんな調教を施しても、こいつだけは言う事を聞かなかったのに」

唖然としているのは飼育員である。

この道何百年というエキスパートらしいが、それでも初めての事らしい。

「ほら、動物って人の優しさを自然と感じ取るって言うじゃないですか」

実際に感じ取ったのは恐怖なのだが、アリスはそんな事露ほども表に出さず、たおやかに笑っていた。


「はっ」

バシッ、と鞭の音が入り、ワイバーンが翼を羽ばたかせる。

背中の鞍に跨るアリスと、その後ろに乗る魔王。

普通は逆じゃないかと思うのだが、アリスが騎乗する姿自体は勇ましく、ワイバーンライダーとでも名乗れる位に似合っていた。

「カッコいいねえアリスちゃん。さあ空の旅だ」

強烈な風圧が地面を薙ぎ、ワイバーンは一気に地を蹴った。

そのまま翼の力で2、3回ホバリングし、上空へと高度を稼ぎ――雲間へと飛び立った。


「うぉぉぉぉっ、耳がっ、耳がキンキンするぞっ!?」

直後、魔王の耳に深刻なダメージが待ち受けていた。

「気圧が急激に変化しますから、ご注意くださいませっ」

はなはだ手遅れな注意であった。

「アリスちゃんっ、これはやばい、空を飛ぶのはこんなにやばかったのか!?」

自前で空を飛ぶ翼を持たない魔王にとって、これは初フライトと言っても差し支えない航空飛行である。

勿論魔法で空を飛ぶ事もできようが、それでもワイバーンのように急激に空を舞い高速で飛び回る事はできない。

後方にいては中々できない体験ながら、やはり魔王は陸にいてこその王なのだと思い知らされていた。空では無力だった。

「馬車で2日程の距離でしたら、この子の速度ならそんなに長くはかかりませんから。いま少しご辛抱を」

言いながら、アリス自身も風にはためく自分の服やら髪やらを抑えるのに忙しいらしく、自分の主を助ける余裕など無いらしかった。

「か、帰りは転送魔法使お――おわっぷ」

「私もそれがいいと思いますわ」

アリスの腰を強く抱きしめながら風圧に耐える魔王だが、鞭のようにしなる髪に顔を払われてしまう。

アリスはそれに気づかないままだったが、到着するまでの短い間、魔王は幾度となくこの金色の鞭によるダメージを受け続けたのであった。


 

 ようやくティティ湖に到着した頃には陽が落ちかけていたが、魔王は赤く染まった鞭痕を上手い具合に夕焼けでカムフラージュし、湖畔の主力軍団を預かる総司令官ベェルと合流していた。

「陛下自らご出陣いただけるとは。兵の士気も跳ね上がる事でしょう」

この悪魔にありがちなハエのマスクをかぶった男は、魔王を見て一瞬難しそうな顔をしながらも、一応は歓迎する様子で笑いかけてきた。

だが悪魔族でも名だたる魔法の遣い手と言われている男である。腹に一物どころか二つも三つも抱えている位には腹黒い。

「私に気を遣う事は無いぞ。何なら狙ってメテオを落としてくれても構わんよ」

「滅相も無い。陛下のお邪魔にならぬよう、作戦を遂行させていただきます」

魔王の作戦参加を聞き、ベェルは作戦の変更を余儀なくされて苛立っていてもおかしくないのだが、そんな様子は微塵も見せない。

見せないだけなのかもしれないが。その辺り魔王は解った上で追求はしなかった。

「私は、この『クノーヘン要塞』に攻め込めばいいのだな?」

「はい。敵の主力本陣は恐らくそこにありますので、どうぞご存分に暴れていただいて結構です」

慇懃に笑いながら、善くない様子で口を歪ませる。

魔王なんだからそれ位余裕で蹴散らしてください、とでも言わんばかりの笑みだった。


 魔王は前線の兵士や指揮官の受けは良いのだが、総司令官相当の上級魔族間での受けは決して良くはない。

戴冠後のごたごたも勿論だが、何をしでかすか解らない不規則性と、誰の利になるかもよく解らないような事ばかりしてる無駄の多さで、一部からは蛇蝎の如く嫌われている。

魔王城ではそれなりに評価も高めだし四天王も吸血王以外は魔王支持の傾向が強いが、こうして魔王に反感を抱き、故あらば寝首をかこうとする魔族も少なからず居るのだ。

だが、魔王はそんな小者の戯言に構ってやる気は更々無いので、自分の気が向くままに暴れるだけ暴れてやる事にしていた。

「まあ好きにやらせてもらおう。行こうかアリスちゃん」

「はい」

油断なくベェルを見ていたアリスだが、主の呼びかけにはにこやかに笑ってついていった。


「ふん、あれが魔王か。小娘など連れて、聞いた通りの放蕩魔王のようだな」

去っていった魔王に、ベェルは慇懃な表情を崩し、ザラリとした善くない眼でその方向をみやっていた。

「馬鹿らしい話です。利害が影響しないからと魔王になれただけの男ですよ」

副官の、ローブを纏ったウィザードが寄って歩き、いなくなった魔王を嘲笑った。

「だが油断なるまいぞ。ああ見えて頭は切れるという話だ」

「ですがベェル様、よろしかったのですか? 敵の新兵器の話。伝えおかずして」

副官の問いに、ベェルはにやけながらはき捨てる。

「構うものか。それで死んでくれるなら良し。生き延びるなら新兵器などおそるるに足らず、という事だ」

「では、我らは何も知らなかったという事に。後になってそれを察知したのだと上には報告しておきましょう」

「それでいい。精々ラミア殿には辛酸を舐めてもらわねばな」

ククク、と、静かに笑うベェル。ウィザードもそれに釣られ後ろ暗く笑っていた。


「旦那様。あの司令官、どうにも気に入りませんわ」

本陣から離れ、要塞に向け歩いていると、アリスはぽつりと一言、呟いた。

「まあ、ロクな奴じゃないだろうな。だが、ああいうタイプは出世しやすい」

腹黒い方がただ真面目なだけよりは出世しやすいのは世の常で、魔王軍においても上層部では例外なく腹黒い者がほとんどである。

元々悪魔族とはその傾向が強く、例えば魔王の側近のラミアは魔王の前では余りそういった面は見せないものの、魔王の知らない所ではその手を幾度となく黒に染め上げている。

それが悪い事なのではなく、欲望渦巻く魔界においてはそれ位の立ち回りの上手さ、邪道もそれと知りながら使いこなせる技量の高さが求められるからそうなっているのである。

だが、物事には加減というものがあり、そういった意味ではベェルは少々、加減を知らないらしかった。

「敵の主力本陣を潰せとは、中々しんどい事をやらせてくれるな。できないとは言わないが、運動不足解消どころの話では無いぞ」

流石に魔王もたった一人で軍団の相手をするのは骨が折れる。

だが自分から参戦すると言い出した手前、あてがわれた戦域を拒絶するのも対面的によろしくなく、やむなくと言った感じであった。

「とりあえず今夜は付近で朝になるのを待ち、早朝から仕掛けましょうか」

「そうだね。夜の間にエリーセルちゃんとノアールちゃんを呼び寄せて、戦陣の構成を話し合っておいてくれ」

「かしこまりました」

魔王の指示に、アリスは恭しく頭を下げた。


 こうして、魔王はティティ湖付近の要塞クノーヘンに攻撃を仕掛けるべく、準備を開始するのであった。


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